カテゴリ: 村田諒太

ご存知の通り、ボクシングには独特の表現がいくつもあります。

FACE TO FACE(計量後の睨み合い)、HEAD TO HEAD( 大接戦)、TOE TO TOE(正面衝突)…。

今日は、TALE OF THE TAPE(両者のデータを比較した戦前予想:100点満点・採点横は代表的な満点ボクサー)。
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【フレーム(身長/リーチ)】

村田諒太:184㎝/190㎝

ゲンナジー・ゴロフキン:179㎝/178㎝

村田はGGGにとってキャリア最大サイズの敵ですが、フレームの差がこの試合の決定的要素になるとは考えられない。



【ハンドスピード】

どちらもスピードを前面に出して戦うスタイルから離れたファイター。

40歳のスラッガーは左ジャブにも定評がありますが、日本の大砲も左リードは多彩。

▶︎GGG65:村田65◀︎テレンス・クロフォード



【フットワーク】


GGGはカネロとの第2戦から度々見せているように、足も使えます。一方の村田はバックペダルを使ったボクシングは、恐らく出来ない。

▶︎80:50◀︎ワシル・ロマチェンコ



【パワー(リード)】

GGGの左リードは強烈。村田の左も世界基準を上回る破壊力を擁しますが、その役割は右につなげる文字通りのリードブローがほとんど。

▶︎95:55◀︎ノニト・ドネア



【パワー(利き手の拳)】

両者とも世界基準を大きく上回るパワーパンチの持ち主。

単純な破壊力だけでなく、射程距離の長さでも村田がやや上回る。

▶︎90:95◀︎井上尚弥



【ジャブ】

エリートアマの2人にとって、最も得意なパンチですが、その印象はGGGが大きく上回る。

▶︎85:65◀︎オレクサンダー・ウシク



【フック】

ミドル級を代表する2人のパンチャーにとっては、左右とも試合の流れを一気に引き寄せるフィニッシュブロー。

▶︎85:85◀︎オスカル・バルデス



【クロスレンジでのアッパーカット】

接近戦で戦う時間が長いと予想される展開では、キーとなるパンチ。

ジャブと同様にGGGの巧さと強さの印象が強いが、村田も至近距離でのアッパーの使い手。

▶︎75:75◀︎ローマン・ゴンザレス



【ボディブロー】

これも両者が共に自信を持っているパンチ。ボディへの攻撃を制した方が試合の主導権を握る。

▶︎85:85◀︎カネロ・アルバレス



【フィジカル】

強烈なフィジカルも両者に共通する特徴。経年劣化が目立つ40歳のGGGがやや劣る。

▶︎80:100◀︎村田諒太



【スタミナ】

規律ある練習を積み重ねてきた二人はスタミナも十分。

しかし、スタミナ配分という視点ではプロでの経験で大きく上回るGGGに軍配が上がる。

▶︎85:80◀︎ファン・フランシスコ・エストラーダ



【大舞台での重圧】

この二人がこの要素で綻びを見せるとは考え難い。

▶︎95:95◀︎カネロ・アルバレス


【殺傷本能】

両者とも〝仕留めどころ〟の嗅覚は抜群。この試合に関しては、より動機付けの強い村田がやや上回るか。

▶︎85:85◀︎デオンティ・ワイルダー



【顎の強さ・打たれ強さ】

二人は、こちらも全階級を通じてトップレベル。しかし、GGGの経年劣化はこの要素でもはっきり見て取れる。

▶︎80:85◀︎タイソン・フューリー



【経験・Aプランからスイッチする柔軟性・引き出しの多さ】


二人とも明確な勝ちパターンを持つパンチャーだけに、そこが崩れると難しい展開を強いられる。

それでも、経験値からGGGが一枚上。

▶︎60:50◀︎フューリー、カネロ

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【対戦相手の質】

「誰に勝ったか?」では最強がダニエル・ジェイコブスのGGGと、アッサン・エンダムの村田。

GGGはなんとかジェイコブスを振り切り、村田はエンダムを初めてストップした。実は(勝利した)対戦相手の質に大きな差はない。

ただし、世界戦での試合数、消化ラウンドには大きな開きがある。さらに、何よりもGGGはカネロと24ラウンドを戦っている。

▶︎65:50◀︎カネロ・アルバレス



【コーナー(セコンド)】

GGGは、エマヌエル・スチュワードの薫陶を受けたジョナサン・バンクス。村田は田中繊大。

どちらも世界的なトレーナーですが、GGGはカネのもつれからアベル・サンチェスと決別してバンクスとタッグを組みんだのに対して、村田は帝拳との一枚岩。

「チーム・GGG」vs「チーム帝拳」と考えると、明らかに後者。

▶︎70:90◀︎エディ・レイノソ(チーム・カネロ)



【勝敗予想】村田の二つの敗北は、エンダム初戦が世界的に「盗まれた判定」と議論を呼んだとはいえ、良く言えば大切に、丁寧に試合に入った結果。悪く言えば、最大の長所である爆発的な攻撃力をコントロールしてしまったことが、相手に隙を与えてしまった。

ついに辿り着いた、自分の全てを解放させることが出来る舞台。村田の戦術はわかりきっています。

一方で、それを踏まえたGGGは序盤は脚を使うことも考えられます。村田がGGGの左ジャブをかいくぐって距離を詰めることが出来るのか?

