カテゴリ: 茶番劇は茶番劇

⬜︎亀田一家⬜︎亀田史郎とその3人の息子たちの下劣な家族を指す。末娘は含めない。

リング上での反則行為や、リング外での脱税や「負けても王者」事件、暴力団関係者が観戦していた事件、セコンドで「目潰せ」と不適切な指示をした事件、完敗にもかかわらず関係者に暴言を吐く事件など、犯罪か犯罪スレスレの行為を繰り返してきた。

不可解な判定や不条理な決定戦でのタイトル獲得は亀田家の責任ではなく、対戦相手への侮辱的行為や、「負けたら切腹」もモハメド・アリに比べたら可愛いもん。アリとの違いはスケールだけでなく、騒ぎが大きくなればなるほど「威風堂々」としてるか、「しゅんとなって泣いて謝罪」するか。

数々の犯罪行為やスレスレ行為、人を嫌な気持ちにさせる振る舞いもメイウェザーと比べたら可愛いもん。メイウェザーとの違いはスケールだけでなく、蛇蝎のごとく嫌われる状況を想定して行動したわけではなく、後悔してウジウジしてしまっていること。

自分たちがどうして軽蔑されているかにいまだに気づかず「ボクシング界を盛り上げたい」と素っ頓狂なイベントを何度も手掛けたり、「井上尚弥は俺らくらいに稼いでもいい」と平気で吐く無神経な人々。
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亀田一家が世間の感覚と大きくズレている、と感じるのは今に始まったことではありません。

興毅がボクシングマガジンのインタビューに「ボクマガの読者は俺らのことが嫌いやからなあ」と語ったのが象徴的です。

専門誌の読者に嫌われる選手…それが何を意味しているのか気付かない、考えようともしない無神経。

AbemaTVのイベントで「広い世界で認められて嬉しい。そうじゃないとこではいろいろ叩かれるから」と平気でのたまう興毅らは、一生無神経のままでしょう。

ただ、確かに彼らを軽蔑するのはボクシングファンだけです。

犯罪行為は責められて然るべきですが、ボクシングの名を騙ってAbemaTVで野次馬を集めたイベントを開催するのは犯罪ではありません。

特製ベルトを試合前に史郎にプレゼントしたWBAや、「負けても王者」事件のIBF、いい具合に提供される決定戦については一切口を閉ざすのもいいでしょう。それらについて何か話してくれたら、本当の意味での贖罪になることに気づくような知能が欠落しているのは明らかですから。

ただ、彼らは「合わせ技」で軽蔑されているのです。

「違法行為」や「下品な言動」などを取り除くと最後に残るのは「(弱い)相手を選んで世界王者になるとかありえない」(井上尚弥)という、実は日本のボクサーでは当たり前のルーティンまでが、その「合わせ技」に含まれているのです。

2000年頃に「世界チャンピオンを目指す3兄弟」として初めてテレビに取り上げられた彼らは、好意的に受け取められていましたが、敬語を使えない親子に批判もありました。

テレビ的には「言葉使いを注意しましょう」という助言はありえません。そういう注意はしなかったでしょう。むしろ、彼らを煽ったはずです。

そしてTBSの目論見どおりに、増長する彼らへの批判と視聴率は正比例して増大していきます。

そして審判の日。2006年8月、興毅はファン・ランダエタとWBAバージョンのジュニアフライ級王者決定戦のリングに上がります。

試合前にWBA会長が史郎に「長く防衛して」と特製ベルトをプレゼント、それを突き返さずにメディアに自慢げに見せてしまうのが亀の脳みそです。

そして、試合は最悪のパターンに。ランダエタが初回に痛烈なダウンを奪い、優勢のまま試合終了。しかし、2−1判定は予想通り興毅に。

潔く苦戦を認めていれば良かったものの空気を読めない興毅は「どんなもんじゃい」と雄たけび。

日本人のファンからランダエタやベネズエラ大使館に謝罪や励ましの手紙が殺到する社会現象が起き、これを契機に亀田は完全にヒールに堕ちます。

そして、世間が完全に亀田を敵対視したのを確認したかのように、それまで自国の世界王者への批判的な記事を慎んできた提灯マガジンが弱いものいじめに打って出ます。

同じように雑魚相手に防衛を重ねる長谷川穂積を絶賛する一方で、亀田への厳しい記事を書き連ねるのです。

日本人初の3階級制覇を達成したとき、提灯ボクマガの表紙は長谷川穂積で興毅については「世界で最も強いボクサーという証は今までも、今回も立てられていない」とバッサリ。それをいうなら、長谷川も相当に怪しいキャリアですが、そこは目を伏せていくつも提灯を並べるだけ。

