もし、村田がカネロ・アルバレスと拳を交えることになると日本史上で飛び抜けて最大のメガファイトになります。
何を持ってメガファイトを定義するか?
純粋な実力という観点からはカネロはリング誌とESPNともにPFP3位で、ファイティング原田が2度戦ったエデル・ジョフレ(リング誌の1960年代PFP1位)に遠く及びません。
ジョフレは「黄金のバンタム」と呼ばれていましたが、その意図は「バンタム級がレベルが高い」なんてことを言っているのではなく、むしろ真逆でジョフレを 「Indeed, jewel in a dunghill(まさにクソ山の中の宝石)」、すなわち「掃き溜め(バンタム級)に鶴」 だと表現したものでした。
時代は移ろい「黄金のバンタム=バンタム級はレベルが高い」と、まさに真逆に曲解することで「井上尚弥はファイトマネー20億円を稼ぐ世界的なスターになる」なんて白昼夢を浅はかなメディアが報道することがありますが、ありえません。
世界=欧米と見なすのは悔しいですが、もしニューヨークやラスベガスの大アリーナや、英国の巨大サッカースタジアムがボクシングの華だとするなら、バンタム級は所詮〝dunghill〟なのです。
バンタムは日本で例えるとスーパーミドルやライトヘビー、クルーザー級のようなもので、世界にとっては「何じゃそれは?」です。
リング誌のBEST FIGHTER POLL で史上初の1位に輝いたローマン・ゴンザレスに、井上尚弥が勝利を収めていたとしてもそれはジュニアバンタム級での話で、やはり jewel in a dunghill です。
純粋に実力評価の高いボクサーとの試合を〝ビッグファイト〟〝メガファイト〟と呼ぶならエデル・ジョフレを筆頭にビセンテ・サルディバル、ロベルト・デュラン、アレクシス・アルゲリョ、ウィルフレド・ゴメス、カオサイ・ギャラクシー、張正九、柳明祐、リカルド・ロペス、ノニト・ドネア、ポンサクレック・ウォンジョンカム、ローマン・ゴンザレスらときのPFPファイターが居並びます。
しかし、ここでは村田vsカネロを想定した「名前」や「興行規模」による、日本人ボクサーのメガファイトを10選したいと思います。
もちろん、ここでの「名前」や「興行規模」は那須川天心が泣かされたフロイド・メイウェザーは論外。アントニオ猪木が大借金を背負って戦ったモハメド・アリも該当しません。
後楽園ホールで行われた寺尾新のマニー・パッキャオ戦も違います。
今回の「ベスト10」は、ランキング方式ではなくクロニクル(時系列)で並べています。
①1953年5月19日(日本では「ボクシングの日」です)
会場は後楽園球場。現在で例えると東京ドームです。
世界王者は8人しかいない時代。リング誌には「世界王者の動向」が毎月レポートされ、8人の名前を知らないボクシングファンなどいるわけもない時代です。
超高額のシートをセットした後楽園球場をフルハウスにし、TV視聴率調査が始まる以前なのでこのときの視聴率は存在しませんが、ほぼ100%だったでしょう。
白井の時代、世界王者になるのは今よりもはるかに難しかった一方で、国民は世界のヒーローに飢えていました。
大相撲は言うまでもなく、プロ野球も国内に閉塞していた時代、そして五輪も知らなかった時代。
日本人の手が届くかもしれない「世界で勝てるヒーロー」は、ボクシングをおいて他にはありませんでした。
白井は大正12年(1923年)生まれ。小学校六年生のとき、地元・荒川(東京)の夜祭りの余興でカンガルーと対戦してボコボコに負けたのがボクシングを始めたきっかけでした。
夜祭りの余興で小学生がカンガルーと対戦して惨敗…カンガルーへのリベンジを誓ったのがボクシングを始めるきっかけって!?これは本当の話ですか???動物虐待なのか児童虐待なのか、現代なら理解不能の怪事件です。
カンガルーvs小学生が「余興」…その夜祭りの「メインイベント」は何だったのでしょうか?そっちも気になってしまいます。
トレーナーはGHQ職員で生物学者のアルビン・ロバー・カーン博士です。GHQ???生物学者???
「夜祭りのカンガルー」「GHQの生物学者」「後楽園球場をフルハウス」…正真正銘の伝説、これぞメガファイトです。
何を持ってメガファイトを定義するか?
