Breez is Nice!

フルマラソンという過酷な競技で世界を震撼させる驚異的な記録を打ち立てたばかりか、その記録をさらに大きく更新してみせたデレク・クレイトンと、ポーラ・ラドクリフは、その衝撃度が大き過ぎたがゆえに「距離が短かったに違いない」「どうせドーピングしているんだろう」と疑惑の目に曝されてしまいました。

「距離が短い」という疑惑は、2度も驚異的な世界記録を出したという事実を考えると、その2回の大会ともに距離が短かったという可能性は低く、2度の更新はそクレイトンやラドクリフの実力が本物であることを裏付ける説得力のある証拠の一つです。

「距離が短かった」ということは大会運営側の責任である一方で、「ドーピング」はアスリート(ドーピングした時点で彼らをアスリートと呼ぶことは憚られますが) の責任(先日のカヌー競技で起きた濡れ衣の例もありますが)です。

クレイトンが世界を2度驚かせた1960年代、ドーピングはすでに深刻な問題となっていましたが、現在ほど社会に認知されていなかったこともあり、疑惑の目はもっぱら「距離」に向けられました。

もし、今の時代にクレイトンのように世界記録(2時間2分57秒)を2分23秒上回る2時間00分34秒で走り、さらにその記録を1分3秒も縮める1時間59分31秒で更新するマラソンランナーが出現したら、その疑惑の目は「ドーピング」に集中することでしょう。

ラドクリフは、その疑惑の嵐に巻き込まれたのです。

2002年、最初の世界記録を樹立したラドクリフは、その年の英国国立放送BBCから年間最優秀選手賞に選ばれ、エリザベス女王からナイトの勲位、MBE(Member of the Most Excellent Order of the British Empire)を授与されました。


この頃から、引退する2015年までの13年間に及ぶ長い年月を、彼女はライバルやタイムだけでなく、ドーピング疑惑とも戦い続けてきたのです。 
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驚異の記録を出したがために向けられた、疑惑の目。

それも重い足かせになったのかもしれませんが、彼らの不幸は続きます。

1967年(福岡)国際マラソンで人類初の2時間10分斬りを果たしたクレイトンは、マラソン6戦6勝(途中棄権1試合を除く)の世界記録保持者として、1968年のメキシコ五輪に挑みました。

もちろん、圧倒的な優勝候補です。

しかし、2時間27分23秒、自己ワーストで7位に沈みます。酸素の薄い高地の影響から免れなかったとはいえ、自身の世界記録から約18分も遅れてしまったのです。

優勝したマモ・ウォルデのタイムは、やはり高地の影響を受けて2時間20分26秒でしたが、ウォルデの自己ベストはクレイトンの世界記録から6分以上も遅い2時間16分19秒でした。

翌1969年、アントウェルペンで2時間8分33秒で走り、自らの世界記録を更新、再び世界を驚かせたクレイトンは、72年のミュンヘン五輪までマラソンを10度走り優勝7回、2位、5位、棄権が1回ずつという驚異的な強さを見せつけました。

この4年間もクレイトンの世界記録2時間8分33秒が破られることはなく、2時間10分を切るサブテンランナーすら一人も現れませんでした。

そして迎えた1972年ミュンヘン五輪。このとき、クレイトン29歳。

メキシコの借りを返すときが、ついにやって来たのです。…そのはずでした。

しかし、五輪の舞台はまたしてもクレイトンに苛酷な現実を突きつけます。メキシコをさらに下回る13位、そのマラソン人生で唯一の二桁順位で敗れ去ったのでした。

完走した18レースで14度の優勝。メキシコ7位、ミュンヘン13位。そして2位と5位が1度ずつ。棄権4レースを含めても22戦14勝です。

やはり、五輪に縁が無かった瀬古利彦も15戦10勝と驚異的な数字を収め、世界最強と評価された時期もありました。しかし、瀬古は圧倒的なレースを見せることはなく、ギリギリの間合いで〝後の先〟を制する勝負強さは光っていましたが、世界記録は一度も出していません。

男子マラソン史上、最もセンセーショナルで、最も強いクレイトンでしたが、世界一の舞台で栄冠に輝くことは、ついに一度もなかったのです。

現在のように五輪を挟んで世界陸上が2年に一度開催される環境なら、クレイトンは世界チャンピオンに何度か輝いていたかもしれませんが、そんなことは誰にもわかりませんし、スポーツの世界でタラレバを語ることほど虚しいことはありません。

圧倒的な戦績を残しながら、たった2つのレースだけで惨敗を喫した、その2つともが五輪であったというのは単なる偶然とは考えにくいと感じる人も多いでしょう。

しかし、異様に勝負弱かったと考えるのも、推測の域を出ません。単純に巡り合わせが悪かっただけなのかもしれません。

ただ、間違いないことが一つだけあります。デレク・クレイトンが衝撃的な世界記録を2度も出した、偉大なマラソンランナーであるという事実です。

クレイトンに取り憑いた五輪の巡り合わせは、ラドクリフも苦しめました。 それも、より苛酷な形で。
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昨夜、テレ朝系で放映された「ファン1万人がガチ投票!プロ野球総選挙」。