提灯ボクビーはもっと酷く、表紙はパッキャオでヘッドラインに「亀田の新記録が素直に祝福されないのはなぜか?」。本文でも「老ムニョス撃退」。

ムニョス戦の視聴率は「亀田としてはワースト2位の13.8%。もはや野次馬の関心も低い」とまで書かれましたが、それを言ったらドネア戦で生涯初めて15%をクリアした井上尚弥も「野次馬の関心も低い」となります。

犯罪行為などについては謝罪し、終わった話。どうしてこの相手が?という不可解な世界戦は当たり前に繰り返されているというのに…亀田は完全に魔女狩りの魔女に吊るし上げられたのです。

現行のボクシング界の仕組みに従って「3階級制覇」を果たした興毅はリングの中では下劣ではありませんでした。どの試合でもしっかり調整し、全身全霊を賭け、持てる能力を精一杯発揮しました。

「亀田とKOはセット」は耳障りな嘘に聞こえますが、ポール・マリナッジの「今夜もKO勝利だ!」と同じギャグと考えればいいのです。

下劣なのは亀田でしょうか?

それとも、メディアでしょうか?メディアに誘導されたファンでしょうか?
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⬜︎茶番劇⬜︎「茶番」は江戸時代に歌舞伎の楽屋で、役者たちが慰労のために酒や茶菓子を出して、即興の狂言を演じた「茶番狂言」が語源。江戸末期から明治にかけては素人などが集って景品付きで演じたり、宴会の余興として行われ、現代では「底の浅い劇」「低レベルのイベント」「ふざけた行い」として使われている。


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2017年のフロイド・メイウェザーvsコナー・マクレガーのボクシングマッチを一刀両断した「The Farce Bout」(ニューヨークタイムズ)、「Dark Comedy」 (リング誌) も「馬鹿げた試合」「悪い冗談」と訳すよりも「茶番劇」の方が相応しいかもしれません。

当たり前の話、プロスポーツでは高度な技術と人気(報酬)は比例しません。

リング誌やESPNがランクする世界ランカーに1人(内藤大助)しか勝てなかった亀田興毅は、そのランカーを6人も倒した井上尚弥よりも遥かに高い報酬と視聴率を獲得していました。

多くのメディアが年間最高試合に推している「井上vsノニト・ドネア」が行われた週末に挙行された米英の人気YouTuber対決(KSI vs ローガン・ポール)はともにデビュー戦の6回戦だったにもかかわらず、世界的には井上vsドネアを凌駕する注目を集め、報酬(それぞれが90万ドル)でも大きく上回りました。

このYouTuber2人はアマチュアルールでも対戦、そのときも75万ユーロをそれぞれ獲得、今回もPPVで130万件(@10ドルor7.5ユーロ)をセールス、売上高は約1300万ドルと大成功を収めました。



PPVの歴代最高は「メイウェザーvsパッキャオ」の460万件ですが、2位は「メイvsマクレガー」の430万件です。

亀田を「茶番」と斬るのは厳しい見方かもしれませんが、亀田やマクレガーやYouTuberの茶番劇が興行面でリアルを大きく凌駕する現実には目を覆うしかありません。 

今月22日(現地時間)にはフロリダ州マイアミでローガンの弟ジェイク・ポールもゲーマーのアリ・イーソン・ギブと「デビュー対決」(フロリダ州アスレティックコミッションの承認待ち)を行います。

このイベントの表向きはWBOミドル級王者デメトリアス・アンドラーデとIBFジュニアライト級王者テビン・ファーマーの防衛戦がダブルヘッダーですが…。

アンドラーデとファーマーは実力者ですが、地味でパッとしませんから…ビジネスとしてイベントに花を添えたいのは理解できるのですが…。

日本でも亀田絡みのボクシングを騙ったイベントは、ほとんどの世界戦を大きく上回る注目を集めてしまいました。

亀田やYouTuberの延長上にボクシングの発展はありません。

しかし、米英ではもちろん、YouTuber対決の大成功に刺激されて日本でも茶番劇がますます増えてしまいそうです。

「プロなんだから人気(注目度)が一番大切」 なのは確かですが、高等技術を売りにしないプロとは一体何なのでしょうか?

