Breez is Nice!

WBOインターナショナル・Jr.バンタム級タイトルマッチ。

◯王者:レックス・ツォー 7回終了負傷判定 ⚫︎河野公平

7ラウンド開始早々に、ツォーの腫れ上がった左頭部を診たリングドクターがストップ。このラウンドを10−10として、負傷判定へ。3者ともに68−66で地元の英雄を支持しました。

河野が押していた試合ですが、許容範囲内の地元判定ですね。1ラウンドのスリップがダウン判定なら、河野が勝っていたことになりますが、敵地香港、人気者のツォーと満員札止め8000人のサポーター相手では、明白に支配しないとポイントは与えられません。



リング誌で「世界で最も過保護なJr.バンタム級」と批判を浴びたツォーは、香港では「怠け者だった少年の成功物語」として、最も人気のあるスポーツヒーローです。

「大きな夢なんてなかったし、なりたい職業もなかった。ソファに座って一日中ビデオゲームをして暮らすことができればいいなと思って毎日を過ごしていた」。

そんな少年が、リングの上で生きるか死ぬかの打撃戦を繰り広げるのです。ボクシングに免疫のない香港の人々が、レックスに夢中にならない理由はどこにもありませんでした。

あざといトップランクのボブ・アラムは「次のパッキャオ」(何人目になりますかね?このフレーズ)と、DEF Boxing Gymとの共同プロモートに乗り出します。

Hong Kong Broadband Networkをはじめ、多くの香港企業からスポンサー支援を受け、WBO世界2位にまで上り詰めた30歳は、世界挑戦への前哨戦ととらえる今回の試合が、8−1のオッズに相反して、キャリア最大の試練と見られていました。

そして、その通りの内容となりました。


【判定を聞いたツォーは号泣。8000人の大観衆も、命拾いした英雄に大歓声を送りました。あの空気の中で、ツォーに判定勝ちするのは不可能です。】

〝The Wonder Kid〟の異名を持つ世界一の過保護が、井上に挑戦することはありえないでしょう。次戦は河野との再戦が濃厚です。

世界的評価はさておき、この香港生まれのサウスポーが、集客力、人気というバロメーターで、井上尚弥やローマン・ゴンザレスを凌駕し、英国のカリド・ヤファイに迫る存在であることは明らかです。

座間生まれのオーソドックスに、ぶっ倒して欲しいですね、香港で。

まぁ、ヤファイ同様、やってくれないでしょうね…。28日にはヤファイが、石田匠と防衛戦を行いますが、オッズは7−1、地元の英雄が安全な相手と戦う…ツォーvs河野と近似した構図です。ひっくり返さねばなりません。

IBF王者、ジェルウィン・アンカハスも井上戦を回避したのか、アイルランドでジェミー・コンランとの防衛戦を選択しましたし…。

いずれにせよ、井上がヤファイやツォーと戦うとなると、間違いなく遠征になりますが、敵地の大観衆を静まりかえらせるような戦慄のKO劇を見せつけて欲しいですね。

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

ボクシングマガジン:ファンにメッセージをお願いします。

竹原慎二:いや、別にないですけど…。ええ、そうですね、とりあえずがんばって勝ちますので、陰からでもいいですから応援してください。祈っておいて下さい。

今ほど、世界のボクサーのビデオが気軽に見ることが出来なかった時代です。

リング誌など米国メディアの目からは、ホルヘ・カストロは「稀代の穴王者」。

「カルロス・モンソン以来のアルゼンチン国籍の正統なミドル級王者はセルヒオ・マルチネス」という、現在の世界評価からは忘れられたカストロですが、日本人ファンにとっては「ミドル級に穴王者なんて存在しない」「カストロにパンチがないなんてありえない」としか思えませんでした。

大げさでも何でもなく、ミドル級は怪物たちが巣食う鬼ヶ島にしか見えなかったのです。

絶不調のカストロと、絶好調の竹原が激突したとしても惨敗しかない。

シュガー・レイ・ロビンソンの伝説、モンソンの強靭、マービン・ハグラーの凶暴、シュガー・レイ・レナードの眩しすぎる華やかさ…ミドル級は日本人が触れることはもちろん、近づくことも恐れ多い階級でした。

ミドル級、160ポンドという誇り高き、輝く大舞台から遠く離れた、ジュニア・ミドル級という日陰で、世界的に無名の選手とひっそりと王者を争うのが、〝重量級〟に対して日本人が出来うる最大の抵抗だったのです。


