カテゴリ: 採点について考える

オフィシャルは大差がついたが、この試合は僅差だった。私の採点では115-113。
ロマチェンコが序盤を情報収集に使うのはいつものことだが、今回はそれがより慎重でより長かった。

それが致命傷になった。

しかし、それを引き出したのはロペス。

最初の6ラウンドのうち5ラウンドはロペスが取った。第2ラウンドもロペスにする採点も不当ではない。

後半はロマチェンコがペースを握った。こうなると、これまでの対戦相手はロマチェンコが、撒いてきた餌に誘導され、深い沼に引き摺り込まれてしまった。

ロペスも何度か断崖に追い込まれそうになったが、ついに沼に落ちることはなかった。

長いブランクはロマチェンコのようなボクサーにとっては良いことは少ない。

ロペスは最高の状態だった。前日計量の日に朝食を摂るなんてキャリア初めてのことだったろう。

ロペスはスターではなく、スーパースターの入り口に立った。PFP1位に勝ったのだから、そこのスポットもありうる。

テオフィモは若き日のロイ・ジョーンズを彷彿させる。

135ポンドにとどまるメリットは多くはない。この階級のタレントは決して魅力的とはいえない。

ロマチェンコとの契約に再戦条項がないのだから、もっと注目を浴びるスーパースターにふさわしいクラスに上げるべきだ。



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テオフィモ父も「Teofimo Sr Wants Lopez To Move Up To 140 」と、さらにレベルと人気が上がるジュニアウェルター級のステージを目指す構えです。

現時点のテオフィモのスタイルは「階級の壁にぶち当たる典型」にも見えますが、果たして? 
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この試合は、最初から難しい問題を孕んでいました。

「スター誕生を我々は目撃することになる」(ボブ・アラム)

「テオフィモとトップランクからリクエストされたからフランチャイズ王座を懸ける」(マウリシオ・スライマン)。

「テオフィモの入場背景にはロベルト・デュランを配した。彼が何者なのかをわかりやすく伝えるために」(ESPN)。

リングの中は真剣勝負です。しかし、リングの外は〝カネロ〟で掘り固められてました。

32歳のウクライナ人が、23歳の人気者に勝つには「12ラウンド目一杯を使って戦う」なんて悠長なことを考えていてはいけなかったのでしょう。

キャンプから「判定では勝てない」と覚悟を決めるべきでした。

「ロペスの勝ち」もありの内容でした。ただ、119−109/117−111は無い。

boxing scene.comの116−112は文句はありません。↓

攻勢に重きを置けば、この採点になります。
Round123456789101112Total
Lomachenko9999999101010109112
Lopez10101010101010999910
116



ただし「ジャブと精度」を重視し、空振りは「コントロールされている」と見なされるはずのラスベガス採点では、116−112もありえません。

しかも、ラスベガスでは特に評価されない「ボディショット」も明らかにポイントにつながっています。

パンチスタッツはパワーパンチの手数でロペスが659発中183発をヒット、精度28%。

ロマチェンコは半分以下の321発を放ち、141発と44%をヒットさせました。特に、前半の手数の少なさは、失点を重ねる過剰な警戒でした。

カネロ・アルバレスやテオフィモ相手に公平なスコアリングが期待できないことを、百戦錬磨のウクライナ人は失念していたのでしょうか。
boxing-Vasiliy_Lomachenko_vs_Teofimo_Lopez_action5

Punch Stats
PUNCHESLOMACHENKOLOPEZ
Total landed141183
Total thrown321659
Percent44%28%
Jabs landed6335
Jabs thrown149295
Percent42%12%
Power landed78148
Power thrown172364
Percent45%41%
-- Courtesy of CompuBox
lopez-lomachenko-compubox-punch-stats
「前半は彼が取っただろうが、後半はほとんど私がラウンドをピックアップしたはずだ。今は故郷に帰ってラスベガスで受けた仕打ちについて考えたい。こんな採点は到底受け入れがたい。これでは今夜の私は判定では絶対勝てなかったってことだ。そうだろう?」(ロマチェンコ)。

…酷い話ですが、その通りです。

「予想もしてなかった」というなら、ロマチェンコがお花畑なだけです。

不利予想の逆風の中で、ウェルター級の強豪と戦うなら、ウクライナ人でも強烈な応援を集めることができたでしょう。

「ライト級は大き過ぎる」「ジュニアライトに戻る選択肢もある」…。自分がベストパフォーマンスを演じられる場所で戦うことは、どんなスポーツでも当たり前ですが、米国リングでスターダムの頂点に登りたいなら話は全く変わってきます。

ライト級で引き返すようでは、そこまでです。

そして、自分が勝手知ったる港湾から出ないのも素晴らしい生き方の一つですが、その港湾は米国の所有物です。そこで、米国が贔屓する人気者と争うのに、公正な採点を期待するならバカもいいところです。 

パックメイが斜陽してからPFPキングの座に就いたのはローマン・ゴンザレス、ゲンナディ・ゴロフキン、ロマチェンコでしたが、彼らはキングにふさわしい人気や待遇を受けることができませんでした。

軽量級のロマゴンは論外にしても、異邦人は米国のリングでは正当に扱われません。

そこで、文句を垂れても始まりません。

最初っからわかってたことです。

異邦人が米国から人気と待遇を強奪するには、方法はたった一つしかありません。

圧倒的不利の予想が立てられたスター選手との戦いに勝ち抜くことです。

GGGがアンドレ・ウォードやセルゲイ・コバレフに挑戦していたら、そして劇的な勝利を収めていたら、米国のボクシングファンでもカザフスタンの英雄だけでは終わらせません。

ロマチェンコでも「マニー・パッキャオに勝てる」と口先だけでなく実行していたら、今頃テオフィモごときと戯れあっていなかったはずです。 

もちろん、自分の部屋から出ようとしなかったGGG やハイテクの選択はきっと正解だったのです。

ぬくぬくとした部屋から出てたら、きっと凄惨な敗北を喫していたでしょうから。

カネロやテオフィモにおかしな判定を突きつけられて文句が言えるだけ、きっと幸せだったのです。 
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今日10月10日は何の日?

