カテゴリ: ESPNから

プロスポーツは、アスリートが「もっと上手くなりたい」(大谷翔平)と研鑽し、観戦する側が「レベルの高い試合が見たい」と渇望する、その二つの上昇気流によって発展し続けてきました。

ボクシングやテニス、サッカー、野球など長く豊穣な歴史を紡いできた競技では、伝説たちが「ハイレベルの真剣勝負」を繰り広げることで、偉大な記録と鮮烈な印象を刻んできました。

そんなレジェンドたちがexhibitionの形で、大きなイベントを盛り上げ、競技に恩返しするのは最高のファンサービスです。

テニスでよく見られるexhibitionはその典型で、野球ではモルツ球団による「サントリードリームマッチ」も多くのファンを楽しませてきました。

第一線を退いたレジェンドは「もっと上手くなりたい」と研鑽する必要はありません。見る側も「レベルが高い試合が見たい」をそこに求めてはいません。

かつて「もっと上手くなりたい」と奮闘努力したレジェンドが、今なお偉大な片鱗を見せてくれたり、微笑ましいミスをしながら、「ハイレベルな真剣勝負」の露払いをつとめるのです。

そこでは「ハイレベルな真剣勝負」では切り離せない、どちらが勝つのか?という興味関心はありません。

しかし、プロボクシングから火がついた格闘技では〝exhibition〟が「ハイレベルな真剣勝負」を凌駕する注目を集めてしまう異常事態が続いています。
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全ては「フロイド・メイウェザーvsコナー・マクレガー」の商業的大成功から始まりました。

「ハイレベルの真剣勝負が見たい」というファンの渇望が、こと格闘技になると一気に希釈されてしまうのです。

「最も優れた選手が最も大きな報酬を得る」という当たり前が通用しない世界が、ボクシングです。

PFPキングの座に2年間も君臨したローマン・ゴンザレスの最高報酬は60万ドル、PFP評価で上位評価を受けていたノニト・ドネアや井上尚弥も世界市場では商品価値は低く、ほとんど無名です。

高度な技術や実力よりも、人気階級であること、メキシカンや米国人であること、肌の色や人種が優先的に商品評価につながるのがボクシングの世界です。

日本でも、商業的成功という観点からは、21世紀のボクシングで最も大きな果実をもぎ取ったのは亀田興毅であり、村田諒太でも井上でもありません。

さらに日本格闘技史上で商業的に最も大きな成功を収めたのが「ボブ・サップvs曙」であることも考えると、ボクシングも含めた格闘技には「ハイレベルな真剣勝負」よりも「野次馬心理を刺激する下劣なマッチメイク」の方が磁力が強いという性格を帯びていると言えるでしょう。

テニスや野球、サッカーのexhibitionでは素人のYouTuberに需要は全くありません。しかし、格闘技では、有名人なら誰にでも需要があるように見えてしまいます。

亀田興毅は12月16日に開催した3150ファイトクラブで「お笑い芸人の木下隆行vsプロレスラー・丸藤正道」「〝少年革命家〟のYouTuberゆたぼん」と「力石政法vsロリ・ガスカ」のプロボクサー対決をミックスさせた興行を打ち、多くのメディアが取り上げました。

世界でも「今年のFighter Of The Yearはカネロではなく、ジェイク・ポール」という声がESPNでもあがるなど、「野次馬心理を刺激する下劣な茶番劇」が「ハイレベルな世界戦」を駆逐する現象が常態化しています。

アブネル・マレスらが「YouTuberが100万ドル以上も稼ぐのはおかしい」と非難した声には賛否両論が沸き起こりました。

プロである以上、人気が全てです。

異邦人のゲンナディ・ゴロフキンやワシル・ロマチェンコが その実力に比例しない報酬に甘んじているその延長上にYouTuberが存在している、とも考えられます。

畢竟、ボクシング界には元々腐った種が撒かれ、腐った芽が息吹いていたのです。

そこに咲いたアダ花の中の一輪がYouTuber だっただけのことなのかもしれません。
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The Undefeated

The tangled history of hip-hop and boxing

ヒップホップがボクシングであり、
ボクシングがヒップホップである。

 

マイク・タイソン、トゥパック、ザブ・ジュダー、リル・キム…、音楽と拳闘の強烈なつながりを綴った新刊「Beatboxing: How Hip-Hop Changed the Fight Game」からのフシ穴インスパイアです。

“Even you yourself predicted that last night in Vegas,”


トゥパック・シャカールのトリビュートソング "Mourn You Till I Join You "で、ノーティ・バイ・ネイチャーのトレッチは「昨晩のベガスの悲劇、あなたは最初からわかっていたはずなのに」とラップしています。

