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日本ボクシング史上最大のメガファイトは?

「メガファイト」に定義はありませんが、ここでは「興行規模」「テレビ視聴率」「試合の持つ価値」の3点から振り返って見たいと思います。

まず、興行規模では「白井義男の後楽園球場での世界戦シリーズ」でしょうか。1950年代、巨大スタジアムに4万人前後の観客を集めた白井は、当時最高のスポーツヒーローでした。

テレビ視聴率でも白井がほぼ100%を記録していたはずですが、当時は測定されていないので除外。数字で出ているので分かりやすいとはいえ、時代まで考慮すると「視聴率60%超えのファイティグ原田の世界戦」「価値の多様化した21世紀で40%超えの亀田興毅」が傑出しています。

試合の持つ価値という点では「白井義男の日本初の世界王座奪取」「原田による世界初のフライ・バンタム2階級制覇」「具志堅用高の13連続防衛」「渡辺二郎の完全統一王者」「井上尚弥のWBSS優勝」などが挙げられますが、やはり「原田による1960年代PFP1位エデル・ジョフレ撃破」で誰も異論はないでしょう。

このように、一口にメガファイトと言っても、興行規模や視聴率、試合の持つ価値など、測定するモノサシによって見方が変わってきます。

しかし、どのモノサシを当てても規格外れのメガファイトが、今まさに胎動しています。

村田諒太vsカネロ・アルバレスです。
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週刊新潮が報じた「5月24日さいたまスーパーアリーナ」は消滅しましたが、火のないところに煙は立ちません。

新潮の報道後に「本田明彦会長が米国で交渉、最終段階にあった」と複数のメディアがあとを追ったことからも、大筋合意していたのは間違いありません。

ここ数ヶ月でもカネロ本人が「村田と東京で」という希望を何度か語り、リング誌やESPNなどでもカネロの有力な対戦候補の一人として村田の名前を挙げているのですから、もはや「煙」ではありません。

明らかに出火しています。

There were talks about Alvarez traveling to Japan to take on secondary middleweight titlist and Japanese national hero Ryota Murata. But those talks recently ended with no deal for a spring fight. They could be renewed for a later date.(ESPN)

日本でセカンド王者の村田諒太と対戦する交渉が進められていた。今春という線は消えたが、日程をずらして仕切り直しされるだろう。


今回の交渉が頓挫したのは、カネロが「5月上旬のシンコ・デ・マヨのメガファイトを外して下旬に日本でやる」ことに難色を示したと伝えられています。

つまり、タイミングだけの問題です。

懸念されたトップランクとゴールデンボーイ・プロモーションズの壁も、ありません。誰と戦うかはGBPではなく、カネロとDAZNが決めるのです。

では「5月上旬にラスベガスで村田」ならすんなり決まったのか?となるとそうは言い切れません。

カネロ陣営、特にDAZNが村田戦に前のめりなのは「東京だからメガファイトになる」という目算です。

現在のミドル〜スーパーミドルにはカネロと釣り合うビッグネームは一人も見当たりません。

ミドル級完全統一に残された二つのピース、WBO王者デメトリアス・アドラーデとWBC王者ジャーモル・チャーロは興行的な魅力が薄く、優先順位は下がります。

スーパーミドルではWBO王者ビリー・ジョー・サンダースは、村田もターゲットにしていた小物。WBA王者のカラム・スミスはサンダースよりもマシとはいえ、英米どちらでやっても中途半端な興行にしかなりえません。

DAZNがカネロとの大型契約に踏み切った、ゲンナディ・ゴロフキンとの第3戦は両者が条件交渉ですれ違ったまま、時間だけを浪費しています。

4月で38歳になるGGGとの決着戦は、賞味期限との戦いです。

現状、考えられるオプションで最も大きな興行が「東京で村田戦」なのです。カネロとの巨額契約が不良債権化する気配に怯えるDAZNにとって、村田との戦いもまた時間を気にしているはずです。

つまり、村田陣営と日本の熱烈なラブコールは、村田の敗北で一気に冷めてしまう危険にDAZNも気づいているはずです。

私たちが「早く実現させて欲しい」というよりも、DAZNはもっと切実に考えているはずです。

一刻も早くまとめなければならない、と。 
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翌年に昭和が終わる1988年。バブル景気のど真ん中、浮ついて豪華で、騒々しくて、そしてやがて虚しい、彩色豊かな時代に、日本は立ち眩みしていました。

バブルよろしく空気枕を連結したような天井が印象的なビッグエッグが完成したのが1988年です。

そういえば前年1987年に国鉄が分割民営化され、「国電」に代わり「E電」なんて名称が押し付けられたりしましたが、ビッグエッグ同様に定着しませんでした。

安田火災海上保険(現・損保ジャパン日本興亜)がゴッホのひまわりを絵画としては史上最高額となる53億円で競り落としたのも1987年でした。

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そのこけら落としに、あのマイク・タイソンが東京にやって来たというのは、今思うと何やら偶然とは考えられない感慨があります。

もちろん、バブル絶頂を迎える直前だったから電通(あのときも電通でした)と日本テレビ、帝拳がトヨタやサントリーなどのスポンサーを集めてタイソンを呼ぶことが出来たのは時代の必然でしたが。

とどのつまり、日本にとって「ゴッホのひまわり」と「タイソン」は、バブルを象徴する買い物だったのです。

あれから30年以上が経ちました。

タイムマシンに乗って「日本人の世界ミドル級チャンピオンが世界一人気のあるボクサーと戦う」と当時の私に伝えれば、「よほどの穴王者に恵まれたのか?」と聞いてくるでしょう。

「その日本人は五輪ミドル級でも金メダルを獲って、プロでは一度王座を明け渡したが返り咲いた」と聞かせたらどこまで信じたでしょうか。

しかし、そのメガファイトが東京ドームで行われることには「え?30年も経ってまだ東京ドームなの?」と少しがっかりするかもしれません。

そのときは「30年かけても一歩も前に進めない、そんなことだってあるんだよ。そんなことよりも五輪金メダリストの日本人が世界最高のボクサーに挑戦するんだ」と慰めれば「確かにそれは凄い。日本人がシュガー・レイ・レナードと戦うようなもんじゃないか!そんな未来が本当に待ち構えているのか?!」と興奮を取り戻すはずです。

