Breez is Nice!

ホルヘ・リナレス、やりました。完勝です。

英国最大のスポーツヒーローの一人、ルーク・キャンベルは「自分が勝っていた」と判定に不満を見せました。

しかし、戦前、キャンベルの勝利を煽っていた英国BBCも「ロンドン五輪金メダリストの29歳にとって、プロ入り以来最も厳しい試練となってしまった。2ラウンドのダウンから立ち直って、逆襲に転じたが、32歳のベネズエラ人の経験にはぐらかされてしまった」と、敗北を認めています。

リナレスの圧勝ではありませんが、その勝利は間違いないところでした。しかし、オフィシャルは、米国の二人のジャッジが115−112、114−113でリナレス、なぜか潜り込んでいた英国人が115−112でキャンベル、スプリットデジションでした。

キャンベル勝利のスコアを弾いたビクター・ローリンの目には、同胞が失ったのは5ポイントだけ、ダウンの2ポイントを差し引くと3ラウンドしか失っていないと、この試合は見えたようです。

BBCに良心が残されているとはいえ、英国でやってたら100%、0−3で負けてましたね。


マックス・ケラーマンから「次は誰と戦いたい?」と聞かれ、「マイキー・ガルシア」と即答したリナレス。「ガルシアが140ポンドから下げる気がないなら、私がそこ(140)へ行く」と、ビッグファイトを熱望しました。

リングアナウンサーは「WBA、WBC、リングマガジンのライト級タイトルを防衛」とコールしましたが、リナレスが保持しているWBCはダイアモンドという意味不明のベルトで、正規王座(アルファベットの王座は全てが意味不明ですが)はマイキーが持っています。

この試合が成立すれば、リナレスにとっては一世一代の大勝負、〝ボクシング難民〟を宿命づけられているベネズエラ人が、メキシコ系米国人の人気者を叩きのめす番狂わせが見たいものです。

さて、HBOが全米生中継したリナレスvsキャンベルの舞台、カリフォルニア州イングルウッド、ザ・フォーラムから、はるか東、テキサス州サンアントニオはアラモドームでは、34歳のノニト・ドネアが10歳年下のルーベン・ガルシア・エルナンデスを相手に空位のWBCフェザー級のシルバータイトルを争っていました。

この試合は、WBSSのクルーザー級トーナメント準決勝のセミファイナルとして行われましたが、クルーザーのお話はまた別の機会に。

完封に近い判定勝ち(100-90, 99-91 and 99-91)を収めて、これまた意味不明のシルバー王者に就いたドネアですが、無名のエルナンデスに押し込まれる場面も目立ち、もはやかつての輝きは完全に喪われていました。



ニコラス・ウォータースに粉砕されて「フェザーは無理」と、ジュニアフェザーに戻ったものの、また126ポンドに帰って来たのです。

トップランクから事実上見限られ(契約満了前にリリース)、マイケル・バゼルを新トレーナーに起用しての再出発。

「今までの私は誰が相手でも、真正面からの打撃戦を選択してしまっていた」と、新しいスタイルを披露すると意気込んでいましたが、もともと引き出しが無い、正直なボクサーです。

来年にも、WBC王者のゲイリー・ラッセルJr.への挑戦が予定されていますが、厳しい試合になるのは間違いありません。

フェザー級にはレオ・サンタクルス、カール・フランプトン、アブナル・マレスと、下の階級には見当たらないビッグネームがシノギを削っていますが、ドネアが彼らの噛ませ犬として屠られる姿を見るのは…少し辛いですね…。

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プロ転向、カザフスタンを出て、現在の米国カリフォルニアにたどり着くまでの道のりは、ドイツ、ギリシャ、モナコを漂流、長く険しいものでした。

現代のアマチュアのエリートボクサーがプロ転向するとき、大きな障壁が二つ存在します。

最初の壁は、スタイルです。

現代のアマエリートの多くは、ヘッドギアとタッチボクシングに馴化したボクサーです。アリやレナードの時代とは、決定的に違うのです。

そして、誤解を恐れすに言ってしまうと、プロボクシングは、技術を売り物にはしていません。

先日、引退表明したアンドレ・ウォードが、米国人でありながら、その実力に見合った人気と報酬を獲得できたかとなると、答えはNOです。彼は、途轍もない技術は持っていましたが、その試合ぶりの多くは退屈で「また見たい」と思わせる代物ではありませんでした。