初仕事となった職場、新年会の席でも「あれはおかしい!」と話題になりました。

テレビ朝日の公式HPを見ると「プロ野球史上もっともスゴイ選手が「野手」「投手」部門でそれぞれ決定!」「番組では野球ファン1万人に一大アンケートを実施!さらに現役選手、OB選手、さらに野球記者、さらにさらに!野球に詳しいタレントにも徹底リサーチ!史上初の「歴代スター選手番付」が完成した!」ということしかわからず、「ファン1万人」の属性(性別・年代・居住地など)には触れていません。

日本全国1億2千万人の総意を測るサンプル数として、「1万人」という数字は、マーケティング・リサーチの視点からは、十分すぎるものです。

問題は、そのサンプルの属性や内訳ですね。属性のバランスを無視してしまうと「男女差」「年代差」「地域差」の公平を欠いてしまいます。特に、「プロ野球史上もっともスゴイ選手」という時代をまたがるテーマで、属性をランダムにリサーチしてしまうと、総意からかけ離れた無茶苦茶な結果になるのは目に見えています。

また、調査時期や方法によっても大きなバイアスがかかりますね。

このリサーチは、大谷翔平の去就が注目された昨年後半に実施されたと思われるので、この事実上の人間国宝に多くの票が集まったことは容易に想像できます。

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【MLBで年間最高選手の栄光に輝いたイチローの偉業を大きく超えるプレーヤーなど、未来永劫この国から生まれるわけがないと確信していました。彼はMLBの規格の中で頂点を掴んだのですから。しかし…長年、日本のファンが「規格外だ…」とタメ息をつき敗北感にさいなまれていたMLBの世界から逆に「規格外だ」と驚愕される日本人が出現するなんて、妄想すら出来ませんでした。欧米から「想像力の塊だ」と称賛されているのは日本のマンガですが、まさかマンガの世界を具現化する若者が現れるなんて…。大谷翔平はクールジャパンの最終兵器なのかもしれません!といっても、このベビーフェイスの怪物はMLBでは何一つ成し遂げていません、ゼロです。伝説の1ページ目はまだめくられてもいませんが、どんなファンタジー小説もSF映画もぶっ飛ぶような途轍もない物語が、日本人の若者を主人公として、今まさに始まろうとしているのです!】

方法という点では、「純粋想起なのか助成想起なのか」「シングルアンサーなのかマルチアンサーなのか」によっても、その結果は大きく異なります。街中でいきなり「プロ野球史上もっともスゴイ選手は?」とマイクを向けられると、長年のファンでも「大谷?」と口走ってしまいそうです。

しかし、100人程度のグレートを絞って提示、「この中から〝プロ野球史上もっともスゴイ選手〟を5人選んで下さい。1位点から5位点で順位を決めます」と聞かれると、大谷を1位に選ぶファンは激減するのではないでしょうか。

プロボクシングには〝史上もっともスゴイ選手〟を測るPFPという物差しが根付いています。陸上競技や水泳などのタイム競技は〝数字〟という絶対的な指標を持っています。

その一方で、本当の国技と言い切って差し支えない野球の世界には〝史上もっともスゴイ選手〟を測る物差しが見当たらない状況です。

「時代を牽引し、日本列島を熱狂させた」という物差しなら、これはもはや長嶋茂雄でしかありえません。

「アスリートとして最も高いステージで最も大きな成果を収めた」という物差しなら、多くのファンがイチローで納得するでしょう。

「偉大。苛烈な逆風を全身に受けながら開拓不可能と思われたフロンティアに後輩たちの道標を刻んだ偉大さ」という物差しなら、野茂英雄、その人しかいません。

昨夜、多くの野球ファンを楽しませてくれた番組が議論を呼んでいる理由は、おそらく「リサーチの基本」から大きく逸脱していたこと、〝スゴイ〟の「物差し」を全く提示しなかったために、その順位の「裏付け」もやはり全く見えてこなかったことです。

「プロ野球史上もっともスゴイ選手=エンターテインメントに秀でた選手」であるなら、新庄剛志(阪神)は大いにアリですよね。

「プロ野球史上もっともスゴイ選手=もっとも劇的な瞬間を演出した選手」であるなら、リーグ優勝を決定させる、まさかの代打逆転サヨナラ本塁打を放った北川博敏(元阪神)を挙げて文句のある人はいないでしょう。

「プロ野球史上もっともスゴイ選手=圧倒的な実力をまざまざと見せつけた選手」であるなら、オールスターで9連続三振を奪った江夏豊(阪神)でしょう。

何はともあれ、野球中継が激減というか、ほぼ絶滅状態の現在、ゴールデンタイムにこういう番組がオンエアされることは、野球ファンばかりか、野球界にとっても最高です。

納得できない方は「喝!」と怒号しているでしょうし、異論反論が渦巻くのは当然ですが、プロ野球にとっては間違いなくプラスな、楽しい番組でした。
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今年の箱根駅伝も、30%に迫る視聴率を記録、多くの人が冬の箱根路を駆け抜ける大学生ランナーを応援しました。

これは、数字だけなら昨年の野球日本シリーズやJリーグの優勝争いといったメジャーなプロスポーツのビッグマッチの視聴率を大きく上回るものです。

もちろん、視聴率だけでそのスポーツへ注がれるファンの熱量を測ることはできません。正月3が日というライバル番組が見当たらない特殊な日程が、多くの世帯で「とりあえず箱根駅伝でも見るか」とチャンネルを合わせる大きな原因になっているのかもしれません。

