ボクシングマガジン:ファンにメッセージをお願いします。
竹原慎二:いや、別にないですけど…。ええ、そうですね、とりあえずがんばって勝ちますので、陰からでもいいですから応援してください。祈っておいて下さい。
今ほど、世界のボクサーのビデオが気軽に見ることが出来なかった時代です。
リング誌など米国メディアの目からは、ホルヘ・カストロは「稀代の穴王者」。
「カルロス・モンソン以来のアルゼンチン国籍の正統なミドル級王者はセルヒオ・マルチネス」という、現在の世界評価からは忘れられたカストロですが、日本人ファンにとっては「ミドル級に穴王者なんて存在しない」「カストロにパンチがないなんてありえない」としか思えませんでした。
大げさでも何でもなく、ミドル級は怪物たちが巣食う鬼ヶ島にしか見えなかったのです。
絶不調のカストロと、絶好調の竹原が激突したとしても惨敗しかない。
シュガー・レイ・ロビンソンの伝説、モンソンの強靭、マービン・ハグラーの凶暴、シュガー・レイ・レナードの眩しすぎる華やかさ…ミドル級は日本人が触れることはもちろん、近づくことも恐れ多い階級でした。
ミドル級、160ポンドという誇り高き、輝く大舞台から遠く離れた、ジュニア・ミドル級という日陰で、世界的に無名の選手とひっそりと王者を争うのが、〝重量級〟に対して日本人が出来うる最大の抵抗だったのです。
竹原の小学校時代はリトルリーグに所属して、キャプテンとして活躍。
中学校でも迷わず野球部に入ったものの、不条理な上下関係や、意味なく大声を張り上げることに嫌気がさして柔道部へ。団体戦で県大会優勝するも、勉強は全くできずに、素行は乱れ始めました。
不良グループに入って、中学生ながら暴走族のメンバーにも。そして、ケンカ三昧の日々。
野球よりも、柔道よりも、ケンカの強さ、才能が自分に備わっていることはすぐにわかりましたが、所詮はケンカです。社会では何の役にも立たないどころか、迷惑、犯罪行為です。
ケンカ自慢の少年の人生は蛇行します。高校受験は5校受けて、全敗。
中卒で働くしかなくなりました。土木作業員、吹き付け工員、印刷作業、防止工事…どの仕事も長続きしません。
15、16歳、同級生たちの姿はあまりにも眩しく、自分が惨めで情けなくて、どうしようもありませんでした。
中学時代から続く、悪い仲間たちとの関係は続いていました。
「自分も彼らも社会のつまはじきもの」だとわかっていましたが、だから、負け犬同士で傷を舐め合うしかありませんでした。
元プロボクサーの父親から薦められ、ボクシングジムにも入りましたが、厳しい練習に1ヶ月で逃げ出してしまいました。
ケンカなら誰にも負けない、そんな最後のプライドも、暴力団関係者とのいさかいで「事務所に連れて行くぞ」とすごまれた挙句に、下駄で殴りまくられて、木っ端微塵に打ち砕かれてしまいました。
「俺はなにをやってるんだろう」「真剣にボクシングをやろう」。
「東京でボクシングをやりたい」。
一大決心を打ち明けると、父親は同郷の宮下政会長が経営する沖ジムを紹介、大賛成してくれました。「広島の粗大ごみ」と笑った兄も喜んで応援してくれました。
竹原慎二:いや、別にないですけど…。ええ、そうですね、とりあえずがんばって勝ちますので、陰からでもいいですから応援してください。祈っておいて下さい。
今ほど、世界のボクサーのビデオが気軽に見ることが出来なかった時代です。
リング誌など米国メディアの目からは、ホルヘ・カストロは「稀代の穴王者」。
「カルロス・モンソン以来のアルゼンチン国籍の正統なミドル級王者はセルヒオ・マルチネス」という、現在の世界評価からは忘れられたカストロですが、日本人ファンにとっては「ミドル級に穴王者なんて存在しない」「カストロにパンチがないなんてありえない」としか思えませんでした。
大げさでも何でもなく、ミドル級は怪物たちが巣食う鬼ヶ島にしか見えなかったのです。
絶不調のカストロと、絶好調の竹原が激突したとしても惨敗しかない。
シュガー・レイ・ロビンソンの伝説、モンソンの強靭、マービン・ハグラーの凶暴、シュガー・レイ・レナードの眩しすぎる華やかさ…ミドル級は日本人が触れることはもちろん、近づくことも恐れ多い階級でした。
ミドル級、160ポンドという誇り高き、輝く大舞台から遠く離れた、ジュニア・ミドル級という日陰で、世界的に無名の選手とひっそりと王者を争うのが、〝重量級〟に対して日本人が出来うる最大の抵抗だったのです。
竹原の小学校時代はリトルリーグに所属して、キャプテンとして活躍。
中学校でも迷わず野球部に入ったものの、不条理な上下関係や、意味なく大声を張り上げることに嫌気がさして柔道部へ。団体戦で県大会優勝するも、勉強は全くできずに、素行は乱れ始めました。
不良グループに入って、中学生ながら暴走族のメンバーにも。そして、ケンカ三昧の日々。
野球よりも、柔道よりも、ケンカの強さ、才能が自分に備わっていることはすぐにわかりましたが、所詮はケンカです。社会では何の役にも立たないどころか、迷惑、犯罪行為です。
ケンカ自慢の少年の人生は蛇行します。高校受験は5校受けて、全敗。
中卒で働くしかなくなりました。土木作業員、吹き付け工員、印刷作業、防止工事…どの仕事も長続きしません。
15、16歳、同級生たちの姿はあまりにも眩しく、自分が惨めで情けなくて、どうしようもありませんでした。
中学時代から続く、悪い仲間たちとの関係は続いていました。
「自分も彼らも社会のつまはじきもの」だとわかっていましたが、だから、負け犬同士で傷を舐め合うしかありませんでした。
元プロボクサーの父親から薦められ、ボクシングジムにも入りましたが、厳しい練習に1ヶ月で逃げ出してしまいました。
ケンカなら誰にも負けない、そんな最後のプライドも、暴力団関係者とのいさかいで「事務所に連れて行くぞ」とすごまれた挙句に、下駄で殴りまくられて、木っ端微塵に打ち砕かれてしまいました。
「俺はなにをやってるんだろう」「真剣にボクシングをやろう」。
「東京でボクシングをやりたい」。
一大決心を打ち明けると、父親は同郷の宮下政会長が経営する沖ジムを紹介、大賛成してくれました。「広島の粗大ごみ」と笑った兄も喜んで応援してくれました。
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