日曜日に行こなわれる予定だったWBAフェザー級タイトルマッチは、前日計量で王者ブランドン・フィゲロアが体重超過のため王座剥奪。さらに体調不良を理由に挑戦者・亀田和毅との試合が当日中止となってしまいました。
全くお粗末な結果で、残り時間が少ない35歳の和毅には同情しかありません。
WBAは「チャンピオンシップ委員会は10月19日に会議を開き、亀田の状況はランキング上位選手の権利と共に、最優先事項として審議される予定」とプレスリリースを出しましたが、会議の内容は21日現在、まだ発表されていません。そもそも会議を開いているのかどうかも疑わしい…。

きょうの本題は和毅の発言(以下)と、減量の本質について、です。
「ここまで自分がやってきたこと、犠牲にしてきたこと、全てのトレーニングに、10キロ以上の減量。そういうものを僕らは抱えている。そもそもボクサーはみんな減量をすれば、体調は悪くなる。僕だって100%の状態じゃない」。
ーーー階級制の格闘技選手には付き物の減量ですが、対戦相手や自身のコンディションによって体重をデザインするヘビー級の選手は、過酷な減量とは無縁です。ヘビー級の選手は常に最強の自分を作り上げてリングに上がります。
リカルド・ロペスやフリオ・セサール・チャベス、フロイド・メイウェザー、日本でも内山高志のように、普段から厳しく節制して規定の体重から大きく逸脱せず、ナチュラルに近い体重で戦うファイターも存在します。
1日6〜8食・8,000kcal以上の食事を摂って人気階級のウエルター級の肉体を作り上げたマニー・パッキャオは極めて異例で、特にライト級以下のほぼ全てのファイターは減量で身を削ります。
減量は「より弱い相手と戦うために自分も弱体化する行為」に他なりません。
自分が弱体化すればするほど、より弱い相手と戦えるのです。あまりにも弱体化しすぎて前日計量で倒れて救急搬送される、減量の消耗で動きが鈍り負けてしまう、なんて本末転倒な喜劇はよく目にする光景です。
ほとんど全ての軽量級選手は、計量を済ますと病人食のような常温の水や暖かいスープを飲んで消耗した肉体を回復させます。
和毅が言うように、試合前日の計量前が最悪のコンディションーーーそれが、ボクシング軽量級の世界です。
多くのアスリートは体脂肪を削り筋肉量を増やして、肉体を鍛錬します。その結果、免疫力が落ちて感染症に弱くなるなど、けして健康的とは言えない側面もあります。
より軽い体重と強い血液を求めて、脂肪を限界まで削ぎ落とし、高校生でも鉄分注射まで使用することが最近まであった女子長距離選手は生理がなくなるなど、到底健康的とは言えません。
それはけして褒められたことではありませんが「より遅い相手を求めて自分も遅くなる」という倒錯的な行為ではなく、アスリートとして当然の「絶対的な速さ、最速の自分を求める」目的に迫るための手段です。
ところが、ボクシングの軽量級は違うのです。
より弱い相手を求めて、自分も弱体化するーーーそんな馬鹿げたことは、普通のアスリートならありえません。

アントニオ・マルガリートとのジュニアミドル級タイトルマッチでは151ポンドのキャッチウエイトも作れず、ウエルター級リミット(147ポンド)も大きく下回る144.5ポンドで計量したパックマン。
もちろん「勝つ」自分が最強という見方もあります。パッキャオは理想ですが、ジュニアフライ級の選手が過酷な減量をやめてライト級の肉体を作り上げても相手が強すぎて負けてしまうなら、スポーツの目的である「勝つ」ことから離れてしまいます。
「俺も減量が苦しいけど、あいつも頑張ってる。負けてたまるか」(ファイティング原田)という思いは尊く聞こえます。原田をモデルに減量を描いた「あしたのジョー」の力石徹を「より弱い相手と戦うために自分も弱体化した」と単純に切り捨てることはできません。
とはいえ…。


〝キックの神童〟那須川天心は58kg(武尊戦)前後、ボクシングならジュニアライト級(130ポンド)周辺で戦っていましたが、下半身に過剰な筋肉が要らないボクシングは122ポンドでデビュー。
プロ4戦目のジョナサン・ロドリゲス戦は120ポンド契約。か細くやつれて計量会場東京のエスカレーターで左右のベルトを弱々しく掴み「ああ、きつぅ…」と呻いた神童は、病人にしか見えませんでした。過酷な減量は〝骨肉〟を削るだけでなく声帯にまで大きなダメージを与え、声まで別人でした。
天心も「(ボクシングに転向してから試合のたびに体重を落としていって)今回は過去最軽量。ここから回復します」と、体調が最悪であると吐露していました。
過酷な減量は和毅と天心に限った話ではなく、日本の軽量級では当たり前の光景です。
より弱い相手と、弱体化した自分。その究極のバランスを求めるのが減量です。

