PFPの根本理念は弱者救済です。

1950年代、米国ボクシングのステイタスが最も高かった時代。

世界ヘビー級チャンピオンが、あらゆるスポーツの中で最も尊敬されていた時代。

人気と報酬が飛び抜けて高いヘビー級の影に隠れながら、シュガー・レイ・ロビンソンが素晴らしいパフォーマンスを披露していました。

そこで、メディアはそれまで表立って使われることの少なかったpound for pound、つまりヘビー級が一番強いという現実から離れて、体重同一時ならどちらが強いかを妄想することで、ロビンソンへの敬意を示したのです。

弱者救済という根本理念から成り立つPFPは、サッカーやテニスの〝強者〟のランキングとは真逆の概念で並べられた序列といえます。

人気のあるヘビー級には勝てないから、想像の世界だけでもロッキー・マルシアノよりもロビンソンの方が優れたボクサーだと認めてあげたい。

そんなマニアの思いが、PFPを最初の発露でした。
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ロビンソンこそがPFP、それは今も変わらない保守本流です。

私は当時を知る由もありませんが、手元にある資料や見聞きした話では、70年代まではそれらしきPFPランキングは存在していなかったと考えています。


オリジナル8の時代にPFPを唱えたとしても、8人の世界王者がランクされて、あと二枠はだれ?という妄想のし甲斐がないランキングしか出来上がりません。

また、二団体10〜13階級時代の70年代までも、妄想を掻き立てられる環境とは呼べません。

高校時代に夢中になったリング誌。そのバックナンバーからは、PFPが盛んに取り上げられるようになった〝潮目〟が80年代からだと読み取れました。

アリが引退し、ボブ・アラムが喝破したように「ヘビー級にスターが割拠して世界の注目を集める時代は終わった」80年代。

そもそも、ボクシングはメジャースポーツの地位から転がり落ちていました。

トップランクはウェルター級やミドル級でメガファイトを繰り広げ「ヘビー級を除いて」という、絶対の枕詞が外されて「史上最高のファイトマネー」「史上最大の興行」という言葉がミドル級やウェルター級で聞かれるようになったのも、80年代以降です。

リング誌は年間アワードで、年間PFP1位を決めるBest Fighter Pollをを組み入れたのも、やはり1980年のことでした。

年間アワードの花形はもちろん、Fighter of the year、年間最高選手賞です。

しかし、Best FighterとFighter of the yearの違いがどこにあるのか、その境界線は曖昧なまま。

2年連続でBest Fighter Pollに選ばれたローマン・ゴンザレスが一度もFighter of the yearに選ばれていないなど、読者を混乱させ続けました。

投票する専門家も「Fighter of the yearはその年に最も活躍、印象に残るボクサーで、PFPキングは純粋な技術で最高選手」とやはり、明確な違いを示すことは出来ませんでした。

一つはっきり言えることは、どちらも投票制ながらBest Fighter Poll の連覇はあっても、Fighter of the yearの連覇は少ない、ということです。

妄想でありながらPFPは負けるまで大きく順位を落とすことがない、という不条理な頑迷さがあります。妄想のくせに何かに縛られているのです。

ジュニアバンタム級でしばらく、優れたパフォーマンスを見せることが出来なかったロマゴンをシーサケット・ソールンビサイに負けるまで1位に据え置き続けたのはその典型です。

最も名誉のあるFighter of the yearも、悪い意味で〝持ち回り〟の性格、変な柔軟性を帯びているということが明らかです。

Fighter of the yearと同じアワードに組み込む矛盾が膨らみ、リング誌が経営難に陥ったことからもBest Fighter Pollの企画は2017年で38年の歴史を閉じてしまいました。

現在はネコの目のようにシャッフルされる電子版のPFPがあるだけです。


前置きが長くなりました。

ESPNのP4P話でした。