前置きが長くなりました。

1988年と1990年。

「昭和が終わる前の年、バブル絶頂に向かう1988年」と「バブル崩壊の前の年、喪失の始まりの1990年」。

1988年のタイソンがトニー・タッブスを破壊し、1990年のタイソンがバスター・ダグラスに叩きのめされたのは、偶然とはいえあまりにもあからさまな暗喩でした。

1988年と1990年の東京ドーム。

日本史上最大のボクシングイベントで起きた大番狂わせを振り返ります。

まず、1988年。それは日本ウェルター級タイトルマッチで起こりました。

チャンピオンの坂本孝雄は「日本人初の世界ウェルター級王者になる」と将来を嘱望された23歳。

坂本が広島の高校ボクシング部で活躍していた名声は関西まで轟いていました。記憶というのは曖昧で(特に私)、坂本はインターハイで決勝まで進んだと思っていましたが、あらためて調べてみるとベスト8でした。

ただ、ネットのない時代、口コミで伝わってきた「坂本強し」を肥大化させるのに、まだ中学生の私の脳内は十分幼稚だったようです。

プロ2戦目で韓国人にKOされるも、5戦目で日本タイトル獲得。東京ドームの特設リング、そのロープをくぐったときの坂本は6勝6KO1敗。

挑戦者は吉野弘幸、7勝3KO3敗1分。3つ若い20歳という年齢以外に坂本に勝っているものは何一つないと思われました。

試合はまさかの展開に。吉野の左フックに坂本は何度も倒され4ラウンドKOに沈みます。

その後、日本ボクシング史に残る左フッカーとなった吉野は、当時深夜枠に追いやられていたボクシング中継のスター選手に成長します。日本ジュニアミドル級王者の上山仁とのキャッチウェイト(155ポンド=カネロウェイトです!)で行われた「日本史上最大の10回戦」など、ボクシングファンを大いに楽しませてくれました。

しかし、悲しいかなウェルター級。日本王座を14連続防衛しても世界の声はかかりません。

階級を落として、当時は米国で需要の低かった世界ジュニアウェルター級のWBAバージョンを持つファン・マルチン・コッジを後楽園ホールに呼びますが、5ラウンドTKOに散ります。

稀代の一芸屋・吉野の最高傑作は、意見が分かれるでしょうが、その衝撃度と東京ドームという舞台装置で坂本戦で決まりです。

ああ、坂本は引退後、事業家として成功していることも付け加えなければなりません。

そして、吉野vs坂本は、叩きあげvsエリートの激突、番狂わせでしたが、村田vsカネロはそうではありません。

意地悪な見方をしたら「アマエリートvsプロエリート」、もっとヒネくれたら「日墨温室育ち対決」といったところでしょうか。

いずれにしても、また、番狂わせは起こるのです。
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スポーツほど大袈裟な世界はありません。そこには「天才」や「怪物」がゴロゴロいます。

そして「史上最大の番狂わせ」もしょっちゅう起こっています。

最近の日本がらみだけでも、岡崎慎司が所属した英国プレミアリーグ・レスターが2015-16シーズンに優勝したとき「史上最大」の番狂わせと言われました。

ウィリアムヒルのオッズは5000倍、「ネッシー発見=2000倍」や「2017年以前に宇宙人が確認される=1500倍」などの掛け率を遥かに凌駕する〝超常現象〟でした。

やはり2015年、ラグビーW杯で、日本代表の南アフリカ撃破した大番狂わせも「史上最大」と喧伝されました。当時は「ラグビーは最も番狂わせが起きにくいスポーツ。サッカーA代表がW杯優勝するよりも確率は低い」とまで言われました。

「ネッシー」などのオッズはブックメーカーの匙加減一つです。レスターが優勝するよりもネッシー発見や、宇宙人と交信の方がとんでもない〝番狂わせ〟であることは間違いありません。

昨年のラグビーW杯をしっかり堪能した私たちにとって、この楕円形の球技が「最も番狂わせが起きにくい」というのはもはや信用できません。「サッカーW杯で日本優勝」の方が遥にハードルが高い至難の挑戦です。

ボクシングでも「大番狂わせ」が毎年いくつも起きていますが、私にとって最も印象的な UPSET はリアルタイムでテレビ観戦したトーキョー・ショッカーでした。

マイク・タイソンがバスター・ダグラスに打ちのめされてスローモーションのように崩れ落ちた光景は、いくつも予兆があったとはいえ、大きな衝撃でした。

しかし、あの試合ですらオッズは42倍。ネッシーや宇宙人、レスター優勝と比べると二桁も確立が高い、可愛い番狂わせでした。

村田諒太とカネロ・アルバレス。いつ決定の報を聞いても、もはや大きな驚きではない段階に入っています。

この試合はネッシーとか宇宙人のレベルじゃない、まともなオッズになります。

まあ、不利予想は立つでしょうがタイソンvsダグラスほどじゃありません。「トーキョー・マイルド・ショッカー」くらいの番狂わせでしょうか。

相思相愛の村田とカネロは問題ないにしても、長年確執を深めているトップランクとゴールデンボーイ・プロモーションがメガファイトのために握手するのか?は気になります。

トップランクとしては村田の大勝負をどこに持ってくるかは迷っているはずで、カネロ戦は願ってもない巨大なビジネスチャンスです。

米国市場で苦戦が続くDAZNも、ボクシング中継で決め手を欠くESPNも、実現したら今年のEvent Of The Year 間違いなしのメガファイトに消極的であるわけがありません。

村田vsカネロがミドル級の世界戦になると考えている人は少数派でしょう。キャッチウェイトのノンタイトル戦では華がありませんからカネロのWBAスーパーミドル級・セカンド王座に村田が挑戦する形になるのではないでしょうか。

いずれにしても、とんでもないメガファイトです。

今年のEvent Of The Year 決定とともに、もう一つ確実なことはカネロがキャリア初のアウエーのリングに上がるということです。

村田を選んでくれた感謝の気持ちはありますが(正式発表前なのに気が早い?)思いっきりブーイングを浴びせてやりましょう!