リアルよりもフェイクが目を引くのは仕方がないのでしょうか? 

パックメイあたりのレベルまでいかないと、リアルはフェイクに勝てないのでしょうか?

新年早々、考えてみます。 
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今日の大手新聞朝刊で大きく取り上げられた「読解力 続落 日本15位」。

世界79の国と地域で15歳を対象に経済開発協力機構(OECD)が3年ごとに実施している学習到達度調査(PISA)の結果で、2018年の結果は「読解力」が前回よりも12点低い504点と伸び悩み、前回8位から大きく順位を落としてしまいました。

最初にお断りしておくと、OECDとかPISAとかアルファベットを並べた団体や呼称にはロクなものがありません。

私の嫌いな団体よりも文字数が一つ多い4文字のようですが、所詮はアルファベット団体です。

こんなアルファベット団体ごときの「12点低いのは誤差の範囲ではなく理由のある低下」という指摘を真に受けてガッカリする必要など全くありません。

PISAは2000年から実施されているのですが、日本は第2回となる03年の結果でも「読解力」が急落。教育現場では「PISAショック」と深刻に受け止められ、文部科学省が「ゆとり教育」から大きく方向転換するきっかけになっていました。

文明崩壊についての資料から読解力を問う出題は悪ふざけとしか思えません。あんな問題で読解力など測れるわけもなく、模範解答も酷いものでした。

そもそも「読解力」とは何か?なんて「強さ」とは何か?、にもつながる命題です。


読解力が第三者である採点者に評価が委ねられる限り「自分がどれほど理解しているか」ではなく「理解していることを採点者にいかに有効に伝えられるか」であることは当然です。

受験なんかは全てそうです。

その採点者がOECDのように程度の低い場合は受験者の不幸ですが。

もちろん「理解していることを採点者に有効に伝えられる」ことが「しっかり理解していること」とほぼイコールであるのも明らかです。
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しかし、それはつまり「第三者にわかりやすく説明できる」言葉巧みな人が高得点を上げる一方で、感覚的には深く理解し実践も出来る」天才は低い点数に甘んじることになります。

前者は評論家であり、後者は芸術家やアスリートです。

優れた評論家を育成するようなテストは不要とは言いませんが、そればっかりでは未来は真っ暗です。

ちなみに今回のトップは「読解力」「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」の三部門とも北京・上海など中国都市部が独占。

三部門ともトップ3までがアジアで、トップ10まで広げてみてもアジアの強さが際立っています。この傾向は、PISAが始まってから変わりません。

シンガポール、マカオ、香港、台湾、韓国、日本…秀才教育に熱心な国々が上位に並んでいるのを見直すと、PISAの輪郭がよく見えてきます。

さぞかし、立派な評論家が育つことでしょう。

PISAは馬鹿試験ですが、その結果を受けて教育方針がグラグラする国はもっと馬鹿です。
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WBSSは優勝者にモハメド・アリ杯を贈りますが、何故かWBCも「WBSS優勝ベルト」を売りつけてきました。

11月7日のさいたまスーパーアリーナでは、このベルトが見当たらず、皆様からもいろいろな情報をいただきました。ありがとうございます!
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▶︎拒否というか、それは拓真のベルトだから違うよって感じだったんじゃなかったでしたっけ?=ナジーム

▶︎最後はリングの外にいる関係者が持ってる様に見えますね。明らかにいらないって意思表示してるし。=またファン

▶︎試合後にザワーランドが尚弥に渡そうにしたけど、尚弥が受取りを拒否し、大橋ジム関係者が受け取っていた様に見えた=おやじーたん 

▶︎リング上で渡されそうになったけどイラネって拒否してたじゃん=うバーリ  

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WOWOWではわかりませんが、フジテレビでは井上尚弥が「これ拓真の」と口にしてるのをマイクがはっきり拾っています。あれは確かに暫定王者だった拓真のベルトです。

この画像も鮮明ではありませんが、国旗が縁取られた円内で「WBC」の位置が「WBSSベルト」なら中央部にあるはずなのに、尚弥が受け取らなかったものは明らかに下部にあります。

あれは拓真のベルトをWBSSのスタッフが間違えて尚弥に渡そうとしたのが真相です。本来ならリングに上げるベルトではないはずですが、何かの手違いでしょう。

となると、WBSSベルトの行方が気になるところですが、尚弥がリング上でアリ杯を受け取り腰にIBF、右肩にWBAセカンドとリング誌、左肩にWBAスーパーのベルトをかけたシーンでも見当たりません。

商魂たくましいWBCが作るのを忘れた、ということはないでしょうから、井上陣営が拒否したのでしょうか?

