申し込みましたが、外れるなんてこともあるんか?
12月29日は仕事も何もかも完全ブロックしました。
村田諒太の試合は「アッサン・エンダム①」から4年7ヶ月ぶり。
アマチュア時代の眩しすぎる栄光と、観戦機会に恵まれたボクヲタの度肝を抜いたプロテスト。
あのとき、後楽園ホールは「五輪金メダリストになると、ここまで凄いのか。村田はモノが違う」とガチのため息で溢れました。
そして、アジアの強豪が、凡庸なファイターにしか見えなかったデビュー戦。
電通がプロジェクトチームを作ってまで担ぎだした神輿は、ついに最終地点に辿り着きました。
「最終地点」。つまり、ここでの敗北にはリベンジのチャンスは、おそらくありません。
12月29日は仕事も何もかも完全ブロックしました。
村田諒太の試合は「アッサン・エンダム①」から4年7ヶ月ぶり。
アマチュア時代の眩しすぎる栄光と、観戦機会に恵まれたボクヲタの度肝を抜いたプロテスト。
あのとき、後楽園ホールは「五輪金メダリストになると、ここまで凄いのか。村田はモノが違う」とガチのため息で溢れました。
そして、アジアの強豪が、凡庸なファイターにしか見えなかったデビュー戦。
電通がプロジェクトチームを作ってまで担ぎだした神輿は、ついに最終地点に辿り着きました。
「最終地点」。つまり、ここでの敗北にはリベンジのチャンスは、おそらくありません。
やり直しは効きません。
2021年12月29日、さいたまアリーナで村田諒太が挑む相手はアッサン・エンダムでもロブ・ブラントでもありません。
日本ボクシング史上最高の誇りは、Aサイドでリングに上がりますが、再戦条項は設定されていないでしょう。
そして、Aサイドにもかかわらず、アンダードッグです。
2021年12月29日、さいたまアリーナで村田諒太が挑む相手はアッサン・エンダムでもロブ・ブラントでもありません。
日本ボクシング史上最高の誇りは、Aサイドでリングに上がりますが、再戦条項は設定されていないでしょう。
そして、Aサイドにもかかわらず、アンダードッグです。

「最終地点」。
しかし〝この先〟もあること、つまり「究極の最終地点」があることも、日本のボクシングファンはみんな、胸震わせながら、わかっています。
もちろん、村田は「究極の最終地点」なんて全く考えていないでしょう。目の前の相手をノックアウトすることに100%集中しているはずです。
80年代、私は、あの絢爛豪華なミドル級のフェロモン撒き散らしまくりのカリスマたちが繰り広げたスペクタクルにメロメロにされてしまいました。
マーベラス・マービン・ハグラーが世界に君臨するミドル級の世界は、この宇宙で日本人から最も遠い世界にしか見えませんでした。
やはり、当時は日本人には巨大な壁であった大リーグ(MLB)やサッカーW杯(欧州トップリーグ)は「いつか大きな成果を得られるのでは?」「マッシー村上や釜本、奥寺が結果を残してるし」と、少しは思えました。
しかし。
ハグラーやシュガー・レイ・レナードは、全く別物、別の次元にしか思えませんでした。
あれから40年。
私がボクシングに惹き込まれた80年代から、このスポーツは日本と米国でメジャースポーツの舞台から転落してしまいました。
しかし「ゲンナディ・ゴロフキン」や「カネロ・アルバレス」は、80年代中毒の私ですら「ハグラー」「レナード」と並べて、何ら遜色も優劣も文句もありません。
GGGもカネロもマーベラスもシュガーも、ボクシング人気階級の歴史的な化け物です。
村田諒太は、日本人にとって、宇宙で最も遠い場所に辿り着いてくれたのです。
穿った見方をするなら〝村田が接近したのではなく、宇宙の方が近づいてくれた〟のかもしれません。
しかし、それは村田諒太の〝引力〟のなせる技に他なりません。
これが、ボクシングです。
偉大なカザフスタン人は、村田のフィジカルとハート、そして日本のリングが、その素晴らしいキャリアでも最も難しい戦いになることを覚悟して準備しているでしょう。
そして、村田はゴロフキンの準備と想定を乗り越えなければなりません。そして、きっと乗り越えてくれるでしょう。
心配なのは…私が抽選に外れて、Amazon Primeで観戦…それは悲しすぎます。