フロイド・メイウェザーは、当初は攻撃も意識した非常に面白いボクサーでしたが、その人気は伸び悩みました。1000万ドルを超える大金を稼ぐようになるのは、メディアやファンを欲求不満のどん底に突き落とす防御優先の試合を繰り返しながら、自らを「銭ゲバ」と呼んで、完全ヒールに変身したからです。

そして、この20年、プロボクシングは、さらにアマチュアスタイルを嫌う傾向が加速しています。その底流にあるのがメキシカンスタイルへの偏愛です。男気を見せ合う、正面衝突を何よりも好む、メキシコ人、メキシコ系米国人が、本場のボクシング(米国西海岸を本場と呼ぶのなら)を支えているのですから当然の帰結です。



もはや、バドワイザーもクアーズも檜舞台からは締め出され、テカテとコロナの天下なのです。

マニー・パッキャオは当初、メキシコ人にとっては不倶戴天の敵でしたが、その攻撃的なスタイルはメキシコ人も完全に受け入れました。

攻めるパッキャオと、逃げるメキシコ人。メキシカンはたとえ自国の選手でも、勝負に応じない戦い方は認めません。日本人を最後の最後まで応援する日本ではありえないことです(亀田兄弟は例外ですが、あれは単なる弱いものイジメです)。

先週の試合でカネロ・アルバレスに罵声が飛んだのは、不可解な判定に対してだけではありません。メキシコ人が憤ったのは、GGGの攻勢に、カネロが下がり続けたからです。

かの地で、パッキャオに粉砕されたマルコ・アントニオ・バレラとエリック・モラレスが、フィリピンの伝説を一撃で沈めたファン・マヌエル・マルケスを大きく上回る人気を擁している最大の要因は、スタイルの違いです。

メキシカンでないパッキャオやメイウェザーですら、そのメガファイトがメキシコの記念日、祭日である5月と9月に開催されることが多かったことからも、ボクシングの世界でいかにメキシコナイズが進行しているかが伺えるでしょう。

2番目の壁は、アウエーの壁です。

ボクシングが、メキシカンに支えられるスポーツに完全に移行したことで、米国人ですら人種のアドバンテージが大きいとは言い難い状況が出来上がってしまいました。

シュガー・レイ・レナードの1980年代に、ウォードがタイムスリップできれば、これほどセールス面で苦戦することはなかったでしょう。メイウェザーも、ベビーフェイスのままで大金を手にすることが出来たかもしれません。

米国人でも苦労するのに、キューバや旧ソ連のアマエリートたちにとって、メキシコナイズされた米国西海岸で実力通りの人気を得ることは至難の技です。

ギレルモ・リゴンドーやエリスランディ・ララが、そのスタイルからトップランクと、ゴールデンボーイ・プロモーションから冷遇を受けたことは周知の通りです。

モハメド・アリを崇拝し、米国リングを目指したウラジミール・クリチコも、「本場」は歓迎しませんでした。

さて、GGG。そのスタイルは、ウォードやリゴンドーとは一線を画します。最初の壁、スタイルの壁は、易々とクリアです。

「メイウェザーのように戦え、と言われれば簡単にできる。ただ、それではファンは満足できないだろう。ファンが見たいのはドラマだ。ビッグドラマショウを私はお見せしたいんだ」。

しかし、2番目の壁は高く、分厚いものでした。パッキャオがこの壁までを軽く飛び越えることが出来たのは、メキシカンのライバルが揃いも揃っていたからです。

しかも、アマチュア実績はもちろん、プロ入り後のキャリアも、この小さなフィリピン人を過小評価することしかできない脆弱なもので、メキシコの強豪たちがパッキャオを敬遠する理由は見当たりませんでした。

もし、パッキャオがその獰猛な拳をふるって、バルセロナ五輪で金メダルに輝き、プロのリングでも無敵の快進撃を続けていたなら…バレラやモラレスが簡単に試合を受けることはなかったはずです。