だとしたら英断です。無償ならまだしも、何の意味もないベルトです。

WBCが法外な金額をふっかけて、井上が拒否したなら痛快な話です。 
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ヘビー級のリネラルチャンピオン、タイソン・フューリーがWWEプロレスデビューを果たします。

稀代のエンターテイナー、ジプシー・キングがこの流れに乗るのは当然。

すでに4日のWWE興行で顔見せを済ませていたフューリーにプロレスの才能もあることは、ボクシングファンなら誰もが周知の事実でしょう。

日本時間の今日。フューリーはラスベガス・T-Mobileアリーナでの会見で「サウジアラビアでこんなメガファイトに参加できることに興奮している」「WWEはずっと出場したかった夢舞台」と心から楽しんでいる様子。
もはやコメディです。もちろん良い意味で。フューリーは本当に多才なボクサーです。

名誉ある対戦相手に選ばれたのはブラウン・ストローマン。「WWEは世界最強のリング。お前を守ってくれるグローブはない」。

このエンターテインメントは、12月7日にやはりサウジアラビアで行われる正真正銘のメガファイト「アンディ・ルイスJr. vs アンソニー・ジョシュア」に続く導火線です。

日本人にとってはストローマンじゃなくて中邑真輔なら、もっと興奮でしたね。…というかルイスvsジョシュアよりも楽しみになります。

2年前のフロイド・メイウェザーvsコナー・マクレガーは100%茶番でしたが、これは100%エンターテイナーです。

動画のフューリー、見て下さい。こんなに人を楽しませる天才が、3年前まで鬱病で自殺することばかり考えていたなんて…病気は恐ろしいです。



*1年前にジャーナリストを暗殺した無法国家が世界的なイベントを招致することを許していいのか?

ここでは、その話は出来ませんが、サウジでやることの意味を煽るような表現は徹底的に排除させていただきます。
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「黄金のバンタム」。
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日本のボクシングファンで「黄金のバンタム」の意味を、バンタム級は層が厚くてレベルが高い階級だから「黄金」と称されている、そう誤解している人なんているわけないでしょう。

…なんてことは、どうやらないようです。

井上尚弥の試合を放送するフジテレビをはじめ多くのメディアが「黄金のバンタム」を誤解を招く使い方で垂れ流していることには、ゲンナリしてしまいます。

「118ポンド、53.52㎏。とにかくだからバンタム級は凄いのだ!」なんて書いてきた私ですが、あれは「バンタム級をはじめ軽量級は層が薄くて欧米では人気も需要のない階級だけどものすごいボクサーを輩出してきて、軽量級の試合も中重量級よりも面白い」ということを言いたかったのです。

「黄金のバンタム」を使うとき、エデル・ジョフレに全く触れずに乱用し「バンタム級はレベルの高い階級」という明らかな誤解を意図的に招いているメディアは何を考えているのでしょうか?

「黄金のバンタム」を真に受けて「 世の中の方がイマイチ分かってくれてないのがボクは歯がゆくて」という松本人志や、「井上にはラスベガスで20億円のメガファイトが待っている」というような愚かな勘違いを誘導することに何の意味があるのでしょうか?

エデル・ジョフレやファイティング原田に代表される歴史を振り返り「黄金のバンタムとはジョフレのことですが、これだけすごい選手もいた階級ですから〝黄金のバンタム級〟と言ってもいいでしょう」というならテレビ向けのコメントとしてロジックが通って納得もできるのですが…。 

いつも思いつくまま、適当に書き散らかしていますが「軽量級でもメガファイトが実現できる」「ボクシングは日本でメジャースポーツの座を取り戻せる」(もちろんラスベガスとかそんな妄想じゃないです)という、書きっぱなしのシリーズと、このシリーズを合流させていきます。 

趣旨は同じでした。  
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それが営利団体である限り、WBAなどのアルファベット承認団体やJBCを責めることはできません。

