Breez is Nice!

白井義男は、都合10度も後楽園球場のリングに上がりました。

1955年5月30日に世界王者を奪われたパスカル・ペレスとのリターンマッチも、やはり後楽園球場。残念ながら5ラウンドKOで返り討ちに会ってしまいましたが、TV視聴率は96.1%。 この驚異的な数字は歴代最高視聴率、日本のテレビ史に残るアンタッチャブルレコードとして今も更新されていません。

国破れて10年も経たない時代。荒廃に打ちひしがれた日本人が、世界王者として戦い続けた白井の姿にどれほど勇気づけられたか、その感動と興奮は想像に難くありません。

村田諒太がリング上でどんなパフォーマンスを演じても、視聴率96.1%は不可能です。何よりも今や、世界で戦う日本人を渇望する、身も心も打ちのめされた国民など、どこを探しても存在しません。

それでも、条件が整えば村田は東京ドームで興行を打てます。

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東京ドームは、収容能力4万6000人(当初はそれまでの慣習から5万5000人とかなりサバを読んだ数字を公表していましたが)、フィールドにも客席がセットアップされるボクシングやコンサートでは5万7000人のキャパがあります。

村田は、有明コロシアムと両国国技館、1万人スケールの会場をフルハウスにしたとはいえ、5万7000人とはかなりの隔たりがあります。

ボクシング界はもちろん、スポーツ全体に視界を広げても村田諒太は日本屈指のスポーツセレブですが、この超弩級のハコで興行を打つには、まだまだ知名度は足りません。

30年前に東京ドーム興行を立て続けに成功したマイク・タイソンは、世界王者になる前から日本でも多くのメディアが取り上げていました。

「史上最年少でヘビー級王者になる男」「ロッキー・マルシアノの記録を更新する」「カス・ダマトの最高傑作」…まだ何も成し遂げていないばかりか、耳目を集めた連勝も、軽いクラスを主戦場とするボクサーや、低レベルの相手ばかりと戦い造られたものだったにもかかわらず。

村田も専門誌だけでなく一般メディアに数多く登場、ベストジーニストやイクメンオブザイヤー、ベストファーザーなどを受賞、昨年末にはゲスト審査員として紅白歌合戦に招かれました。

スポンサーも、先日発表されたウェラブルIoT開発のミツフジをはじめ数多く抱え、アンダーアーマーやすき家などではCMキャラクターとしても起用され、プロボクサーとしては異例の存在となっています。

タイソンも一般メディアでも頻繁に登場しましたが、そのテーマは全て「ボクサーとしていかに凄いか」に集中するもので、そのことが東京ドームの試合への関心に直結しました。

またテレビ CMでも、30年前にタイソンが出演したトヨタやサントリーは、それぞれ最大3000GRPレベル、今の村田はその十分の1にも満たない露出にとどまっています。

東京ドーム興行を現実のものにするには、もっと村田諒太の認知度を上げていかなければなりません。それも「ボクサーとしていかに凄いか」という方向で。

現時点の村田は、多くの一般人には「かっこいいプロボクサー」、ボクシングファンには「ミドル級は凄いけど現時点の村田は平凡な王者」という認識でしょう。

ボクサーとしての実力は、一般人はよくわからず、ファン・マニアの目からは「まだまだ」という評価なのです。

今の時点でも、ミドル級のトップと戦うとなればファン・マニア層はもちろん、ボクシングに興味のない一般層もある程度取り込めるでしょうから、「有明や両国+α」の観客動員が見込まれますが、東京ドームは厳しいですね。

東京ドームのリングは遠くないとはいえ、アルファベット団体の〝偽〟世界ランカーではなく、リング誌やESPNのランキングで上位に名前を連ねる世界ランカーに明白な勝利を収めて、一般メディアが「ボクサーとしても凄い」ことを報道、一般層のボクサー村田への関心度を高め、マニアも納得させる実力を証明することが必要です。