一方の、GGGはアマチュア時代から「殺戮兵器」と呼ばれ、その勢いはプロ入り後も加速、人気選手や王者は彼との対戦をことごとく回避します。

「強い相手との対戦が無い」「まともな相手はダニエル・ジェイコブスただ一人だけ」。よく言われる批判は間違いではありませんが、GGGには全く責任はありません。

セルヒオ・マルチネスも、ミゲール・コットも、ピーター・クイリンも、ビリー・ジョー・サンダースも、そしてカネロも、対立王者や実力者、人気者は、強力な攻撃力を持つカザフの英雄からあからさまに逃避したのですから。

誰だって、村田諒太のように同胞の熱い応援に後押しされ、電通とフジテレビと帝拳の支援を受けながら、補助輪付きの自転車で練習するようにキャリアを進めて、母国のリングで世界タイトルマッチを行いたいものです。

しかし、リング上で無敵のGGGの行く手に待ち受けていたのは、リング外に張り巡らされた茨の道でした。

2006年、プロ転向したGGGはトップランクでもゴールデンボーイ・プロモーションでもない、ドイツのユニバーサム傘下に入ります。ここで最初の洗礼を受けます。プロモーターは、明らかに実力の劣るフェリックス・シュトルムや、セバスチャン・ズビクに世界戦の舞台を用意する一方で、GGGを干しました。

「物事には順番がある」。そう告げられます。

つまりドイツ人が優先で、次が欧州やドイツに馴染みのあるトルコの選手、GGGらはその次、ということです。

2010年、18戦全勝15KOと素晴らしい快進撃を続けていたGGGも28歳になっていました。ボクサーとして残された時間は、けして多くはありません。

GGGはユニバーサムを相手取り訴訟を起こし、契約無効を勝ち取って独立、GGGプロモーションを立ち上げました。

目指すは自由と平等の国、アメリカです!

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昨日、ESPNとリング誌をはじめ多くのメディアがPFP1位と評価するアンドレ・ウォードが引退を発表しました。

これにより2位以下のボクサーが自動的に繰り上がり、ゲンナディ・ゴロフキンが1位に就く見通しです。

専門家パネルの投票によって順位を決定するESPNでは、早速ランキングを更新、1位はやはりゴロフキンでした。2006年のプロデビューから足掛け11年、ついに世界最高のボクサーという評価を勝ち得たのです。

本題からはズレてしまいますが、我が井上尚弥も10位でランクイン。投票ポイント(1位10点、2位9点…10位1点)で争われるESPNですが、井上は14点をゲットしました(GGGは83点)。

14点というのは数字的には11位のシーサケット・ソールンビサイと同点でしたが、今回投票に参加した9人の専門家では井上を最も高く評価したのがナイジェル・コリンズ(元リング誌編集長)で4位(7点)、シーサケットはやはりコリンズが投じた7位(4点)が最高、「同点なら最高順位が上回るボクサーを上位にランキングする」というルールに則り、井上がトップ10に滑り込みました。

コリンズというのは、振り返ってみるとノニト・ドネアを3位に評価してファンやメディアから大バッシングを食らった過去もあり(直後にリング誌を離れました)、アジア贔屓なのかもしれません。




【上:GGGが念願の1位へ。今回の投票者9人中6人が1位に投じたとはいえ、1位得票率は2/3です。残りの3人はワシル・ロマチェンコを支持しました。パッキャオ、メイウェザー時代は文句無しの全員一致の1位というのが珍しくありませんでしたが、二人が玉座を離れてからはPFP1位争いも本命無き戦国時代です。下:井上の最高順位はコリンズが投じた4位。シーサケットの7位を上回り、同じ14点ながら上位にランクされました。】

本題にもどって、triple Gのお話です。

旧ソ連のシステムを引き継いだ、才能を効率的に選抜していく過酷な競争をゲンナディは容易に勝ち残り、国際大会で出色のパフォーマスを披露していきます。

2000年、18歳でジュニア世界選手権のブダペスト大会、ライトウェルター級で優勝。

2001年には、プロでも拳を交えることになるダニエル・ギールらを殴り倒して、東アジア大会ウェルター級金メダルを勝ち取りました。開催地は日本大阪、GGGは大阪でも戦っていたのです。それにしてもカザフスタンが「東アジア」という地理的感覚は、日本人には違和感がありますねぇ。中東もアジアですから、それ以東は東アジアという定義なのでしょうけど。