諸悪の根源は彼らではなく、彼らが巣食う環境や、彼らが既得権益にしがみつくことが出来る構造にあります。 

それにしてもです。

私がスポーツを愛するのは、日々積み重ねられた鍛錬によってのみ習得出来る技術だけが勝敗を決するからです。

日々積み重ねられた鍛錬によってのみ習得できる技術以外の要素、例えば性別や体重の差が勝敗に大きな影響を与えるスポーツでは、男女や階級を分け隔てることによって公平が図られなければなりません。

日々積み重ねられた鍛錬によってのみ習得できる技術。不断の努力と才能が高度に結晶した、この技術を魅せられたとき、私たちスポーツファンは至福の感動を味わえます。

日々積み重ねられた鍛錬によってのみ習得出来る技術だけが勝敗、優劣を決定しなければ、それはスポーツとは呼べません。

スポーツの根幹を揺るがすような行為は、断固として排除しなければなりません。

クリーンであることを放棄したときに、日々積み重ねられた鍛錬によってのみ習得出来る技術だけが勝敗、優劣を決定するスポーツの大前提は崩壊します。

日々積み重ねられた鍛錬によってのみ習得出来る技術
を蔑ろにするようなルールや、八百長、ドーピング…クリーンであることへの挑戦は絶対に許してはなりません。

後発の格闘技団体でありながらUFCが大きな成功を収めた最大の原因は、日々積み重ねられた鍛錬によってのみ習得出来る技術だけが勝敗、優劣を決定するスポーツを目指し、クリーンであることを徹底することで信頼を獲得したからです。

一例を挙げるとUFCは、ボクシングよりも厳格なドーピング検査を実施しています。

翻って、日本の格闘技団体は日々積み重ねられた鍛錬によってのみ習得出来る技術を蔑ろにするような興行を積極的に展開し、クリーンであることも無視し続けたがために、マニアの信頼を失い、一般スポーツファンの関心も長続きしませんでした。

魔裟斗のためのK1、八百長だらけのPRIDE…。

ボクシングを〝仮想敵〟競技に定め、現代ボクシングに欠落している「本物の世界王者」をクリーンな体制とルールのもとで日々積み重ねられた鍛錬によってのみ習得出来る技術によって決定するーーUFCはボクシング一強だったプロ格闘技の世界に大きな風穴を開けました。

一方で、日本の格闘技団体は日々積み重ねられた鍛錬によってのみ習得出来る技術ではなく、下劣な野次馬根性を刺激することに傾倒し、クリーンであることへは全く意に介しません。
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昨年の大晦日、醜く緩んだ肉体を極東のリングに曝け出したメイウェザーでしたが、かつては「日々積み重ねられた鍛錬によってのみ習得できる技術」を最高地点まで磨き上げたトップアスリートでした。

2018年の大晦日、この時点のフロイド・メイウェザーはあの醜く緩んだ肉体を見るまでもなく日々積み重ねられた鍛錬によってのみ習得出来る技術などもはや持ち合わせていません。

試合直前まで焼肉屋でデザートまで平らげた挙句、計量の時間も守らず、その計量の動画もないまま試合は挙行されました。ウェイトこそ事前合意はあったとはいえ、クリーンであることまでも薄汚く冒涜しました。

全く違う競技で日々積み重ねられた鍛錬によってのみ習得出来る技術を持つ2人を競わせることには何の意味もありません。

ましてや、そのうちの1人が引退して何年も経っているとしたら。

冒頭で書いたように、運営団体は完全な営利団体です。そもそも高い理想など持ちようもない卑しいクズ人間が巣食うことも多いでしょう。

しかし、選手は違うはずです。日々積み重ねられた鍛錬によってのみ習得出来る技術を競い合うアスリートであるはずです。

そう信じたい。

那須川天心にはキックボクシングを正しい方向からメジャーにして、最終的にはスポーツとして認めてもらいたいという夢は無いのでしょうか。

一般紙のスポーツ欄で試合結果が扱われる、大きな試合になれば一面でも記事が組まれる、そんな存在に高めたいという理想は考えないのでしょうか?

まさか、この卑しく醜い茶番の延長上に理想と夢があるとでも思っているのでしょうか?