箱根路には、チャンスで何度も凡退する主軸打者や、絶好のシュートチャンスをミスしたストライカーへ浴びせられるような辛辣な罵声は聞こえてきません。

また、同じアマチュアスポーツでも高校野球の甲子園大会のように「こいつはプロでも通用するな」といったマニア期待の声もまず聞かれません。

穏やかな正月の二日間で優しく完結される、世界陸上や五輪に続く物語を誰も予感することなく、温かいまなざしでランナーを見守り、打たない主力打者や決定力のないストライカーに苛立つこともなく、安心して観戦できるスポーツイベントです。

1989年からTV完全中継された当時の箱根駅伝は、今では考えられないほどに地味で、関東の大学スポーツでもラグビーや野球に人気面で大きく引き離された存在でした。

それから30年。日本テレビと関東学生競技連盟の不断の努力と工夫の積み重ね、そしてランナーたちの大幅な競技力向上によって、ラグビーや野球はおろか、視聴率だけならプロ野球をも上回る最強のスポーツコンテンツに成長しました。

完全中継が始まった当時、大学で長距離を走っていた私からすると本当に感慨深いものがあります。

一方で、全体的には目覚ましい競技力アップを遂げた反面、箱根から世界陸上や五輪といった世界のステージで活躍するランナーの数は減っています。

この30年で、学生長距離の競技力ピラミッドは富士山型から、中腹が大きく膨らむ壺型に変形しています。全体的には競技力が向上、底上げされた一方で、頂上の高さはほとんど変わっていないのです。

もちろん、この30年で関東の大学、陸上長距離が経験した全体的な競技力向上はあらゆるスポーツを見渡しても歴史上例がないもので、その意義が大きいことは言うまでもありません。

この背景に、受験生獲得やイメージ・認知度の向上を狙った大学が大きな予算を割いて、長距離チームを強化したという露骨なコマーシャリズムが横たわっていることも、一概に悪いこととは言い切れません。

大学体育会の部活動の中で陸上部、正確には長距離チームにだけ予算が集中され、他の部活や陸上部の他の種目への投資が激減するのも、大学経営がビジネスである以上は仕方がないことです。

絶滅危惧種のように、マイナースポーツだからといってWWFが保護してくれるわけもなく、それぞれの部活が創意工夫して生き残っていくしかありません。

箱根駅伝、関東学生陸上競技連盟は、今のところの勝者なのです。

それでも、個々の大学だけでなくテレビやスポンサーも巻き込んだ、この巨大な投資が、東京箱根間を往復するわずか200キロ余りの局地で完結してしまう内向的なベクトルに偏り、箱根駅伝誕生の理念でもある「五輪で活躍できる長距離走者の育成」という地球規模の視点がボヤけてしまっているのだとしたら、少し残念な気もします。

箱根で完結する。

選手にとってはそれだけの魅力があり、大学側にとってもそれだけの価値を認める、素晴らしい大会に成長したからこそですが、丸二日間のロングラン中継の中で箱根駅伝だけでない、マラソンを中心とした長距離種目の現在の世界地図や歴史を紹介する、「箱根路の続きにある世界」を案内する時間が少しだけあっても良いかもしれません。

箱根路の向こう側まで走り続けるランナーを応援する、箱根のファンを世界に誘うコーナーがほんの少しだけあっても良いのかもしれません。

「箱根駅伝が日本の長距離界が低迷している元凶」と揶揄されることもありますが、それは全くの見当違いです。

もし今も箱根駅伝がラグビーや野球に後塵を拝する地味なポジションのままであったとしたら、そういう批判を受けることはなかったでしょう。。

関東陸連の地方大会にもかかわらず、国民的イベントにまで昇華したからこそ、その存在感にふさわしい役割、堅苦しい言葉を使うと責任が期待されているのだと思います。

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【私が箱根を走れなかったゆえの憧憬だけではないでしょう。往路優勝校に贈られる寄木細工のトロフィーの美しさ、ランナーの首にかけられるやはり寄木細工のメダルのおしゃれなこと…本当に素敵なトロフィーとメダルです。】

前置きが長くなりました。

箱根から世界を目指す若きランナーに目指して欲しいのは、「日本人1位」で世界の舞台の端っこに立つだけでなく、世界をねじ伏せる、世界に衝撃を与えるような圧倒的な存在です。

話が飛びますが、3年前にヤンキースタジアムでレッドソックス戦を観戦する機会がありました。

上原浩治がクローザーとして、敵地ヤンキースタジアムの9回裏のマウンドに上がり、地響きのようなブーイングの中でピシャリと抑えた姿に「360度全部敵のこんな雰囲気でよく投げられるね」と感心する私に、同行した阪神ファンの友人が「上原は甲子園でタイガース相手に何度も投げてるやん。あれに比べたらヤンキースタジアムのブーイングなんて蚊の羽音にも感じてへんわ」と当たり前だろと言わんばかりに答えました。

私も阪神ファン、野球ファンです。巨人時代の上原は憎たらしいだけの存在でしたが、異国のマウンドで堂々と投げるその姿は、自分のことのように誇らしく感じました。

メジャーリーグに優秀なプレイヤーを送り出し続ける日本のプロ野球のような逞しさと矜持を、箱根駅伝も手に入れることが出来たら、素晴らしいことだと思います。

近い未来の五輪の長距離種目で過酷な優勝争いをする日本選手に「大丈夫、あいつは箱根を走ってるからエチオピア人にもケニア人にも絶対負けないよ」そんな風に話せる日が来たら、泣くほど素晴らしいことだと思います。

