The Undefeated

The tangled history of hip-hop and boxing

ヒップホップがボクシングであり、
ボクシングがヒップホップである。

 

マイク・タイソン、トゥパック、ザブ・ジュダー、リル・キム…、音楽と拳闘の強烈なつながりを綴った新刊「Beatboxing: How Hip-Hop Changed the Fight Game」からのフシ穴インスパイアです。

“Even you yourself predicted that last night in Vegas,”


トゥパック・シャカールのトリビュートソング "Mourn You Till I Join You "で、ノーティ・バイ・ネイチャーのトレッチは「昨晩のベガスの悲劇、あなたは最初からわかっていたはずなのに」とラップしています。

トレッチの言う「昨晩のベガスの悲劇」とは1996年9月7日、ラスベガスのMGMグランドで行われたマイク・タイソン対ブルース・セルドン戦の夜に起きた事件こと…。

シャカールが銃殺された夜のことです。

「Beatboxing: How Hip-Hop Changed the Fight Game」を著したトッド・スナイダーは、ボクシングとヒップホップのあまりにも複雑で、あまりにも濃密な、そして暴力的な歴史の中でも、あの夜は「ビッグバン」の瞬間だったと書いています。

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https://www.youtube.com/watch?v=s9HvuPMAJUc

https://www.youtube.com/watch?v=rkR5jOJhA0g 


ウェストバージニア州のトレーラーパークで育ったスナイダーは、ボクシングクラブを経営して選手を育てていた父親を通じてボクシングの魅力にずるずると、引き込まれて行きます。

スナイダー自身もボクシングを始めますが、最初に好きになったのはヒップホップでした。

「父と一緒にボクシングの試合を見て育った。タイソンの試合をよくを見ていたけど、私のアイドルであるトゥパックとの関係を通して試合に興味を持ったんだ」。


ニューヨーク州アルバニー近郊にあるシエナ・カレッジの修辞学、ライティング、オーラル・コミュニケーションの教授も勤めるスナイダーは、The Undefeatedとのインタビューで、タイソンとシャカールの交流や、試合の夜にラップミュージックを流すことが最初は不安でたまらなかったこと、そしてザブ・ジュダーから物語を始めた理由について教えてくれました。

The popularity of boxing has diminished significantly in America, 


▶︎アメリカでは、ボクシングの人気は著しく低下しています。それでも、若者に人気のヒップホップの中では、ボクシングは切っても切り離せません、常に共存しています。それはなぜでしょうかか?



▷ヒップホップは今でもボクシングを愛しています。それどころか、今まで以上に愛しています。

私の生徒たちはボクシングを見ませんが、グリセルダ・レコードの音楽を聞けばガーボンタ・デービスやデオンティ・ワイルダーなど、今をときめくボクサーたちの名前を否応なしに知ることになります。

ヒップホップの歌詞には、今でもボクシングがたくさん登場します。また、ヒップホップはボクシングの歴史的な試合を揺り起こすことだってあります。

例えば、Wu-Tang Clanのアルバム「Wu-Tang Forever」。「M.G.M.」という曲は「フリオ・チャベスvsパーネル・ウィテカー」の議論を呼んだドローと実現しなかった再戦を歌っています。

若い人たちは、ボクシングを見たことがなくても、歌詞の登場するボクサーの名前を、エモーショナルな記号として理解しているのです。



▶︎▶︎ヒップホップがボクシングの歴史を後世に伝えているとまで書いていますね。
 

▷▷残念ながら、現代ボクシングは若者のマーケットとは全く無縁です。若くてもせいぜい30代以上のファンがこのスポーツを何とか支えています。

ヒップホップの番組は昔からありました。セドリック・クシュナーの「ThunderBox」という番組では、試合前にラッパーがリングでパフォーマンスをしていました。あれは、ボクシングのアンダーカード(前座)と同じ役割を果たしていました。まさに、メインへの露払いです。

HBOには「Yo!MTV Raps」のエド・ラバーがホストを務めていた「KO Nation」という番組がありました。

現在も、TrillerやVerzuzがボクシングを取り入れた番組を制作しています。

異文化がためらうことなく混ざり合い、若い世代に偏った革新的な抽出物、つまりヒップホップと直面すると。ボクシング界に巣食うカビの生えた老人たちは眉をしかめます。

こんなのは音楽じゃない、詩でもない。クラシックなボクシングとも無関係だ。 



▶︎▶︎ボクシングのファンは他のスポーツと比べて圧倒的に高齢者男性が多くを占めています。 カントリーやロックが好きな彼らにとって、変な語呂合わせのラップはアレルギー反応を起こす異物なのでしょう。
 

▷▷面白い仮説ですが、それは間違いです。

その、高齢男性のボクシングファンは間違いなく、一人残らずモハメド・アリの敬虔な信者でしょう。

アリの信者がラップを受け付けないなんて、オリーブオイルを飲んで下痢するイタリア人よりもありえません。

アリは紛うことなくラッパーでした。ラッパーという言葉が出来るずっと以前に、アリは確かにラップを歌ってたじゃありませんか。

多くのリングアナウンサーやボクシングメディア、プロモーター、テレビ局…ボクシング界に携わる多くの人は、ヒップホップ文化を拒絶して、大きなチャンスを見逃しています。

ヒップホップが大好きな15歳の少年少女は100ドル払って「メイウェザーvsパッキャオ」を見ることは出来ませんが、もし地上波で見れたら必ず興味を示したでしょう。


 

▶︎▶︎もし今、ヒップホップというジャンルが生まれていたら、ボクシングとヒップホップの融合はどのように変わっていたと思いますか?