このなことを繰り返していると「まともなスポーツ」からどんどん離れていく一方であることがわからないのでしょうか。

私は熱狂的なボクシングファンですが、キックボクシングが市民権を得ることになれえば両手を挙げて大歓迎します。

おそらく多くのキックボクサーは「市民権を得たい」と考えていると信じたいです。

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UWFの源流になったアントニオ猪木のストロングスタイルが与えた「プロレスラーは強い」という幻想は総合格闘技の台頭で木っ端微塵に打ち砕かれましたが、ショーに徹した演出によって女性ファンまで開拓、見事な復活を遂げたプロレス。


「スポーツとして市民権を得たい」 。

この夢と理想を最初に描いた最初の格闘技選手は、キックボクサーではなくプロレスラーでしょう。

多くの選手は、そこに入ってから現実を知ることになりますが、彼らの中からUFCにつながる総合格闘技の芽が生吹いたのもまた事実です。

スポーツ、真剣勝負の世界に敗れた彼らは「スポーツとしての市民権」ではなく「ショーとしての市民権」を獲得することに成功しました。

もちろん、プロレスの中には上質なショーの要素が散りばめられていました。

しかし、日本のキックや総合格闘技は元々からしてその要素を排除することで何とか命脈を保ってきました。

夢と理想の終着駅は「スポーツとしての市民権」であるはずです。

そこを目指さないというなら、もはや私には何の関心もありません。 

It’s not my cup of tea
です。
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八村塁のドラフト一巡目指名のニュースが一般紙の一面・スポーツ面・社会面で大きく取り上げられた翌日に、まさかのマイナー競技の茶番劇。

日本ボクシングコミッション(JBC)と日本プロボクシング協会(JPBA)は昨日、格闘技界やネットテレビなどで行われている〝ボクシング〟イベントについて、共同声明を発表しました。

JBCの安河内剛事務局長は「共同声明はAbemaTVに向けたものではない。たまたまこのタイミングになっただけ」と説明しましたが、おかしな話ですね。
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「ボクシングは古代オリンピック種目の一つ」と書いてますが、気は確かなのでしょうか?何千年も前は全く別の競技で、なおかつ今は五輪種目から外される寸前の風前灯火スポーツです。

「ボクシング、ボクシングルールなどの名の下で行われる『非ボクシングイベント』」への嫌悪感を露わにしていますが、これは「ボクシング」という名称も含めた既得権益が侵されること、つまり〝タダ乗り〟行為は許さないと言っているのです。

那須川がライセンスを取得して、まだライセンスが再交付される年齢(32歳)の亀田興毅も再交付を受けた上でJBC統括のもとで試合を行うならOKということです。

「JBC統括」。つまりは、JBCが承認、承認料を徴収する試合としてなら許可すると書いているのです。
何という浅ましさ。
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2018年度のJBCの事業収入は1億6870万3654円でした。

JBCの収入は統括した興行の数と規模に支えられています。興行数は毎年右肩下がり。さらには、国内開催の方が規模の大きくなる試合でも、選手の海外志向から外国で行われるケースも増えてきました。

そんな環境で「那須川戦でメイウェザーは(JBCの事業収入の約6年分に匹敵する)900万ドルを手にした」「亀田と1000万円マッチ」など、なんだか景気のよさそうなイベントが〝ボクシング〟の名のもとで繰り広げられていることに我慢ならなかったのでしょう。

〝神童〟那須川天心の〝ボクシング〟イベントに、日本のボクシング界が「ボクシングを名乗るなら承認料よこせ」とNOを突きつけた格好です。

この「ライセンス剥奪」を匂わす〝横槍〟によって、ゲスト解説の薬師寺保栄、木村悠の出演はキャンセル。

まー、心の狭い話です。

キックボクシングはアジアの一部を除くと世界的には、マイナー格闘技。那須川やかつての魔沙斗の「世界に出て戦いたい」という言葉には「それでお前らどこへ行くつもりなんだ?」と笑いながら突っ込むしかありません。

魔沙斗も「ラスベガスでオスカー・デラホーヤやバーナード・ホプキンスと戦いたい」と宇宙語を話していました。

宇宙語を話せるのは魔沙斗だけではありません。

亀田は「プロとして、エンターテイナーとして、天心くんにいろいろと肌で感じてもらえれば。お客さんをどれだけ楽しませるか。興味をひかせるか。格闘技の世界に生きている中で僕たちは商品。強かったらいいだけじゃない。本当のプロがどういうもんなのか、明日1日、1秒たりとも見逃さず、一瞬一瞬を圧倒的なカリスマ性でみなさんを楽しませようと思います」と堂々と宣言。

那須川は「僕も格闘技を背負っていく以上、ここでつまずいてはいられない。自分の今後がどういう風になるのか、明日わかる。決着をつけて、那須川天心強いな、という印象で終わらせたい」と力強く語った。

…この人たちはexhibitionを前にして、何をこんなに力んでいるのでしょうか? 