リング誌、ESPNいずれも村田の評価を上回っているのはゲンナディ・ゴロフキン、カネロ・アルバレス、ダニエル・ジェイコブス、セルゲイ・デレビャンチェンコ、ジャーマル・チャーロ、デビッド・レミューの6人。

ジャーマルと同じく、無敗のままジュニアミドル級王者からミドル級に進出してきたデメトリアス・アンドラーデも加えた7人に勝てば、村田株は高騰、東京ドームへの駒を一気に進めることが出来ます。

トップ2のゴロフキンとカネロは、5月5日にリマッチを行うことで調整に入っていると報道されていますが、すでに地位と人気を確立しているこの二人にとって、堅牢な防御と強烈な右を持つ村田は評価は下でも危険な相手です。簡単には戦ってくれないでしょう。

ジェイコブス、デレビャンチェンコ、チャーロ、レミュー、アンドラーデは、トップ2と戦うために危険を冒してでもさらなる評価アップが必要です。彼らにとって「アッサン・エンダムを初めてストップした金メダリスト」は、リスクはあっても評価のリターンも十分見込める相手です。

日本のリングに呼ぶのは難しいでしょうが、この5人の誰かを年内に明白な形で倒したいですね。

「有明、両国+α」の現在地点から、東京ドームの特設リングまでの距離を埋めるには、露出と評価をさらに引き上げることです。露出といってもジーニストやイクメンという横顔はもうお腹いっぱいです。

ミドル級のプロボクサーとしての凄みを見せること、そのことでボクサーとしての顔を真正面からとらえる露出が増え、評価も上がります。

前述の5人のうち一人でも倒したら、電通は東京ドームのスケジュールを確認、リングのポジション、アリーナ席のレイアウトを考え始めるでしょう。

とんでもない夢に思えるかもしれませんが、世界王者のワンピースとはいえ〝不倒不屈〟のアッサン・エンダムをストップした時点で、東京ドームへのアプローチは始まっていたのです。

次は巨大スタジアムを舞台にしたメガファイトに、村田の夢、ボクシングファンの夢をオーバーラップさせていきます。
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1990年2月にマイク・タイソンが東京ドームの特設リングに上がって以来27年、この大舞台に立ったプロボクサーは一人もいません。

バブル絶頂の当時と今では経済環境は比較すべくもなく、観戦スポーツの多様化も一気に進みました。

日本中の老若男女、誰もが口ずさめる歌がとっくの昔に喪われたように、列島を沸騰させるアスリートがこの国から姿を消してからもまた、長い長い歳月が流れてしまいました。

ましてや、ボクシングという競技に目を向けると、毎晩のように民放各局がゴールデンタイムにボクシングの試合を放送していた1960年代をピークに、現在までジリ貧の下降線を描き続けています。

具志堅用高や辰吉丈一郎、亀田興毅の試合はピーク時に迫る視聴率をマークしましたが、いずれも一人のボクサーへの気まぐれ的な注目で終わり、ボクシング市場全体の活性化にはつながりませんでした。

そんな時代に、村田諒太は「東京ドームを現実にしてもいいんじゃないか」 とぶち上げました。

もちろん、すぐに東京ドームで出来るわけはありません。

村田が夢の舞台に立つためには、何が必要なのか?巨大スタジアムのリングに上がったグレートにあって、今の村田に無いものは何なのか?

かつて、日本のボクシング史にも巨大スタジアムに特設リングを組み上げるほどのハコが必要な、本物のスーパースターが存在しました。
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白井義男です。

1952年5月19日。世界フライ級タイトルマッチ、王者ダド・マリノを判定で下し、日本人で初めて世界のチャンピオンベルトを腰に巻きました。現在、この日は「ボクシングの日」になっています。

そして、8階級1団体の時代に、この価値あるタイトルを4度も守ったのです。

階級は2倍以上の17、団体は4倍に増殖した現在なら、単純計算で32度防衛に当たります。実際にはそんな瑣末な数字ではなく、8階級1団体のタイトルという重みが凄すぎます、ただただ偉大の一言です。