あるいは、村田のフィジカルを十分知っているGGGが「下がったら村田の思う壺」と打撃戦に応じて来る可能性も十分ありえます。

何れにしても序盤の展開は、40歳のカザフスタン人の出方で決まります。36歳の日本人がフットワークと左を駆使して、GGGをいなそうとする展開はありえません。

計量後には、尊敬し合う旧友が再開したようなFACE TO FACEが見られるでしょう。

そして、村田が挑みかかるTOE TO TOEにゴロフキンが応じるのか、それとも下がるのか。

どちらにしてもHEAD TO HEADの緊迫した立ち上がりになります。

そして、どちらかがやむをえなく後退すると、試合は一方的になるかもしれません。

それはGGGかもしれません。村田はピストルしか持たないセルゲイ・デレビャンチェンコとは違います。下がって12ラウンドを生き延びることが出来る相手ではありません。

序盤でペースを握った村田が、21世紀最強のミドル級王者をスーパーアリーナのマットに沈めると予想します。



決戦の4月9日土曜日まで、あと19日 !!!
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しかし、あと22日でっせ。皆々様。

兎にも角にも!あのゲンナジー・ゴロフキンが日本にやって来るのです!!!

今回の「来日した大物」は、日本人が戦ったボクサー限定。

マニー・パッキャオ、エキシビジョンのモハメド・アリ、ロベルト・デュラン、フロイド・メイウェザーは除外します。


◼️エデル・ジョフレ◼️ 

リング誌が1960年代PFP1位に選出した「黄金のバンタム」。

欧米での人気や知名度などを度外視して、純粋な実力評価だけなら「来日した大物」では文句無しのNo. 1。

生涯キャリア72勝60KO2敗4分。世界戦ではバンタム級で9勝9KO2敗、フェザー級で2勝1KOの通算13勝10KO2敗。2つの敗北はいずれもファイティング原田のラッシュに押し切られたもの。

原田に敗れて一度は引退するも、3年3ヶ月のブランクを経てリング復帰、フェザー級王者になって2階級制覇。

ジョフレの怪物ぶりが語られれば語られるほど、彼に2戦2勝した原田の凄みもまたクローズアップされてきました。



◼️アレクシス・アルゲリョ◼️

1975年10月12日、ロイヤル小林をボディ一発で悶絶、5RKOでWBAフェザー級王座3度目の防衛に成功。

〝KO仕掛人〟小林は18戦全勝16KO。ニカラグアからやってきた〝痩せっぽっちの破壊者〟が何者なのかをまだ分かっていなかった当時は、小林にパンチャーズチャンスがあるとみられていました。
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ファイティングスタイルはもちろん、その容姿から立ち居振る舞いまで、何から何まで貴公士と呼ぶにふさわしいグレートです。

2008年の北京五輪ではフィリピンのマニー・パッキャオと共に、ニカラグアの騎手を務め、ボクシングファンを喜ばせてくれましたが、その翌年、私たちに信じたくないニュースが届けられてしまいます。


◼️ウィルフレド・ゴメス◼️
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1978年1月19日、小林は自らが保持していたWBCジュニアフェザー級のタイトルホルダーになっていたゴメスからベルト奪還を狙います。

新設されて日の浅いジュニアフェザーは猫の目のようにタイトルが移動、ゴメスもこれが2度目の防衛戦。

小林の返り咲きを期待していたファンは、第3ラウンドに悪夢を見ます。ゴメスの最短軌道の左ショートのカウンターを浴びノックアウト負け。

「ジュニア階級は層が薄くレベルも低い」と考える人たちの口を、それが迷信であることをたった一発のフックで黙らせた今なお衆目一致で122ポンドで歴代最強に推されるプエルトリカン。


◼️エウセビオ・ペドロサ◼️

1979年1月9日、小林は2階級制覇をかけてWBAフェザー級に挑戦。

22歳のパナマ人は、これが3度目の防衛戦。「経験不足」というだけでなく、キャリアで3つの敗北全てがノックアウト負けというグラスジョー。

小林の強打炸裂に誰もが期待を膨らませましたが、ペドロサが今なお破られないフェザー級の防衛記録19を樹立する伝説になるとは、誰も予想していませんでした。

それにしても、ロイヤル小林、です。

ロイヤルがいなければ、3人の伝説が日本にやって来ることもありませんでした。ロイヤルを含めた4人、今なおご健在なのはプエルトリコのバズーガ砲だけになってしまいました。



◼️ピピノ・クエバス◼️

1976年10月27日、辻本章次を6回KOでWBAウェルター級タイトルの初防衛に成功、ここから11連続防衛(10KO)するメキシコ中量級の英雄。

規格外の強打と、トミー・ハーンズにタイトルを強奪された衝撃の一戦では、ルペ・サンチェスの「体重だけでなく身長とリーチもクラス分けすべきだ」という嘆きも世界中のボクシングファンに強烈な印象を残しました。



◼️マーク・ブリーランド◼️

1984年ロス五輪のウェルター級金メダリスト。111戦110勝1敗という驚異的なアマ戦績をひっさげてプロ転向。

デビューから17連勝でWBAウェルター級ピースをピックアップ。誰もがスター誕生と確信しましたが、曲者マーク・ブリーランドに11ラウンドでストップされ初防衛戦に失敗。

1989年12月10日、後楽園ホール。指名挑戦者・尾崎冨士雄との3度目の防衛戦で来日したときは、かつての〝レナードの後継者〟の後光は陰っていたものの、刃物のようなワンツーと左アッパーで圧倒、スターリングを追い詰めた尾崎を4ラウンドで葬り去りました。