ストーブをガンガン焚いた部屋で分厚い毛布にくるまって、身体中から水分を搾り取る井上尚弥。カサカサの皮膚、コケた頬、尖った顎…見るからにやつれきった計量前のモンスターの〝作り方(レシピ)〟です。
井上尚弥はジュニアフライ級(108ポンド)でデビューしましたが、プロテストはジュニアフェザー級(122ポンド)。もちろん、でっぷり脇腹に脂肪をまとってリングに上がったわけではありません。
将来の複数階級制覇で一つでも多くのクラスでタイトルを獲ろうという目論見から「長居は出来ない」大前提で、過酷な減量に耐え自らを弱体化させたのでした。
その後の井上の活躍を見ても、ジュニアフライ級というゾーンは「より弱い相手」と「自分の弱体化」のバランスが良くなかったといえるでしょう。
では、井上の2012年デビューがジュニアフェザー級だったなら?
2012〜2014年頃のジュニアフェザー級はWBA /WBOでは「技術だけなら全階級でNo.1」と言われたPFPファイターのギレルモ・リゴンドーが最強候補と見られ、井上陣営が拙速にアタックしたとは考えられません。
また、WBCは軽量級では稀有な人気者、レオ・サンタクルスとアブネル・マレスのやはりPFPファイターがビッグファイトを繰り広げ、こちらはこちらで対戦に漕ぎ着けるのはリゴンドー以上に難しい2人でした。
最も障壁が低かったIBFでも英国が興行権を支配、フェザー級でサンタクルスとのビッグファイトを控えたカール・フランプトン(未来のPFPファイターでFighter Of The Year)がベルトを掴んでいました。
常識的に考えて、井上がタイトルアタックするのに当時のジュニアフェザー級は敗北リスクはもちろん、契約成立まで様々なコストがあまりにも大きすぎました。
しかし、本当に価値のある世界一ならコスパ最高なんてありえません。ところが、多くのケースで最高のコスパで選り取り見取りで相手を選べるのが日本にとってのボクシング軽量級なのです。
絶対的な強さの追求とナチュラルな強さを放棄。相対的な強さを希求して、ときには命を落とすほど健康を害して弱体化する。
健康を害するまで肉体を萎ませてたのに、計量が終わると一転。今度は明日の試合までにやはり不健康にリバウンドして対戦相手よりも大きな体になることを目指す…。
そんなの、アスリートではありません。本来なら階級制にすべき相撲では、どの力士も「最強の自分」を目指します。より弱い相手を求めようにも悲しいかな、そこには細分化された超軽量級がありません。
大相撲ジュニアフェザー級の横綱が大相撲PFPキング、なんてロジックがあれば良いのですが…。