もちろん4団体も17階級も、ボクシングの地位低下も、今のボクサーには全く責任の無いことだけに、今のボクサーは可哀想です。

午後8時のゴングにもかかわらず、正午から球場に詰めかけた観衆は、最終的にはなんと4万5000人までに膨れ上がりました。

実数発表が定着するずっとずっと以前のメガファイトですから、水増しされた切れの良い数字と考えられますが、それを考慮しても3万5000〜4万人は入ったと言われています。

さらに、驚くのが観戦料です。スペシャルリングサイド3600円、リングサイド2000円、普通指定席1000円、内野席1階900円、内野席2階500円、外野席200円。大卒初任給が6000円の時代ですから、少なく見積もっても、今なら30倍と計算すると、スペシャルリングサイドは10万8000円、普通指定席で3万円、最も安い外野席でも6000円となります。

66年も経った今でも、「高ッ!」と思える価格です。

超高額のシートをセットした後楽園球場をフルハウスにし、TV視聴率調査が始まる以前なのでこのときの記録は存在しませんが、ほぼ100%だったでしょう。

村田諒太がヘビー級までの5階級を制覇しても、チャンネルと価値観が多様化した現在、視聴率100%は不可能です。

白井の時代、世界王者になるのは今よりもはるかに難しかった一方で、国民は世界のヒーローに飢えていました。

大相撲は言うまでもなく、プロ野球も国内に閉塞していた時代、そして五輪も知らなかった時代、日本人の手が届くかもしれない「世界のヒーロー」は、ボクシングをおいて他にはありませんでした。

しかし、2018年の今の時代、ミドル級という特別なクラスを考慮しても、村田ですら、日本だけでも何人いるのかわからない乱造世界王者の一人に過ぎません。

ヘビー級まで制覇しなくとも、ミドル級で4団体統一を果たせば実績的には白井に並ぶことになりますが、村田が1952年の歓喜を再現することは不可能です。

最も日本を震わせたボクサーは白井義男であることは、永遠に変わりません。イチローが長嶋茂雄を超えることがないように。全ては〝時代〟です。

では、村田は東京ドームをフルハウスに出来るか?、となると、これは十分可能性があります。

国民的ヒーローが生まれにくい一方で、現代は宣伝・広告も貧弱でマーケティングなど影も形も無かった白井の時代とは全く違います。

マイク・タイソンの東京ドーム興行が成功したのは、バブル景気に沸いた大企業がスポンサーとなったからです。

中でもトヨタとサントリーの支援は強烈でした。そして、周到なマーケティング戦略を駆使して、このジャパンマネーを効果的に収集したのが、今、村田をバックアップしている電通でした。 
 
村田が目指す東京ドームへの道。タイソンを日本でも見事に商品化した方法が、格好の羅針盤になるはずです。

次は、マイク・タイソンの成功例です。
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「ラスベガスはもちろん試合をしたいですが、僕は日本のボクシング界が盛り上がってほしいと思うようになった。それには東京ドームというのも現実にしてもいいんじゃないか、と」。

沖縄でキャンプ中のWBAミドル級王者、村田諒太が語ったそうです。

ボクサーが東京ドームでメインを張るとなると、1988年と1990年のマイク・タイソン以来3度目、日本人としては初めての快挙です。

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【タイソンは、トニー・タッブス戦のために来日する直前の1988年2月に元ファッションモデルで女優のロビン・ギヴンズと結婚しましたが、すぐに離婚。稀代の悪女に一目惚れしたタイソンが支払った慰謝料は1000万ドル、史上最大の美人局と言われました。=写真はタイソン対タッブス戦を特集した雑誌「ナンバー」から。】



これまでも、多くのメガファイトが巨大スタジアムで開催されてきました。

最近では2015年にカネロ・アルバレスとジェームズ・カークランドが、ミニッツメイド・パーク(昨年ワールドシリーズを制したヒューストン・アストロズの本拠地です)で拳を交えています。