2002年、地元カザフスタン、アスタナで開催されたワールドカップ大会でライトミドル級、銀メダル。

2003年、世界選手権タイ・バンコク大会でミドル級金メダル。3回戦でルシアン・ビュテを鮮烈にKOしたシーンは、プロ入り後に「GGGがいかに強いか」を喧伝する多くの動画の一つとなりました。この大会では、アンディ・リー(29−9)、マット・コロボフ(19−10)も撃破しています。

そして2004年アテネ五輪。アンドレ・ディレルらを倒して決勝に進むも、ロシアのゲバルベク・ゲバルベコフに判定負け、銀メダルに終わります。

アマチュア時代に世界を股にかけて活躍したGGGは、ボクシング以外にも傑出した才能を持っていました。語学です。

ソ連の衛星国家に生を受け、幼少からロシア語とカザフ語を使いこなしていたGGGは、息を吸うように新しい言語を習得していきました。

「ロシア語でコーヒーを頼み、2杯目はドイツ語、ウェイターとはスペイン語で冗談を言い合い、勘定は英語で済ませる…ゲンナディ・ゴロフキンはそんな男だ。かれのパスポートはスタンプだらけだが、彼がコレクションしたのはスタンプだけじゃない」…リング誌がGGGを最初に特集した時の、冒頭です。

勝利インタビューを受ける彼が複数の言語を使い始めると、2カ国語の素養しかない通訳はたちまち混乱してしまうが、GGGが一人二役で通訳までやってのけると、今度は通訳がGGGのマイクを取り上げて「誰だ?私を呼んだのは!?」。会場はドッと湧きかえります。

その戦いぶりも、ファンサービスも、いずれもエンターテインメントがぎっしり詰まった強打者の未来は明るい。誰の目にもそう思えました。

リング上で勝ち続ける限り、聖歌隊のコーラスボーイの容姿と、情け容赦ない破壊者のスタイルを併せ持った怪物がスターダムの頂点まで駆け上がるのは、当然だと。

カザフスタンで育ち、馬乳と郷土料理が大好物のGGGでしたが、彼が戦う舞台となる世界の都市では馬乳が飲めるカフェなどありません。カザフ料理の店ですら、まず見つけることができません。

それでも、異文化に適応するため、現地の言葉を習得し、食事も受け入れてきたGGGでしたが、この稀代のボクサーを抱きとめてくれる土地はありませんでした。

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「彼が初めてジムに来た時、どうして聖歌隊のコーラスボーイがこんな場所に迷い込んだんだって思ったものさ。絶対にファイターでないと確信したんだけど、私の見る目がいかに頼りないかって事だな…いや、彼を知らない人に『この男は世界で最も凶暴なボクサーだ』と言っても、誰もが『ウソをつくなら、もっと上手くつけ』と笑われるのがオチだろう」

トレーナーのアベル・サンチェスが、ゲンナディ・ゴロフキンと初めて会った日の、あまりに有名なエピソードです。

ゴロフキンが、ユーラシア大陸のど真ん中、カラガンダで生まれた1982年、その広大な国は地球儀上ではカザフ・ソビエト社会主義共和国と呼ばれ、ソ連の衛星国家でした。

今、日本人建築家、黒川紀章が設計した〝未来都市〟として建設が進む有名な首都アスタナから南に240km、ユーラシア大陸の中心に鎮座するカザフスタンの、さらに中心部にカラガンダ州の州都カラガンダは位置しています。

そこは、世界屈指の地下資源を誇るカザフスタンでも、最も豊かな鉱山、鉱脈を要する地域でもあります。石炭、石油、天然ガス、マンガン、モリブデン、タングステン…日本から見ると羨ましいを通り越して、ため息をつくしかないほどの化石燃料と貴重な鉱物が量も質も、ここから毎日産出され続けているのです。

ソ連崩壊によって、1991年にカザフスタン共和國として独立、大きく揺れ動く母国で、未来のチャンピオンは多感な少年時代を過ごします。

炭鉱夫の父、この地に根付いた高麗人の子孫の母は、4人の子供の中でも最も気持ちの優しいゲンナディには、公務員になって静かで幸せな人生を送って欲しいと願っていましたが、その柔和な性格の少年はあるスポーツに傾倒していきました。