亀田には自分がお世話になった競技が健康的に発展していくために、この下劣な茶番劇が必要だと本気で考えているのでしょうか?マイナスにしかならないことがわからないなら、彼は見た目通りのカナブン以下の脳みそです。

那須川には全身全霊をかけたパフォーマンスを追求して、自分を成長させてくれたキックに正しい方向から正しい光を導こうという純粋な希望は無いのでしょうか?犯罪以外ならどんなことでも目立てばヨシ!という考えだとしたら、やはり彼の脳みそもカナブン以下です。


これは、マイナーなキックを嘲笑しているのではありません。那須川のイベントに目くじらをたてるボクシング界は、性根も含めてもっとマイナーです。

互いに交流することで大きな発展の可能性があるにもかかわらず、キック(総合格闘技)はボクシングの権威に便乗しようとし、ボクシングはタダ乗り行為に狭量で硬直した態度でしか反応してきませんでした。

貧すれば鈍す。

所詮はマイナー競技同士。日陰で何をいがみ合っているのでしょうか? 

ボクシング界と格闘技界の「非ボクシング」を巡る醜い確執は反吐が出るほどにおぞましい、です。
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米プロバスケットボール(NBA)のドラフト会議は日本時間21日、ニューヨークの八村塁(ゴンザガ大)が日本人初となる1巡目でウィザーズから全体9位指名を受けました。

そして今日、ナイキが公式サイトで八村と「ジョーダン・ブランド」における契約を締結したと発表しました。

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世界(といいつつ米国)の人気スポーツを特集するESPNマガジン(左)と、八村の〝ドライチ〟を一面・スポーツ面・社会面の三段構えで報じる日本の一般紙(画像は読売新聞)。八村がESPNマガジンやスポイラで大特集され、表紙を飾る日はそう遠くはないでしょう!


「一巡目指名は確実」と言われていただけにビッグニュースですが、驚くべきニュースではありません。

それでも、やはり驚きです。

これまで、日本人がゲスト扱いでそのコートに立たせてもらうことはありました。

しかし、二巡目までしかないドラフトにかかるのは全く意味が違います。

八村は、米国メジャースポーツでデビュー前としては史上最も高く評価された日本の才能です。

欧米メジャースポーツにもっとも鮮烈な爪痕を残したのはイチロー(ア・リーグMVP/首位打者2回)でしょうが、MLBデビュー前の評価はおしなべて懐疑的で、やはりゲスト扱いでの米国上陸でした。

そして、ボクヲタとしては「ナイキのジョーダンブランド」と聞くと、ゲンナディ・ゴロフキンを真っ先に思い浮かべますが、ホンモノのNBAドライチの八村と比べるとさすがのGGGも門外漢です。

やはりボクヲタにお馴染みのニューヨーク・バークレイズセンターも、ドラフト会場としてボクシングが知るメガファイトとは華やかさの種類が違う新鮮な雰囲気も楽しめました。

ジャケットの襟に日の丸のピンバッジを付けて「日本の国をしっかり見せなきゃいけないなって」と語った言葉にはちょっとジーンと…。

祝福のコメントを受けた八村のお母さんが「周りに気を配れる人になってほしい」と語ったのはさらに強烈なインパクトでした。

 NBAは米国で最も人気があるプロスポーツです。高校と大学バスケへの異常な熱気も考えると、かの国の国技はバスケかと思い知らされます。

そこに日本人がドラフト1位で乗り込むのです。

日本バスケはこれまで想像もしていなかった新しいチャプターのページをめくったのです。

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米国メジャースポーツはバスケ、アメフト、野球がフロントランナーです。

