ボクシングには3つの大きなマーケットがあります。ウイスキーの5大産地みたいなものです。

一つ目は軽量級の日本市場。後楽園ホールは軽量級の世界戦を最も多く量産してきた世界が認める〝ライトウェイト(軽量級)のチャンピオン工場〟です。

軽量級の世界王者工場とはいえ、日本は米国への強烈な憧れを抱いています。

村田諒太の特別な存在感を見るまでもなく、米国で受け入れられる中量級で世界に通じるボクサーの登場もファンやメディアが熱望しています。

二つ目はスーパーミドル級から上の重量級で強豪王者を輩出し続けている英国市場。ボクシング発祥の国です。英連邦の選手なら軽量級でもスターになれる可能性まである、今なおポテンシャル豊かな市場です。

英国も〝自分を追い越した弟分〟米国への複雑な感情を抱いており、米国で米国人王者からタイトルを簒奪することにファンは最高に熱狂します。

そして三つ目が中量級から重量級でビッグファイトを提供する米国市場です。

この三大市場で最も市場規模が大きいのが、メキシコやプエルトリコなどヒスパニックのスター選手も併せ飲む深遠な米国市場です。

米国でのボクシングは完全なマイナースポーツに失墜していますが、世界中のボクヲタにとってはこの国の東西海岸こそが聖地です。

現在、この米国市場で飛び抜けたメガファイトが開催される時期は年に2回あります。

5月のシンコデマヨ週間(1862年フランス軍を奇跡的な攻勢で撃退した大勝利を祝うお祭り)の土曜日の夜と、9月のメキシコ独立記念日週間のやはり土曜日の夜です。

この〝メキシコ・メモリアルデイ戦略〟の歴史は意外と浅く、最初にこのカレンダーを使ったのは、ヒスパニック時代のマーケティングをグランドデザインしたトップランクがオスカー・デラホーヤのメガファイトからでした。

なので、まだ30年も経っていないことになります。

中量級に黄金時代をもたらしたトップランクのメガイベントを振り返ってもシュガー・レイ・レナードvsウィルフレド・ベニテス(1979年11月30日)やマービン・ハグラーvsトーマス・ハーンズ(1985年4月15日)レナードvsハグラー(1987年4月6日)など、メキシコ・メモリアルデイへの意識は全くありませんでした。

レナードvsハーンズこそ1981年、メキシコ独立記念日の9月16日にゴングが鳴らされましたが、やはりヒスパニックを触発する意図は全くありませんでした。

思い返せば当時のメガファイトを主にスポンサードしたのはバドワイザーとクアーズでしたが、現在ではコロナとテカテにほぼ取って代わられています。

そして今やメキシコ選手が絡まなくても、マニー・パッキャオやフロイド・メイウェザーらスーパースターがこの二つの時期にメガファイトを行うまでにメキシコ・メモリアルデイは浸透しています。

5月のシンコデマヨと、9月の独立記念日のフェスティバル週間の土曜日の夜。場所は西海岸ネバダ州ラスベガス。誰でも思いつきそうな完璧なTPOですが、まさにコロンブスの卵。

素材を最大限に活かす寿司職人のドン・キングに対して、ボブ・アラムは独自のソースで味付けするフレンチの達人といわれていますがまさに本領発揮、TPOでも絶妙のソースを用意したわけです。

また、古くから西海岸のカジノ&リゾートがボクシングの中心地となった背景には、表向きには宿泊客を呼び込みたいカジノが試合を招致してきたことが挙げられます。

しかし、裏の理由はマフィアや黒人が大手を振るボクシングビジネスは一般市民をいたずらに刺激するため大きな住宅地を抱える町が試合を行うことを敬遠、禁止しました。

ボクシングがマフィアの息がかかった砂漠の街に行き着くのは、ある意味必然だったのです。

それでも、ネバダ州のボクシングは60年代までのマフィアや人種差別というネガから脱却。70年代からは、ギャンブルシティに顧客を呼び込む純粋なコンテンツになりました。

そして、21世紀はシンコデマヨや独立記念日のフェスティバルという明るく健康的なポジの世界へ。

時代はどんどん良い方向に向かってはいますが、プロボクシングは世界的な統括団体を持たないまま承認団体が勝手なランキングを作り、王座を粗製乱造する無法地帯であることは変わりません。

そして、承認団体がひれ伏すほんの一握りのスーパースターのワガママと横暴を誰も止められない傾向はますます強まっています。

パッキャオの試合について、試合を生中継したFOXはメモリアルデイで開催すべきなのにと忸怩しています。

「カジノやクローズドサーキット(周辺ホテルのボールルームで生中継)が大幅増収が見込めるのでMGMグランドの招致フィーが50%上がる。さらにPPVの売上げにも好影響があったはず」。

仕方がありません。メモリアルデイの5月と9月のはフィリピン国会の期間中です。パッキャオの機嫌を損ねることは出来ません。

今のボクシング界でパッキャオを上回る人気を持つのはカネロだけです。
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前置きが長くなってしまいました。

現在、最も大きな権力を持つカネロは、来月のメモリアルデイに誰と戦うのか。

IBFの王座を剥奪されてしまったことにショックを受けているようですが、どうも認識が甘いというか…。

 今回はセルゲイ・デレビャンチェンコでしたが、過去にはゲンナディ・ゴロフキンとの指名戦で同じようにWBC王座を剥奪されています。

もちろん、カネロと戦うとなれば相手はそれなりの条件交渉を仕掛けてくるのは当然です。

ゴールデンボーイ・プロモーションは「デレビャンチェンコにとってキャリア最高の報酬を提示したにもかかわらず、彼らはサインを渋った」(オスカー・デラホーヤ)と言いますが、剥奪されるベルトを持たないウクライナ人の方が足元を見てくるのは百も承知のはずですが…。

井上尚弥陣営とは違って「相手が逃げた」と騒がないだけまだお行儀が良いとはいえますが、難しい問題ですね。金額は二桁違うとはいえ、井上やカネロと戦う相手がタイミングを計るのは当然です。

デレビャンチェンコとしては挑戦者ではなくベルトを巻いてカネロと戦うことが最大の報酬をもたらしてくれますから、カネロ陣営がIBFを剥奪され自らが決定戦に駒を進めるのが最高のシナリオです。

これが、パッキャオのような先のないスーパースターなら即答で対戦に応じるのでしょうが、カネロや井上はまだ若く、先の機会が睨めます。

とはいえ、デラホーヤとしては「デレビャンチェンコごときにそこまで譲歩できるか!」ということでしょうし、それも理解はできます。

それでも不注意でした。競札に持ち込むべきでした。

IBFはいい意味でも石頭なところがあるので、WBCのようにカネロに頭は下げないでしょうから、カネロの目標である完全統一は遠のきました。 

それにしても、カネロは来月戦うのでしょうか。

古傷の膝の手術をするという噂もずっとありますし…。 

対戦相手候補のリストに階級最強の右を持つ日本人の名前がプリントされていることは間違いありませんが、もし交渉が始まるなら目一杯譲歩するしかないでしょうね。どんなに譲歩しても、やる価値がある相手です。