デオンティ・ワイルダーvsタイソン・フューリーの第2戦でタオルを投げたブリーランドは今、58歳。また、優れたファイターを育てて、私たちに見せてくれるでしょう。




◼️ウィリアム・ジョッピー◼️

平凡なアマチュアキャリア、47歳のロベルト・デュランを3ラウンドでストップしたことはありましたが、プロでも大きな勝利は掴めませんでした。

強豪には律儀に完敗するゲートキーパーのようなアルファベット王者。

それでも竹原慎二と保住直孝を寄せ付けなかったパフォーマンスは、ミドル級の高みを日本のボクシングファンに知らしめてくれました。



◼️ノニト・ドネア◼️

パッキャオに憧れ「人気階級でPPVファイター」を目指しました。しかし、大きな夢はずっと手前のフェザー級で打ち砕かれてしまいます。

それでも、フライ級からバンタム級では傑出した強さを見せつけました…と過去形で語るべきはずでしたが、今年11月で40歳になるフィリピンの閃光は〝出戻りのバンタム〟で輝きを取り戻しました。

日本のボクシングファンは考えたくありませんが、井上尚弥との再戦に勝利を収めるようなことがあると、一発殿堂確実です。



◼️ゲンナジー・ゴロフキン◼️
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2022年4月9日、村田諒太との団体統一戦。

「17連続KO防衛」「PFPキング」は過去の勲章ですが、「人気階級の強豪王者」という一点にはまだ曇りはありません。

日本人が戦う、史上最大のビッグネームと断言して差し支えないでしょう。

先の話はしてはいけませんが、今年、「日本人が戦う、史上最大のビッグネーム」が更に上書きされることも夢物語ではありません。

 
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公称アマ345勝5敗。実際は8敗していますが、どうでもいいことです。

2001年大阪の東アジア大会(ウェルター級)、2002年釜山アジア大会(ライトミドル級)、2003年バンコク世界選手権(ミドル級)で優勝、そして2004年アテネで銀メダル(ミドル級)。

もし、ゲンナジー・ゴロフキンが米国や英国人ならボクシングファン期待の星として鳴り物入りのデビューを果たしていたでしょう。

もし、日本人なら村田諒太の先駆けになって、やはり大切に育てられたでしょう。

プロ契約を結んだのはドイツのウニヴェルムス。

当時、ドイツにはフェリックス・シュトルム、セバスチャン・ジルベスター、セバスチャン・ズビクらミドル級のトップ選手がいましたが、プロモーターは彼らとゴロフキンの試合を組むことはありませんでした。

それどころか、シュトルムら選手はスパーリングすら拒否するようになります。

わかりやすいにも程がある話です。GGGは、シュトルムらにとってあまりにも強すぎたのです。

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ボクシングを始めるきっかけとなったのはシュガー・レイ・ロビンソンの伝記を読んだから。ドイツで不遇をかこつカザフスタン人が米国を目指すのは、自然の流れでした。

しかし、米国でも世界最強のミドル級は無名でした。

大手プロモーターは興味を示さず、彼を受け入れてくれるジムですらほとんどありませんでした。

それは無名であることだけでなく「コーラス隊の少年が 紛れ込んできた」(アベル・サンチェス)という、柔和な童顔のせいもありました。

モハメド・アリやオスカー・デラホーヤら数多のグレートがキャンプを張った伝説の地、南カリフォルニア州ビッグベアでサミットジムを運営していたサンチェスは、コーラス隊の少年がリングに上がると野獣になるのを目の当たりにして「どうしてドイツはこんな才能を繋ぎ止めなかったんだ」と訝しがりますが、すぐに考えを改めます。

「そりゃあ、そうだ。ゲンナジーの前では、シュトルムでは3ラウンドも立ってられない」。

そして、確信します。「ミドル級最強でLineal Champion のセルヒオ・マルチネスにも今すぐ勝てる」。
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「ドイツでデビューしたエリートアマ」。米国のメディアはそんな先入観も持っていましたが 、2010年にWBA暫定のストラップを掴んでからも、米国のプロモーターや人気選手は、GGGがまるで見えていないかのように振る舞います。

しかし、メディアとボクシングファンは「大物プロモーターやスター選手があからさまに回避するエリートアマ」「スパーリングすらさせてもらいないカザフスタン人」が何を意味しているのかに、すぐに気付きます。
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PFP100傑のトップ10の似顔絵。その中にゴロフキンはいませんが「彼が誰からも逃げられなければ、来年はメイウェザーやパッキャオはセンターにいない」。

リング誌は2011年の「World’s Best Boxers100(PFP100傑)で、前年圏外からGGGをいきなり29位にランキング。「評価の高い相手から番狂わせを起こしたわけでもないのに大気圏突入は異例のこと」でした。

「綺麗な戦績に意味はない。ボクシングでは誰に勝ったのかが全て」と念仏のように唱えていたリング誌が、誰に勝ったわけでもないカザフスタン人に高い評価を与えたのです。

リング誌は2013年11月号でゴロフキンを単独カバー、大特集を組みました。

「大手プロモーターがどんなに見えないふりをしていても、私たちにはWRECKING MACHINE(無慈悲に対戦相手を粉砕する破壊装置)がはっきり見える」。



さあ!ゲンナジー・ゴロフキンがさいたまスーパーアリーナのリングに上がるまで、あと19日! 
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ミドル級は「最も層が厚い」という形容詞を付けて語られることが多いクラスです。