純粋な実力という観点からはカネロはリング誌とESPNともにPFP3位で、ファイティング原田が2度戦ったエデル・ジョフレ(リング誌の1960年代PFP1位)に遠く及びません。
ジョフレは「黄金のバンタム」と呼ばれていましたが、その意図は「バンタム級がレベルが高い」なんてことを言っているのではなく、むしろ真逆でジョフレを 「Indeed, jewel in a dunghill(まさにクソ山の中の宝石)」、すなわち「掃き溜め(バンタム級)に鶴」 だと表現したものでした。
時代は移ろい「黄金のバンタム=バンタム級はレベルが高い」と、まさに真逆に曲解することで「井上尚弥はファイトマネー20億円を稼ぐ世界的なスターになる」なんて白昼夢を浅はかなメディアが報道することがありますが、ありえません。
世界=欧米と見なすのは悔しいですが、もしニューヨークやラスベガスの大アリーナや、英国の巨大サッカースタジアムがボクシングの華だとするなら、バンタム級は所詮〝dunghill〟なのです。
バンタムは日本で例えるとスーパーミドルやライトヘビー、クルーザー級のようなもので、世界にとっては「何じゃそれは?」です。
リング誌のBEST FIGHTER POLL で史上初の1位に輝いたローマン・ゴンザレスに、井上尚弥が勝利を収めていたとしてもそれはジュニアバンタム級での話で、やはり jewel in a dunghill です。
純粋に実力評価の高いボクサーとの試合を〝ビッグファイト〟〝メガファイト〟と呼ぶならエデル・ジョフレを筆頭にビセンテ・サルディバル、ロベルト・デュラン、アレクシス・アルゲリョ、ウィルフレド・ゴメス、カオサイ・ギャラクシー、張正九、柳明祐、リカルド・ロペス、ノニト・ドネア、ポンサクレック・ウォンジョンカム、ローマン・ゴンザレスらときのPFPファイターが居並びます。
しかし、ここでは村田vsカネロを想定した「名前」や「興行規模」による、日本人ボクサーのメガファイトを10選したいと思います。
もちろん、ここでの「名前」や「興行規模」は那須川天心が泣かされたフロイド・メイウェザーは論外。アントニオ猪木が大借金を背負って戦ったモハメド・アリも該当しません。
後楽園ホールで行われた寺尾新のマニー・パッキャオ戦も違います。
今回の「ベスト10」は、ランキング方式ではなくクロニクル(時系列)で並べています。
①1953年5月19日(日本では「ボクシングの日」です)
世界フライ級15回戦
Undisputed Champion ダド・マリノ
vs
白井義男
会場は後楽園球場。現在で例えると東京ドームです。
世界王者は8人しかいない時代。リング誌には「世界王者の動向」が毎月レポートされ、8人の名前を知らないボクシングファンなどいるわけもない時代です。
午後8時のゴングにもかかわらず、正午から球場に詰めかけた観衆は、最終的にはなんと4万5000人までに膨れ上がったと伝えられています。
実数発表が定着するずっとずっと以前のメガファイトですから「4万5000人」は水増しされた切れの良い数字と考えられますが、それを考慮しても3万5000〜4万人は入ったと言われています。
さらに、驚くべきが観戦料です。
スペシャルリングサイド3600円、リングサイド2000円、普通指定席1000円、内野席1階900円、内野席2階500円、外野席200円。大卒初任給が6000円の時代ですから、少なく見積もっても、当時の貨幣価値は現在の30倍。
となるとスペシャルリングサイドは10万8000円、普通指定席で3万円、最も安い外野席でも6000円となります。
入場者数4万人、平均チケット価格1万5000円として計算してもゲート収入は6億円。今なら興行規模180億円。とんでもないメガファイトです。
スペシャルリングサイド3600円、リングサイド2000円、普通指定席1000円、内野席1階900円、内野席2階500円、外野席200円。大卒初任給が6000円の時代ですから、少なく見積もっても、当時の貨幣価値は現在の30倍。
となるとスペシャルリングサイドは10万8000円、普通指定席で3万円、最も安い外野席でも6000円となります。
入場者数4万人、平均チケット価格1万5000円として計算してもゲート収入は6億円。今なら興行規模180億円。とんでもないメガファイトです。
超高額のシートをセットした後楽園球場をフルハウスにし、TV視聴率調査が始まる以前なのでこのときの視聴率は存在しませんが、ほぼ100%だったでしょう。
白井の時代、世界王者になるのは今よりもはるかに難しかった一方で、国民は世界のヒーローに飢えていました。
大相撲は言うまでもなく、プロ野球も国内に閉塞していた時代、そして五輪も知らなかった時代。
日本人の手が届くかもしれない「世界で勝てるヒーロー」は、ボクシングをおいて他にはありませんでした。
白井は大正12年(1923年)生まれ。小学校六年生のとき、地元・荒川(東京)の夜祭りの余興でカンガルーと対戦してボコボコに負けたのがボクシングを始めたきっかけでした。
夜祭りの余興で小学生がカンガルーと対戦して惨敗…カンガルーへのリベンジを誓ったのがボクシングを始めるきっかけって!?これは本当の話ですか???動物虐待なのか児童虐待なのか、現代なら理解不能の怪事件です。
カンガルーvs小学生が「余興」…その夜祭りの「メインイベント」は何だったのでしょうか?そっちも気になってしまいます。
トレーナーはGHQ職員で生物学者のアルビン・ロバー・カーン博士です。GHQ???生物学者???
「夜祭りのカンガルー」「GHQの生物学者」「後楽園球場をフルハウス」…正真正銘の伝説、これぞメガファイトです。
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フシ穴の眼
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