何度も後楽園球場の特設リングに上がり、今の凋落著しい日本プロボクシングでは想像もつかない超大観衆を熱狂させた白井義男は、日本スポーツ史に燦然と輝くグレートです。

白井とタイソンはもちろん、モハメド・アリやフリオ・セサール・チャベス、マニー・パッキャオらが繰り広げた巨大スタジアムでの決闘を振り返り、村田諒太がその舞台に立つまでに何が必要なのかを考えてみたいと思います。
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◼︎1月20日(土)IBF世界ウェルター級タイトルマッチ
ニューヨーク ブルックリン
王者 エロール・スペンスJr. vs 同級5位 ラモント・ピーターソン【注目度★★★】
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デビューから22連勝19KO、無敗のスペンスが、ラモント・ピーターソン相手にバークレイズセンターで初防衛戦のリングに上がります。

2011年、アミール・カーンからWBAとIBFのジュニアウェルター級王座を奪取したピーターソンは35勝(17KO)3敗1分け。

3つの黒星はティモシー・ブラッドリー、ルーカス・マティセ、ダニー・ガルシアと、140ポンドで屈指の強豪に喫したものです。

昨年2月にはデビッド・アバネシヤンを下してWBAウェルター級タイトルを獲得(このタイトルは10月に返上)して2階級制覇に成功、全階級を通じて最もレベルが高い147ポンドでもトップ戦線を走っています。

この二人はかつてのスパーリング・パートナー。7年前に当時アマチュアのスペンスと初めてスパーリングしたピーターソンは「こいつはモノが違う」とすぐにわかったと回想しています。

二人はそれ以来、友好関係を築いてきましたが、ついに世界タイトルを賭けた真剣勝負の舞台で激突します。

スペンスは「マジック・ジョンソンとアイザイア・トーマスも親友だったがNBAファイナルの舞台では互いに容赦なく戦った。私たちにとっても同じこと。試合が終わっても友情は続く」と語っています。

キース・サーマンとテレンス・クロフォードとのビッグファイトが待ち構えているスペンスにとっては、絶対に負けられない初防衛戦です。

「エロールは次世代のスーパースター候補かもしれないけど、そんなことはリングに上がれば関係ない。プロデビューしてから丸13年、どの試合も同じ、リングに上がったら仕事をするだけだ」と、ピーターソンも仕事に徹することを強調、ピーターソン勝利11.5倍、スペンス勝利1.065倍!と大きく開いたオッズも気にしていません。

試合予想もオッズの通り一方的に傾いていますが、33歳のピーターソンは27歳のスペンスのキャリアで最もしぶとくタフなファイターです。

若いスペンスがリズムを狂わせられる展開も考えられますが、中盤から終盤にはスペンスがストップ勝ちを収めそうです。

大番狂わせが起きれば、ESPNのPFPランキングで6位に入っているスペンスが降格、9位の井上尚弥が順位を上げることが見込まれますが…そうはいかない感じですね。
 


◼︎1月27日(土)リング誌/WBA世界ライト級タイトルマッチ
カリフォルニア イングルウッド
王者 ホルヘ・リナレス vs WBA同級15位 メルシト・へシタ 【注目度★★★★】

リナレスが昨年9月のルーク・キャンベル戦に続いて、ザ・フォーラムのリングに上がります。

ヘシタはフィリピンはセブ島出身の30歳。戦績は31勝(17KO)1敗2分。2012年12月8日ラスベガス・MGMグランドガーデンアリーナで、IBFライト級王者ミゲール・バスケスに挑戦、3−0の判定で敗れたのが唯一の黒星です。

このヘシタ対バスケス戦、興行のメインイベントはマニー・パッキャオvsファン・マヌエル・マルケス第4戦、WOWOWでも生中継したので覚えているファンも多いかもしれません。