ここからは、世界をねじ伏せ、衝撃を与えた超絶的な存在だったという点で、箱根路を走ったランナーが目指して欲しい、英国の女性ランナーと、オーストラリアの男性ランナーのお話です。

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2時間15分25秒。

今なお驚異的な女子マラソン世界記録は、15年間も更新されていません。

昨年4月にケニアのメアリー・ケイタニーが、世界歴代2位の2時間17分01秒でロンドンマラソンを走り抜けましたが、1位の記録とは1分46秒もの大きな差が開いています。

恐るべき、2時間15分25秒。

1952年ヘルシンキ五輪で2位に2分30秒以上の大差をつけて圧勝した人間機関車、エミール・ザトペックがゴールテープを切ったとき、スタートから2時間23分3秒が経っていました。

1960年ローマ五輪、裸足のアベベ・ビキラが世界記録で優勝、世界中に衝撃を与えたそのタイムが2時間15分16秒でした。

2時間15分25秒。これは、ヘルシンキのザトペックを2キロ以上も後方に置き去りにして、ローマのアベベを9秒差に追い詰めるタイムです。

今年の箱根駅伝の出場選手で、2時間15分でマラソンを走れるランナーが果たして何人いるでしょうか。

この恐るべき記録を打ち立てたのは、ポーラ・ラドクリフ。

1973年、英国チェシャー州ノースウィッチで生まれたラドクリフは、幼少期に喘息や貧血に悩まされながらも、ランニングを始めました。

本格的に競技に没頭するようになると、その才能はすぐに開花、1996年22歳のときにアトランタ五輪に出場、5000メートルで決勝まで進み、見事5位入賞を果たします。それから3年後のセビリア世界陸上では10000メートルで2位、銀メダルを獲得しました。

その後、5000メートルは14分29秒、10000メートルは30分1秒まで記録を伸ばし、いずれも英国歴代最高記録です。

マラソン挑戦は2002年4月、地元英国ロンドンマラソンがその舞台でした。優勝候補は、デフェンディングチャンピオンのデラルツ・ツル(エチオピア)。日本の土佐礼子ら強豪選手がスタートラインに居並びましたが、ラドクリフは圧倒的な強さを見せて、2時間18分56秒と当時世界歴代2位のタイムを初マラソンで叩き出して見せたのです。

当時の世界記録は、パリ世界陸上(優勝)とアテネ五輪(2位)で、野口みずきとデッドヒートを繰り広げたキャサリン・ヌデレバが持つ2時間18分47秒でしたが、その差はわずか9秒、市街地を42.195キロ走るマラソン競技においてその差は無いに等しいものでした。

それから半年後の10月、ラドクリフは大西洋を越えてシカゴマラソンに乗り込みます。世界記録保持者のヌデレバに、元日本記録保持者の渋井陽子ら豪華なメンバーが序盤から高速レースを展開しました。

小刻みに頭を前後に揺らすラドクリフ独特のランニングフォームは、長距離走の定石からは大きく逸脱した異端の走りでしたが、そのスピードは衰えることなく、ライバルたちを簡単に競り落とし、2時間17分18秒でフィニッシュラインを越えました。

ヌデレバの世界記録を、なんと1分29秒も更新する驚異的な世界記録でしたが、さらなる衝撃は翌年4月のロンドンマラソンで待ち構えていました。

ロンドンに帰ってきたラドクリフは、男子のペースメーカーが並走していたとはいえ、女子ではありえない5キロ16分前後のスプリットを刻み続け、半年前に自らが叩き出した驚異的な世界記録をさらに2分近くも更新、2時間15分25秒という信じられないタイムでゴールしたのです。

翌年に控えたアテネ五輪でラドクリフは圧倒的な優勝候補に挙げられました。世界歴代2位のヌデレバが自己ベストを出したとしても、ラドクリフのタイムとは3分以上、距離にして1キロ以上の途方もない差があったのですから、女子マラソンの興味は「2位以下のメダル、入賞争い」に焦点が当てられたのは当然でした。
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【TIMEXの掲示板が記した「2.15.25」。マラソンを少しでも知ってるファンなら誰もがその数字に戦慄しました。】

男子マラソンでこれに匹敵する衝撃を与えた世界記録は、1969年ベルギー、アントウェルペンで生まれた2時間8分33秒でしょう。

その時計を刻んだのは、オーストラリアのデレク・クレイトン。

クレイトンとラドクリフ、二人のキャリアには、数奇な符合がいくつもありました。

最初の符号は、二人とも信じられない世界記録を打ち立て、さらにその記録を自らで大幅に更新して見せたことです。
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【クレイトンが世界を震撼させた最初の42.195キロは、現在の福岡国際マラソンでした。驚異の世界記録の最初の目撃者は、幸運なことに日本のマラソンファンだったのです。】

ラドクリフは、ヌデレバを1分29秒も更新した自らの世界記録を、さらに1分53秒も塗り替えました。

クレイトンの最初の衝撃は1967年12月の国際マラソン(現在の福岡国際マラソン)、日本の重松森雄が持っていた2時間12分00秒の世界記録をあろうことか2分24秒も更新、2時間9分36秒でフィニッシュしたのです。

ザトペックの時代は〝人類の限界〟とみられた2時間10分の壁をあっさりと突き破り、1967年当時でも〝まだまだ先の未来の記録〟と考えられていた2時間9分台の世界に人類史上初めて足を踏み入れたのです。