喉の渇きを感じる前に水分補給するーーーアスリートどころか、今では普通の人ですら理解している当たり前の常識からも逸脱してでも自分を弱体化させ、ときには命まで落とす危険に直面する、それが減量です。
もちろん、あらゆる減量を否定するわけではありません。
しかし、多くの減量が「より弱い相手を求めて自分も弱体化させる」行為であることは、誰1人として否定できないでしょう。
「(ファイティング原田らは)減量がきつい、きついなんて人前でべらべらしゃべったらアカン。減量なんて自慢にならんからね。そんなに辛かったら、ライト級でもウエルター級でも辛くない階級で戦ったらええねん。なんでそうせぇへんの?って話や」(渡辺二郎)。
別のシリーズでも書いていますが、回復の時間が長いがゆえに、より過酷な減量の余地が大きいだけでなく、当日体重で不公平な危険が生じる前日計量は深刻すぎる問題を孕んでいます。
硬膜下血腫を引き起こしやすいことが証明されている水抜き減量も、前日から当日にかけての回復時間が必要とされます。
「当日計量では減量による甚大な消耗から回復しないままリングに上がることになるから前日計量が導入されたが、どちらが危険かはもはや明らか」(VADA創始者 マーガレット・グッドマン)ーーーボクシングの計量も、前日一発ではなく、ハイドレーションテストの実施・当日計量での大幅な増量の禁止を含めた〝2段階認証〟〝3段階認証〟が必要でしょう。
もちろん、ローカル団体が統括するという歪な構造のプロボクシングでは「前日計量・尿比重検査・当日計量」の全てで超過しても試合決行することも無くなりません。
現代では計量の意味は無くなっているケースもあります。
それどころか、認定団体はオシャキー・フォスターvsスティーブン・フルトンのような「体重超過なら上のクラスのタイトルマッチに変更!」なんて〝犯罪行為〟にまで手を染めています。彼らが最も恐れるのは、メディアやファンの非難ではありません。認定料を取りっぱぐれることです。
和毅は「契約違反をしたんだから、世界共通の罰則や契約を守った選手への救済措置が必要」と、まるでボクシングがスポーツであるかのように訴えていますが、この競技には世界の統括団体は存在しません。
そして、スターシステムがこの世界の絶対法則なので、理不尽で不条理なことはいくらでも起き続けます。あなたのご家族がよくご存知のように。
その意味では「カネロの方が遥かに報酬が高いなんて契約は受け入れられない」と、正論を展開したゲンナジー・ゴロフキンも言いたかっただけで改善されるとは思っていなかったでしょうが、スターのご機嫌を損ねたのは大間違いでした。
欧米にファンベースがなく人気階級としては商品価値が低すぎるカザフスタン人のGGGが、フォーブスのスポーツ長者番付に名前が刻まれたのは、カネロと戦ったときだけなのですから…。
井上尚弥がルールを破って「相手陣営がいないのに試合用のグローブを開封した」と怒りをぶちまけたノニト・ドネアも大馬鹿者です。自分が完全Bサイドであることをわきまえているのでしょうか?
米国で全く人気がなくボブ・アラムに不良債権扱いされたドネアが大興行でメインを張れる、大勢の観客から応援されるなんて花舞台を経験できて、キャリア最高の報酬まで手に入るのは日本だけなのですから…。

⬆︎これが長蛇の列に並んで買うほど美味いのかどうか?上野のポップアップショップは3時間待ち…もし、東京のデパ地下でも当たり前に買えたら新大阪の大行列は消えるのか?一方で、お土産にもかかわらず、地元民があまりにも普通に食べている…深すぎるテーマです。お!順番が来ました。(本文とは少しだけ関係があります)
全くお粗末な結果で、残り時間が少ない35歳の和毅には同情しかありません。
WBAは「チャンピオンシップ委員会は10月19日に会議を開き、亀田の状況はランキング上位選手の権利と共に、最優先事項として審議される予定」とプレスリリースを出しましたが、会議の内容は21日現在、まだ発表されていません。そもそも会議を開いているのかどうかも疑わしい…。

きょうの本題は和毅の発言(以下)と、減量の本質について、です。
「ここまで自分がやってきたこと、犠牲にしてきたこと、全てのトレーニングに、10キロ以上の減量。そういうものを僕らは抱えている。そもそもボクサーはみんな減量をすれば、体調は悪くなる。僕だって100%の状態じゃない」。
ーーー階級制の格闘技選手には付き物の減量ですが、対戦相手や自身のコンディションによって体重をデザインするヘビー級の選手は、過酷な減量とは無縁です。ヘビー級の選手は常に最強の自分を作り上げてリングに上がります。
リカルド・ロペスやフリオ・セサール・チャベス、フロイド・メイウェザー、日本でも内山高志のように、普段から厳しく節制して規定の体重から大きく逸脱せず、ナチュラルに近い体重で戦うファイターも存在します。
1日6〜8食・8,000kcal以上の食事を摂って人気階級のウエルター級の肉体を作り上げたマニー・パッキャオは極めて異例で、特にライト級以下のほぼ全てのファイターは減量で身を削ります。
減量は「より弱い相手と戦うために自分も弱体化する行為」に他なりません。
自分が弱体化すればするほど、より弱い相手と戦えるのです。あまりにも弱体化しすぎて前日計量で倒れて救急搬送される、減量の消耗で動きが鈍り負けてしまう、なんて本末転倒な喜劇はよく目にする光景です。
ほとんど全ての軽量級選手は、計量を済ますと病人食のような常温の水や暖かいスープを飲んで消耗した肉体を回復させます。
和毅が言うように、試合前日の計量前が最悪のコンディションーーーそれが、ボクシング軽量級の世界です。
多くのアスリートは体脂肪を削り筋肉量を増やして、肉体を鍛錬します。その結果、免疫力が落ちて感染症に弱くなるなど、けして健康的とは言えない側面もあります。
より軽い体重と強い血液を求めて、脂肪を限界まで削ぎ落とし、高校生でも鉄分注射まで使用することが最近まであった女子長距離選手は生理がなくなるなど、到底健康的とは言えません。
それはけして褒められたことではありませんが「より遅い相手を求めて自分も遅くなる」という倒錯的な行為ではなく、アスリートとして当然の「絶対的な速さ、最速の自分を求める」目的に迫るための手段です。
ところが、ボクシングの軽量級は違うのです。
より弱い相手を求めて、自分も弱体化するーーーそんな馬鹿げたことは、普通のアスリートならありえません。