さて、カネロ・アルバレスは民間機で来日するのか、それともご自慢のプライベートジェットか。いずれにせよ帰りの機中でカネロ本人は深い悲しみと後悔に沈んでいるはずです。

チームスタッフも誰も声をかけられない状態でしょう。

「まさか、村田があれほど強かっただなんて・・・」。
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「村田諒太、次の対戦相手は世界最強ボクサーに決定 興行収入は史上最高か」
1/30(木) 11:03配信 デイリー新潮

WBA世界ミドル級王者・村田諒太(34)の次戦の相手が内々で決まった。驚くなかれ、あの“カネロ”である。いや、ニュースバリューを考えたら「カネロの対戦相手がムラタに決まった」と言うべきか。

日時は5月24日日曜日の昼間。アメリカではゴールデンタイムに生中継されます。
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東京ドームは先約があり、さいたまスーパーアリーナでの開催となります。
座席を移動して、最大収容人数の3万7千人に。おそらく日本人ボクサーとして史上最大の興行収入になるでしょう。

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今週の週刊新潮の記事ですが、真偽はわかりません。

本当なら、村田が合意して、帝拳とゴールデンボーイ・プロモーションズが正式契約を交わしたということです。明日にでも公式発表があるはずです。 

しかし、井上尚弥や井岡一翔らスター選手の時期対戦者や会場は、ハクを付けるためなのかどうかわかりませんが、日本側がリング誌やESPNにリーク、海外からの〝逆輸入発表〟されるケースが目立っています。

週刊新潮は週刊文春に並ぶ非常に強力な取材力を持つ大砲です。しかし、ボクシングにそこまで深いネットワークがあるとは考えられません。

また、リークするのも芸能人の不倫じゃあるましし「村田vsカネロ」を新潮がスッパ抜く、ってのもちょっと違和感あり過ぎです。

ただ、ありえない話ではない!

世界中のボクシングファンが幻滅したパックメイを見て、胸躍らせた珍しいバカがいます。DAZNです。

カネロ・アルバレスと交わした5年11試合3億6500万ドル(約410億円)の超大型契約は、4試合を消化しましたが全て大赤字興行と見られています。

この赤字を回収する切り札はゲンナディ・ゴロフキンとの決着の第3戦でしたが、交渉は難航。

英国のスーパーミドル級の人気者、WBSS優勝のカラム・スミスとWBO王者ビリー・ジョー・サンダースは「GGG3」と比べるとインパクトは小さく、英国勢よりも人気の低いジャーモル・チャーロや、YouTuberの前座デメトリアス・アンドラーデは論外。

現代の中量級でカネロとパッキャオを例外にした「マネー」という物差しで最大のパワーハウスは間違いなく村田諒太です。

カネロを過大評価してしまったDAZNが赤字回収に躍起になっていること、そのカネロにとっても東京で村田と戦うことは「パッキャオやメイウェザーが出来なかった大きなことをやりたい」という悲願にうってつけです。

村田がスーパーミドル級、あるいはそれに近いキャッチウェイトを受け入れたら、この日本史上飛び抜けて巨大なメガファイトは簡単に実現する環境が出来上がっています。

新潮の「日本人ボクサーとして史上最大の興行収入になるでしょう」というのが、興行規模やハコの大きさを指しているなら大間違いです。

後楽園球場をホームとしていた偉大な白井義男を失念してるとは何事か!

新潮は、芸能人の不倫と政治家の揚げ足取りだけに奔走してればよろしい!!

ボクシングというスポーツにおける重要度という点でも、当時PFP1位で10年単位のPFP(1960年代)でも1位のエデル・ジョフレvsファイティング原田と比べたら、カネロなんてヒヨコどころかまだ小さな卵です。

しかし、「それ」が世界(欧米)の注目を集めるということであるなら、新潮のいう通りです。

試合がどんな結果になろうとも、その日は世界中のボクシングメディアが最大の注目を日本に集めるでしょう。

昨年11月の「井上vsドネア」はその週末に行われたYouTuber対決に世界的な注目は奪われましたが、カネロvs村田ならその心配もありえません。

もし、番狂わせが起きたら…CNNスポーツのトップです。メキシコでは号外が出るでしょう。 

それにしても、やっぱり東京ドームでやってほしいですね。あるいは…村田の地元に近い西の甲子園球場でも空けてもらいたい!

トーキョーショッカーだけじゃない、東京ドームの番狂わせ話を書こうとしたのに、前置きが長くなりました…次回へ! 
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ボクシングには3つの大きなマーケットがあります。ウイスキーの5大産地みたいなものです。

一つ目は軽量級の日本市場。後楽園ホールは軽量級の世界戦を最も多く量産してきた世界が認める〝ライトウェイト(軽量級)のチャンピオン工場〟です。

軽量級の世界王者工場とはいえ、日本は米国への強烈な憧れを抱いています。

村田諒太の特別な存在感を見るまでもなく、米国で受け入れられる中量級で世界に通じるボクサーの登場もファンやメディアが熱望しています。

二つ目はスーパーミドル級から上の重量級で強豪王者を輩出し続けている英国市場。ボクシング発祥の国です。英連邦の選手なら軽量級でもスターになれる可能性まである、今なおポテンシャル豊かな市場です。

英国も〝自分を追い越した弟分〟米国への複雑な感情を抱いており、米国で米国人王者からタイトルを簒奪することにファンは最高に熱狂します。

そして三つ目が中量級から重量級でビッグファイトを提供する米国市場です。

この三大市場で最も市場規模が大きいのが、メキシコやプエルトリコなどヒスパニックのスター選手も併せ飲む深遠な米国市場です。

米国でのボクシングは完全なマイナースポーツに失墜していますが、世界中のボクヲタにとってはこの国の東西海岸こそが聖地です。

現在、この米国市場で飛び抜けたメガファイトが開催される時期は年に2回あります。

5月のシンコデマヨ週間(1862年フランス軍を奇跡的な攻勢で撃退した大勝利を祝うお祭り)の土曜日の夜と、9月のメキシコ独立記念日週間のやはり土曜日の夜です。

この〝メキシコ・メモリアルデイ戦略〟の歴史は意外と浅く、最初にこのカレンダーを使ったのは、ヒスパニック時代のマーケティングをグランドデザインしたトップランクがオスカー・デラホーヤのメガファイトからでした。