その記録は、走った当人のクレイトンですらゴール直後は「何かの間違いだろう」と半信半疑だったほどの衝撃でした。

さらに、福岡からわずか18ヶ月後の1969年5月のアントウェルペンで自らの驚異的な世界記録を大きく塗り替える2時間8分33秒で走り、ラドクリフがやってのけたように立て続けに世界を震撼させたのです。

あれから50年経ちましたが、今の日本で2時間8分33秒でマラソンを走れば、たとえ優勝しなくとも「好記録」と祝福されるでしょう。そんな驚愕のタイムを50年前にマークしたのが、クレイトンでした。

その衝撃がラドクリフに劣らないどころか、それ以上だったことは想像に難くありません。

ネット社会の現在と比べると圧倒的に情報の少ない60年代、デレク・クレイトンの姿は数枚の白黒写真でしか伝えられませんでした。

YouTubeはもちろん、ビデオも一般的でなかった時代、その衝撃をもう一度確認することができるのは几帳面に新聞を切り抜いたスクラップブックを開くしかありませんでした。

それゆえ、クレイトンの強さへの想像は、その実像を超越して果てしなく膨らむばかりだったでしょう。

そう、ポーラとデレクは、当時の規格では到底考えられない、途轍もない世界記録を樹立、自らその記録を大幅に更新して世界を2度も驚かせたのです。

それなのに、世界が二人を手放しで歓迎することはありませんでした。

想像を絶する世界記録を目の当たりにしたとき、偏狭な凡人たちの反応は共通しています。

「ラドクリフはドーピングしているんじゃないか」。
「クレイトンが走った距離は短かったに違いない」 。

因縁ともとれる疑惑の目を投げかけたのです。

疑惑の根拠はたった一つだけ。二人が「驚異の記録」を打ち立てたからと言うだけでした。

人類が誇るべき驚異の記録を叩き出した二人は、喝采を浴びる一方で、魔女か悪魔の化身と見られてしまうのです。

「ポーラ・ラドクリフという魔女」と特集、その信じられない能力を畏怖する日本の専門誌までありました。

「驚異の世界記録2連発」という二人の奇妙な符合は 、その記録があまりにも衝撃的であったがゆえに「魔女か悪魔か」と暗鬼されてしまったときから一転、やるせなく、悲しい色彩を放った符合に変わってしまうのです。
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日本期待の一番星、井上尚弥について語りたいと思います。

海外メディアでも高い評価を受け、PFPランキングではリング誌で7位、ESPNでも9位と、PFP評価が定着したこの約30年スパンで見ると、日本人の評価としてはいずれも史上最高位です。



ESPNの11人の専門家によるPFP投票での1位はゲンナディ・ゴロフキンを抜いたワシル・ロマチェンコ。井上を最も高く評価しているのは、ナイジェル・コリンズ(前リング誌編集長)の5位です。

井上が評価を上げるため、その実力を疑問視する批判を黙らせるために必要な「将来戦う可能性がある評価の高い強豪」はジュニアバンタム級にはシーサケット、エストラーダの名前がありますが、バンタム級のボクサーは一人も見当たりません。

ジュニアフェザー級ではギレルモ・リゴンドーが辛うじて10位票をゲット、フェザー級まで視野を広げると、レオ・サンタクルス、オスカー・バルデスの名前を見つけることは出来ますが…。


日本のメディアは減量苦に加えて「ジュニアバンタムの強豪が揃って井上から逃げた」と、転向の背景を語り、海外メディアや世界のボクシングファンが、井上をいかに高く評価しているかを記事やネットから引用しています。あたかも、井上への批判が少数意見、あるいは皆無であるかのように。

それは、真実でしょうか?

井上が対戦を熱望したローマン・ゴンザレスはジュニアバンタムで明らかに階級の壁に苦しみ、撃ち合い上等、バックペダルを踏まないという相性最悪のシーサケット・ソールンビサイの強打に撃沈してしまいました。

そのWBC王者シーサケットは2月のスーパーフライ2興行で、メキシコのスター選手ファン・フランシスコ・エストラーダとの防衛戦が決定。井上が対戦するとなると、最短でも夏以降です。

IBF王者のジェルウィン・アンカハスは、井上戦を表明しましたが、具体的な交渉は始まりませんでした。

WBA王者のカリド・ヤファイはこの階級で最も集客力を持つ英国のスター選手、井上が対戦するなら相手の条件を丸呑みさせられたBサイドで、英国のリングに上がるしかありません。

ヨアン・ボワイヨ戦の前日計量の姿を見ても、115ポンドの体重を作るのは非常に厳しくなっていることは素人目にも明らかで、ジュニアバンタムで評価の高い強豪とのマッチメイクのめどが立たない現状ではバンタム級転向は自然の成り行きです。

しかし、「対立王者が井上から逃げた」というのは大間違いです。むしろ、世界では逆の見方までされています。

シーサケットは「ジュニアバンタムの統一」を明言、カルロス・クアドラス、ロマゴンとの2連戦、そしてエストラーダ、文句無しの強豪と拳を交え続けています。この階級の頂点に踊り出たタイ人の目には「井上が逃げた」としか映らないでしょう。

アンカハスが井上戦を表明したのはカネの匂いを嗅ぎつけたからです。ボワイヨらと同じ桁の報酬では絶対首を縦に振りませんから、足元を見てくるアンカハス陣営とは苛烈なタフネゴシエイションになることは間違いありません。