トレッチの言う「昨晩のベガスの悲劇」とは1996年9月7日、ラスベガスのMGMグランドで行われたマイク・タイソン対ブルース・セルドン戦の夜に起きた事件こと…。

シャカールが銃殺された夜のことです。

「Beatboxing: How Hip-Hop Changed the Fight Game」を著したトッド・スナイダーは、ボクシングとヒップホップのあまりにも複雑で、あまりにも濃密な、そして暴力的な歴史の中でも、あの夜は「ビッグバン」の瞬間だったと書いています。

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https://www.youtube.com/watch?v=s9HvuPMAJUc

https://www.youtube.com/watch?v=rkR5jOJhA0g 


ウェストバージニア州のトレーラーパークで育ったスナイダーは、ボクシングクラブを経営して選手を育てていた父親を通じてボクシングの魅力にずるずると、引き込まれて行きます。

スナイダー自身もボクシングを始めますが、最初に好きになったのはヒップホップでした。

「父と一緒にボクシングの試合を見て育った。タイソンの試合をよくを見ていたけど、私のアイドルであるトゥパックとの関係を通して試合に興味を持ったんだ」。


ニューヨーク州アルバニー近郊にあるシエナ・カレッジの修辞学、ライティング、オーラル・コミュニケーションの教授も勤めるスナイダーは、The Undefeatedとのインタビューで、タイソンとシャカールの交流や、試合の夜にラップミュージックを流すことが最初は不安でたまらなかったこと、そしてザブ・ジュダーから物語を始めた理由について教えてくれました。

The popularity of boxing has diminished significantly in America, 


▶︎アメリカでは、ボクシングの人気は著しく低下しています。それでも、若者に人気のヒップホップの中では、ボクシングは切っても切り離せません、常に共存しています。それはなぜでしょうかか?



▷ヒップホップは今でもボクシングを愛しています。それどころか、今まで以上に愛しています。

私の生徒たちはボクシングを見ませんが、グリセルダ・レコードの音楽を聞けばガーボンタ・デービスやデオンティ・ワイルダーなど、今をときめくボクサーたちの名前を否応なしに知ることになります。

ヒップホップの歌詞には、今でもボクシングがたくさん登場します。また、ヒップホップはボクシングの歴史的な試合を揺り起こすことだってあります。

例えば、Wu-Tang Clanのアルバム「Wu-Tang Forever」。「M.G.M.」という曲は「フリオ・チャベスvsパーネル・ウィテカー」の議論を呼んだドローと実現しなかった再戦を歌っています。

若い人たちは、ボクシングを見たことがなくても、歌詞の登場するボクサーの名前を、エモーショナルな記号として理解しているのです。



▶︎▶︎ヒップホップがボクシングの歴史を後世に伝えているとまで書いていますね。
 

▷▷残念ながら、現代ボクシングは若者のマーケットとは全く無縁です。若くてもせいぜい30代以上のファンがこのスポーツを何とか支えています。

ヒップホップの番組は昔からありました。セドリック・クシュナーの「ThunderBox」という番組では、試合前にラッパーがリングでパフォーマンスをしていました。あれは、ボクシングのアンダーカード(前座)と同じ役割を果たしていました。まさに、メインへの露払いです。

HBOには「Yo!MTV Raps」のエド・ラバーがホストを務めていた「KO Nation」という番組がありました。

現在も、TrillerやVerzuzがボクシングを取り入れた番組を制作しています。

異文化がためらうことなく混ざり合い、若い世代に偏った革新的な抽出物、つまりヒップホップと直面すると。ボクシング界に巣食うカビの生えた老人たちは眉をしかめます。

こんなのは音楽じゃない、詩でもない。クラシックなボクシングとも無関係だ。 



▶︎▶︎ボクシングのファンは他のスポーツと比べて圧倒的に高齢者男性が多くを占めています。 カントリーやロックが好きな彼らにとって、変な語呂合わせのラップはアレルギー反応を起こす異物なのでしょう。
 

▷▷面白い仮説ですが、それは間違いです。

その、高齢男性のボクシングファンは間違いなく、一人残らずモハメド・アリの敬虔な信者でしょう。

アリの信者がラップを受け付けないなんて、オリーブオイルを飲んで下痢するイタリア人よりもありえません。

アリは紛うことなくラッパーでした。ラッパーという言葉が出来るずっと以前に、アリは確かにラップを歌ってたじゃありませんか。

多くのリングアナウンサーやボクシングメディア、プロモーター、テレビ局…ボクシング界に携わる多くの人は、ヒップホップ文化を拒絶して、大きなチャンスを見逃しています。

ヒップホップが大好きな15歳の少年少女は100ドル払って「メイウェザーvsパッキャオ」を見ることは出来ませんが、もし地上波で見れたら必ず興味を示したでしょう。


 

▶︎▶︎もし今、ヒップホップというジャンルが生まれていたら、ボクシングとヒップホップの融合はどのように変わっていたと思いますか?