なので、まだ30年も経っていないことになります。

中量級に黄金時代をもたらしたトップランクのメガイベントを振り返ってもシュガー・レイ・レナードvsウィルフレド・ベニテス(1979年11月30日)やマービン・ハグラーvsトーマス・ハーンズ(1985年4月15日)レナードvsハグラー(1987年4月6日)など、メキシコ・メモリアルデイへの意識は全くありませんでした。

レナードvsハーンズこそ1981年、メキシコ独立記念日の9月16日にゴングが鳴らされましたが、やはりヒスパニックを触発する意図は全くありませんでした。

思い返せば当時のメガファイトを主にスポンサードしたのはバドワイザーとクアーズでしたが、現在ではコロナとテカテにほぼ取って代わられています。

そして今やメキシコ選手が絡まなくても、マニー・パッキャオやフロイド・メイウェザーらスーパースターがこの二つの時期にメガファイトを行うまでにメキシコ・メモリアルデイは浸透しています。

5月のシンコデマヨと、9月の独立記念日のフェスティバル週間の土曜日の夜。場所は西海岸ネバダ州ラスベガス。誰でも思いつきそうな完璧なTPOですが、まさにコロンブスの卵。

素材を最大限に活かす寿司職人のドン・キングに対して、ボブ・アラムは独自のソースで味付けするフレンチの達人といわれていますがまさに本領発揮、TPOでも絶妙のソースを用意したわけです。

また、古くから西海岸のカジノ&リゾートがボクシングの中心地となった背景には、表向きには宿泊客を呼び込みたいカジノが試合を招致してきたことが挙げられます。

しかし、裏の理由はマフィアや黒人が大手を振るボクシングビジネスは一般市民をいたずらに刺激するため大きな住宅地を抱える町が試合を行うことを敬遠、禁止しました。

ボクシングがマフィアの息がかかった砂漠の街に行き着くのは、ある意味必然だったのです。

それでも、ネバダ州のボクシングは60年代までのマフィアや人種差別というネガから脱却。70年代からは、ギャンブルシティに顧客を呼び込む純粋なコンテンツになりました。

そして、21世紀はシンコデマヨや独立記念日のフェスティバルという明るく健康的なポジの世界へ。

時代はどんどん良い方向に向かってはいますが、プロボクシングは世界的な統括団体を持たないまま承認団体が勝手なランキングを作り、王座を粗製乱造する無法地帯であることは変わりません。

そして、承認団体がひれ伏すほんの一握りのスーパースターのワガママと横暴を誰も止められない傾向はますます強まっています。

パッキャオの試合について、試合を生中継したFOXはメモリアルデイで開催すべきなのにと忸怩しています。

「カジノやクローズドサーキット(周辺ホテルのボールルームで生中継)が大幅増収が見込めるのでMGMグランドの招致フィーが50%上がる。さらにPPVの売上げにも好影響があったはず」。

仕方がありません。メモリアルデイの5月と9月のはフィリピン国会の期間中です。パッキャオの機嫌を損ねることは出来ません。

今のボクシング界でパッキャオを上回る人気を持つのはカネロだけです。
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前置きが長くなってしまいました。

現在、最も大きな権力を持つカネロは、来月のメモリアルデイに誰と戦うのか。

IBFの王座を剥奪されてしまったことにショックを受けているようですが、どうも認識が甘いというか…。

 今回はセルゲイ・デレビャンチェンコでしたが、過去にはゲンナディ・ゴロフキンとの指名戦で同じようにWBC王座を剥奪されています。

もちろん、カネロと戦うとなれば相手はそれなりの条件交渉を仕掛けてくるのは当然です。

ゴールデンボーイ・プロモーションは「デレビャンチェンコにとってキャリア最高の報酬を提示したにもかかわらず、彼らはサインを渋った」(オスカー・デラホーヤ)と言いますが、剥奪されるベルトを持たないウクライナ人の方が足元を見てくるのは百も承知のはずですが…。

井上尚弥陣営とは違って「相手が逃げた」と騒がないだけまだお行儀が良いとはいえますが、難しい問題ですね。金額は二桁違うとはいえ、井上やカネロと戦う相手がタイミングを計るのは当然です。

デレビャンチェンコとしては挑戦者ではなくベルトを巻いてカネロと戦うことが最大の報酬をもたらしてくれますから、カネロ陣営がIBFを剥奪され自らが決定戦に駒を進めるのが最高のシナリオです。

これが、パッキャオのような先のないスーパースターなら即答で対戦に応じるのでしょうが、カネロや井上はまだ若く、先の機会が睨めます。

とはいえ、デラホーヤとしては「デレビャンチェンコごときにそこまで譲歩できるか!」ということでしょうし、それも理解はできます。

それでも不注意でした。競札に持ち込むべきでした。

IBFはいい意味でも石頭なところがあるので、WBCのようにカネロに頭は下げないでしょうから、カネロの目標である完全統一は遠のきました。 

それにしても、カネロは来月戦うのでしょうか。

古傷の膝の手術をするという噂もずっとありますし…。 

対戦相手候補のリストに階級最強の右を持つ日本人の名前がプリントされていることは間違いありませんが、もし交渉が始まるなら目一杯譲歩するしかないでしょうね。どんなに譲歩しても、やる価値がある相手です。
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ボクシング、五輪の金メダル。

それが、アルファベット団体の量産ベルトよりも遥かに価値がある理屈は誰にでもわかると思います。

昨日、不幸な交通事故で天国に旅立ったパーネル・ウィテカーはメディアから「人生最高の瞬間」を問われたとき、いつも同じ答えを繰り返していました。

The Olympics was different. It was the most successful time in my life winning the Olympic gold medal.