この試合のオッズも一方的です。ヘシタ勝利は12倍、リナレス勝利は1/50、なんと1.02倍です。

アントニオ・デマルコ、セルヒオ・トンプソンに大番狂わせの2連敗を喫してから12連勝中のリナレスはケビン・ミッチェル、アンソニー・クロラ、ルーク・キャンベルと英国の人気者を敵地でことごとく撃破、リング誌ライト級王者も獲得しています。

一方、ヘシタの戦績は立派ですが、強豪と呼べる相手は敗れたバスケスだけとその内容は貧弱なもので、オッズが大きく偏っているのも頷けます。

こっぴどい挫折も経験したとはいえ、リナレスはゴールデン・ボーイ・プロモーションのキープレイヤーに成長しました。この試合は軽くクリアして欲しいところです。

リング誌、ESPNともにライト級でトップ評価されているリナレスですが、ジュニアライト級からの侵略をほのめかしているワシル・ロマチェンコ、2月10日にセルゲイ・リピネッツからIBFジュニアウェルター級王座を奪い4階級制覇を果たせばライト級に戻ると宣言しているマイキー・ガルシアとのビッグファイトが実現すると、アンダードッグは免れません。

さらにこの階級には、リーチ193㎝の異形のIBF王者ロバート・イースター、世界奪取が遅れているとはいえプエルトリコ最高の人気者フェリックス・ベルデホと無敗の強豪も控え、全階級通じて最もホットな階級と言えるでしょう。

リナレス、ガルシア、ロマチェンコは互いに対戦を熱望、今年中に激突する可能性も膨らんでいます。簡単な相手でないことは十分承知していますが、この二人に勝つようなことがあればPFP10傑入りどころか、PFP1位も十分ありえます。

好漢リナレスの夢はまだまだ続きます。

◼︎4月21日(土)フェザー級12回戦
北アイルランド ベルファスト
カール・フランプトン vs ノニト・ドネア 【注目度★★★★★】

4月ですから少し先ですが、ビッグファイトです。アイルランドのジャッカルに、フィリピンの閃光が挑みます。

全米ボクシング記者会・リング誌の2016年最高選手フランプトンと、全米ボクシング記者会の2012年最高選手(リング誌はファン・マヌエル・マルケス)ドネアの激突です。

二人ともボクシング界最高の名誉を受賞したあと、最初の試合で敗北し評価を急落させてしまったという不名誉な共通点がありますが、軽量級を見る目が肥えた日本のファンにとっては垂涎のカードです。

オッズはフランプトン勝利1.17倍、ドネア勝利4倍と、キャリア晩年を迎えた35歳のフィリピン人にとって厳しい数字が出ています。

フランプトンは「ドネアのようなビッグネームがベルファストで戦うなんて今までになかったことだ。ここで負けた方は、2度と世界王者になれないかもしれない。とにかくものすごい試合になる」と4階級制覇(日本では暫定のJr.バンタムタイトルもカウントして5階級としていますが、世界的には暫定はあくまで暫定、王者と認めないことが普通です)のグレートに敬意を示しています。

しかし、フランプトン陣営は今夏にウィンザーパーク(北アイルランドのナショナルサッカースタジアム)でIBF世界王者リー・セルビーとのタイトルマッチを計画しており、この試合はその前哨戦としか見ていません。
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Photos by Naoki Fukuda
【ギレルモ・リゴンドーの超絶技巧の前に空転して以来、フィリピンの閃光はその輝きを失ってしまいましたが…。】

もちろんフランプトンにとっても負けられない試合ですが、ドネアにとっては敗北がキャリア存続の危機に直結するかもしれない崖っぷちの一戦になります。

さらに中立の米国と地元フィリピンを主戦場にしてきたドネアが完全アウェーのリングに上がるのは、キャリア初のことで、アジアの英雄にとって好材料はほとんど見当たりません。

