亀田興毅の現役復帰と、井岡一翔の引退。


どちらも電撃的と言える発表でした。
 

亀田興毅は、日本ボクシング史上…いいえ、もしかしたら日本スポーツ史上最大のアンチヒーローでした。
 

日本中からバッシングを受けたアンチヒーローには江川卓や桑田真澄が挙げられますが、マウンドで日本屈指のパフォーマンスを堂々と見せることでアンチを歯ぎしりさせた二人の投手と亀田は違います。リングの中でも不祥事を繰り返したばかりか、ボクサーとしての実力までが疑問視されたという点で、亀田は異質のアンチヒーローでした。
 

穴王者を狙う。怪しい実力のボクサーと空位の王座を争う。しかし、世間から糾弾された亀田の常套手段は、日本の常識でした。リング内外の幼稚な行為と、それを過剰に取り上げるより暗愚なメディアによって、彼らの好感度は地に堕ちました。
 

それでも、彼らが命がけで戦い続けたこと、彼らの意思でマッチメイクが決定されていたわけがないことは、明らかです。男手一つで自分たちを育ててくれた、尊敬する父親を喜ばせてあげたい、父親に恩返ししたい、その一心だったのでしょう。
 

ファン・ランダエタに勝利して世界王者になったリングでは、彼らの元を去った母親に「産んでくれてありがとう」と泣きました。もしかしたら、世界王者になれば母親が戻ってきてくれて、また家族が一つになれると思っていたのかもしれません。
 

しかし、歓喜にあふれるはずの世界王座獲得は、彼らには一片の責任もない奇妙な判定によって、日本中から激しい悪意を伴った批判の集中砲火を浴びてしまいます。本当に非難すべきは、スコアしたジャッジや、そのジャッジを選んだWBA、さらにはプロボクシング界全体が抱える病巣であるはずなのに。
 

亀田興毅は、カムバックを決めた理由を聞かれて「やり残した試合がある」と語りました。具体的には誰との試合かは明言していませんが、引退を決意した河野公平戦に勝っていれば具体的な交渉がスタートするはずだったローマン・ゴンザレスが、復帰を決めたその相手だと言われています。
 

しかし、9ヶ月前までは軽量級で史上初めてPFP1位に登り詰めた偉大なニカラグア人のボクサー時計は「引退はしないかもしれないが、少なくともエリートファイターとしてのキャリアは終わった」(リング誌)という、完全な黄昏時です。
 

もし、彼が言う「やり残したこと」が、江川や桑田がやってのけたような、世間を見返すパフォーマンスであるとしたら、父親が教えてくれたボクシングが正しい事を文句無しに証明するためだとしたら、その相手は一人しかいないはずです。もちろん、ロマゴンではありません。元世界バンタム級王者が、その階級に上がってくるモンスターの前に、圧倒的不利予想の中、立ち塞がるとしたら、初めて彼を応援することになりそうです。
 

「勝てるわけが無い」「殺されたいのか」「気でも狂ったのか」…相変わらず罵詈雑言を浴びるでしょうが、今までとは違って、応援の声も混じるでしょう。

アンチヒーロー亀田と対極に置かれていたのが、井岡一翔でした。

全盛期、フライ級のローマン・ゴンザレスとの激突はリング誌やESPNでも特集されるドリームマッチでした。表層しか見えないファンは「井岡は亀田化」したと侮蔑するようになりますが、文句無しのスターになったロマゴンを、Bサイドとして日本に呼ぶことは至難の技です。

「ジュニアバンタムの強豪は井上尚弥から逃げている」というのは、かつての「長谷川穂積は世界中のバンタム級から敬遠されている」というのと全く同じロジックです。世界的にも評価が低く、母国メキシコでも人気の無いフェルナンド・モンティエルを呼ぶだけでも、文字どおり桁違いのコストがかかるのです。

例えば、カリド・ヤファイを日本に呼ぶためにどれくらいの報酬と条件を揃えればいいのかなんて、想像もつきません。
 

井岡は「(叔父の悲願だった)3階級制覇を果たして大きな目標を失った」「さらなる人生の目標を決めた」「次のステージに進むビジョンは出来ている」と、引退の背景を説明しました。これからプライムタイムという28歳の引退は、本当に惜しい、残念です。美貌の奥様を悪し様に責める向きもありますが、全くの見当違いです。
 

リング誌1月号恒例の世界のトップファイター100傑では、21位アンソニー・ジョシュア、23位エリスランディ・ララに挟まれての22位。「レベルの高い相手とも戦っての3階級制覇は、団体と階級が乱立する現代でも十分評価に値する。フライ級初戦でアムナットに付けられた微妙な判定負けが唯一の敗戦、28歳はまだ底を見せてない」。世界的にも評価の高い万能型のボクサーでした。
 

童顔と甲高く幼い声とは対照的な、熟練と強靭のボクシングがもう見れないのは残念ですが、聡明な若者が決断した道です、リングの上がそうだったように第二の人生でも明るい未来が待っているはずです。