「とにかくオリンピックは特別なんだ。金メダルを獲ったときが人生最高の時間だった」。

ウィテカーだけではありません。

シュガー・レイ・レナード、オスカー,デラホーヤ、レノックス・ルイス、ウラジミール・クリチコ、アンドレ・ウォード…彼らはみんな、国を背負った戦いの頂点に立つことの意味がどれだけ大きいかを誇らしげに語ってきました。

金メダルをオハイオ川に投げ捨てたという逸話を持つモハメド・アリですらローマ五輪で金メダルを獲った思い出を「あれほど誇らしいことは人生においてなかった」と振り返っています。
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娘の誕生日プレゼントを買うために金メダルを売ったユリオルキス・ガンボアも「人生で最も大切なものだったが、五輪で金メダルを獲った思い出は、誰にも売らないし誰も買えやしない」と話しています。

レナードならトミー・ハーンズやハグラーとの歴史的な試合、レノックスならマイク・タイソンを粉砕した一戦を挙げても良さそうなのですが、彼らも「五輪は特別」と異口同音です。

翻って、日本のアスリート、ボクサーはどうでしょうか。

多くのアスリートにとって、五輪の金メダルはやはり特別なものですが、国旗を背負った戦いという意識は希薄な印象があります。

もっと正確にいうと「母国のために戦う」と言葉にするのはもちろん、意識することも敬遠される風土が出来上がっているのではないでしょうか。

アマチュア時代の村田諒太は「日本人がミドル級なんて不可能、通用しない」という世間の目に反発はしてギラギラしていましたが、それは「日本人に不可能かどうかなんて村田諒太には関係ない。日本人に不可能なことでも村田諒太なら可能なんです」という彼自身の言葉を待つまでもなく〝自分の存在証明〟のために戦っていました。



レナードやウィテカーらは国のために五輪を戦い、プロでは自分のために戦いました。

しかし…村田諒太の場合は、もしかしたら逆だったのかもしれません。

自分だけのためじゃないから、多くの人の夢も一緒に背負いこんでいるから、今まで慎重な戦い方しか出来なかったのでしょう。

村田は現代ボクシングでは珍しい攻防分離の強打者です。クラス最強と目される右を持ちながら、これまでのプロ17試合で合計106ラウンドも戦ってきました。

1試合あたり6.24ラウンドを要している計算です。3ラウンド以内のKOはブラントとの再戦まではたったの3試合しかありませんでした。

世界トップの強打者が、温室の中で当てがわれた雑魚を相手に、石橋を叩いて戦って来たのです。 

本当の村田は、もっと早い時間で相手を破壊する、しなければいけないタイプなのに。

「自分のために戦う」。そうするには、あまりにも多くの人の情熱と期待と夢を背負い過ぎました。

それでも、プロ転向から6年、17戦目にして「自分のために戦う」姿を見せてくれました。

さあ、あとはもう、全部、自分のために戦って下さい。

それがどんな結果であっても、もう十分に「日本人には不可能」な夢を見せてくれました。

好きなようにやっちゃって下さい。 
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もし、村田がカネロ・アルバレスと拳を交えることになると日本史上で飛び抜けて最大のメガファイトになります。

何を持ってメガファイトを定義するか?

純粋な実力という観点からはカネロはリング誌とESPNともにPFP3位で、ファイティング原田が2度戦ったエデル・ジョフレ(リング誌の1960年代PFP1位)に遠く及びません。

ジョフレは「黄金のバンタム」と呼ばれていましたが、その意図は「バンタム級がレベルが高い」なんてことを言っているのではなく、むしろ真逆でジョフレを 「Indeed, jewel in a dunghill(まさにクソ山の中の宝石)」、すなわち「掃き溜め(バンタム級)に鶴」 だと表現したものでした。

時代は移ろい「黄金のバンタム=バンタム級はレベルが高い」と、まさに真逆に曲解することで「井上尚弥はファイトマネー20億円を稼ぐ世界的なスターになる」なんて白昼夢を浅はかなメディアが報道することがありますが、ありえません。

世界=欧米と見なすのは悔しいですが、もしニューヨークやラスベガスの大アリーナや、英国の巨大サッカースタジアムがボクシングの華だとするなら、バンタム級は所詮〝dunghill〟なのです。

バンタムは日本で例えるとスーパーミドルやライトヘビー、クルーザー級のようなもので、世界にとっては「何じゃそれは?」です。

リング誌のBEST FIGHTER POLL で史上初の1位に輝いたローマン・ゴンザレスに、井上尚弥が勝利を収めていたとしてもそれはジュニアバンタム級での話で、やはり jewel in a dunghill です。

純粋に実力評価の高いボクサーとの試合を〝ビッグファイト〟〝メガファイト〟と呼ぶならエデル・ジョフレを筆頭にビセンテ・サルディバル、ロベルト・デュラン、アレクシス・アルゲリョ、ウィルフレド・ゴメス、カオサイ・ギャラクシー、張正九、柳明祐、リカルド・ロペス、ノニト・ドネア、ポンサクレック・ウォンジョンカム、ローマン・ゴンザレスらときのPFPファイターが居並びます。

しかし、ここでは村田vsカネロを想定した「名前」や「興行規模」による、日本人ボクサーのメガファイトを10選したいと思います。

もちろん、ここでの「名前」や「興行規模」は那須川天心が泣かされたフロイド・メイウェザーは論外。アントニオ猪木が大借金を背負って戦ったモハメド・アリも該当しません。

後楽園ホールで行われた寺尾新のマニー・パッキャオ戦も違います。

今回の「ベスト10」は、ランキング方式ではなくクロニクル(時系列)で並べています。

①1953年5月19日(日本では「ボクシングの日」です)

世界フライ級15回戦

Undisputed Champion ダド・マリノ 
vs 
白井義男

会場は後楽園球場。現在で例えると東京ドームです。

世界王者は8人しかいない時代。リング誌には「世界王者の動向」が毎月レポートされ、8人の名前を知らないボクシングファンなどいるわけもない時代です。

午後8時のゴングにもかかわらず、正午から球場に詰めかけた観衆は、最終的にはなんと4万5000人までに膨れ上がったと伝えられています。

実数発表が定着するずっとずっと以前のメガファイトですから「4万5000人」は水増しされた切れの良い数字と考えられますが、それを考慮しても3万5000〜4万人は入ったと言われています。

さらに、驚くべきが観戦料です。

スペシャルリングサイド3600円、リングサイド2000円、普通指定席1000円、内野席1階900円、内野席2階500円、外野席200円。大卒初任給が6000円の時代ですから、少なく見積もっても、当時の貨幣価値は現在の30倍。

