米国ボクシングがメジャースポーツとして認められていたのは、どんなに好意的に解釈しても1981年までです。

シュガー・レイ・レナードがスポーツイラストレイテッド(SI)誌のSportsMan Of The Yearに選ばれたのが1981年。

レナードを最後に、40年後の現在まで誰一人としてこの賞を獲得するボクサーは出現していません。
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米国ボクシングは、1950年代から坂道を下り始め、今もまだ完全マイナースポーツの底をさらに沈降している有り様です。

1981年というと、ちょうど私が世界のボクシングに出会って惹きつけられた頃でした。

80年代、レナードやマービン・ハグラー、マイク・タイソンらが桁外れのメガファイトを繰り広げていたというのに、学校図書館で読んだSI誌やリング誌がボクシング人気の凋落を伝えていたことにはちょっとした違和感を覚えていました。

それでも、90年代になるとSI誌の誌面からボクシングの記事がどんどん減り、表紙をカバーすることはまずなくなりました。

大学で出会った留学生や、社会人になってから何度か出張した東西海岸での交流からも、ボクシング没落、というか無関心、知らない、知ろうともしない空気は明らかでした。

ただ、2000年代に入ると、奇妙なことに気づきます。

出張先の西海岸のストリートで若者が歌うラップや、テレビのヒットチャートで、モハメド・アリやシュガー・レイ・レナード、マービン・ハグラー、マイク・タイソンら黒人のアイコンはもちろん、ブンブン・マンシーニやフリオ・セサール・チャベスらが歌詞に登場するのを耳にしたのです。

仕事先の若者に聞くとアリやタイソンはもちろん、チャベスやマンシーニらが伝説的なボクサーであることを知っている人も少数派ながら見つけました。

しかし、知っているのはそこまでです。

彼らにとってのボクサーは、歌詞の中に登場する記号に過ぎませんでした。

たとえ相手が強大な国家権力であろうと敢然と立ち向かう不撓不屈。

破滅に向かっているのを知りながら、引き返したりブレーキを踏もうともしない自暴と自棄の狂気。

殴り殴られる毎日でも、平穏な明日を求めて家族を守ろうとする人間的な父性。

確かにボクサーの生き様というのは、詩になり、歌われるにふさわしい…いや詩になり、歌われるべき旋律を宿しています。

米国でボクシングそのものが凋落してからも人気の音楽や小説、映画で固有名詞が取り上げられ、重要な役割を演じ続けてい耐えることがない事実は、このスポーツの枠を超えた美学を今もなお持ち続けているからかもしれません。

ロジャー・フェデラーやクリスチャーノ・ロナウドのラップなんて、ラップになりません…あるかもしれませんが…。

しかし、ボクサーは詩や歌になります。もしかしたら…。詩や歌にしか、ならないのかもしれません。

良く言えば伝説に登場する神々のように。

悪くいえば…。

ヒップホップ好きの若者にとって、ガーボンタ・デービスやエロール・スペンスJr.、デオンティ・ワイルダー たちは、試合を見るほど興味は持っていません。

しかし、拳闘家という特殊な仕事を生業とする、ラップの韻を踏むのに都合の良い記号としてだけではない、何故か引き寄せられる妙な磁力は感じているようにも思えてしまうのです。


「ボクシングは誰も見ない。特に若い人は全く興味がない」という通説はもちろん間違いではありません。

それでも、米国のヒットチャートの曲に乗って〝タンク〟デービスという発音を耳にすると、私は不思議な気分になってしまうのです…。


ESPNのThe Undefeated、その拙訳に続きます。