それでも「この試合は、私が前に進むためには MUST WIN FIGHT」とドネアもこの試合の重要性をしっかり意識しています。

ドネアは「衰えたり、スピードを失ったわけじゃない。ゲームプランを変えて戦っていただけだ。今は我慢の時。この状況から抜け出すためには、フランプトンは絶好の対戦相手。私はまだ終わっちゃいない。もっと頭脳的に戦って、さらに上のレベルにステップアップしてみせる。必ずもう一度頂点に立ってみせる」と捲土重来を誓っています。

もし、フランプトンに勝つようなことがあれば…ドネアファンは久しぶりの歓喜に浸れるのですが、果たして〝ベルファストの奇跡〟は起きるのか?!注目の一戦です。


※オッズはいずれもウィリアムヒルのスコアです。
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昨年9月、トランプ大統領は、DACA(チャイルド不法入国免除法)を撤廃しました。

DACAは「16歳までに親に連れられて米国に入国し、2012年時点で30歳以下だった不法移民」の母国への強制送還を免除する条例です。

対象者は全米で約80万人とされていますが、その実態は2倍以上の数にのぼるとみられます。彼らのほとんどは、メキシコ国境を越えて来た中南米の貧困層です。



1981年7月23日にメキシコ、シナロア州ロスモチスの極貧の家庭で産まれた、レイムンド・ベルトランの幼少期の記憶といえば、凄まじい空腹にに耐えながら、劣悪な治安の街に怯えることしかありませんでした。

物心ついた頃から、ゴミを漁って空腹を満たしてきました。残飯にありつけるのは腕力に秀でた大柄の子供からで、栄養失調で体も小さいレイが口に出来るのは、捨てられた缶詰の底にこびり付いたスープの残滓だけという日も珍しくありませんでした。
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【アメリカに夢を描いて命がけで国境を越えた子供達、『ドリーマー』を強制送還すれば、若者の夢を奪うばかりか、低賃金で働く彼らを失うことは何十億ドルもの経済的損失にもつながります。DACAの撤廃は、移民によって建国され、移民によって繁栄してきた米国のアイデンティティをも否定しているのです。】

家族が住むロスモチスのダウンタウンは、麻薬マフィアの卑劣な暴力と理不尽な殺戮までが横行し、警察官も買収され、誰も信じることができない地獄の街でした。

1996年、レイの母親は腹を決めます。
「このままでは家族みんなが飢え死にするか殺される」。すでに米国へ不法入国していた夫を頼って、国境を越えようと、なけなしの金を越境ブローカーに渡しました。

このとき、レイは「15歳」、「親に連れられて米国に入国」しさえすれば「
2012年時点で30歳以下」という、後に施行されるDACAの対象条件をギリギリ満たすことが出来ることになります。

男でも命がけなのに、母親と3人の兄弟、女子供4人で国境を越えるには、人目のつかない夜中に、国境警備隊の目の届かない危険なルートで越えるしか方法はありません。

「メキシコ国境に壁を作る」とぶち上げたトランプですら「国境周辺は峻厳な山脈や深い渓谷など通行不可能な場所がある」「そこには壁は必要ないし、壁など作ることも出来ない」と認めた、「そこ」を越えるしかなかったのです。

ブローカーが手配したオンボロトラックの荷台に乗った4人にとって、最も辛かったのは何日まともな食事を口にしていない空腹でも、猛スピードでデコボコの山道を走るトラックの荷台にしがみ付いてふっ飛ばされる恐怖に耐えることでもありませんでした。

国境の山岳地帯は、日が落ちると氷点下を大きく割り込みます。真っ暗闇の中を猛スピードで走るトラックの荷台にしがみつく4人の体を、冷え切った風が氷の矢のように容赦なく貫き続けました。

意識が遠のくような寒さの中で、トラックの荷台に乗るときに運転手が「毛布を持っていないのか?」と悲しい目をして驚いた意味が、よくわかりました。

しかし、夏には40度以上まで気温が上がり、冬でも30度を超えることが珍しくないロスモチスから逃れてきた貧しい家族にとって、毛布を準備するなんて思い付くわけがなく、もし思い至ったとして買うカネなどもあるわけがありませんでした。