となるとスペシャルリングサイドは10万8000円、普通指定席で3万円、最も安い外野席でも6000円となります。

入場者数4万人、平均チケット価格1万5000円として計算してもゲート収入は6億円。今なら興行規模180億円。とんでもないメガファイトです。


超高額のシートをセットした後楽園球場をフルハウスにし、TV視聴率調査が始まる以前なのでこのときの視聴率は存在しませんが、ほぼ100%だったでしょう。

白井の時代、世界王者になるのは今よりもはるかに難しかった一方で、国民は世界のヒーローに飢えていました。

大相撲は言うまでもなく、プロ野球も国内に閉塞していた時代、そして五輪も知らなかった時代。

日本人の手が届くかもしれない「世界で勝てるヒーロー」は、ボクシングをおいて他にはありませんでした。

白井は大正12年(1923年)生まれ。小学校六年生のとき、地元・荒川(東京)の夜祭りの余興でカンガルーと対戦してボコボコに負けたのがボクシングを始めたきっかけでした。

夜祭りの余興で小学生がカンガルーと対戦して惨敗…カンガルーへのリベンジを誓ったのがボクシングを始めるきっかけって!?これは本当の話ですか???動物虐待なのか児童虐待なのか、現代なら理解不能の怪事件です。

カンガルーvs小学生が「余興」…その夜祭りの「メインイベント」は何だったのでしょうか?そっちも気になってしまいます。

トレーナーはGHQ職員で生物学者のアルビン・ロバー・カーン博士です。GHQ???生物学者???

「夜祭りのカンガルー」「GHQの生物学者」「後楽園球場をフルハウス」…正真正銘の伝説、これぞメガファイトです。
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まずは、村田vsブラント戦について、お詫びと訂正から。


>>>村田はこの試合でCompuBox34年の史上最高記録をマークしました。

That is the most power punches landed in a single middleweight round in CompuBox's 34 years or tracking fights.

とESPNの記事を鵜呑みにして書き込んでしまいましたが、 これは間違いだったようです。

村田の64発のパワーパンチは、史上最多記録ではなく、2位でした。

1位は1991年のマイク・マッカラムvsニッキー・ウォーカーで、ボディスナッチャーが5ラウンドに放ったパンチは村田を10発上回る74発。

Murata's 64 power punches connected were the second most by a middleweight in a round. Mike McCallum landed 74 in a fifth-round TKO of Nicky Walker in 1991.

Most Power Punches Connected In A Round - Middleweights
RANKFIGHTERPUNCHESOPPONENTDATERD
1Mike McCallum74Nicky Walker1991/10/105
2Ryota Murata64Rob Brant2019/7/112
3Marcos Reyes63Abie Han2014/10/188
4Fernando Guerrero60Jessie Nicklow2009/12/183
5Marvin Hagler56John Mugabi1986/3/106
*Middleweight division average: 12
--Courtesy of CompuBox


WBA王者マッカラムの記録が作られた試合は1991年10月10日にバリーズ・ラスベガスで行われた「ノンタイトル10回戦」で「スーパーミドル級契約」。

「ミドル級」なら村田がパワーパンチの世界最多記録で差し支えないような気がしますが…。まあ、どうでも良い瑣末な話です。

「手数が少ないのは修正できない」と一部の暗愚な専門家や浅はかなファンを大きく裏切る「世界記録」レベルの数のパワーパンチをまとめたのですから、そのことが重要です。

マッカラムはIBF王者ジェームス・トニーとの統一戦を控えた前哨戦で、ウォーカーを軽くいなしていましたが、5ラウンドにウォーカーが「サミングされた。減点して欲しい」と主審に訴えたことに怒りを爆発、そのラウンドだけで127発のパンチを放ち、93発をヒット。そのうち74発のパワーパンチを数えました。

この夜の興行もトップランクが主催、村田より一つ年上の34歳だったマッカラムは12月7日の誕生日を迎えて35歳でトニーとの決戦に挑みスプリットドロー。33歳で21世紀のボクサー村田は、まだまだ若いです。

このランキングの5位がハグラーvsムガビですか…凄まじい試合でしたがフィニッシュの11ラウンドではなく6ラウンドにパワーパンチを最もまとめたんですね。

ハグラーなんて名前を目にしてしまうと、話がどんどん脇道に逸れてしまいそうので舵を戻します。

村田諒太です。村田をESPNがどう報じたか、です。

この圧勝劇で「世界で最もホットな階級のトップ戦線に復帰した」のは間違いありません。

ESPNのダン・ラファエルとスティーブ・キムが村田を分析、その未来を占っています。

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Which Murata is the real one? What is his potential and what are his chances against the elite fighters in the division?

ダンラファ:ボブ・ブラントとの初戦と再戦では別人だった。どちらが本当の村田なのか?

もし再戦の村田が本当の村田だとしても、ミドル級のトップと戦うとなると村田不利の予想しかできない。村田はビッグパンチャーだが、それは相手がブラントだったから。

ただ、村田はカネロを除けばミドル級で最も市場価値が高い。日本ではボクシングを超えたスーパースター。もし、トップと日本で戦うならとんでもない興行になるだろう。


キム:どちらが本物の村田か?正解は、初戦と再戦の中間じゃないか。

技術的には村田はいくつかの問題を抱えている。ただ、カネロを除けばミドル級という階級でも村田のスターパワーは図抜けている。世界的に見てもその商業価値は大きく、彼の母国ではそれはさらに爆発的になる。


Whom should each of these fighters fight next?

ダンラファ:村田は次に誰と戦うのか?村田は誰と戦ってもビッグファイトになるが、トップ相手となるとさらにでかくなる。

ブラントが再戦に勝っていたら、オーストラリアでジェフ・ホーンと戦う計画があった。ブラントにとってはビッグネームだ。

That now could be of interest to Murata, who might even be able to lure Horn to Japan. 