竹原の小学校時代はリトルリーグに所属して、キャプテンとして活躍。

中学校でも迷わず野球部に入ったものの、不条理な上下関係や、意味なく大声を張り上げることに嫌気がさして柔道部へ。団体戦で県大会優勝するも、勉強は全くできずに、素行は乱れ始めました。

不良グループに入って、中学生ながら暴走族のメンバーにも。そして、ケンカ三昧の日々。

野球よりも、柔道よりも、ケンカの強さ、才能が自分に備わっていることはすぐにわかりましたが、所詮はケンカです。社会では何の役にも立たないどころか、迷惑、犯罪行為です。

ケンカ自慢の少年の人生は蛇行します。高校受験は5校受けて、全敗。

中卒で働くしかなくなりました。土木作業員、吹き付け工員、印刷作業、防止工事…どの仕事も長続きしません。

15、16歳、同級生たちの姿はあまりにも眩しく、自分が惨めで情けなくて、どうしようもありませんでした。

中学時代から続く、悪い仲間たちとの関係は続いていました。

「自分も彼らも社会のつまはじきもの」だとわかっていましたが、だから、負け犬同士で傷を舐め合うしかありませんでした。

元プロボクサーの父親から薦められ、ボクシングジムにも入りましたが、厳しい練習に1ヶ月で逃げ出してしまいました。

ケンカなら誰にも負けない、そんな最後のプライドも、暴力団関係者とのいさかいで「事務所に連れて行くぞ」とすごまれた挙句に、下駄で殴りまくられて、木っ端微塵に打ち砕かれてしまいました。

「俺はなにをやってるんだろう」「真剣にボクシングをやろう」。



「東京でボクシングをやりたい」。

一大決心を打ち明けると、父親は同郷の宮下政会長が経営する沖ジムを紹介、大賛成してくれました。「広島の粗大ごみ」と笑った兄も喜んで応援してくれました。

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

1988年、単身上京。同郷の宮下政会長の沖ジムを訪ねた竹原慎二は衝撃を受けます。ジムが〝存在しなかった〟のですから。

沖ジムは当時、名前だけ、協栄ジムに間借りしていたのです。

しかし、当時の協栄は日本ボクシング界を牽引する活気にあふれていました。竹原が「鬼塚勝也さんが新人ながら注目され、日本王者クラスもいっぱいいて、とても刺激的だった」と回想しています。

確かに、練習相手にも苦労するミドル級で、日本王者の田島吉秋とスパーリング出来た竹原は幸運でした。

自信満々で臨んだプロテストはその通りに合格。

しかし、ミドル級が特別な階級であることは、東京に出てきたばかりの竹原にでも肌感覚で理解できていました。

「日本か東洋か、何かチャンピオンになりたいと思ってたけど、世界は全く意識できなかった」。

1987年、マービン・ハグラーがシュガー・レイ・レナードとのメガフィトに敗れて、王座は分散したものの、あの当時日本人がミドル級の世界王者になるなんてマンガにもならない現実離れした話でした。

自分よりも20㎝も小さな軽量級のボクサーたちが、軽々しく「世界王者になりたい」と語るのを聞いても、ミドル級の竹原は冗談でも「世界」を口にすることなど出来ませんでした。

あらゆるスポーツで歓迎されるはずの身長186㎝の恵まれた肉体は、ことボクシングとなると、重たい荷物に過ぎなかったのです。

実際に「日本王者になってから、かえって世界が遠く感じた」と言います。

かつて、日本人に身近だったJr.ミドル級もレナードがアユブ・カルレを屠った頃から、遠い存在になってしまいました。

竹原がプロテストに合格した頃のJr.ミドルは、ドナルド・カリーやジョン・ムガビ、ジュリアン・ジャクソンらが覇権を争う世界で、かつての日陰感はありませんでした。

ミドル級はもちろん、Jr.ミドルですら、周囲はもちろん、竹原本人も「世界は無理」と諦めるしかない世界に飛び込んでしまったのです。

それでも、日本王者、東洋王者と駒を進める中で、竹原の胸に負けじ魂の炎が灯ります。

実家で両親が経営していた焼き肉店で、酔った客が「ボクシングの日本王者なんて大したことない」とバカにするのを聞いて、普段温厚な母親が「あなたの息子は日本一になったことがあるのか」と激昂したという話も、竹原の耳に入ってきました。