▷▷多くの識者が「初期のヒップホップヒーローたちは、シュガー・レイ・レナードやモハメド・アリ、石の拳を見て育った」と主張しています。

They both argued that one of the reasons these cultures are connected is that your hip-hop heroes from the early era grew up with Sugar Ray Leonard, Muhammad Ali, ‘Hands of Stone.’ 

彼らの父親や祖父も、遡れば遡るほど、みんなボクシングばかり見ていたのです。60年代までのファンは歴代ヘビー級王者の名前を諳んじることが出来て当たり前でした。

今のボクシングファンはどうでしょうか?

現役王者だけも全ての階級と団体のタイトルホルダーの名前を暗記している人がいますか?

ヒップホップが揺籃していたのは、今では考えられない、ボクシングが尊敬されていた時代です。

「The Message」のような初期ヒップホップの曲には、シュガー・レイ・レナードが登場します。

モハメド・アリは「Rapper's Delight」にも書かれました。

マイク・タイソンの絶頂期は、ヒップホップの一気の成長とオーバーラップしていました。

このようなことが多発的に勃発しながら、2つの文化は密接に複雑に結びつき、溶け合って行ったのです。

ですから…今の時代にヒップホップが生まれていたとすると、ボクシングとの関係はもっと疎遠になっていたかもしれません。

しかし、厳しいストリートで育ち、過酷な環境に置かれている人たちの前には二つの分かれ道しかありません。

一つはそのまま地獄へ。

もう一つはラップの詩が歌われ、輝くリングが待ち受ける道です。

もうちろん「もう一つの道」で懸命に努力したとしても才能と運がなければ、地獄の道と再び合流することになるかもしれません。

しかし、よく考えてください。実は、そこで歌が生まれるのです。そこで明暗が目まぐるしく点滅する旋律を美しく確実に装飾する韻が踏まれるのです。




▶︎▶︎ザブ・ジュダーやフロイド・メイウェザーら、黒人ボクサーの〝カラー〟はヒップホップの大隆盛によって、アリやレナードの時代と何かが変わりましたか?


▷▷フロイド・メイウェザーがザブ・ジュダーとの試合前に話した言葉は、非常に印象的です。

「誤解されないように断っておくと、私はヒップホップもR&Bもラップも大好きだ。ただし、ジュダーとは違う。私は、ボクシングに全身全霊を捧げてここまで辿り着いた。彼のように黒人芸能界を利用して有名になったんじゃない」。

フロイドのプライドが炸裂した発言です。

しかし、このときすでにフロイドは気づいていたでしょう。あれほど頭の良い男が、自分の実力と人気とのギャップに苦しんでいたのです。

「全身全霊を賭けて素晴らしいパフォーマンスを見せたから人気が出るわけじゃない」という、他のスポーツでは考えられない悲しい真実を、あの頃にフロイドは気づいたんだと思います。 
 
この本の冒頭でザブ・ジュダーを取り上げたのには、特別な理由があります。

彼はこそが、ヒップホップを飲み込んだ最初のボクサーでした。The Source誌の表紙を飾り、XXL誌にも取り上げられました。

ShyneからLil' Kim、Jay-Zまで、超メジャーなラップビデオに登場しました。

ジュダーはミックステープやSMACKのDVDにまで登場します。

しかし、ヒップホップを理解していなかった有力者からは、完全に誤解された人物の代表になってしまいました。

80年代後半から90年代前半にかけて、ボクシングイベントで〝検閲前〟のヒップホップを流すことは、多くの会場で禁じられていたのです。



▶︎▶︎これは、ボクシング界の支配者層、つまりテレビ局やプロモーターの差別意識が関係していたと思いますか?


▷▷もちろん。ボクシングの歴史を知るには、マフィアを知ることです。ボクシングの歴史は綺麗事ではありません。

さまざまな、しがらみに絡まれて、窒息しないように生きながらえてきたのがボクシングです。

アリが指揮棒を振って生まれたヒップホップは 、当たり前ですが反逆の歌です。アリがオリジナルですから、恭順や卑屈とは真逆の歌です。 
 
既成の仕組みの中で生きている人にとって、アリが歌うようなヒップホップの詩は恐怖でしかありません。

今になってみれば、既成概念を土台にしたアメリカ中のコミッションがヒップホップを流したくない、と考えていたのは無理もないことでした。

 それが、なんと今では面白いことに、黒人選手が出場する試合でヒップホップが流れないと、おかしな雰囲気になってしまうほど、この二つの文化は深く激しく抱き締めあっています。

ボクシングファン、あなたがもしそんな絶滅危惧種の一人なら、ラッパーに先導されて入場するボクサーを数え切れないほど見てきたはずです。 


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********ちゃちゃっと一旦着地しようと思いましたが、酔っ払いの低脳があちこちラップを聴いたり、このテーマとは関係のない「メイvsスーパージュダー」を見てしまうと、もう先日の「拳四朗vs矢吹」までつながる「泥試合クロニクル」を書きたくなってしまう始末…。

あとは、うまく訳せないです。これじゃ、翻訳ソフト通しても変わらない、です。まあ、そもそもの能力不足です。

酔って、テーマがぶれそうになり、能力不足でうまく訳せない…。

それでも「音楽とボクシング」は個人的には非常に興味のある底なし沼なので、このままこの沼に、ズブズブと身を任せて行きます…。