日本のスポーツファンの端くれとして、地球上のどこから見ても峻厳な高峰に真正面から斬り込んでゆく八村塁を応援しない理由はどこにもありません。

光あるところに影がある。「カムイ外伝」のナレーションではありません。

メジャースポーツの影にはマイナースポーツがあります。

これは、あらゆる事柄について世の常です。

私は陸上競技にボクシングという、NBAやMLB、欧州サッカーと比較すると相当に影の濃いマイナースポーツのファンです。

八村の影響力の大きさは嫉妬するレベルを超越していますが、個人的には日本の陸上選手やプロボクサーの方に思い入れがありますし、バスケよりも中距離レースやボクシングの試合に高揚してしまいます。

陸上選手やボクサー、彼らには「言われなくてもわかってるわい!」ということですが、自分の競技に誇りを持って、全身全霊を賭けた最高のパフォーマンスを追求して魅せて欲しいと願っています。

そして、その結果は必ずその競技に正しい方向から正しい光が向けられることで報われます。

上の方で紹介したESPNマガジンですが、バスケやサッカー、野球(世界で人気じゃないですね)などに混じって世界の人気スポーツとして「陸上男子100m」も取り上げられています。

これは、ウサイン・ボルトが最高のパフォーマンスを追求して、正しい方向から正しい光を勝ち取った好例です。

しかし、世の中には間違った方向でも、間違った光でも、とにかく貪ろうとするメジャーへの見苦しくも浅ましい嫉妬と劣情を隠そうともしない唾棄すべき恥知らずがいます…。
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リング誌は、電子版ですでにMMAコーナーを設け、プリント版でも2019年1月号から「ENTER THE OCTAGON」の連載がスタートしました。

リング誌もかつては「ボクシングだけでなくプロレスも扱っていた時期がある」と聞きますが、なかなかその当時の現物はお目にかかれません。

「黒歴史」として闇に葬ったのでしょうか?

日本でもボクシングマガジンはかつて「ボクシング・プロレスマガジン」だったといいますし、ゴングは長らく二つの格闘技を並列的に取り上げていました。

とはいえ、あのリング誌が、です。

リング誌は2016年に当時のMMAで男女を超えて代表する存在だったロンダ・ラウジーを単独カバーに起用、大特集を組みましたが、そのテーマはあくまで「世界一有名な女子格闘家がボクシングに進出?」というものでした。 
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ロンダ・ラウジーやコナー・マクレガーは余裕の100万ドルファイターで、あらゆる軽量級ボクサーはもちろん、ほとんどのボクサーもその報酬と知名度には足元にも及びません。

現在、プロレスは世界的に「真剣勝負の格闘技ではなくショー」という方向に進む一方で、MMAはボクシングに並ぶ「真剣勝負のプロ格闘技」としての地位を完全に確立しています。

ESPNや米国Yahoo!スポーツでは、その扱いはボクシングと並ぶか、超えているといって差し支えないでしょう。

日本ではUFCがMMAの完全本流になるまでは、プライドが世界最高峰の舞台を提供する団体の一つとして確固たる地位を築いていました。

現在のライジンですら那須川天心や堀口恭司は、その知名度や報酬で、ボクシングの日本人世界王者の多くを上回っています(目くそ鼻くそ、どんぐりの背比べですが)。

そして、ここが重要だと思うのですが、欧米ではこの二つのスポーツの交流は、日本では考えられないくらいに健康的に進んでいます。

ボクシングファンが完全な上から目線でMMAを睥睨する日本では考えられないことで、もしかしたらリング誌がMMAコーナーを設けるよりも、ボクシングマガジンやビートがそのコーナーを作るとしたら、そっちの方が驚くべきことなのかもしれません。

ボクシングとMMA(キックボクシングは世界的にはあまりにもマイナーなのでここでは俎上に乗せません)、両者の溝がより深くより大きくなる日本の現状を見つめ直し、ボクシング界(というかこの国のスポーツ界の習性)とライジン(今は事実上この団体しか存在していません)がそれぞれに抱える深い闇と、互いのファンが世界の真実から目と耳を塞がれている(自ら塞いでいる)ことから引き起こされている悲劇(喜劇)を検証していきます。

日本ではどうしてMMAがスポーツとして認められていないのか?

那須川天心はどうしてボクシングの試合に出場できないのか? 

井岡一翔はどうしてマカオの宴会場でPFPファイターと戦ったのか?

狭量と疑心と嫉妬と暗愚が高濃度で混じり合う、醜い大人たちの物語です。
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