▷▷多くの識者が「初期のヒップホップヒーローたちは、シュガー・レイ・レナードやモハメド・アリ、石の拳を見て育った」と主張しています。

They both argued that one of the reasons these cultures are connected is that your hip-hop heroes from the early era grew up with Sugar Ray Leonard, Muhammad Ali, ‘Hands of Stone.’ 

彼らの父親や祖父も、遡れば遡るほど、みんなボクシングばかり見ていたのです。60年代までのファンは歴代ヘビー級王者の名前を諳んじることが出来て当たり前でした。

今のボクシングファンはどうでしょうか?

現役王者だけも全ての階級と団体のタイトルホルダーの名前を暗記している人がいますか?

ヒップホップが揺籃していたのは、今では考えられない、ボクシングが尊敬されていた時代です。

「The Message」のような初期ヒップホップの曲には、シュガー・レイ・レナードが登場します。

モハメド・アリは「Rapper's Delight」にも書かれました。

マイク・タイソンの絶頂期は、ヒップホップの一気の成長とオーバーラップしていました。

このようなことが多発的に勃発しながら、2つの文化は密接に複雑に結びつき、溶け合って行ったのです。

ですから…今の時代にヒップホップが生まれていたとすると、ボクシングとの関係はもっと疎遠になっていたかもしれません。

しかし、厳しいストリートで育ち、過酷な環境に置かれている人たちの前には二つの分かれ道しかありません。

一つはそのまま地獄へ。

もう一つはラップの詩が歌われ、輝くリングが待ち受ける道です。

もうちろん「もう一つの道」で懸命に努力したとしても才能と運がなければ、地獄の道と再び合流することになるかもしれません。

しかし、よく考えてください。実は、そこで歌が生まれるのです。そこで明暗が目まぐるしく点滅する旋律を美しく確実に装飾する韻が踏まれるのです。




▶︎▶︎ザブ・ジュダーやフロイド・メイウェザーら、黒人ボクサーの〝カラー〟はヒップホップの大隆盛によって、アリやレナードの時代と何かが変わりましたか?


▷▷フロイド・メイウェザーがザブ・ジュダーとの試合前に話した言葉は、非常に印象的です。

「誤解されないように断っておくと、私はヒップホップもR&Bもラップも大好きだ。ただし、ジュダーとは違う。私は、ボクシングに全身全霊を捧げてここまで辿り着いた。彼のように黒人芸能界を利用して有名になったんじゃない」。

フロイドのプライドが炸裂した発言です。

しかし、このときすでにフロイドは気づいていたでしょう。あれほど頭の良い男が、自分の実力と人気とのギャップに苦しんでいたのです。

「全身全霊を賭けて素晴らしいパフォーマンスを見せたから人気が出るわけじゃない」という、他のスポーツでは考えられない悲しい真実を、あの頃にフロイドは気づいたんだと思います。 
 
この本の冒頭でザブ・ジュダーを取り上げたのには、特別な理由があります。

彼はこそが、ヒップホップを飲み込んだ最初のボクサーでした。The Source誌の表紙を飾り、XXL誌にも取り上げられました。

ShyneからLil' Kim、Jay-Zまで、超メジャーなラップビデオに登場しました。

ジュダーはミックステープやSMACKのDVDにまで登場します。

しかし、ヒップホップを理解していなかった有力者からは、完全に誤解された人物の代表になってしまいました。

80年代後半から90年代前半にかけて、ボクシングイベントで〝検閲前〟のヒップホップを流すことは、多くの会場で禁じられていたのです。



▶︎▶︎これは、ボクシング界の支配者層、つまりテレビ局やプロモーターの差別意識が関係していたと思いますか?


▷▷もちろん。ボクシングの歴史を知るには、マフィアを知ることです。ボクシングの歴史は綺麗事ではありません。

さまざまな、しがらみに絡まれて、窒息しないように生きながらえてきたのがボクシングです。

アリが指揮棒を振って生まれたヒップホップは 、当たり前ですが反逆の歌です。アリがオリジナルですから、恭順や卑屈とは真逆の歌です。 
 
既成の仕組みの中で生きている人にとって、アリが歌うようなヒップホップの詩は恐怖でしかありません。

今になってみれば、既成概念を土台にしたアメリカ中のコミッションがヒップホップを流したくない、と考えていたのは無理もないことでした。

 それが、なんと今では面白いことに、黒人選手が出場する試合でヒップホップが流れないと、おかしな雰囲気になってしまうほど、この二つの文化は深く激しく抱き締めあっています。