〝It was so cold,sooooo cold〟

「とにかく寒かった、信じられないくらいに寒かったよ」。今、レイが笑ってそう回想できるのは、家族4人、誰一人凍死することなく、3時間以上に及ぶ山越えに奇跡的に成功したからです。

国境を越えると、トラックを止めた運転手はすぐに荷台を確認しました。そして、凍えながらも4人とも無事でいることがわかると、ホッとしたように「グラシアス(ありがとう)」と笑いました。

礼を言うのは4人の方なのに。

女子供の国境越えは非常に厳しい挑戦です。荷台から振り落とされたり、あまりの寒さに凍死したりするのも珍しくありません。

一枚の毛布も持たない母親と3人の子供が、揃って荷台に乗って国境を越えることが出来るなんて、運転手は想像もしていなかったのでしょう。

国境越えのピックアップ運転手は、非情でタフな仕事です。


やっと国境を越えたのに、全員振り落とされて荷台は空っぽだったり、うつろな目をした母親が凍死した幼子を抱いて呆然と座り込んでいたり…そんな光景を目の当たりにしても、また次の仕事をしなければならないのです。

運転手の「グラシアス」は、
見たくもない荷台の光景を見ないですんだ、そのお礼だったのでしょう。そして、母親と3人の名前を聞くと「ブエーナスエールテ(君たちに幸運あれ)」と笑って車に戻り走り去りました。

 荷台に乗る前に自己紹介しようとした母親に、運転手が「名前は語らないのがルールだ」と冷たく制した理由は、秘密の違法行為だからではなく、無事に国境を越える前に名前を知ってしまうと、悲しい荷台を見たときに、余計に辛くなるからだったのでしょう。

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【メキシコは温暖な気候とおもわれがちですが、昼夜の温度差が激しい砂漠や、雪の積もる山岳地帯も多く抱えています。】

無事国境を越えた4人は、レストランと建設現場を掛け持ちしながら働いていた父親と再会、新しい生活が始まりました。

レイは、ロスモチスでボクシングをかじっていましたが、グローブを買うカネはなく、もっぱらベアナックルで練習していました。同じ町では、裕福なモンティエル一族が優秀なボクサーを輩出する家族として有名でしたが、ゴミ漁りをして空腹を凌ぐレイから見ると彼らは別世界の住人でした。

国境を越えてきた息子がまだボクシングに未練があることを知ると、父親は町外れのジムへ連れて行ってくれました。

過酷な環境を生き抜いた少年は、あっという間にジムでも有数のボクサーに成長、1999年にプロデビュー、2001年から2004年にかけては11連勝をマーク、WBC傘下の中米フェザー級王座も獲得しました。

世界タイトル挑戦も視野に入れたレイでしたが、この2004年に運命的な出会いが彼を待っていました。

その道先案内人となったのは、フレディ・ローチ。

ローチは、マイク・タイソンやバージル・ヒル、ジェームス・トニー、ジョニー・タピアら綺羅星の如きスター選手を指導した名トレーナーとして2003年には全米最高トレーナー賞を獲得するなど、すでにその名を世界に知らしめていました。

そして、この稀代の名匠が、その輝かしいトレーナー歴でも図抜けた最高傑作に仕上げることになる小さなフィリピン人のスパーリングパートナーを探していたのです。

レイは、ローチの最高傑作という枠をも越えて、近代ボクシング120年の歴史上でも最も優れたボクサーの一人、マニー・パッキャオのスパーリングパートナーの座を見事に掴みとったのです。

パッキャオとレイが打ち解けたのは、極貧からのサバイバーという共通点が大きかったのかもしれません。 

前の年の2003年、当時のPFPでトップ3に入っていたマルコ・アントニオ・バレラを大番狂わせで破り、アジア初の三階級制覇に成功していたパッキャオは、ファン・マヌエル・マルケスとの第1戦に向けてキャンプインするところでした。