そのアンカハスに、カネの匂いを嗅ぎつけたのがトップランクです。英国でのヤファイとのビッグマッチを見据えて2年6試合の大型契約を提示、ボブ・アラムが目の前に差し出してくれたご馳走を断って、井上と埒のあかない面倒な交渉に臨む理由などあるはずがありません。

階級最強を追求するシーサケット、ジュニアバンタム級ウォーズの中で自らの商品価値を高めることを最優先するアンカハス、この階級で飛び抜けた人気とマネーパワーを持ち対戦相手を選り好み出来るヤファイ。

この3人にとって、井上との対戦は最優先ではありません。

 リング誌は「井上をPFP10傑に数えているが、彼の対戦相手の質は極めて低い。ジュニアバンタムでリング誌のランキングに入っていたのは、落ち目のオマール・ナルバエスと、決定力に欠く河野公平の二人だけで、他の6人は承認団体が独善的に決めた世界基準にないボクサー」、ESPNも「井上のパンチはマイク・タイソンのように正確で速くて、一方的に強い。しかし、井上は後退を強いられる逆境に追い込まれた時に何ができるかはわからない、そして何よりも彼は本物の強豪には一度も勝っていない、やはりタイソンのように」。


井上寄りの記事が多いボクシング・シーンでも「速くて強いパンチを持っている井上は多くのメディアでPFP10傑入りしているが、対戦相手の質が低いことは否定できない。シーサケットと戦えば、井上が本当に強いかどうかがわかるが、どうやらその気はないようだ」。
 

シーサケットとエストラーダはESPNのPFP投票を見るまでもなく、世界的に評価の高い強豪です。この両者の勝者と戦う意味は、ジュニアバンタムで苦闘していた昨年春時点のロマゴンに勝つ以上に価値があることは言うまでもありません。さらに、この勝者は、PFPランキングで井上を抜く可能性まであります。
 

もちろん、井上からしたらシーサケットとエストラーダの勝者と今年中に戦える保証はどこにもありません。井上からしたら「今年2月のスーパーフライ2で対抗王者の一人、あるいはビッグネームと戦えなければバンタム転向」は既定路線です。
 

かつて長谷川穂積は、世界的評価がはるかに格下のフェルナンド・モンティエルと戦うために、誰もが穴王者と見ていたこのメキシコ人に自分よりも過大な報酬を支払うような大幅な譲歩を強いられました。ビジネスを度外視して世界的評価、純粋な栄光だけを追い求めるような譲歩が、果たして今の井上に必要なのかどうか、私には疑問です。

あの試合で、結果を抜きにしても長谷川はハイリスク・ローリターンを選び、アンダードッグにもかかわらずキャリア最高の報酬を得たモンティエルは美味しすぎる、ローリスク・ハイリターンにありついたのです。
 

リスクを最小限に、リターンを最大に、それがビジネスの絶対基本です。プロボクサー=ビジネスという観点から考えると、アンカハスは抜け目のないプロフェッショナルで、長谷川はお花畑の住人です。

対戦相手から見た井上はハイリスクです。もしその対戦相手が世界タイトルや人気など有形無形の冠を持っていたら、そのリスクはさらに増大します。莫大なリターンを要求するのは当たり前です。十分なリターンを用意しなければ、誰も交渉のテーブルには座りません。

アントニオ・ニエベスやボワイヨらは井上からのオファーを断ると次にいつ世界戦が出来るかわからないボクサーで、その報酬も日本円で100万円も稼げれば御の字というキャリアを積んできたB級ファイターです。負けて失う人気も評価もほとんどゼロです。彼らにとって対井上のリスクとリターンのバランスは、リターンが明らかに大きかったのですから、喜んで日本行きの飛行機に乗ったのです。
 

アラムよりも明らかに分厚い札束でその頬を叩けば、アンカハスは喜んで日本に来るでしょう。英国でも手にできない2億円超の報酬を約束したら、ヤファイの重い腰も動くでしょう。

しかし、日本で約3000万円、米国で2000万円弱(昨年9月のスーパーフライ興行で井上は約4000万円の報酬を手にしましたが、その半分以上は日本からのスポンサー収入でした)レベルのマネーパワーしか持たない井上サイドには到底用意できない金額です。
 

井上が乗り込むバンタム級では、フランク・ウォーレンが「井上さえ望めば(傘下の)ゾラニ・テテとのメガファイトは簡単に決まる」と公言しましたが、英国きってのタフネゴシエーターの言葉には〝通訳〟が必要です。


ウォーレンにとって、南アフリカ人のテテは、帝里木下と神戸で戦った頃からその価値を高めているとはいえ、傘下のカール・フランプトン、ビリー・ジョー・サンダース、テリー・フラナガンらのスターとは明らかに違う「捨て駒」です。もし、彼がヤファイ(マッチルームボクシングの超大駒)を持っていれば、簡単には井上とはぶつけないでしょう。

テテとの交渉では井上サイドは買い手の立場です。ウォーレンはテテのキャリア最高の報酬と、さらに日本開催と引き換えに法外な金額をふっかけてくるでしょう。それでも、所詮は捨て駒、ヤファイやアラムを向こうに回すよりはずっと実現の芽はありますが…。
 