しかし、競技人口という点ではミドル級の層は厚いとは到底言えません。
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2人のシュガー・レイとモハメド・アリ。

全17階級のプロボクサー人口を多い順に並べると…。(3月4日現在・BoxRecから)

第1位:ライト級 2002人
第2位:ジュニアウェルター級 1932人
第3位:ウェルター級 1881人
第4位:ジュニアミドル級 1794人
第5位:ジュニアライト級 1423人
第6位:ミドル級 1384人⬅︎⬅︎⬅︎⬅︎⬅︎
第7位:フェザー級 1343人
第8位:スーパーミドル級 1274人
第9位:ヘビー級 1228人
第10位:ジュニアフェザー級 1128人
第11位:クルーザー級 1073人
第12位:ライトヘビー級 1062人
第13位:バンタム級 839人
第14位:ジュニアバンタム級 605人
第15位:フライ級 563人
第16位:ジュニアフライ級 326人
第17位:ストロー級 192人

競技人口では17階級中6位。7位フェザー級より多いものの、日本人にも馴染みがある5位ジュニアライト級よりも少ないのが現実です。

複数階級制覇が当たり前の現代では、階級単体の競技人口が持つ意味はますます小さくなっています。

ついこの間まで、第1位の競技人口を抱えていたウェルター級は3位に下降していますが、ヘビー級を除く階級ではトップ選手の報酬が最も恵まれたクラスです。

また、フェザー級よりも競技人口が少ないスーパーミドル級は8位ですが、カネロ・アルバレスが現在駐留しているという事情を考慮しなくても、この二つの階級のどちらが人気があるか、どちらの報酬が高いかを真剣に議論する人はいません。

「ミドル級は最も層が厚い」。

この「層」を単純な競技人口と考えると、「ミドル級は最も層が厚い」というのは嘘です。

しかし、160ポンドで伝統的にメガファイトが繰り返されてきたという歴史的事実は否定しようがありません。

また、ウェルター級のスーパースターが最後に目指す究極の高峰、それがミドル級です。

マニー・パッキャオとフロイド・メイウェザーに、もし画竜点睛、最後の一筆が欠けていたとしたら、それは間違いなくミドル級でした。
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昨年12月29日に開催決定していたはずの「村田諒太vsゲンナジー・ゴロフキン」の世界ミドル級団体統一戦。

忌々しいパンデミックの影響から延期されていた日本史上最大のメガファイトは、ちょうど100日後の4月9日、場所はそのまま、さいたまスーパーアリーナでの開催が決定しました。
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昨日の発表会見で村田は「展開はボクが詰めていくと思う。ファイトプランはある」と作戦の一端を語っています。

これまでの村田は、慎重過ぎる立ち上がりを見せることが目立ちました。

村田諒太を神輿に担いだ電通のプロジェクトは、あまりにも多くの人を巻き込んできました。

アゼルバイジャン・バクーの世界選手権で悲観的な言葉を口にした記者に「日本人には無理?いつまで同じこと言っとんねん。日本人には無理でも村田諒太には無理ちゃうんじゃ」と吐き捨てた村田からは自分の夢を追い求める良い意味で利己的な野獣の匂いが立ち昇っていました。

自分の夢だけではなく、多くの人や夢までも背負ってしまった責任感の強い男が、慎重に大切に戦おうとするのは当たり前のことです。

特に、大きな節目となる試合では。

アッサン・エンダム戦はリング誌やESPNが「盗まれた」と表現した誤審でしたが、ロブ・ブラント戦はわざわざ相手に主導権を差し出すような試合でした。

多くの人のために大切に戦った初戦と、再戦で見せた情け容赦ない強打。

拍子抜けするほどあっさり雪辱を果たす、それが本物の村田諒太です。

2013年、後楽園ホールに多くのボクシングファンが詰めかけたブロテスト。

ミドル級の五輪金メダリストがどれほどのものか、それを見に集まったファンは期待通りの光景をまぶたに焼き付けます。

「おお…」という驚愕のため息と「モノが違う」という賞賛があちこちから何度も聞こえてきた3分2ラウンド。

あれから9年も経ちました。

ミドル級王座に2度就くという偉業で、応援している多くの人たちを十分楽しませてくれました。もう、十分夢を見せてもらいました。

そして、ついに、あの頃のように純粋に自分のためだけに思い切り戦える相手と向かい合う、そのステージに辿り着きました。

GGGは、序盤から力を出し惜しみして戦う相手ではありません。

プロでの実績は村田を上回るGGGですが、これまで戦ったパンチャーは過大評価のデビッド・レミューくらい。

村田が「詰めていく」展開で、GGGが打撃戦に応じるのか、それともカネロ2のように相手の火力を警戒して下がるのか?