ボクシングファン、あなたがもしそんな絶滅危惧種の一人なら、ラッパーに先導されて入場するボクサーを数え切れないほど見てきたはずです。 


。。。。。。。。 
 

********ちゃちゃっと一旦着地しようと思いましたが、酔っ払いの低脳があちこちラップを聴いたり、このテーマとは関係のない「メイvsスーパージュダー」を見てしまうと、もう先日の「拳四朗vs矢吹」までつながる「泥試合クロニクル」を書きたくなってしまう始末…。

あとは、うまく訳せないです。これじゃ、翻訳ソフト通しても変わらない、です。まあ、そもそもの能力不足です。

酔って、テーマがぶれそうになり、能力不足でうまく訳せない…。

それでも「音楽とボクシング」は個人的には非常に興味のある底なし沼なので、このままこの沼に、ズブズブと身を任せて行きます…。
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米国ボクシングがメジャースポーツとして認められていたのは、どんなに好意的に解釈しても1981年までです。

シュガー・レイ・レナードがスポーツイラストレイテッド(SI)誌のSportsMan Of The Yearに選ばれたのが1981年。

レナードを最後に、40年後の現在まで誰一人としてこの賞を獲得するボクサーは出現していません。
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米国ボクシングは、1950年代から坂道を下り始め、今もまだ完全マイナースポーツの底をさらに沈降している有り様です。

1981年というと、ちょうど私が世界のボクシングに出会って惹きつけられた頃でした。

80年代、レナードやマービン・ハグラー、マイク・タイソンらが桁外れのメガファイトを繰り広げていたというのに、学校図書館で読んだSI誌やリング誌がボクシング人気の凋落を伝えていたことにはちょっとした違和感を覚えていました。

それでも、90年代になるとSI誌の誌面からボクシングの記事がどんどん減り、表紙をカバーすることはまずなくなりました。

大学で出会った留学生や、社会人になってから何度か出張した東西海岸での交流からも、ボクシング没落、というか無関心、知らない、知ろうともしない空気は明らかでした。

ただ、2000年代に入ると、奇妙なことに気づきます。

出張先の西海岸のストリートで若者が歌うラップや、テレビのヒットチャートで、モハメド・アリやシュガー・レイ・レナード、マービン・ハグラー、マイク・タイソンら黒人のアイコンはもちろん、ブンブン・マンシーニやフリオ・セサール・チャベスらが歌詞に登場するのを耳にしたのです。

仕事先の若者に聞くとアリやタイソンはもちろん、チャベスやマンシーニらが伝説的なボクサーであることを知っている人も少数派ながら見つけました。

しかし、知っているのはそこまでです。

彼らにとってのボクサーは、歌詞の中に登場する記号に過ぎませんでした。

たとえ相手が強大な国家権力であろうと敢然と立ち向かう不撓不屈。

破滅に向かっているのを知りながら、引き返したりブレーキを踏もうともしない自暴と自棄の狂気。

殴り殴られる毎日でも、平穏な明日を求めて家族を守ろうとする人間的な父性。

確かにボクサーの生き様というのは、詩になり、歌われるにふさわしい…いや詩になり、歌われるべき旋律を宿しています。

米国でボクシングそのものが凋落してからも人気の音楽や小説、映画で固有名詞が取り上げられ、重要な役割を演じ続けてい耐えることがない事実は、このスポーツの枠を超えた美学を今もなお持ち続けているからかもしれません。

ロジャー・フェデラーやクリスチャーノ・ロナウドのラップなんて、ラップになりません…あるかもしれませんが…。

しかし、ボクサーは詩や歌になります。もしかしたら…。詩や歌にしか、ならないのかもしれません。

良く言えば伝説に登場する神々のように。

悪くいえば…。

ヒップホップ好きの若者にとって、ガーボンタ・デービスやエロール・スペンスJr.、デオンティ・ワイルダー たちは、試合を見るほど興味は持っていません。

しかし、拳闘家という特殊な仕事を生業とする、ラップの韻を踏むのに都合の良い記号としてだけではない、何故か引き寄せられる妙な磁力は感じているようにも思えてしまうのです。


「ボクシングは誰も見ない。特に若い人は全く興味がない」という通説はもちろん間違いではありません。

それでも、米国のヒットチャートの曲に乗って〝タンク〟デービスという発音を耳にすると、私は不思議な気分になってしまうのです…。


ESPNのThe Undefeated、その拙訳に続きます。
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大騒ぎした翌日の夕方。

帰りの新幹線の車窓から見る風景は、寂しく映ります。
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さてさて、PFPの根本理念は弱者救済です。

1950年代、シュガー・レイ・ロビンソンの素晴らしさをマニア以外に伝えるためにメディアが使った〝方便〟がバウンド・フォー・バウンドでした。

しかし、PFPは方便の域を出ることなく「ボクシング=ヘビー級」の方程式が揺らぐことはありませんでした。

50年代は米国でボクシングのステイタスが最も高かった時代でしたが、60年代になると世界史上最大のスポーツヒーロー、モハメド・アリが登場します。
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公民権運動に泥沼のベトナム戦争、米国の正義が崩壊し、誰もが自信を失う中で、アリだけが自分の正義を貫き通したのです。