図書館で借りたシュガー・レイ・ロビンソンの伝記を読み耽り、TVではマイク・タイソンの躍動に夢中になるのです。

彼が9歳の時に亡くなったロビンソンが近代ボクシングの礎を築く物語は、米国から遠く離れた国に生きる少年にとってもクラクラするほど魅力的で、タイソンが戦う米国のリングは「僕もあの場所であんな風に戦いたい」そう熱望するしかないほど華やかで輝いて見えました。

カザフスタンの地方都市の少年が図書館で何気なく手に取ったロビンソンの伝記、ふとチャネルを合わせたときに現れたタイソンの姿…世界のボクシングファンにとっては、天啓としか言いようの無い偶然が、穏やかな少年の胸の奥、ずっと、ずっと奥の方に、小さな、しかし確かな情熱の炎を灯したのでした。

鉱物資源が豊富な国には、誰もが知っている宝石についてのことわざがあります。

「宝石は作ることは出来ない。出来ることは宝石の原石を磨く事だけだ」。

同じ事を、いみじくも、メキシコ人のアベル・サンチェスも語っています。

「素晴らしい選手を作る事は出来ない。出来るのは素晴らしい選手を向上させることだけだ」。

日本でよく言われる「千里の馬は常に有れども伯楽は常には有らず」とは、全く逆の考え方です。

初めてグローブをはめてシャドウボクシングをしたゲンナディに、コーチがかけた言葉が全てを物語っています。

「戦績は?私は君を知らないが、いくつかタイトルを取っているはずだな?」

ゲンナディ・ゴロフキンは、紛う事なき宝石でした。眩しすぎるアマチュア時代のキャリアは、彼を知る人たちにとっては、これっぽっちの驚きでもありませんでした。

世界選手権優勝、アテネ五輪銀メダルをはじめ、345勝5敗(諸説あり、実際には15敗前後の黒星があると見られています)とされる驚異的なアマチュア実績を残して、カザフスタン最大のスポーツヒーローに登り詰めます。

そして、2006年プロデビュー。ついに憧れのシュガー・レイ・ロビンソンの世界に足を踏み入れました。

「面白い試合を見せればアメリカは認めてくれる」。プロのリングは、希望に溢れていました。

強ければ、ファンが喜ぶ試合を見せれば、夢見たその国は、彼を抱擁してくれる、そう信じていました。

しかし、中央アジアの純真な青年の約束の土地、アメリカは、カザフスタン人ボクサーにとってはあまりにも遠く、冷酷な場所でしたが、それは、このときのゲンナディには知る由もありません。

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この1ヶ月弱は、特に日本のボクシングファンにとって、素晴らしく贅沢な時間でした。

亀海喜寛が世界的なビッグネーム、ミゲール・コットに挑み、井上尚弥がHBOが企画したスーパーフライ級メインの超冒険的な興行のセミファイナルに登場、フロイド・メイウェザーはスポーツとしては茶番としてしか記憶されようがないショウを、これ以上ないパートナーを得て、見事に演じきりました。

そして、直近のメガファイト、ゲンナディ・ゴロフキンvsカネロ・アルバレス。醜悪な不当判定が下されてしまいましたが、リング誌のマイケル・ローゼンタール編集長をはじめ「118−110は好勝負を汚すスコアだったが、ドロー判定はありえないかと聞かれたら、そうじゃない」という意見も、超少数派ながら、中立の専門家からも聞こえてきました。


【どんなにカネロ贔屓で見ても、この試合を118-110と見るのは不可能です。アンドレイド・バードのスコアは常軌を逸しています。ただ、カネロを勝たせる圧力がかかっていたのなら、それはそれで118-110はあまりにも下手くそなスコアリングです、圧力があったならあったで、普通ならもっと、それらしく接近した採点をするはずです。とはいえ、バードが真剣に試合を評価して、そう見えたのなら彼女は、この職業失格です。】

個人的には同意できかねますが、村田諒太までもが「115-113でアルバレス。クエスチョン(がつく)ラウンドだらけ。おまけでカネロというのが多かった」と、カネロを支持しています。

以前から気付いていましたが、村田諒太という人は「プロボクシングは清濁併せ呑む、それどころか濁々吞み込む」ということを知り尽くして、それを大前提に話しているのかもしれません。