レイがパッキャオのキャンプで手にした報酬は、中米王者として受け取るファイトマネーよりもはるかに多く、キャリアハイの金額でした。

とはいっても全盛期のパッキャオとのスパーリングです。現実の試合よりもはるかに過酷な仕事で、しかも、それが連日続くのです。

ウェルター級やジュニアミドル級のボクサーでも負傷して途中離脱する中、レイの頑健な肉体はパッキャオのパンチを受け止め続けました。

後にスパーリングパートナーに加わるショーン・ポーターは当時ジュニアミドル級でしたが「仕上がったパッキャオとスパーリングするのは嵐の中に放り込まれるようなものだった」「あんな小さな体のレイがこの仕事に耐えているのに驚いた」と回想しています。

レイの名前は世界中のボクシング関係者、ファンに徐々に知れ渡り、2013年には敵地英国に乗り込みWBOライト級王者リッキー・バーンズにあからさまな地元判定で惜敗するなど世界タイトルにも3度挑戦、第一線で活躍し続けています。

2015年、ネバダ州で行われた粟生隆寛と拳を交えたWBO世界ライト級王者決定戦では前日計量で体重超過、試合は2ラウンドTKOで勝利したものの、タイトルは空位のまま。さらに、レイの血液検体から筋肉増強剤スタノゾロールが検出された挙句、無効試合となり、9ヶ月間の試合出場停止処分が下されます。

レイ・ベルトランのスポーツマンシップに悖る卑劣な行為は、到底容認できるものではありませんし、わずか9ヶ月のサスペンデッド(それもネバダ州限定)という考えられないペナルティの軽さには、ボクシング業界に幻滅するしかありませんが、今回の本題ではありません。

それはまた別の機会にお話しできたら…。

レイは、ちょうど1ヶ月後の2月16日、 ネバダ州リノで4度目の世界タイトルマッチのリングに上がります。相手は2009年パシフィコ横浜で小堀佑介からWBAライト級王座を奪ったナミビアのパウルス・モーゼス。

粟生戦のような言語道断の罪は2度と犯してはいけないのは当然ですが、戦前から厳しい地元判定が予想された英国の人気者バーンズ、現在PFP1位を伺う俊才テレンス・クロフォードと、過去の世界挑戦の相手と比べると、悲願達成の可能性は大きく膨らんでいます。

レイが〝パッキャオのスパーリングパートナー〟ではなく、世界王者となってボクサーとして純粋に評価される日が来るのです。そして、より大きな報酬を手にして家族を幸せにすることも出来ます。

しかし、世界王者にならなくてはいけない理由はそれだけではありません。もっと、切実な理由が迫っているのです。

レイムンド・ベルトランが脱ぎ去らなければいけないのは〝パッキャオのスパーリングパートナー〟というジャケットだけではありません。

あの生死を賭けた国境越えから20年もの歳月が経ちましたが、「不法移民」という足枷は取り外すことが出来ていないのです。まだ、彼は米国永住権を持つことを許されていないのです。

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レイが米国での永住権を得るには「
アーティストグリーンカード」と呼ばれるアメリカ永住権、EB-1を取得するしかありません。

その条件は「
extraordinary ability(卓越した能力)」を証明すること、です。王者の権威が失墜しているプロボクシングとはいえ、主要団体の世界王者になれば、extraordinary abilityの持ち主であると主張できます。

2月16日に世界王者になれば、証明書を申請し、EB-1が発行される公算が高いのです。

現在、あと2年足らずで切れる就労ビザでなんとかプロボクサーの仕事を続けているレイも今年37歳になります。

今回、4度目の世界戦に失敗すると、もう一度そのチャンスを掴むことは非常に難しくなります。年齢も考えると世界王者になって永住権を獲得するのは、これが最後のチャンスとなります。

残された時間は多くはありません。

人生を賭けて、レイは、もう一度「国境」を越えなければならないのです。 

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