アリがアリであった60年代から70年代にかけては、PFPごときチャラい妄想は不要でした。

ボクシングファンは絶対神を奉じる、一神教の信者でいればよかったのですから。

再び、PFPが脚光を浴びるのはアリがアリでなくなった80年代。私たちは神を見失ってしまったのです。

ボクシングもヘビー級も、そのステイタスは失墜。世界ヘビー級チャンピオンが、世界一有名で尊敬されるアスリートだった時代は完全に終焉。

スポーツファンでも世界ヘビー級チャンピオンの名前を知らなくて当たり前、の神なき時代が始まります。

本物の神が身を隠すと、さまざまな怪しい教義を振り回す新興宗教が流行り出します。

復活したPFPもその一つです。

リング誌の〝後付け〟PFPでは60年代のPFP1位はアリを抑えてエデル・ジョフレ。

もし、今の時代にジョフレか君臨していたら、何年もの間PFP1位に君臨していたのは、100%間違いありません。

また、60年代5位のファイティング原田もジョフレとの初戦に勝った時点て1位か2位、再戦で返り討ちにしたときなら確実に1位でした。

ただ、原田の60年代は日本でもボクシングが掛け値なしでメジャーだった時代です。

ボクシングがマイナー競技になった井上尚弥の時代でPFP何位とか言われるよりも、PFPなどのまやかしが無い純粋な時代に戦った原田の方が幸せでした。

さて、PFP復活の契機となったリング誌の年間PFP=BEST Fighter Pollの第1回に選ばれたのは、石の拳。

「鈍重なヘビー級よりも、ウェルター級王者シュガー・レイ・レナードを競り落とした元ライト級王者ロベルト・デュランの方がボクサーとして優れている」という理由です。。

PFPの根本概念は弱者救済です。

正確にいうと「レナードやデュランが一番強いわけがないけど、PFPという妄想フィルターを通せばヘビー級にも勝てる」という屁理屈でした。

ボクサー志望の少年が「どのクラスでもいいから世界王者にしてあげる」と聞かれてフライ級やバンタム級を希望することはあり得ません。

誰が一番強いのか?どこの国が一番強強いのか?を序列したテニスやサッカーの世界ランキングと、ローマン・ゴンザレスとアンソニー・ジョシュアを同列で語るPFPとは全く違うのです。

無敗をキープしながらPFP1位から陥落したテレンス・クロフォードは「くだらないランキング。そのうち男女混合にしたら良い。その方がPFPにお似合い」と吐き捨てたのは、まんざら負け惜しみだけとは言えません。

もし、サッカーにもPFP的なランキングがあれば軽量級、すなわち肉体的に弱い日本はまともな世界ランキングよりもずっと上に評価され、恵まれた肉体を持つ豪州などはランクが下がるでしょう。

弱者救済、現実逃避とも言えるPFP。妄想だから現実逃避は当たり前です。

そんなPFPですが、本来見えないふりしているヘビー級選手がトップ5にランキングされるのは、1991年の3位ホリフィールド、4位タイソン以来。

さて、世界最大のスポーツメディアにしてボクシングPFPでもBWAAと並んで、最も公平性が高いとされるESPNの PFPです。

①カネロ・アルバレス
②テレンス・クロフォード
③井上尚弥
④タイソン・フューリー
⑤オレクサンダー・ウシク
⑥エロール・スペンスJr.
⑦テオフィモ​・ロペス
⑧ジョシュ・テイラー
⑨ワシル・ロマチェンコ
⑩ファン・フランシスコ・エストラーダ

リング誌は、井上とクロフォード、スペンスをスキップする形でウシクを2位に上げた一方で、フューリーは10傑圏外。

リング誌もウシクvsフューリー実現なら、英国人圧倒的有利と見るのは間違いありません。

おかしな話です。

フューリーをかろうじて上にランキングしたESPNにはその辺りの整合性が感じられます。

リング誌のランキングは投票ではなく、最終的に編集部判断で序列されるので、おかしなことが生じがちなのは、今に始まったことではありません。

リング誌は、ウシクに対して、なぜか〝クルーザー級アドバンテージ〟を明らかに与えています。

ジュニアバンタム級で苦戦するローマン・ゴンザレスを負けるまで1位にしていたことも〝ストロー級アドバンテージ〟を与えていたと考えると、リング誌的な思考が理解できそうです。