ブラントがビッグマネーを稼ぐにはオーストラリアでホーンと戦うしかないが、村田のスターパワーはホーンを軽く凌駕する。もし村田がホーン戦に興味を持てば、パッキャオと戦ったオージーを日本に引っ張り込むのは簡単だろう。

ただ、村田の実力を考えるとホーンは踏み台にはならない。ホーンは無視して、より大きな試合を急ぐべきかもしれない。


キム:村田の年齢(33歳)を考えると、メガファイトのリングを早く用意すべきだろう。

村田が持つスターパワーの引力を考えると、カネロ以外なら誰でも日本に引き寄せられるはずだ。

ブラントとのラバーマッチ(一般紙でたびたび勘違いされてますが1勝1敗を受けた3戦目のこと)は商業的にないだろう。ブラント陣営は、パンチの軽い安全な中堅どころと戦って再起を図るはずだ。


How can Top Rank improve its middleweight division?

ダンラファ:トップランクにミドル級の未来図を描けるのか?

トップランクでは村田のスターパワーを扱いきれない。

ミドル級のビッグネームの「陣取り合戦」は完了してしまっている。この階級ではトップランクと我々ESPNは完全な〝負け組〟だ。

カネロとゲンナディ・ゴロフキン、デメトリアス・アンドラーデ、ダニエル・ジェイコブス(スーパーミドルへの転級が確実)はDAZNのネットワークに絡め取られてしまった。

ジャーマル・チャーロとセルゲイ・デレビヤンチェンコ、マット・コロボフはプレミア・ボクシング・チャンピオンズの厩舎の中に囲われた。

彼らと戦うには、トップランクが大きく譲歩しなければならない。しかし、ボブ・アラムが譲歩するだろうか?

村田とトップランクの契約は緩い。メガファイトを実現するにはトップランクを離れることを考えるべきだ。

キム:ミドル級におけるトップランクとESPNの現実は厳しい。他のプロモーターとプラットフォームにミドル級のビッグネームは取り込まれてしまった。

村田はトップランクとESPN連合の絵札だが、DAZNとも契約している。

ミドル級、つまり世界のメインストリートがカネロとDAZNであることは誰も否定できない既成事実だ。

村田はトップランクを切るべきだろう。

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トップランクは井上尚弥にも興味を持っていると言われていますが、水面下の交渉が長引いているのは「上から目線の条件提示」に井上陣営が納得できないからです。

トップランクからしたら「欧米中毒の日本人にトップランクのブランドを売る」ような意識でしょうが、井上はトップランクのサポートなんかなくても日本で十分な試合が組めます。

トップランクが契約したジェルウィン・アンカハスはフィリピン人です。母国にまともなマーケットはありません。海外で戦うしかないのです。

軽量級ボクサーの報酬は世界王者でも日本の平均的なサラリーマンの年収にも及ばないほどに劣悪です。それはトップランクが手がける軽量級でも変わりません。

井上や井岡が海外の劣悪なファイトマネーにもめげずに戦ったのは、日本からの補填が大きかったからです。

井上の1試合5000万円レベルの報酬なんてメインイベントでももらえていません。日本からの援助がなければありえない金額です。

井岡がスーパーフライ興行で受け取ったファイトマネーは2万5000ドルでした。スポンサー企業からの補填がなければ、大赤字です。
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Murata avenges loss, regains secondary title.(ESPN)

Murata Batters Brant In Two, Reclaims Secondary 160-Pound Title.(BOXING Scene)


ミドル級はフライ級やバンタム級など軽量級とは一線を画する(世界的な注目度や報酬を考えると種目が違うと言っても差し支えないかもしれません)世界的に人気階級です。

勘違いしている人が多いのですが、軽量級メインでラスベガスやニューヨークでメガファイト(両者の報酬合計が1000万ドルを超える)が開催されたことは歴史上、ただの一度もありません。ただの一度も、です。

リカルド・ロペスはタイソンの前座の常連でしたが、大興行はもちろん米国でメインを張ることすら一度もありませんでした。

井上尚弥がWBSS決勝で戦うノニト・ドネアはトップランクとGBPの綱引きから100万ドル越えの報酬を得たこともありましたが、実質的な人気は10万ドルファイターです。

井上のライバルだったエマヌエル・ロドリゲスは、キャリアで一度も1試合10万ドルを稼いだこともありません。「井上に勝って横浜再戦なら10万ドル」という夢は、スコットランドで粉砕されました。

ゾラニ・テテの報酬は、もはや語らなくてもいいでしょう。今でも神戸に来ますし、東京なら喜んでくるでしょう。

彼らよりもはるかに格上で、軽量級としては人気もあるファン・フランシスコ・エストラーダでもキャリアハイはシーサケット・ソールンビサイとの再戦の20万ドル。それまでは10万ドルがやっとの「マネジメント関係の経費と税金を引かれたら5万ドルしか残らない」という惨状でした。

しかし、ウェルターやミドルはカネロやメイウェザーは別格にしても、ノンタイトルでも100万ドルが稼げるクラスです。

そのミドル級のまともなランキングで4位(リング誌)、7位(ESPN)にランキングされるロブ・ブラントは「村田に番狂わせで勝ったから」という理由があるにせよ、激戦区の強豪であることは間違いありません(チェリーや雑魚というのは主要メディアで10傑に数えられないボクサーのことです)。

村田もリング誌とESPNともに9位。「王者としては穴王者」だが、挑戦者としては「雑魚じゃない」という評価です。

ただし、村田諒太のリベンジを世界が伝えた海外メディアは一様に「セカンド・タイトル」という言葉を使っています。

ご存知のようにボクシングの世界タイトルは「アルファベット団体」と揶揄される腐敗し切った承認団体によって乱立しています。

「どの団体が正当なのかは誰にもわからないが、全ての団体が間違っていることは誰でもわかる」(リング誌)状況ですが、絶対に譲ってはいけないことがあります。

「世界王者は1人だけ」。

アルファベットをいたずらに組み合わせた承認団体が増えるのは、止めようがありません。しかし、同じ団体が「スーパーだとかレギュラーだとか」「ダイアモンドだとかフランチャイズだとか」…「世界王者は一人だけ」という真理に反する〝承認稼ぎ目的〟の上位タイトルの粗製乱造は許されません。