決戦の土曜日まで、あと35日。

ミドル級の魅力を熱く激しく語り尽くします。
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▶︎帝拳プロモーションとGGGプロモーションが共同でプロモートするIBF-WBAミドル級タイトル統一戦は、日本とカザフスタンを除く全世界でDAZNが独占ライブ配信する。

↪︎日本市場を狙っていたトップランクですが、完全に置いてけぼりです。今後は日本を舐め腐ったトップランク&ESPNとの契約は、熟考して結ぶべきです。

カザフスタン・カラガンダ出身のゲンナジー・ゴロフキン(41勝1敗36KO)は、7年以上にわたってリング誌のミドル級1位に君臨している。一方の村田(16勝2敗、13KO)は5位。


両者の戦績を合わせると57勝3敗49KOと勝率93%以上、その86%がKO。2人の激突は、KOで決着する可能性が高い。
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リング誌にはHey, GGG is half-Russian. Maybe people will boo him?(ヘイ、GGGはハーフのロシア人、ブーイングが起きるかもな)なんて、脳みそ腐ったコメントも寄せられていますが、日本のボクシングファンは拍手喝采で迎えるわ!

いやー、楽しみです。
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〝延期〟されていた村田諒太とゲンナディ・ゴロフキンの試合が、4月開催で調整されているそうです。

この日程で開催に漕ぎ着けたとして、村田は2019年12月23日のスティーブン・バトラー戦から2年4か月ものブランクを作ることになります。

2年4か月、約850日。

ぼんやり毎日生きている私にとってはあっという間の時間ですが、トップアスリートにとってはプライムタイムの黄金の砂がさらさらと落ちて無くなってしまうのに十分な時間です。

村田の場合はパンデミックによる、これ以上ない不可抗力、誰にも恨み言のいえない不運でした。

ボクシングの長い歴史には、大きなブランクを作ってしまったファイターに枚挙に暇がありません。

それはファイターにとって悲劇であるばかりか、ボクシングファンにとっても痛恨の悲劇です。

この50年間だけでも、多くの偉大なファイターがその全盛期に予期せぬブランクを強いられました。

その理由は、村田のように時代の不運であったり、眼疾や怪我、病気であったり、プロモーターとの確執であったり、あるいは同情の余地のない自己責任の愚行であったり…十人十色です。


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【ブランクの原因】アメリカ合衆国を敵に回した。

その全盛期を知らない私のような人間でも、「ブランク」と聞いて、真っ先に思い浮かぶグレートは、モハメド・アリです。

ベトナム戦争への徴兵を拒否、無敗のまま統一世界ヘビー級王座を剥奪され、ブランクを強いられてしまいました。

ライセンスが停止されたのは1967年3月22日(ゾラ・フォーリー戦)〜1970年10月26日(ジェリー・クォーリィー戦)の3年7ヶ月あまり、世界中のスポーツファンはThe Greatestの25歳から28歳のプライムタイムを奪われてしまったのでした。

1971年に完全統一王者の後釜に座っていたUndisputedChampionジョー・フレージャーに、LinealChampionとして挑戦するも、ダウンを奪われた末にキャリア初黒星。

そして、アリのジョーカー、ケン・ノートンにも敗れて1974年にジョージ・フォアマンに挑みました。

フレージャーとノートンを簡単に粉砕している無敗のフォアマンに勝てるわけがない、と誰もが確信していましたが…。

傑出したアスリートが時代を代表するアイコンになることは珍しいことではありませんが、アリの場合は次元が違います。

引退後もリング誌などがたびたび特集を組み、その最期にはCNNが丸2日生中継で追悼するなど、アリの存在は規格外、父ブッシュが亡くなったときよりも扱いが篤かったことに驚きました。


【ビッグイフ】もし、あのブランクがなければ?

もし、アリが米国の意向に沿ってベトナム戦争に従軍していたなら、失われた3年7ヶ月は存在せず、米国の大会場で愛国の英雄として何度もメガファイトを戦っていたはずです。

バート・シュガーら多くの専門家は、あのブランクさえなければ、史上最高のボクサーはシュガー・レイ・ロビンソンではなかったとまで言い切ります。

しかし…。私はその多数意見を受け入れることは出来ません。

アリの強さの源泉はどこにありましたか?

米国をも敵に回す反骨と自己陶酔です。従軍したというアナザーワールドでは、その二つの牙が抜かれていたことになります。

そんなアリが史上最高なわけがありません。



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【ブランクの原因】網膜剥離などの眼疾や病気、怪我

1981年、史上最高の試合とまで絶賛されるトーマス・ハーンズトの大勝負に勝利したシュガー・レイ・レナードは、絶頂の翌年に網膜剥離のために引退を宣言。

1982年2月15日(ブルース・フィンチ戦)〜1987年4月6日(マービン・ハグラー戦)の5年2ヶ月、25歳から30歳、アリ以上の長いブランクでした。

1984年にケビン・ハワードとジュニアミドル級10回戦を戦っていますが、キャリア初ダウンを奪われるなど散々な出来で、試合後に2度目の引退宣言。多くのメディアで使われている「実質5年」という表現は間違いではありません。

5年以上のブランクからリングに舞い戻り、調整試合なしでいきなり挑戦したのがハグラー。「1対1のリンチにしかならない」と言われていましたが…。

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このパンデミックで日本でも有名になったジョンズ・ホプキンス大学。その名を初めて耳にしたのは、レナードが手術する「最高権威の大学病院」というニュースでした。


【ビッグイフ】もし、あのブランクがなければ?

ハーンズとの再戦は避けられなかったでしょう。また、ドナルド・カリーら新興勢力を迎え撃つことになっていたはずです。

カリーには勝てたでしょうが、ハーンズとの再戦はどうなっていたでしょうか?