それでも、やっぱり、よほど穿った見方をしなければ、カネロ勝利はありえないと思うのですが…。

両者ともに再戦を希望していますが、今後の展開はAサイドのカネロ陣営の思い通りです。

ボクシングの本場とはいえ、現在の米国のメガファイトは、メキシコのカレンダーで決まります。5月のシンコ・デ・マヨの祝日、そしてメキシコ独立記念日の9月。

最も考えられる「スケジュールA」は、来年5月のシンコ・デ・マヨ週間でカネロがミゲール・コットと、超ローリスク・ハイリターンの再戦を行い、9月にGGGとの決着戦のリングに上がるというものです。

「年内に今回の勝者と戦いたい」と表明していたコットですが、まさかのドロー判定です。カネロ2が約束されたら、引退試合を半年先延ばしすることは十分考えられます。また、カネロ陣営にとっても、レジェンドとはいえ、既に一度完勝してるロートル相手にボーナスゲーム、悪い話ではありません。

そして、何よりも、もはや誰の目にも明らかになったGGGの劣化が、さらに進行する時間を稼ぐことまで出来るのですから。

「スケジュールB」は、2018年5月のシンコ・デ・マヨで、最短距離でのGGGとのダイレクトリマッチです。これは、ファイターの本能を考えると可能性ゼロとは言いませんが、ビジネスが何よりも最優先されるボクシングの世界ではありえないでしょう。


【「ビジネスの視点から考えると、今回のドローは悪い結果ではない」。…絶対に納得できませんが、そういう意見が公然と出るのがボクシングの世界です。ボクシングは、スポーツである以前に、ビジネスなのです。プロボクシングのメソッドを他のスポーツでも当てはめると、テニスの4大大会は常にロジャー・フェデラーが優勝、MLBはニューヨーク・ヤンキースが毎年ワールドシリーズを制します。】

カネロ陣営が、5月にダイレクトリマッチをせず、コットとの1試合挟むとなると、GGGも来年9月の再戦までに1試合リングに上がるでしょう。

では、GGGの相手が誰になるのか?WBC指名挑戦者のジャーマル・チャーロは、陣営が敬遠の意思を示していますから、まずありえません。カネロより速くて、強打のジャーマルは危険すぎます。

「今日の二人なら、ジャーマルはどっちでもいいからやりたいでしょう。僕でもそうです」。村田が言うように、一定の技術は見せたものの、今のGGGも、そしてカネロもこの階級で傑出した存在でないのは明らかです。

今日、ウィリー・モンローJr.相手に平凡に完勝、防衛に成功したビリー・ジョー・サンダースも「勝者と戦う」と明言していましたが、引き分けの結果を受けて、再び待機状態に戻るのは確実です。彼は、あくまで「地元英国でのミドル級最強決戦」に固執しているのです。

そうなると、我らが村田諒太です。GGGがジャーマルを回避して、カネロとの再戦に向けた前哨戦の相手に村田を選んだら応じるのか?

もちろん、エンダム戦の内容が圧勝なら、GGG陣営は村田も避けるでしょうが…。


【ユニオンジャックを翻し、涼しい笑顔を見せるロンドン五輪金メダリスト、ルーク・キャンベル。ボクシング人気沸騰の英国でも屈指のアイドルであることには、納得するしかありません。】

ああ、この贅沢な時間も、来週で、とりあえず、終わってしまいます。

大トリは23日。WBA、WBCダイアモンド、リング誌、ライト級の3つのベルトを賭けて、王者ホルヘ・リナレスと、ルーク・キャンベルが、カリフォルニアはイングルウッド、ザ・フォーラムで相見えます。

ケビン・ミッチェル、アンソニー・クロラと英国の人気者を明白な形で撃破、英国ではヒール役がすっかり板についたリナレスですが、今回は米国西海岸が舞台です。

オッズは、リナレス勝利が1.25倍、キャンベル4倍と、3−1〜4−1でベネズエラのスピードスターが有利と見られています。

しかし、今回の相手、キャンベルは侮れません。舞台が英国なら倒さなければ勝てない超人気者です。ロンドン五輪バンタム級(56kg級)では準決勝で清水聡を20−11で下すなど、金メダルを獲得。

