「彼が初めてジムに来た時、どうして聖歌隊のコーラスボーイがこんな場所に迷い込んだんだって思ったものさ。絶対にファイターでないと確信したんだけど、私の見る目がいかに頼りないかって事だな…いや、彼を知らない人に『この男は世界で最も凶暴なボクサーだ』と言っても、誰もが『ウソをつくなら、もっと上手くつけ』と笑われるのがオチだろう」
トレーナーのアベル・サンチェスが、ゲンナディ・ゴロフキンと初めて会った日の、あまりに有名なエピソードです。
ゴロフキンが、ユーラシア大陸のど真ん中、カラガンダで生まれた1982年、その広大な国は地球儀上ではカザフ・ソビエト社会主義共和国と呼ばれ、ソ連の衛星国家でした。
今、日本人建築家、黒川紀章が設計した〝未来都市〟として建設が進む有名な首都アスタナから南に240km、ユーラシア大陸の中心に鎮座するカザフスタンの、さらに中心部にカラガンダ州の州都カラガンダは位置しています。
そこは、世界屈指の地下資源を誇るカザフスタンでも、最も豊かな鉱山、鉱脈を要する地域でもあります。石炭、石油、天然ガス、マンガン、モリブデン、タングステン…日本から見ると羨ましいを通り越して、ため息をつくしかないほどの化石燃料と貴重な鉱物が量も質も、ここから毎日産出され続けているのです。
ソ連崩壊によって、1991年にカザフスタン共和國として独立、大きく揺れ動く母国で、未来のチャンピオンは多感な少年時代を過ごします。
炭鉱夫の父、この地に根付いた高麗人の子孫の母は、4人の子供の中でも最も気持ちの優しいゲンナディには、公務員になって静かで幸せな人生を送って欲しいと願っていましたが、その柔和な性格の少年はあるスポーツに傾倒していきました。
図書館で借りたシュガー・レイ・ロビンソンの伝記を読み耽り、TVではマイク・タイソンの躍動に夢中になるのです。
彼が9歳の時に亡くなったロビンソンが近代ボクシングの礎を築く物語は、米国から遠く離れた国に生きる少年にとってもクラクラするほど魅力的で、タイソンが戦う米国のリングは「僕もあの場所であんな風に戦いたい」そう熱望するしかないほど華やかで輝いて見えました。
カザフスタンの地方都市の少年が図書館で何気なく手に取ったロビンソンの伝記、ふとチャネルを合わせたときに現れたタイソンの姿…世界のボクシングファンにとっては、天啓としか言いようの無い偶然が、穏やかな少年の胸の奥、ずっと、ずっと奥の方に、小さな、しかし確かな情熱の炎を灯したのでした。
鉱物資源が豊富な国には、誰もが知っている宝石についてのことわざがあります。
「宝石は作ることは出来ない。出来ることは宝石の原石を磨く事だけだ」。
同じ事を、いみじくも、メキシコ人のアベル・サンチェスも語っています。
「素晴らしい選手を作る事は出来ない。出来るのは素晴らしい選手を向上させることだけだ」。
日本でよく言われる「千里の馬は常に有れども伯楽は常には有らず」とは、全く逆の考え方です。
初めてグローブをはめてシャドウボクシングをしたゲンナディに、コーチがかけた言葉が全てを物語っています。
「戦績は?私は君を知らないが、いくつかタイトルを取っているはずだな?」
ゲンナディ・ゴロフキンは、紛う事なき宝石でした。眩しすぎるアマチュア時代のキャリアは、彼を知る人たちにとっては、これっぽっちの驚きでもありませんでした。
世界選手権優勝、アテネ五輪銀メダルをはじめ、345勝5敗(諸説あり、実際には15敗前後の黒星があると見られています)とされる驚異的なアマチュア実績を残して、カザフスタン最大のスポーツヒーローに登り詰めます。
そして、2006年プロデビュー。ついに憧れのシュガー・レイ・ロビンソンの世界に足を踏み入れました。
「面白い試合を見せればアメリカは認めてくれる」。プロのリングは、希望に溢れていました。
強ければ、ファンが喜ぶ試合を見せれば、夢見たその国は、彼を抱擁してくれる、そう信じていました。