●レナードと同じ眼疾からブランク…日本では辰吉丈一郎が有名ですが、世界戦直前の田辺清は手術をしても視力が回復せず、そのまま引退。

また、具志堅が、金平正紀会長の強硬な再起の勧めを断った理由が硝子体混濁。長らく飛蚊症に悩まされていた具志堅は「このまま現役継続すると網膜剥離に進行して失明するかもしれない」という診断に、引退を決めました

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プロモーターとの確執でブランクを余儀なくされた最近の代表格はマイキー・ガルシア。テレンス・クロフォードも訴訟を起こしましたが、ボブ・アラムから手痛い逆襲を喰わないとは限りません。

才能あるファイターのキャリアに、くだらない裁判沙汰で空白が出来ないことを祈ります。

ジム=プロモーターとの確執で、世界戦が決定していたにもかかわらず引退を決意したのが矢尾板貞雄。具志堅のケースも眼疾だけでなく、金平の搾取が目に余ったというのが本当の原因かもしれません。


自ら犯した重大犯罪で引退やブランクを作った愚か者も、数え切れません。

マイク・タイソンやアントニオ・マルガリート、エドウィン・バレロ…。ドーピングで短いながらブランクを作ったカネロ・アルバレスもこの軽蔑すべき〝凶悪犯罪者集団〟の一員に数えて差し支えないでしょう。

私生活の乱れから再三ブランクを作った五代登は、重大犯罪というか自己破滅型でしたが、復帰後は日本タイトル史上初の3階級制覇を達成。1987年2月、後楽園ホールの日本ライト級王者・大友巌戦はシビれました。



自己破滅型、というと精神不安定・対戦相手から逃亡してブランクや惨敗を喫するボクサーもいます。

昭和と平成、その三羽ガラス。

「昭和」では、ファイティング原田と海老原博幸よりも才能があったと言われた青木勝利。

「平成」で、辰吉丈一郎と鬼塚勝也よりも素質は上と評価されたピューマ渡久地。

彼らがもっと真摯にボクシングと取り組んでいたなら、エデル・ジョフレ戦や、ユーリ・アルバチャコフ戦は違う展開、結果になっていたでしょうか?

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また、気まぐれな自己都合でブランクを作っては、性懲りも無くリングに戻ってくるファイターもいます。

フロイド・メイウェザーが2008年、最初の引退宣言で理由に挙げたのは「モチベーションの低下」と「拳の慢性的な故障」でしたから、本来は網膜剥離などの眼疾や病気、怪我のメンバーに入れるべきかもしれませんが、復帰の理由は未納の税金支払いが560万ドルに膨らんだから。

この人の場合は常に「気まぐれな自己都合」です。

マニー・パッキャオもそうです。「2016年4月9日のティモシー・ブラッドリー第3戦を最後に引退する。神のお告げだ」と吐きましたが、4ヶ月後の8月9日に〝神のお告げ〟を撤回、11月にジェシー・バルガスと〝復帰戦〟を戦いました。

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村田諒太のブランクはパンデミックという問題に、日本史上最も大きな夢が賭けられたミドル級ボクサーという問題が複雑にミックスされて長引いてしまいました。

パンデミックがなければ、ミドル級でなければ…。そんなことを言い出したらキリがありません。

パンデミックは人類に降りかかった試練。ここを乗り越えてくれたなら、パンデミックに打ち勝ったアスリートのシンボルとして歴史に記憶されるでしょう。

そして、ミドル級だからこそ、村田を特別な思いで応援するのです。フライ、バンタムなどとは種類の違う夢と期待です。

そう、ミドル級だからこそ。 
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Life is full of vicissitudes.

人生に筋書きなど、ない。

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ゲンナディ・ゴロフキンの名前が最初に世界に広まったのは2001年東アジア大会。ちょうど20年前、ウェルター級を圧倒的な強さで優勝したときのことです。

「世界」というのは大袈裟かもしれません。しかし、日本では「凄いカザフスタン人」がいると専門誌でも評判になりました。

東アジアというローカル大会ながら、開催地は大阪。

のちの世界王者ダニエル・ギールらを殴り倒す姿は鮮烈な印象を残しましたが、世界にその名を轟かせたのは金メダルの2003年世界選手権、銀メダルを獲得した2004年アテネ五輪のことです。

アマ戦績は諸説あるものの、345勝5敗ともいわれ、もしゴロフキンが英国人や米国人なら大手プロモーターが争奪戦を繰り広げたはずです。

もし、日本人なら村田諒太のロンドン2012の大快挙や、井上尚弥のPFPランキング快進撃の受け止められ方は、何倍にも希釈化されてしまっていたでしょう。

2001の東アジア大会・大阪で金メダルを首にかけたまだ19歳のカザフスタン人が、世界選手権で金メダル、五輪で銀メダルを獲得するまでは想定通りかもしれません。

しかし、日本人が同じミドル級で五輪金メダルを獲って、二人が戦うことになるーーーそんなことは誰も妄想すらできませんでした。
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つまらない毎日が続いたり、つまらない人と仕事しなけりゃいけなかったり、つまらないお誘いばかり降ってきたり、地震があったり、感染病がいつまでも鎮まらなかっり…。

