ボクシング、五輪の金メダル。
それが、アルファベット団体の量産ベルトよりも遥かに価値がある理屈は誰にでもわかると思います。
昨日、不幸な交通事故で天国に旅立ったパーネル・ウィテカーはメディアから「人生最高の瞬間」を問われたとき、いつも同じ答えを繰り返していました。
The Olympics was different. It was the most successful time in my life winning the Olympic gold medal.
「とにかくオリンピックは特別なんだ。金メダルを獲ったときが人生最高の時間だった」。
ウィテカーだけではありません。
シュガー・レイ・レナード、オスカー,デラホーヤ、レノックス・ルイス、ウラジミール・クリチコ、アンドレ・ウォード…彼らはみんな、国を背負った戦いの頂点に立つことの意味がどれだけ大きいかを誇らしげに語ってきました。
金メダルをオハイオ川に投げ捨てたという逸話を持つモハメド・アリですらローマ五輪で金メダルを獲った思い出を「あれほど誇らしいことは人生においてなかった」と振り返っています。

娘の誕生日プレゼントを買うために金メダルを売ったユリオルキス・ガンボアも「人生で最も大切なものだったが、五輪で金メダルを獲った思い出は、誰にも売らないし誰も買えやしない」と話しています。
レナードならトミー・ハーンズやハグラーとの歴史的な試合、レノックスならマイク・タイソンを粉砕した一戦を挙げても良さそうなのですが、彼らも「五輪は特別」と異口同音です。
翻って、日本のアスリート、ボクサーはどうでしょうか。
多くのアスリートにとって、五輪の金メダルはやはり特別なものですが、国旗を背負った戦いという意識は希薄な印象があります。
もっと正確にいうと「母国のために戦う」と言葉にするのはもちろん、意識することも敬遠される風土が出来上がっているのではないでしょうか。
アマチュア時代の村田諒太は「日本人がミドル級なんて不可能、通用しない」という世間の目に反発はしてギラギラしていましたが、それは「日本人に不可能かどうかなんて村田諒太には関係ない。日本人に不可能なことでも村田諒太なら可能なんです」という彼自身の言葉を待つまでもなく〝自分の存在証明〟のために戦っていました。
レナードやウィテカーらは国のために五輪を戦い、プロでは自分のために戦いました。
しかし…村田諒太の場合は、もしかしたら逆だったのかもしれません。
自分だけのためじゃないから、多くの人の夢も一緒に背負いこんでいるから、今まで慎重な戦い方しか出来なかったのでしょう。
村田は現代ボクシングでは珍しい攻防分離の強打者です。クラス最強と目される右を持ちながら、これまでのプロ17試合で合計106ラウンドも戦ってきました。
1試合あたり6.24ラウンドを要している計算です。3ラウンド以内のKOはブラントとの再戦まではたったの3試合しかありませんでした。
世界トップの強打者が、温室の中で当てがわれた雑魚を相手に、石橋を叩いて戦って来たのです。
世界トップの強打者が、温室の中で当てがわれた雑魚を相手に、石橋を叩いて戦って来たのです。
本当の村田は、もっと早い時間で相手を破壊する、しなければいけないタイプなのに。
「自分のために戦う」。そうするには、あまりにも多くの人の情熱と期待と夢を背負い過ぎました。
それでも、プロ転向から6年、17戦目にして「自分のために戦う」姿を見せてくれました。
さあ、あとはもう、全部、自分のために戦って下さい。
それがどんな結果であっても、もう十分に「日本人には不可能」な夢を見せてくれました。
好きなようにやっちゃって下さい。
「自分のために戦う」。そうするには、あまりにも多くの人の情熱と期待と夢を背負い過ぎました。
それでも、プロ転向から6年、17戦目にして「自分のために戦う」姿を見せてくれました。
さあ、あとはもう、全部、自分のために戦って下さい。
それがどんな結果であっても、もう十分に「日本人には不可能」な夢を見せてくれました。
好きなようにやっちゃって下さい。
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