しかし、中央アジアの純真な青年の約束の土地、アメリカは、カザフスタン人ボクサーにとってはあまりにも遠く、冷酷な場所でしたが、それは、このときのゲンナディには知る由もありません。
トレーナーのアベル・サンチェスが、ゲンナディ・ゴロフキンと初めて会った日の、あまりに有名なエピソードです。
ゴロフキンが、ユーラシア大陸のど真ん中、カラガンダで生まれた1982年、その広大な国は地球儀上ではカザフ・ソビエト社会主義共和国と呼ばれ、ソ連の衛星国家でした。
今、日本人建築家、黒川紀章が設計した〝未来都市〟として建設が進む有名な首都アスタナから南に240km、ユーラシア大陸の中心に鎮座するカザフスタンの、さらに中心部にカラガンダ州の州都カラガンダは位置しています。
そこは、世界屈指の地下資源を誇るカザフスタンでも、最も豊かな鉱山、鉱脈を要する地域でもあります。石炭、石油、天然ガス、マンガン、モリブデン、タングステン…日本から見ると羨ましいを通り越して、ため息をつくしかないほどの化石燃料と貴重な鉱物が量も質も、ここから毎日産出され続けているのです。
ソ連崩壊によって、1991年にカザフスタン共和國として独立、大きく揺れ動く母国で、未来のチャンピオンは多感な少年時代を過ごします。
炭鉱夫の父、この地に根付いた高麗人の子孫の母は、4人の子供の中でも最も気持ちの優しいゲンナディには、公務員になって静かで幸せな人生を送って欲しいと願っていましたが、その柔和な性格の少年はあるスポーツに傾倒していきました。
図書館で借りたシュガー・レイ・ロビンソンの伝記を読み耽り、TVではマイク・タイソンの躍動に夢中になるのです。
彼が9歳の時に亡くなったロビンソンが近代ボクシングの礎を築く物語は、米国から遠く離れた国に生きる少年にとってもクラクラするほど魅力的で、タイソンが戦う米国のリングは「僕もあの場所であんな風に戦いたい」そう熱望するしかないほど華やかで輝いて見えました。
カザフスタンの地方都市の少年が図書館で何気なく手に取ったロビンソンの伝記、ふとチャネルを合わせたときに現れたタイソンの姿…世界のボクシングファンにとっては、天啓としか言いようの無い偶然が、穏やかな少年の胸の奥、ずっと、ずっと奥の方に、小さな、しかし確かな情熱の炎を灯したのでした。
鉱物資源が豊富な国には、誰もが知っている宝石についてのことわざがあります。
「宝石は作ることは出来ない。出来ることは宝石の原石を磨く事だけだ」。
同じ事を、いみじくも、メキシコ人のアベル・サンチェスも語っています。
「素晴らしい選手を作る事は出来ない。出来るのは素晴らしい選手を向上させることだけだ」。
日本でよく言われる「千里の馬は常に有れども伯楽は常には有らず」とは、全く逆の考え方です。
初めてグローブをはめてシャドウボクシングをしたゲンナディに、コーチがかけた言葉が全てを物語っています。
「戦績は?私は君を知らないが、いくつかタイトルを取っているはずだな?」
ゲンナディ・ゴロフキンは、紛う事なき宝石でした。眩しすぎるアマチュア時代のキャリアは、彼を知る人たちにとっては、これっぽっちの驚きでもありませんでした。
世界選手権優勝、アテネ五輪銀メダルをはじめ、345勝5敗(諸説あり、実際には15敗前後の黒星があると見られています)とされる驚異的なアマチュア実績を残して、カザフスタン最大のスポーツヒーローに登り詰めます。
そして、2006年プロデビュー。ついに憧れのシュガー・レイ・ロビンソンの世界に足を踏み入れました。
「面白い試合を見せればアメリカは認めてくれる」。プロのリングは、希望に溢れていました。
強ければ、ファンが喜ぶ試合を見せれば、夢見たその国は、彼を抱擁してくれる、そう信じていました。
しかし、中央アジアの純真な青年の約束の土地、アメリカは、カザフスタン人ボクサーにとってはあまりにも遠く、冷酷な場所でしたが、それは、このときのゲンナディには知る由もありません。
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