人生、ろくなもんじゃないと思ってささくれだっても、小さな事でふわっと少しだけ心が軽くなったりします。

こんな日に、アラフィフの私と仲良くしてくれる小学生の女の子が彼女の大好きなクレーン車の動画を送ってくれました。

東京メトロに乗り込むと、床が雪景色(上の写真)。こう撮ると地下鉄には見えません。

早速、写真を添えて「ガキは早く寝なさい」とお返事。

彼女は生まれつきの病気で、ときどきものすごく辛くてぐったりしてしまうことがあります。

それでも、顔を向けて笑おうとしてくれます。「(寝たまんまで)ごめん」と謝る事もあります。

小学生なのに凄いヤツだと思います。

絶対苦しいとき、本当は何も言いたくない、誰にも会いたくない、そんなときでも周囲に心を配れる人は凄いと思います。

私なんかは、大した事じゃないのに気に入らないことがあると、若い頃はただのバカでしたし、今でもあからさまに不機嫌になったり、つまんない相手に悪態をつくこともあります。

50歳にもなって、今もまだバカです。



辛い出来事や、悲しい思い出は、不運で片付けられないものかもしれません。

身を切り刻まれるような出来事、胸が引き裂かれるような悲しみは、時間によって化学反応を起こして全く別のもの、人を癒す振る舞いが自然にできたり、絶望に沈む人に勇気づけることができたり、そんな人間に醸成させるのかももしれません。

先日、そんな不運や不幸とは全く別の場所で生きてきたとしか見えない27歳の青年が、日本外国特派員協会で開かれた記者会見で語った言葉を聞いて、震えてしまいました。

外国人記者から「米国では2年目から故障を繰り返すあなたを見て、二刀流なんて最初から不可能だったんだと言われていました。米国へ反発する反骨心が今年の成績につながったのか?」と聞かれた青年はよどみなく答えます。

「反骨とか反発はありません。それに、日本でも二刀流は無理だとずっと言われてきました」。

日本で5年、メジャーで4年。

大きな注目を浴び続けてきた9年間ですが、スタートからの8年間は彼の二刀流に懐疑的、つまり否定的な意見が大勢でした。

大勢というか…「どちらかに絞るな。二刀流でがんばれ!」という意見は皆無だったかもしれません。

そうです。私たちは大谷の夢に対して完全に否定的だったのです。

高校を出たばかりの少年が、8年間も自分の生きる道を否定する冷たい逆風に曝され続けたのです。

そして、9年目で世界中が手の平を返したのです。

彼は「一人の選手の1シーズンとしてはMLB史上最強」(ESPNやCNNスポーツ、Yahooスポーツなどなどなど…)です。

しかし、そんな肩書き以上に、日米で8年間も吹き荒んだ強風を跳ね返して、自分を否定したDoubterに対して「ざまあみろ!」という態度を微塵も見せずに穏やかに微笑む会見を重ねてくれたことに、私は感動しました。

才能も努力も欠落した私ですが、年末ジャンボメガビッグ的イフで、もし私が彼なら「8年戦争に勝ちました」とかちゃらい言葉を吐きそうです。そんな「ざまあみろ」を言うのはゲスでバカで最低です。

そして、もしかしたら、あの8年間があったからこそ、もともと素晴らしかった彼の人格にさらに深みや重みや柔らかさが加わったのかもしれません。


Another year over
 
And a new one just begun
        〜John Lennon

 今年も 暮れてゆく
 そして 全く違う新しい年が始まるんだ


真正面から力比べをしようと、戦う人が好きです。逃げない人が好きです。

前に進むことしか出来ない足、渾身の力を込めて打ち込む拳を信仰します。

自分が何度も不運に見舞われてるのに、恨み言は一切いわずに、あろうことか「お詫び」とか、わけのわからないことを言い出す人が大好きです。

それは、全部自分にないものだから、自分は大した不運でなくても恨み言を吐き続けるカスです。謝る必要のない相手や場面では、絶対に謝りません。謝った方が、丸く収まるとしても。