WBAならスーパー王者が存在するなら、レギュラー王者は無効です。欧米の多くのメディアはその立場を取っているので、村田はまだ世界王者ではありません。

井上尚弥もWBAとIBFの統一王者ではなくIBFだけの王者です(つまりスーパーのドネアがいるWBAは認められていません)。
スクリーンショット 2019-07-13 1.45.47
リング誌のバンタム級ランキング。井上はリング誌/IBF王者。WBA王者はドネアです。

村田は世界的に認められているタイトルをまだ獲っていないのです。

獲らにゃなりません。とりあえずはセカンドタイトルを、まともなタイトルにしましょう。それを腰に巻いてるメキシコのお坊っちゃまを叩きのめしましょう。

温室育ちどうし(あっちはアマ実績ゼロのど素人なのに何故か温室育ちですが) で、噛み会うはずです。

場所はまともにいったら、ラスベガスのT-Mobileアリーナですが、東京ドームに引っ張り込みたいですね…。 
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数日前に書いていて、そのままにしていた文章です。

こっ恥ずかしいですが、そのままに。


▶︎▶︎▶︎昨年の第1戦の村田は風邪で予定通りの練習を積めなかった、と言われています。

実際の動きも本来とは違うように見えました。

試合中に何度か足を後ろに跳ね上げるような動作も、もしかしたら痙攣を起こしていたのかもしれません。

まー、ただそういうもの全部ひっくるめて実力です。

村田もそれがよくわかっているから、言い訳は一切していないのでしょう。

五輪の金は、モノが違います。

プロボクサー村田に足りないのはアマチュア時代に発散していた、あの剥き出しの闘争心 だけです。



 

ユー、やっちゃいなよ。



****************

ちょっと落ち着いたので、試合を振り返ります。

ロブ・ブラントは試合開始ゴングが鳴るまで自信満々に見えていましたが、違いました。

第1戦よりも気負っていたのは、多くのメディアやファンが予想していた村田ではありませんでした。

第1戦で村田が危険な相手であることは、ブラントが一番よく理解していたのでしょう。

かつて、村田がゲンナディ・ゴロフキンのキャンプにゲスト参加したとき、当時PFP2位で(その後1位に)無敗の快進撃を続けていたGGGが語った言葉を思い出します。

「村田は利き腕のパワーとボディブロウだけなら世界最強クラス。ただ、それだけでは世界最強にはなれない」。

その言葉を受けた村田は「リップサービス」と笑い飛ばし「ゴロフキンのジャブは正確で固くて強い。あれが世界のトップなんだと経験できた」と謙虚に認めていました。

アマでもプロでもまともな相手とは一度も手合わせしていなかったブラントにとって、村田との初戦は「序盤でリズムをつかめた」からこその大番狂わせでした。

勝利の後に開口一番「村田のパワーを感じなかった」と語ったのは、村田の刹那の反撃もかわした安堵だけではなく、それほど村田のパワーを警戒していたことの証でした。

そして迎えた再戦。

第1ラウンドから飛ばしたのはブラント。初戦と同じように手数で圧倒するのはもちろん、より強く打って村田の出鼻を挫こうという狙いは明らかでした。

最初の3分間はブラントが10−9。手数が大きく上回りました。初戦よりもパンチを繰り出した村田のパンチも入りましたが第1ラウンドは持っていかれました。

※オフィシャルのスコアでは1人が村田に10−9をつけましたが、後半の攻勢を評価したのでしょう。

第2ラウンドがスタート。第1戦から数えて14ラウンドが始まってすぐに、誰もが異変に気づきます。

村田のプレッシャーが完全にかかっている!

第1ラウンドでは大きなダメージを負っていないように見えたブラントでしたが、もしかしたら効かされていたのかもしれません。

少なくともGGGが認めた「右の威力」と「左右のボディ」が警報レベルの火力であることを察知したブラントは、危険回避のためだけにバックステップを踏みます。

怖がって下がる相手を料理するのは、ロンドンの金メダリストにとっては朝起きて背伸びするようなもんです。

初戦で1300発近いパンチを繰り出したブラントが、とにかく村田の射程距離から逃れることだけに必死です。

ブラントは足にきてましたが、最初のダウンは追撃を逃れるためには上手いダウンでした。

ただ、ピストルを乱射するのが勝ちパターンのブラントが、そのピストルを放り投げて逃げて尻餅をついたダウンでした。

勝負あり。

その瞬間、ブラントは両手を広げて「そりゃないよ」とストップが早いとアピールしましたが、ボクサーの二つの手は目の前の敵に向けて撃つものです。横に広げちゃダメ。
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生中継したESPNもすぐに速報。「(オッズ上は番狂わせだが)これは番狂わせではない」。そうです、ミドル級トップの1人村田が「村田を番狂わせで勝っただけのブラント」を粉砕したのです。


パンチ統計を見てみます。
Final Punch Stats
FIGHTERTOTALJABSPOWER
Brant42 of 143 (29%)6 of 44 (14%)36 of 99 (36%)
Murata98 of 211 (46%)5 of 38 (18%)93 of 173 (54%)
-- Courtesy of CompuBox

村田が圧倒しているように見えますが、2ラウンドのブラントはほとんど手を出していません。

不満が残るのはジャブですね。2ラウンドはフィニッシュを急いでしまったとはいえ、せっかく素晴らしいリードを持っているのにプロでは鳴りを潜めています。

GGGが認めるパワーパンチについては、今更何もありません。こんなもんです。それにしても全米生中継したESPNの解説陣が「ワオ!」と驚いた、ヒットしたパンチ98発のうち93発がパワーパンチ…。

これは、これでいいんかいなあ??? 

初戦でブラントが放った1262発のパンチ数は、CompuBoxの34年の歴史でミドル級2番目の記録でした。 

しかし、村田はこの試合でCompuBox34年の史上最高記録をマークしました。

That is the most power punches landed in a single middleweight round in CompuBox's 34 years or tracking fights.

ミドル級史上最多記録、3分間で着弾させたパワーパンチ数です。なんと64発。

「最も近くで目撃したルイス・パボン(主審)がその破壊力を最も感じただろう。遠く離れた米国で見ていた私たちでも、あのストップがブラントを悲惨な結末から救ったことはよくかわる」。

まあ、もっとジャブから組み立てる村田も見たいですが、ファンとして、今叫びたいのは「だから最初からそれやらんかい!!!」です。
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