「ミドル級で世界なんて絶対無理」。以前は、自身もうなずくしかなかった周囲の声が、いつのまにか腹立たしく聞こえるようになりました。

「絶対無理?だったらやってやろうじゃないか!」。

そして、時代と運も、竹原に寄り添うようになります。

ハグラー陥落でタイトルが分散しただけでなく、レナードのエゴと気まぐれ共にメガファイトの舞台もスーパーミドルに移行、IBF王者のバーナード・ホプキンスが統一戦線に乗り出すまで、ミドル級は液状化の様相を呈するのです。

そんな地盤沈下のミドル級で、格好のターゲットが現れました。

WBA王者のホルヘ・カストロです。

スピードとパワーを兼ね備えたWBC王者のクインシー・テーラー、後のレジェンドIBF王者のバーナード・ホプキンスと比べると何枚も格が落ちるカストロは「短命に終わる穴王者」と揶揄されながらも激闘と番狂わせを繰り返して、いつのまにか4度も防衛。

65%というKO率はこの階級では平凡ながらも、104戦98勝(68KO)4敗2分という、近代ボクシングでは考えられない試合数も不気味に映りました。

カストロはムラっ気があって、楽勝予想の今回は完全に舐めてかかってくる…楽観的観測が的中します。

ダブついた腹で計量を済ませたカストロの気だるそうな姿に、「デブには負けたくない」と竹原は一層の闘志をたぎらせました。



竹原はカストロを攻め落とした翌年、1996年のウィリアム・ジョッピー戦を最後にグローブを吊るしましたが、アルゼンチンの人間機関車は竹原に敗れた後も戦い続け、2007年まで走り続けました。

その戦績は、竹原戦からさらに40戦!も積み重ね、144戦130勝(90KO)11敗3分でリングを降りました。

竹原が沈めたアルゼンチン人は、世界評価がなんと言おうが、間違いなく強い王者でした。

そして、竹原が初めてミドル級を制したあの日から22年が経ちましたが、誰一人としてこの階級でベルトを巻くことが出来ていないのです。

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

ージョン・デビッド・ジャクソン、レジー・ジョンソン、あなたは薄氷を踏みながら世界王座を守り続けていますね?

「おい、何が言いたいんだ?」

ーミドル級の長い歴史上、最も幸運(弱い)な王者とも言われています。

「ジャクソン?ジョンソン?その試合で勝ったのは誰だ?」

ーあなたです。

「それ以上に大切なことがあるのか?」

ーしかし、あなたは以前にも増してトレーニングを休んだり、相変わらず体重管理も出来ていません。ミドル級のコンテンダーは全員、とにかくスローで、パンチもスタミナのないあなたと戦いたいと思ってます。

「だから?だから何だと言うんだ?まさか、私が日本人に負けるとでも?私は、以前より強くなってるんだ、ロイ・ジョーンズとの再戦に勝って、大きな業績を残して、(母国アルゼンチンの英雄)カルロス・モンソンのように王者のまま引退するんだ」。

ーもちろん、さすがに今回はあなたが勝つでしょう。しかし、IBFのバーナード・ホプキンス、WBCのクインシー・テーラーとは、何段階もレベルが落ちると見られています。

「ジャクソンやらジョンソンの試合前も、私が惨敗すると信じていたあなた方には、これ以上何も言うことはない。日本人に会うことがあれば、一言だけ伝えてくれ。『ミドル級は特別な階級だ。分不相応な夢を見てはいけない』、そう伝えてくれ」。


【リング誌で「分不相応な夢を見てはいけない」と大見得を切ったホルヘ・カストロは、日本のボクシングマガジンでも「竹原はおかしな夢を見てはいけない」と完全に舐めきっていました。】

今年5月20日の初戦に続いて、専門家予想・オッズともに有利と打ち出されてアッサン・エンダムとのダイレクトリマッチに挑む村田諒太と比較すると、日本人初の世界ミドル級王者の偉業を成し遂げた竹原慎二を取り巻く環境は、全く異質のものでした。

竹原の試合を深夜放送していたTBSは、絶望的な試合予想から放送そのものから撤退、テレビ東京が深夜録画放送するにとどまりました。

フジテレビが完全サポート、さらにNHKやテレビ朝日までもがドキュメンタリーの製作を続け、電通が大々的にマーケティングを請け負う、村田諒太とは、まさに雲泥の差です。

1980年代からボクシング凋落傾向が続いているとはいえ、まだ坂道を転げ落ちている途中だった竹原の1995年と、完全に底なし沼に沈んでいる2017年の村田、という市場背景まで考えると、両者の格差は悲劇を通り越して、喜劇のレベルです。