ぬるま湯につかりながら小手先で毎日を送る私なんかとは真逆の流儀で人生を歩む人を、不器用だという人がいるかもしれません。

「きっと後悔しない生き方」を不器用と呼ぶなら、そうかもしれません。



「心よりの御礼とお詫び」ですって。 アホか?「御礼」はまだ良しとしましょう。

でも「お詫び」って、おかしいでしょ。何か謝らなきゃいけないこと、村田諒太に、それこそ1オミクロンでも責任があることじゃないだろ。

でも、彼には申し訳ない、済まないという気持ちが抑えられないんでしょう。 

五輪の金メダルと比べたらはるかに価値が低いプロのアルファベット王者になったとき、あの無骨な顔した絶対泣きそうにない男が、くしゃくしゃになって泣きました。

不細工なくらいに顔を歪めて泣きました。

え〜、村田って泣いたらこんなぶさいくになるんやと、面白かったです。


世界選手権や五輪は自分のために戦って、自分のために勝ったのでしょう。

しかし、プロでは、自分のためだけに戦うにはあまりにも神輿を担いでいる人や企業やお金やファンが多すぎました、重すぎました。

自分だけのために戦うには、あまりにも大きくて多くて重すぎました。

あれは「なんとか最低の恩返しは出来た」という涙です。


「真に自分の人生を愛するための試練」。

村田諒太が語ると、深いです。

彼の愛読書「夜と霧」が、すぐに思い浮かびました。 

「真に自分の人生を愛するための試練」。クレーン車の彼女にも、うまく伝えたい言葉です。

人が生きる意味は「自分の人生を愛するため」です。「自分が愛するに価する自分の人生」を送るために、人は生きているのです。

ゲンナディ・ゴロフキンやカネロ・アルバレスに勝つのは「自分が愛するに価する自分の人生」を送るための数多くある小さな小さな手段の一つにすぎません。

GGGだのカネロだの、そんなもんそれだけでは完結しようもない瑣末なピースです。

私たちにとってもそうです。 家族や仕事や生活や、そんなものの一番下に村田諒太やボクシングやらがぶら下がってるだけです。

村田も大谷も非常事態があれば、真っ先に切り離す〝部分〟です。

でも、それを切り離すということは、生きるためだけに生きる動物に戻るということです。 

どうでもいいいものを人生にぶら下げているのが、人間です。

そのどうでもいいもので、家族や仕事や生活にすごい元気をもらいます。ときには泣くほど勇気をもらいます。


こんな地球規模の乱気流で「村田vsゴロフキン」を切り落とさない方がおかしいです。村田の言う通りです。


強行された方が戸惑います。


最近、酒に弱くなったと感じていましたが、どうやら気のせいです。昨日から外飲みでがっつり、家ではテーチャーズ・セレクトのボトルが空きました。まだ飲み足りんわ。 

何書いてるのかわからんようになってきたわ 。
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申し込みましたが、外れるなんてこともあるんか?

12月29日は仕事も何もかも完全ブロックしました。

村田諒太の試合は「アッサン・エンダム①」から4年7ヶ月ぶり。

アマチュア時代の眩しすぎる栄光と、観戦機会に恵まれたボクヲタの度肝を抜いたプロテスト。

あのとき、後楽園ホールは「五輪金メダリストになると、ここまで凄いのか。村田はモノが違う」とガチのため息で溢れました。

そして、アジアの強豪が、凡庸なファイターにしか見えなかったデビュー戦。




電通がプロジェクトチームを作ってまで担ぎだした神輿は、ついに最終地点に辿り着きました。

「最終地点」。つまり、ここでの敗北にはリベンジのチャンスは、おそらくありません。

やり直しは効きません。

2021年12月29日、さいたまアリーナで村田諒太が挑む相手はアッサン・エンダムでもロブ・ブラントでもありません。

日本ボクシング史上最高の誇りは、Aサイドでリングに上がりますが、再戦条項は設定されていないでしょう。

そして、Aサイドにもかかわらず、アンダードッグです。


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「最終地点」。

しかし〝この先〟もあること、つまり「究極の最終地点」があることも、日本のボクシングファンはみんな、胸震わせながら、わかっています。

もちろん、村田は「究極の最終地点」なんて全く考えていないでしょう。目の前の相手をノックアウトすることに100%集中しているはずです。



80年代、私は、あの絢爛豪華なミドル級のフェロモン撒き散らしまくりのカリスマたちが繰り広げたスペクタクルにメロメロにされてしまいました。

マーベラス・マービン・ハグラーが世界に君臨するミドル級の世界は、この宇宙で日本人から最も遠い世界にしか見えませんでした。

やはり、当時は日本人には巨大な壁であった大リーグ(MLB)やサッカーW杯(欧州トップリーグ)は「いつか大きな成果を得られるのでは?」「マッシー村上や釜本、奥寺が結果を残してるし」と、少しは思えました。


しかし。



ハグラーやシュガー・レイ・レナードは、全く別物、別の次元にしか思えませんでした。

あれから40年。

私がボクシングに惹き込まれた80年代から、このスポーツは日本と米国でメジャースポーツの舞台から転落してしまいました。

しかし「ゲンナディ・ゴロフキン」や「カネロ・アルバレス」は、80年代中毒の私ですら「ハグラー」「レナード」と並べて、何ら遜色も優劣も文句もありません。

GGGもカネロもマーベラスもシュガーも、ボクシング人気階級の歴史的な化け物です。


村田諒太は、日本人にとって、宇宙で最も遠い場所に辿り着いてくれたのです。

穿った見方をするなら〝村田が接近したのではなく、宇宙の方が近づいてくれた〟のかもしれません。

しかし、それは村田諒太の〝引力〟のなせる技に他なりません。

これが、ボクシングです。

偉大なカザフスタン人は、村田のフィジカルとハート、そして日本のリングが、その素晴らしいキャリアでも最も難しい戦いになることを覚悟して準備しているでしょう。

そして、村田はゴロフキンの準備と想定を乗り越えなければなりません。そして、きっと乗り越えてくれるでしょう。





心配なのは…私が抽選に外れて、Amazon Primeで観戦…それは悲しすぎます。 


2015年の「パッキャオvsメイウェザー」。あのときも、何がなんでも見に行かねば、と熱り立ってみたものの、結局、あまりにも非常識なチケット価格に断念しました。

今回は、常識的な価格です。そしてパックメイと同じくらいか、それ以上に、会場で同じ空気に酔いたい。

Amazonプライムで見た方が、実質、試合を特等席で観れるかもしれませんが、テレビか会場かは価値観の問題です。

「テレビの方がいい」という試合もあります。多くの試合がそうです。あらゆるスポーツがそうです。

しかし、ボクシングには、たとえどんな末席でも、舞台の中に自分も入れて欲しい、地続きの空気を吸って、会場に溶け込みたい、肉眼のその先にモニター越しでない本物のリングがある、リアルな空間で、この瞬間の証人になりたい、そんなどうしようもない欲求を抑えられない試合があるのです。

「村田諒太vsゲンナディ・ゴロフキン」は、そんなどうしようもない試合の、究極です。
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