「井上は避けられている」と信じているファンは多いでしょうが、全盛期のマニー・パッキャオは今の井上をはるかに凌駕する危険なボクサーでした。にもかかわらず、ビッグネームの誰もがこの小さなフィリピン人との対戦を熱望しました。理由は簡単です。リターンが尋常でないからです。その巨大なリターンを考慮すると、そのリスクはもはやリスクとは呼べませんでした。

 惨敗してもパッキャオに負けたのなら誰も批判しません。もし勝てば、ボクシング史に大きな爪痕をのこすことが出来ます。そして何よりも、試合後には今まで見たこともない金額の人生最大の報酬が、その銀行口座に振り込まれるのです。
 

今の段階の井上は「質の低い相手とばかり戦っているが、本当に強い可能性も十二分にある危険な相手」です。つまり、勝っても「なんだ、井上は本当は大したことなかったんだ」と自分の評価に100%跳ね返ってこない恐れもあるのです。モンティエルがそうでしたが、長谷川サイドが積んだ法外な報酬の重みで、メキシコ人のリスクとリターンの天秤が逆転したのです。

世界タイトルの冠を被って、人気の看板もあるボクサーから見た現時点の井上は、パッキャオ戦とまではいかないまでも大きなリターンが見込めないばかりか、勝っても「井上が弱かった」と十分な評価がされない懸念まであります。もちろん負ければ、王冠も人気も失う、明らかにハイリスク・ローリターンの相手です。

井上が求める「ヒリヒリする相手」を呼ぶ方法は二つしかありません。

一つ目は、リスクを大きく上回る報酬を、対戦相手のリターンの天秤に積み上げることです。現時点の井上の商品価値、マネーパワーを考慮すると、長谷川のようにビジネスを度外視した興行を打つことにななってしまいますが…。

二つ目は、逆にリスクの天秤に過重な危険を詰め込むことです。パッキャオがやったように、井上が小さく簡単な相手だと映る階級(具体的にはフェザー級でしょう)まで進出して、報酬も含めて圧倒的不利の条件で戦うことです。

井上サイドが大きなリスクを抱えるこの方法は、爆発的な野心と飛び抜けた実力のマグマを煮えたぎらせたハングリーなアンダードッグでも成功の可能性は低く、日本のスター選手が選ぶオプションではありません。

井上は昨年米国デビューしましたが、報酬が米国側が提示した2000万円弱だけで、日本からのスポンサー収入の積み上げがなかったとしたら、「ニエベスは怖くないが、米国まで行って日本でやるより報酬が遥かに低いなんてどうよ?」 と二の足を踏んでいたかもしれません。

 
現時点の井上はパッキャオのようなリターンが期待できず、その実力も正確な輪郭が見得ていません。タイソンがそうだったように、サンドバッグのような相手なら誰よりも鮮烈に圧勝できることは明らかですが…。
 

長谷川やドン・カリーが無敵の快進撃を続けていたのは、対戦相手の質と、幸運にも誰もその顎を叩かなかったからです。井上もまた、誰にもその顎を叩かれたことがありません。

井上の顎がガラスで出来ているのか、それとも鋼鉄が仕込まれているのか、これは誰にもわかりませんが、そのときは必ず訪れます。そのとき、マービン・ハグラーやフリオ・セサール・チャベスのように何事もなかったかのように戦い続けるのか、シュガー・レイ・レナードやフロイド・メイウェザーのように魂の反撃を見せるのか…それとも…。

【リング誌「夢の対決」。シーサケットと井上が戦えば…ヤファイ、ルディ・エルナンデス(日本でもお馴染みの名トレーナー)、マーティン・マルケイ(リング誌記者)が予想。3者ともに井上勝利を支持しています。しかし、全盛期のロマゴンのような接近戦に秀でたファイターをさばけるか、後退を余儀なくされた時にボクシングが出来るか、圧勝以外のパターンでどう戦えるかは、全くの未知数です。】
 

そして、今日のリング誌電子版から。ダグ・フィッシャーが読者からの質問・意見に答える名物コーナー「DOUGIE’S FRIDAY MAILBAG」からです。
 

◼︎「井上がまた逃げた」「井上は過大評価」「PFP10傑に数えるにふさわしいボクサーではない」という記事を目にすることがあるが、それは正しくはない。井上はジュニアフライ級時代のプロわずか4戦目でで、12月に新しいリング誌王者となった田口良一に勝ち、リング誌ジュニアフライ級でもランクされていたエイドリアン・エルナンデスを破り、やはりリング誌ジュニアバンタム級1位だったナルバエスにも勝っている。まだ24歳の若者が、わずか15戦のキャリアで3人もの強豪と戦っているのだ。井上が強豪を避けているというのは、明らかに間違った見方だ。◼︎
 

日本の偏向記事もいただけませんが、海外の「井上は逃げている」という意見もやはり早計です。ただ、「井上はまだ試されていない」、これは揺るがしがたい事実です。
 

日本では「伝説の王者」と紹介されたナルバエスにしても、その全盛期ですら世界評価は低く「あれだけ連続防衛して勝ち続けているのにPFPにかすりもしないのは、ウィラポン以来」と言われていました。理由は単純で、勝ったのは弱い相手ばかりだからです。
 

バンタム転向は正解です。テテはもちろん、ルイス・ネリ対山中慎介の勝者、ライアン・バーネットと、PFPにはその名を連ねていませんが、強豪と呼べる相手はいます。

ただ、やはり階級の壁は心配です。ロマゴンのジュニアバンタム、ビック・ダルチニアンのバンタムのように、「その1階級」だけで一気に脆弱化してしまうサンプルも少なくありません。
 