それならば、スペンスに負けたマイキー・ガルシアや、ガーボンタ・デービスに破壊されたレオ・サンタクルスにも〝フェザー級アドバンテージ〟や〝バンタム級アドバンテージ〟を与えるべきだと思うのですが…。

PFPは妄想、自由な発想なので、どんな発想でも疑問に思ってはいけません。

とにかく、なんでもありなのです。
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PFPの根本理念は弱者救済です。

1950年代、米国ボクシングのステイタスが最も高かった時代。

世界ヘビー級チャンピオンが、あらゆるスポーツの中で最も尊敬されていた時代。

人気と報酬が飛び抜けて高いヘビー級の影に隠れながら、シュガー・レイ・ロビンソンが素晴らしいパフォーマンスを披露していました。

そこで、メディアはそれまで表立って使われることの少なかったpound for pound、つまりヘビー級が一番強いという現実から離れて、体重同一時ならどちらが強いかを妄想することで、ロビンソンへの敬意を示したのです。

弱者救済という根本理念から成り立つPFPは、サッカーやテニスの〝強者〟のランキングとは真逆の概念で並べられた序列といえます。

人気のあるヘビー級には勝てないから、想像の世界だけでもロッキー・マルシアノよりもロビンソンの方が優れたボクサーだと認めてあげたい。

そんなマニアの思いが、PFPを最初の発露でした。
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ロビンソンこそがPFP、それは今も変わらない保守本流です。

私は当時を知る由もありませんが、手元にある資料や見聞きした話では、70年代まではそれらしきPFPランキングは存在していなかったと考えています。


オリジナル8の時代にPFPを唱えたとしても、8人の世界王者がランクされて、あと二枠はだれ?という妄想のし甲斐がないランキングしか出来上がりません。

また、二団体10〜13階級時代の70年代までも、妄想を掻き立てられる環境とは呼べません。

高校時代に夢中になったリング誌。そのバックナンバーからは、PFPが盛んに取り上げられるようになった〝潮目〟が80年代からだと読み取れました。

アリが引退し、ボブ・アラムが喝破したように「ヘビー級にスターが割拠して世界の注目を集める時代は終わった」80年代。

そもそも、ボクシングはメジャースポーツの地位から転がり落ちていました。

トップランクはウェルター級やミドル級でメガファイトを繰り広げ「ヘビー級を除いて」という、絶対の枕詞が外されて「史上最高のファイトマネー」「史上最大の興行」という言葉がミドル級やウェルター級で聞かれるようになったのも、80年代以降です。

リング誌は年間アワードで、年間PFP1位を決めるBest Fighter Pollをを組み入れたのも、やはり1980年のことでした。

年間アワードの花形はもちろん、Fighter of the year、年間最高選手賞です。

しかし、Best FighterとFighter of the yearの違いがどこにあるのか、その境界線は曖昧なまま。

2年連続でBest Fighter Pollに選ばれたローマン・ゴンザレスが一度もFighter of the yearに選ばれていないなど、読者を混乱させ続けました。

投票する専門家も「Fighter of the yearはその年に最も活躍、印象に残るボクサーで、PFPキングは純粋な技術で最高選手」とやはり、明確な違いを示すことは出来ませんでした。

一つはっきり言えることは、どちらも投票制ながらBest Fighter Poll の連覇はあっても、Fighter of the yearの連覇は少ない、ということです。

妄想でありながらPFPは負けるまで大きく順位を落とすことがない、という不条理な頑迷さがあります。妄想のくせに何かに縛られているのです。

ジュニアバンタム級でしばらく、優れたパフォーマンスを見せることが出来なかったロマゴンをシーサケット・ソールンビサイに負けるまで1位に据え置き続けたのはその典型です。

最も名誉のあるFighter of the yearも、悪い意味で〝持ち回り〟の性格、変な柔軟性を帯びているということが明らかです。

Fighter of the yearと同じアワードに組み込む矛盾が膨らみ、リング誌が経営難に陥ったことからもBest Fighter Pollの企画は2017年で38年の歴史を閉じてしまいました。

現在はネコの目のようにシャッフルされる電子版のPFPがあるだけです。


前置きが長くなりました。

ESPNのP4P話でした。
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先週の金曜日、アリゾナ州トゥーソン、カジノ・デル・ソルで行われたトップランクのイベント。

「コンセイサンは負けてたか? Such is the life of the unheralded B-side fighter.〜こんな判定が突きつけられる、それがBサイドということなのさ。」のシリーズはまだまだ続きますが、今夜はそのリングサイド、ESPNの解説者席で、10月4日のジョージ・カンボソスとの防衛戦の後にも「140ポンド転向」を明言したテオフィモ・ロペス。

そんなこんなの「注目選手の未来」をESPNがフィーチャーしました。


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Don't be surprised if Teofimo Lopez moves up to 140 pounds and doesn't dethrone Josh Taylor