五輪金メダリストの超エリートの村田は、世界では「もし米国人やメキシコ人なら日本以上のスーパースター」と見られる才能です。一方の竹原が、典型的な叩き上げ、エリートと呼ばれる瞬間など1秒もない人生を送ってきました。

しかし。

ただ、一つだけ、現時点で言えることがあるとしたら、プロとしてのキャリアは世界王者の竹原が、ずっと上だと言うことです。

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

圧倒的に強いが、人気はない。弱い相手ばかりと戦っている。

ゲンナディ・ゴロフキンが背負っていた重い十字架を、下すときが、ついにやってきました。

2017年、誰もが認めるミドル級の強豪、WBA王者ダニエル・ジェイコブスを迎えての統一戦。この試合後に、高級時計メーカーHUBLOTが、GGGを親善大使としてシポンサー契約を結んだと発表しました。

そして、念願のメガファイト、カネロ・アルバレスとの対戦も正式決定。2010年に世界王者になってから7年、GGGを翻弄してきた潮目は確実に変わりつつあります。

しかし、この7年間でGGGは35歳になり、衰えの足音は確実に大きく聞こえてきました。

昨年のケル・ブルック戦ではスピードに戸惑い、力任せのフィニッシュにしか持ち込めませんでした。

ジェイコブスを仕留めきれないばかりか、相手の体格に手こずったのも、ミラクルマンが打たれ強いアゴを持っていたからではありません。

3年前のGGGなら、あれほどカネロを押し込めば、決定的なパンチを何発かはヒット出来たでしょう。

反射の衰えは明らかで、防御面では不用意なパンチをもらうシーンが増え、自慢の攻撃でもタイミングと精度に狂いが生じて、いわゆる当て勘が鈍ってしまいました。

来年5月6日に予定されているカネロとの再戦では、36歳になるGGGの劣化は進み、そのときまだ27歳のカネロは更に強化版となっているでしょう。

再戦でもジャッジは、人気者に追い風を送るでしょう。そして4人目のジャッジ「時計」もまた、カネロ贔屓の判定を下すことは間違いありません。

ジェイコブスを迎えるまで「一人も強い相手と戦っていない」GGGは、本人の責任では無いとはいえ、これまで歴史的な評価に値するレガシーを築くことが出来ていません。歴代2位の19連続防衛、階級記録の17連続KO防衛…いずれも内容の無い数字だけです。

快進撃を続ける無敵の選手を「負けるのが怖いから」と有力選手や人気選手が対戦を避けるなんて、他のスポーツではありえません。その選手が衰えるまで、対戦を引き延ばすなんてことはありえません。

そんなスポーツの根元に関わる最も重大な部分を歪めることが平気で許されてしまうのが、プロボクシングの世界です。


【カルロス・モンソンは幸せでした。一団体時代の名残で議論する余地の無い王者であったがゆえに、彼を倒さなければ王者になれない環境では、対戦相手は逃げることはできませんでした。】

リング誌2015年7月号で特集された「ミドル級最強は誰か?」。テディ・アトラスら「トレーナー」、ハロルド・レダーマンら「メディア」、ブルース・トランプラーら「マッチメイカー」、クレイグ・ハミルトンら「歴史家」の4部門の専門家が仮想対決の結果をもとに投票した企画で、当時全盛期のGGGは「ワイルドカード」で参加。

シュガー・レイ・ロビンソンが優勝、マービン・ハグラー、ロイ・ジョーンズ、カルロス・モンソン、ジェイク・ラモッタに続いて、GGGは6位に入りました。7位はバーナード・ホプキンス、8位ジェームズ・トニー、9位ニノ・ベンベヌチ。

しかし、この6位は現役選手にエールを送る、明らかなボーナスランキングです。何しろ、最も重要な「誰に勝ったのか?」という命題にはGGGは沈黙するしか無いのですから。

今、この企画があれば、GGGはホプキンスより上に行くことは無いでしょう。



来年5月、メキシコ最大のお祭り、シンコデマヨでカネロに敗れるようなら、GGGは「弱い相手とばかり戦って19度防衛した王者」として記憶されてしまうかもしれません。

ゲンナディ・ゲンナディビッチ・ゴロフキン。

偉大なカザフスタン人の名前が、理不尽なプロボクシングの仕組みの不憫な犠牲者として歴史に刻まれるなんて、受け入れがたいことです。

カネロに勝たねばなりません。3人のジャッジにも、時計にも勝たねばなりません。

そして、何よりも、不条理に腐敗したプロボクシング界の闇に、打ち勝たなければなりません。

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

↑このページのトップヘ