リング誌が、米国以外の五輪特集でトップページに起用するなど、ハンサムなキャンベルはプロ入り前から注目株でした。

トレーナーはキューバのナショナルチームを指導していたホルヘ・ルビオ。ギレルモ・リゴンドーやアミール・カーンといったテクニシャンが、この名伯楽の指導を仰いできました。

プロ戦績は17勝14KO1敗。唯一の敗北は、イーヴァン・メンディ相手に、WBCインターナショナル・ライト級王座の防衛に失敗したものです。がっちりプロテクトされていたキャンベルですが、5ラウンドにダウンを奪われた末のスプリットデジション、派手にダウンしてしまっては、最大の武器である地元判定も残念無念、機能しませんでした。

スピード、テクニック、経験ではリナレスが大きくリードしますが、愛嬌のある日本語を話すこのベネズエラ人は、典型的なグラスジョーの持ち主でもあります。

42勝27KO3敗、3階級で世界のトップを渡り歩いて、この輝かしい成績です。しかし、その3敗は、いずれも有利予想をひっくり返されての、痛烈なKO負け。

世界基準の武器は何一つ持たない凡庸なファン・カルロス・サルガドには1ラウンドTKO負け、エイドリアン・ブローナーに「スローモーション」と揶揄されたアントニオ・デマルコには99-91、98-92(二人)と圧倒的なリードをひっくり返されての11ラウンドTKO負け、6−1のオッズで負け犬のセルヒオ・トンプソンにも2ラウンドTKO負けと、いずれも明白な格下相手に、惨めな大番狂わせを食らっているのです。

トンプソン戦後は11連勝7KOですが、打てば倒れるアゴの印象は世界中のボクシングファンの記憶にこびりついています。


【ロンドン五輪バンタム級で期待通りに金メダルを獲得したハンサムなスーパースターを一目見ようと、ヴィクトリア女王広場には何と1万3000人の大観衆が詰めかけ、耳をつんざくルークコールが沸き起こりました。「英国が舞台なら倒さなければ絶対に勝てない」相手でしたが、今回は米国ザ・フォーラムのリングです。とはいえ、英国の人気者が米国でも大声援を集めることは、珍しくありません。9月23日のザ・フォーラムも、リナレスにとって厳しいアウエーになる可能性は十分考えられます。】

ベネズエラ人のリナレスも、GGG同様に、経済力のない母国から出て、Bサイドとして世界中を流浪する〝ボクシング・ジプシー〟です。

こんなことを口にするのは虚しいだけですが、エキサイティングな試合を演出する、この二人がメキシコ人だったら、どれほどの人気と報酬を獲得していたでしょう。あるいは、せめて日本人だったなら…。

ボクシングの世界は、他のスポーツ以上に理不尽や不条理が横行しています。GGGもリナレスも、王者にもかかわらずBサイドの扱いを受け、不利な条件や待遇を押し付けられてきました。

この理不尽と不条理を一言で表現するなら「ボクシングの世界は、彼らが勝ち残ることを求めていない」ということです。

彼らが陰湿で重厚なオセロをひっくり返して、Aサイドになるには、歴史上、唯一人、マニー・パッキャオがやってのけたように、何重にも包囲された理不尽や不条理の忌々しい障壁を、その二つの拳で、気持ち良いほどに木っ端微塵に打ち砕いていくしかないのです。

悲しいかな、リナレスはもちろん、GGGもその領域に踏み込むには、フィリピン人が披露した神がかり的な実力も、そして何よりも運、巡り合わせがあまりにも、恵まれていません。

それでも、世界が彼らの勝利を望まない中で、不公平に嵌められた重い足枷を引きずりながら戦う、彼らを、私は心の底から、声が枯れるまで、熱く熱く、応援していきます。

GGG!。判定に不満を見せなかったのは、素晴らしいスポーツマンシップだと感じましたが、同時に「判定まで行けばこういう事態もありうる」と覚悟を決めていた諦めと哀しさも伝わりました。ネバダ州のジャッジがどんなに腐った判定をしようが、あなたは明白に勝っていた!私の中ではあなたは38勝33KO、無敗、のままです。

ホルヘ、絶対に勝ってくれ!綺麗に舗装された線路の上を走ってきた、キャンベルを叩きのめしてくれ!そして、次こそメガファイト、ウクライナのハイテクか、マイキー・ガルシアだ!

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