現在のボクシングシーンでロペスがスーパースター候補の一人であることに疑いようはない。

140ポンドに上げるとなるとターゲットは完全統一王者のジョシュ・テーラーただ一人。テイラーはWBSSでレジス・プログレイス、そして完全統一をかけてホセ・ラミレスと戦い、いずれも綺麗に勝ち抜けた。

完成度の高いテーラーのボクシングに、コーナーにはベン・ダヴィソンが付く。これ以上のコンビは現在、どこにも見当たらない。

ロペスには意外性もパワーもあるが、テイラーが大きな壁となって立ち塞がっても驚くべきことではない。



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Don't be surprised if Terence Crawford leaves Top Rank after facing Shawn Porter


テレンス・クロフォードがウェルター級で初めてまともな強豪ショーン・ポーターと戦う大一番は、トップランクと契約する最後の試合になる。

2011年から11年目、クロフォードとトプランクの関係は複雑に歪んでしまった。

ボブ・アラムはビバリーヒルズに豪邸を建てたクロフォードに対して「あれだけ売り出したのに人気が出ない。ここ3試合は赤字。(お荷物のクロフォードと)契約更新する必要はあるか?」と愚痴をこぼす。

契約更新について両者は建設的な交渉は行われていない。

33歳のクロフォードは「強豪と戦えないのはトップランクのせい。人気が無いから名前のある相手と戦えないのではなく、名前のある相手がトップランクにいないから、私の人気が出ない」。

クロフォードがトップランクを捨てて(捨てられて?)PBCと契約しても、何ら驚くべきではない。




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Don't be surprised if Anthony Joshua demolishes Oleksandr Usyk

ヘビー級の主役となるはずだったアンソニー・ジョシュアは2017年にウラジミール・クリチコとの世代対決に勝利してから、大きな星をあげていない。

9月25日のオレクサンダー・ウシク戦は、ロンドン2012の金メダリスト対決。

ウシクはフットワークとパンチの正確さが際立っているが、ロンドン金はジョシュアがスーパーヘビーでウシクはヘビー。その差が9月25日に露わになりそうだ。

ウシクはプロのヘビー級で2戦しか経験していない。そして2試合とも、〝スーパーヘビー〟ジョシュア相手では心もとない内容で終わっている。

逆に、ジョシュアの経験はアンディ・ルイスJr.に番狂わせを起こされた敗北も含めて豊富。ルイスとの再戦で見せた距離を取ったボクシングでウシクを痛めつけるオプションもある。

そして、ウシクの非力を見切って一気に攻め落とす可能性もある。クルーザー級で盤石だったウシクが粉砕されても驚くべきではない。 
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ESPNが今シーズンのMVPを予想。

アメリカンリーグでは「大谷翔平の満場一致」とみられています。

In fact, Ohtani is looking like a unanimous selection at this point, which unfortunately undersells how great Guerrero has been at the plate. He's simply lost in the dust of Ohtani's historic two-way.


ゲレーロJr.は本来なら十分な成績を残しているが、大谷の歴史的な二刀流パフォーマンスの前には埋もれてしまっている。


大谷のエンゼルスが逃したプレーオフに、ゲレーロJr.がブルージェイズを進出させ、三冠王を獲ってもMVPになれないなんて事は、普通に考えるとありえないことだ。

つまりは、大谷はありえないことをやってしまっているということ。
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【Doolittle's AXE ratings】

1. Shohei Ohtani, Angels (156)
2. Vladimir Guerrero Jr., Blue Jays (142)
3. Marcus Semien, Blue Jays (135)
4. Matt Olson, Athletics (133)
5. Cedric Mullins, Orioles (132)
6. (tie) Jose Ramirez, Indians (130)
Carlos Correa, Astros (130)
Rafael Devers, Red Sox (130) 


【Odds from Caesars Sportsbook】

Ohtani -800(1.125倍)
Vlad Jr. +600(7倍)
Devers +6000(61倍)
Semien +6000(61倍)
Olson +6000 (61倍)

メジャーの怪物を向こうに回して、全く別次元の評価を集めているのです。

こんなアスリートが日本から生まれるなんて…。 
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ESPNからReal or Not。本当か嘘か。

Manny Pacquiao will retire after the Errol Spence fight, win or lose.