アントニオ・マルガリートとのジュニアミドル級タイトルマッチでは151ポンドのキャッチウエイトも作れず、ウエルター級リミット(147ポンド)も大きく下回る144.5ポンドで計量したパックマン。
もちろん「勝つ」自分が最強という見方もあります。パッキャオは理想ですが、ジュニアフライ級の選手が過酷な減量をやめてライト級の肉体を作り上げても相手が強すぎて負けてしまうなら、スポーツの目的である「勝つ」ことから離れてしまいます。
「俺も減量が苦しいけど、あいつも頑張ってる。負けてたまるか」(ファイティング原田)という思いは尊く聞こえます。原田をモデルに減量を描いた「あしたのジョー」の力石徹を「より弱い相手と戦うために自分も弱体化した」と単純に切り捨てることはできません。
とはいえ…。


〝キックの神童〟那須川天心は58kg(武尊戦)前後、ボクシングならジュニアライト級(130ポンド)周辺で戦っていましたが、下半身に過剰な筋肉が要らないボクシングは122ポンドでデビュー。
プロ4戦目のジョナサン・ロドリゲス戦は120ポンド契約。か細くやつれて計量会場東京のエスカレーターで左右のベルトを弱々しく掴み「ああ、きつぅ…」と呻いた神童は、病人にしか見えませんでした。過酷な減量は〝骨肉〟を削るだけでなく声帯にまで大きなダメージを与え、声まで別人でした。
天心も「(ボクシングに転向してから試合のたびに体重を落としていって)今回は過去最軽量。ここから回復します」と、体調が最悪であると吐露していました。
過酷な減量は和毅と天心に限った話ではなく、日本の軽量級では当たり前の光景です。
より弱い相手と、弱体化した自分。その究極のバランスを求めるのが減量です。

ストーブをガンガン焚いた部屋で分厚い毛布にくるまって、身体中から水分を搾り取る井上尚弥。カサカサの皮膚、コケた頬、尖った顎…見るからにやつれきった計量前のモンスターの〝作り方(レシピ)〟です。
井上尚弥はジュニアフライ級(108ポンド)でデビューしましたが、プロテストはジュニアフェザー級(122ポンド)。もちろん、でっぷり脇腹に脂肪をまとってリングに上がったわけではありません。
将来の複数階級制覇で一つでも多くのクラスでタイトルを獲ろうという目論見から「長居は出来ない」大前提で、過酷な減量に耐え自らを弱体化させたのでした。
その後の井上の活躍を見ても、ジュニアフライ級というゾーンは「より弱い相手」と「自分の弱体化」のバランスが良くなかったといえるでしょう。
では、井上の2012年デビューがジュニアフェザー級だったなら?
2012〜2014年頃のジュニアフェザー級はWBA /WBOでは「技術だけなら全階級でNo.1」と言われたPFPファイターのギレルモ・リゴンドーが最強候補と見られ、井上陣営が拙速にアタックしたとは考えられません。
また、WBCは軽量級では稀有な人気者、レオ・サンタクルスとアブネル・マレスのやはりPFPファイターがビッグファイトを繰り広げ、こちらはこちらで対戦に漕ぎ着けるのはリゴンドー以上に難しい2人でした。
最も障壁が低かったIBFでも英国が興行権を支配、フェザー級でサンタクルスとのビッグファイトを控えたカール・フランプトン(未来のPFPファイターでFighter Of The Year)がベルトを掴んでいました。
常識的に考えて、井上がタイトルアタックするのに当時のジュニアフェザー級は敗北リスクはもちろん、契約成立まで様々なコストがあまりにも大きすぎました。
しかし、本当に価値のある世界一ならコスパ最高なんてありえません。ところが、多くのケースで最高のコスパで選り取り見取りで相手を選べるのが日本にとってのボクシング軽量級なのです。
絶対的な強さの追求とナチュラルな強さを放棄。相対的な強さを希求して、ときには命を落とすほど健康を害して弱体化する。
健康を害するまで肉体を萎ませてたのに、計量が終わると一転。今度は明日の試合までにやはり不健康にリバウンドして対戦相手よりも大きな体になることを目指す…。
そんなの、アスリートではありません。本来なら階級制にすべき相撲では、どの力士も「最強の自分」を目指します。より弱い相手を求めようにも悲しいかな、そこには細分化された超軽量級がありません。
大相撲ジュニアフェザー級の横綱が大相撲PFPキング、なんてロジックがあれば良いのですが…。