2015年の「パッキャオvsメイウェザー」。あのときも、何がなんでも見に行かねば、と熱り立ってみたものの、結局、あまりにも非常識なチケット価格に断念しました。
今回は、常識的な価格です。そしてパックメイと同じくらいか、それ以上に、会場で同じ空気に酔いたい。
Amazonプライムで見た方が、実質、試合を特等席で観れるかもしれませんが、テレビか会場かは価値観の問題です。
「テレビの方がいい」という試合もあります。多くの試合がそうです。あらゆるスポーツがそうです。
しかし、ボクシングには、たとえどんな末席でも、舞台の中に自分も入れて欲しい、地続きの空気を吸って、会場に溶け込みたい、肉眼のその先にモニター越しでない本物のリングがある、リアルな空間で、この瞬間の証人になりたい、そんなどうしようもない欲求を抑えられない試合があるのです。
「村田諒太vsゲンナディ・ゴロフキン」は、そんなどうしようもない試合の、究極です。
しかし〝この先〟もあること、つまり「究極の最終地点」があることも、日本のボクシングファンはみんな、胸震わせながら、わかっています。
もちろん、村田は「究極の最終地点」なんて全く考えていないでしょう。目の前の相手をノックアウトすることに100%集中しているはずです。
80年代、私は、あの絢爛豪華なミドル級のフェロモン撒き散らしまくりのカリスマたちが繰り広げたスペクタクルにメロメロにされてしまいました。
マーベラス・マービン・ハグラーが世界に君臨するミドル級の世界は、この宇宙で日本人から最も遠い世界にしか見えませんでした。
やはり、当時は日本人には巨大な壁であった大リーグ(MLB)やサッカーW杯(欧州トップリーグ)は「いつか大きな成果を得られるのでは?」「マッシー村上や釜本、奥寺が結果を残してるし」と、少しは思えました。
しかし。
ハグラーやシュガー・レイ・レナードは、全く別物、別の次元にしか思えませんでした。
あれから40年。
私がボクシングに惹き込まれた80年代から、このスポーツは日本と米国でメジャースポーツの舞台から転落してしまいました。
しかし「ゲンナディ・ゴロフキン」や「カネロ・アルバレス」は、80年代中毒の私ですら「ハグラー」「レナード」と並べて、何ら遜色も優劣も文句もありません。
GGGもカネロもマーベラスもシュガーも、ボクシング人気階級の歴史的な化け物です。
村田諒太は、日本人にとって、宇宙で最も遠い場所に辿り着いてくれたのです。
穿った見方をするなら〝村田が接近したのではなく、宇宙の方が近づいてくれた〟のかもしれません。
しかし、それは村田諒太の〝引力〟のなせる技に他なりません。
これが、ボクシングです。
偉大なカザフスタン人は、村田のフィジカルとハート、そして日本のリングが、その素晴らしいキャリアでも最も難しい戦いになることを覚悟して準備しているでしょう。
そして、村田はゴロフキンの準備と想定を乗り越えなければなりません。そして、きっと乗り越えてくれるでしょう。
心配なのは…私が抽選に外れて、Amazon Primeで観戦…それは悲しすぎます。
2015年の「パッキャオvsメイウェザー」。あのときも、何がなんでも見に行かねば、と熱り立ってみたものの、結局、あまりにも非常識なチケット価格に断念しました。
今回は、常識的な価格です。そしてパックメイと同じくらいか、それ以上に、会場で同じ空気に酔いたい。
Amazonプライムで見た方が、実質、試合を特等席で観れるかもしれませんが、テレビか会場かは価値観の問題です。
「テレビの方がいい」という試合もあります。多くの試合がそうです。あらゆるスポーツがそうです。
しかし、ボクシングには、たとえどんな末席でも、舞台の中に自分も入れて欲しい、地続きの空気を吸って、会場に溶け込みたい、肉眼のその先にモニター越しでない本物のリングがある、リアルな空間で、この瞬間の証人になりたい、そんなどうしようもない欲求を抑えられない試合があるのです。
「村田諒太vsゲンナディ・ゴロフキン」は、そんなどうしようもない試合の、究極です。
コメント
コメント一覧 (2)
パッキャオvsメイウェザーはリングサイドではありませんが普通に外れました。
なんとか今回は…
フシ穴の眼
が
しました
フシ穴の眼
が
しました