マイク・コッピンガー記者は「Real」と断言。

パッキャオは、来年5月のフィリピン大統領選挙に向け、ロドリゴ・ドゥテルテ現大統領と議論を交わし、ドゥテルテの中国に対する軟弱な姿勢を批判するなど政治的な言動を重ねてきました。

いまだに出馬宣言こそないものの、パックマンがやってることは大統領選挙のキャンペーンに他なりません。 

8月21日に行われるエロール・スペンスJr.とのメガファイトは、パッキャオが国民的英雄であるばかりか、ほとんど神のような存在であるフィリピンで、彼の出馬を後押しする格好の選挙活動になるでしょう。
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パッキャオは2010年に下院議員、2016年には上院議員に当選、議員活動に合わせてトレーニングや試合をこなしてきたパートタイム・ボクサー。

しかし、大統領選にも大番狂わせを起こすようなことがあれば、さすがにもう練習時間はありえません。

奇跡の勝利をつかもうが、こっ酷い敗北を喫しようが、8月21日は伝説がリングを去る日になります。


A victory and he's upset the odds once more. Aug. 21 is the perfect swan song -- one final Vegas mega fight for the living legend -- and Pacquiao knows it.


そして、スペンス相手にも番狂わせを起こすようなことになれば、生きる伝説として完璧すぎる引退試合になります。そのことを一番よくわかっているのは、パッキャオ自身です。

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Ringside Seat -- Devin Haney ready for next step; Nonito Donaire still a top fighter.

「リナレスとの大一番をクリアしてデビン・ヘイニーはさらなる大舞台へ進めるか?」「ノニト・ドネアはまだトップファイターの一人だ」。

ESPNが週末の注目ファイトをピックアップ。
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バンタム級の世界地図です。↑

「プロモーターの壁」 を考えると「ウバーリvsドネア」の勝者は、ジョンリール・カシメロとの団体統一戦に進む可能性大です。

井上尚弥は試合間隔を詰めて待ちたいところです。

先入観が強すぎるかもしれませんが、トップランクへの不信感がここまで膨らんだことはありません。というか、トップランクへの不信感なんてこれ以上は膨らみようがないと確信してたのですが…。

さすがトップランクです。

傘下の選手を商業的はもちろん、強豪プロモーターとの政治的駆け引きに利用するのは米国ボクシングの悪習ですが…その腐臭の大元がトップランク、もう前時代のやり方は通用しません。だから没落するんです…。 
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ドネアは、6つの黒星のうち4つまでが無敗の相手になすりつけられたもので、ウバーリもまた無敗。

パッキャオのように「無敗の若手に強い」ほうが変態なのですが、引き出しのないドネアは番狂わせを起こしにくい〝逆パックマン〟です。

もし、フィリピーノフラッシュが煌めくようなことがあるなら、ドネアのベストバウトといわれるビック・ダルチニアン戦から14年ぶりの番狂わせになります。 
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カネロ・アルバレスがビリー・ジョー・サンダースを粉砕してスーパーミドル級の3/4(リング誌をカウントすると4/5)と完全統一に王手をかけ、ジョシュ・テイラーがホセ・ラミレスを下してジュニアウェルター級を完全統一したことを受けて、ESPNのPFPランキングがシャッフルされました。

まず、2位カネロが1位に上がったことで、クロフォードが2位に陥落。

そしてランク外からテイラーが7位に割り込み、前回7位のオレクサンダー・ウシク以下のファイターが一つずつランクを落としました。

1位と2位、7位以下で変動が起きましたが3位(井上尚弥)、4位(エロール・スペンスJr.)、5位(テオフィモ・ロペス)、6位(タイソン・フューリー)の順位は変わらず。
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ESPNは専門家の投票制。1位(10点)〜10位(1点)まで得票の合計点でランキングを争います。

表頭は投票数で、赤字は最も多くの票が集まった順位です。6位のフューリーまで最多票を集めた順位がそのままランキングに反映されているのがわかります。

井上が最多票を集めたのはランキング順位と同じ3位票。最高が1位で1票(ベルナルド・ピラッティ)、最低が6位票でやはり1票(ジョイ・フェルプス)で14人の中で「井上は10傑に値しない」と考えている専門家は一人もいないということです。

例えば、10位エストラーダは5位に1票、7位・8位・10位で各4票=12票、合計13票集めましたが、一人の専門家(ケル・ダンズビー)はエストラーダを10位以内に入れませんでした。※

※Dansby: 1. Alvarez, 2. Crawford, 3. Inoue, 4. Spence, 5. Lopez, 6. Fury, 7. Taylor, 8. Usyk, 9. Beterbiev, 10. Davis

ダンズビーはエストラーダとワシル・ロマチェンコではなくアルトゥール・ベテルビエフとガーボンタ・デービスに投票しています。

リング誌のような合議制(編集長の独断?)であれ、ESPNの投票制であれ、PFPなど所詮はMythical Ranking=妄想ランキング=です。しかも、キーとなる試合があるたび、下手したら週に何度もシャッフルされます。

同じ人間が勝手に決めるものである、Fighter Of The Year(年間最高選手賞)とは違う蜃気楼です。

2020年のPFPキングは誰?と聞かれて即答できる人はいないでしょう。ましてや2016年は?と聞かれたら検討もつきません。
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