喉の渇きを感じる前に水分補給するーーーアスリートどころか、今では普通の人ですら理解している当たり前の常識からも逸脱してでも自分を弱体化させ、ときには命まで落とす危険に直面する、それが減量です。
もちろん、あらゆる減量を否定するわけではありません。
しかし、多くの減量が「より弱い相手を求めて自分も弱体化させる」行為であることは、誰1人として否定できないでしょう。
「(ファイティング原田らは)減量がきつい、きついなんて人前でべらべらしゃべったらアカン。減量なんて自慢にならんからね。そんなに辛かったら、ライト級でもウエルター級でも辛くない階級で戦ったらええねん。なんでそうせぇへんの?って話や」(渡辺二郎)。
別のシリーズでも書いていますが、回復の時間が長いがゆえに、より過酷な減量の余地が大きいだけでなく、当日体重で不公平な危険が生じる前日計量は深刻すぎる問題を孕んでいます。
硬膜下血腫を引き起こしやすいことが証明されている水抜き減量も、前日から当日にかけての回復時間が必要とされます。
「当日計量では減量による甚大な消耗から回復しないままリングに上がることになるから前日計量が導入されたが、どちらが危険かはもはや明らか」(VADA創始者 マーガレット・グッドマン)ーーーボクシングの計量も、前日一発ではなく、ハイドレーションテストの実施・当日計量での大幅な増量の禁止を含めた〝2段階認証〟〝3段階認証〟が必要でしょう。
もちろん、ローカル団体が統括するという歪な構造のプロボクシングでは「前日計量・尿比重検査・当日計量」の全てで超過しても試合決行することも無くなりません。
現代では計量の意味は無くなっているケースもあります。
それどころか、認定団体はオシャキー・フォスターvsスティーブン・フルトンのような「体重超過なら上のクラスのタイトルマッチに変更!」なんて〝犯罪行為〟にまで手を染めています。彼らが最も恐れるのは、メディアやファンの非難ではありません。認定料を取りっぱぐれることです。
和毅は「契約違反をしたんだから、世界共通の罰則や契約を守った選手への救済措置が必要」と、まるでボクシングがスポーツであるかのように訴えていますが、この競技には世界の統括団体は存在しません。
そして、スターシステムがこの世界の絶対法則なので、理不尽で不条理なことはいくらでも起き続けます。あなたのご家族がよくご存知のように。
その意味では「カネロの方が遥かに報酬が高いなんて契約は受け入れられない」と、正論を展開したゲンナジー・ゴロフキンも言いたかっただけで改善されるとは思っていなかったでしょうが、スターのご機嫌を損ねたのは大間違いでした。
欧米にファンベースがなく人気階級としては商品価値が低すぎるカザフスタン人のGGGが、フォーブスのスポーツ長者番付に名前が刻まれたのは、カネロと戦ったときだけなのですから…。
井上尚弥がルールを破って「相手陣営がいないのに試合用のグローブを開封した」と怒りをぶちまけたノニト・ドネアも大馬鹿者です。自分が完全Bサイドであることをわきまえているのでしょうか?
米国で全く人気がなくボブ・アラムに不良債権扱いされたドネアが大興行でメインを張れる、大勢の観客から応援されるなんて花舞台を経験できて、キャリア最高の報酬まで手に入るのは日本だけなのですから…。

⬆︎これが長蛇の列に並んで買うほど美味いのかどうか?上野のポップアップショップは3時間待ち…もし、東京のデパ地下でも当たり前に買えたら新大阪の大行列は消えるのか?一方で、お土産にもかかわらず、地元民があまりにも普通に食べている…深すぎるテーマです。お!順番が来ました。(本文とは少しだけ関係があります)