ジュニアバンタムでのパワー勝ちは出来なくなるかもしれませんが、井上尚弥ならやってくれるでしょう。心配をよそにテテもネリも吹っ飛ばしてくれるかもしれません、もしかしたら新しい引き出しを開けてくれるかもしれません。

お楽しみはこれからです。

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亀田興毅の現役復帰と、井岡一翔の引退。


どちらも電撃的と言える発表でした。
 

亀田興毅は、日本ボクシング史上…いいえ、もしかしたら日本スポーツ史上最大のアンチヒーローでした。
 

日本中からバッシングを受けたアンチヒーローには江川卓や桑田真澄が挙げられますが、マウンドで日本屈指のパフォーマンスを堂々と見せることでアンチを歯ぎしりさせた二人の投手と亀田は違います。リングの中でも不祥事を繰り返したばかりか、ボクサーとしての実力までが疑問視されたという点で、亀田は異質のアンチヒーローでした。
 

穴王者を狙う。怪しい実力のボクサーと空位の王座を争う。しかし、世間から糾弾された亀田の常套手段は、日本の常識でした。リング内外の幼稚な行為と、それを過剰に取り上げるより暗愚なメディアによって、彼らの好感度は地に堕ちました。
 

それでも、彼らが命がけで戦い続けたこと、彼らの意思でマッチメイクが決定されていたわけがないことは、明らかです。男手一つで自分たちを育ててくれた、尊敬する父親を喜ばせてあげたい、父親に恩返ししたい、その一心だったのでしょう。
 

ファン・ランダエタに勝利して世界王者になったリングでは、彼らの元を去った母親に「産んでくれてありがとう」と泣きました。もしかしたら、世界王者になれば母親が戻ってきてくれて、また家族が一つになれると思っていたのかもしれません。
 

しかし、歓喜にあふれるはずの世界王座獲得は、彼らには一片の責任もない奇妙な判定によって、日本中から激しい悪意を伴った批判の集中砲火を浴びてしまいます。本当に非難すべきは、スコアしたジャッジや、そのジャッジを選んだWBA、さらにはプロボクシング界全体が抱える病巣であるはずなのに。
 

亀田興毅は、カムバックを決めた理由を聞かれて「やり残した試合がある」と語りました。具体的には誰との試合かは明言していませんが、引退を決意した河野公平戦に勝っていれば具体的な交渉がスタートするはずだったローマン・ゴンザレスが、復帰を決めたその相手だと言われています。
 

しかし、9ヶ月前までは軽量級で史上初めてPFP1位に登り詰めた偉大なニカラグア人のボクサー時計は「引退はしないかもしれないが、少なくともエリートファイターとしてのキャリアは終わった」(リング誌)という、完全な黄昏時です。
 

もし、彼が言う「やり残したこと」が、江川や桑田がやってのけたような、世間を見返すパフォーマンスであるとしたら、父親が教えてくれたボクシングが正しい事を文句無しに証明するためだとしたら、その相手は一人しかいないはずです。もちろん、ロマゴンではありません。元世界バンタム級王者が、その階級に上がってくるモンスターの前に、圧倒的不利予想の中、立ち塞がるとしたら、初めて彼を応援することになりそうです。
 

「勝てるわけが無い」「殺されたいのか」「気でも狂ったのか」…相変わらず罵詈雑言を浴びるでしょうが、今までとは違って、応援の声も混じるでしょう。

アンチヒーロー亀田と対極に置かれていたのが、井岡一翔でした。

全盛期、フライ級のローマン・ゴンザレスとの激突はリング誌やESPNでも特集されるドリームマッチでした。表層しか見えないファンは「井岡は亀田化」したと侮蔑するようになりますが、文句無しのスターになったロマゴンを、Bサイドとして日本に呼ぶことは至難の技です。

「ジュニアバンタムの強豪は井上尚弥から逃げている」というのは、かつての「長谷川穂積は世界中のバンタム級から敬遠されている」というのと全く同じロジックです。世界的にも評価が低く、母国メキシコでも人気の無いフェルナンド・モンティエルを呼ぶだけでも、文字どおり桁違いのコストがかかるのです。

例えば、カリド・ヤファイを日本に呼ぶためにどれくらいの報酬と条件を揃えればいいのかなんて、想像もつきません。
 

井岡は「(叔父の悲願だった)3階級制覇を果たして大きな目標を失った」「さらなる人生の目標を決めた」「次のステージに進むビジョンは出来ている」と、引退の背景を説明しました。これからプライムタイムという28歳の引退は、本当に惜しい、残念です。美貌の奥様を悪し様に責める向きもありますが、全くの見当違いです。
 

リング誌1月号恒例の世界のトップファイター100傑では、21位アンソニー・ジョシュア、23位エリスランディ・ララに挟まれての22位。「レベルの高い相手とも戦っての3階級制覇は、団体と階級が乱立する現代でも十分評価に値する。フライ級初戦でアムナットに付けられた微妙な判定負けが唯一の敗戦、28歳はまだ底を見せてない」。世界的にも評価の高い万能型のボクサーでした。
 

童顔と甲高く幼い声とは対照的な、熟練と強靭のボクシングがもう見れないのは残念ですが、聡明な若者が決断した道です、リングの上がそうだったように第二の人生でも明るい未来が待っているはずです。

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