「体育の日」だと思ってました。

しかし、今年から「体育の日」は「スポーツの日」に名称が変わり、10月の第二月曜日に設定されました。

そして、五輪イヤーの今年は、「スポーツの日」を開会式の7月24日に前倒しすると昨年12月27日に内閣官房 東京オリンピック競技⼤会・東京パラリンピック競技⼤会推進本部事務局から発表されていました。

「スポーツの日」は聞いたことがありましたが、7月24日に前倒されたこと、10月の第二月曜日ということは、いまの今まで、知らなんだ。

だから、今日は「体育の日」でも「スポーツの日」でも無いのです。

では、今日10月10日は何の日でも無いのか!と思いきや、スーパーの鮮魚売り場でこんなものを発見。
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日本かつお・まぐろ漁業協同組合によると…。

▶︎今から1300年ほど昔の奈良時代に、山部赤人(やまべのあかひと)という歌人がいました。この山部赤人が、西暦726年(神亀3年)の10月10日に、奈良の大仏を建立したことで有名な聖武天皇(しょうむてんのう)のお共をして兵庫県の明石地方を訪れたときに、まぐろ漁で栄えているこの地方をたたえて読んだ歌が残っています。

この山部赤人の歌は、日本人とまぐろの深いかかわりをしのばせる、昔から有名な歌で、山部赤人がこの歌をよんだとされる日にちなんで、毎年10月10日は「まぐろの日」とされています。▶︎


ということでした。

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「きょうの今まで知らなんだ」的な話としては 、有斐閣から発行されている「ジュリスト」誌が、かつて月2回発行だったのが、ずいぶん前から月刊誌になったようです。

先日、仕事先の方との雑談で、話題になったのですが、そんなことも知らなんだ…。

大学生や法律関係のお仕事に就いていないと、馴染みの薄い雑誌ですが、時代の先端を捉える判例紹介誌は非常に興味深く、もはや法律とかは関係なく夢中で読み耽ったものでした。

この事件がどう裁かれたか?を透明なカメラレンズだけを通して精査してゆくのが物語としても面白いのです。

裁判も、そこに至る事件も人間同士の摩擦によって引き起こされるものです。

そこには、ドライで断片的な証拠や事実関係だけでなく、生々しか脈動する人間関係を見つけ出す「情状酌量の余地」が蠢いており、それが判決に少なからず影響を与えるフェイズは、まさにドラマのクライマックスに他なりません。

 

そんなジュリスト誌の名解説のように、ボクシングの判定を考察したいと始まった、発作的突発シリーズも今日で5回目。

前置きが長くなりましたが、日本時間のお昼に行われたエマヌエル・ナバレッテvsルーベン・ビラ。

序盤に2度のダウンを奪ったナバレッテが支配していた内容でしたが、中盤からビラがボクシングに徹底して「どちらが科学的か?」という訳のわからない物差しが持ち出されたのか、二人のジャッジは114−112とわずか2ポイントしか25歳のメキシカンにアドバンテージを与えませんでした。

もう一人も115−111で、ナバレッテが5つのラウンドを失ったと見ました。

Boxing News24は113−113とドローとスコア、ダウンが一度だけならビラが勝っていたという見立てです。

Punch Stats
PUNCHESNAVARRETEVILLA
Total landed163131
Total thrown674607
Percent24%22%
Jabs landed3273
Jabs thrown257372
Percent13%20%
Power landed13158
Power thrown417235
Percent31%25%
-- Courtesy of CompuBox


Boxing News24は113−113とドローとスコア、ラウンドでは7−5でビラ、ダウンが一度だけならビラが勝っていたという見立てで「ナバレッテはアントニオ・マルガリートの劣化縮小版」と突き放してもいます。

さらに「このユナニマスデジションは驚くに値しない。なぜならトップランクがスターにしようとしているナバレッテは負けないようになっている。KOされない限り彼は負けない」とも。

He’s the guy that Top Rank is trying to turn into a star, and he wasn’t going to lose unless he was knocked out.

Boxing News24の見立ては、行き過ぎです。これを「議論を呼ぶ判定」とは誰も言いません。

ただ、私の目とラスベガスのジャッジはやはり乖離が特に大きく感じました。

これは①攻勢を評価する日本的な見方と②ジャブを評価するラスベガス、の差です。さらに「トップランクの陰謀」ではなく、ESPNの解説もナバレッテ圧勝を煽る内容で、バイアスになったかもしれません。
スクリーンショット 2020-10-10 16.59.30
「フェザー級でもあなたは強かった」。「パワーパンチの命中数の差は131−58でビラを圧倒」。「ナバレッテの131発のパワーショットはビラの全ヒット数と全く同じ数字だった」。


パンチスタッツではパワーパンチで大差がついたのと裏返しに、ジャブのヒット数では32−73とダブルスコア以上でビラに軍配が上がっています。

「ボクシングはSweet Science」。しかしそれをあまりにも短絡的に捉えているのは納得できません。

空振りを厭わずブンブン振り回す攻勢は科学から程遠いから、減点対象にもなっているのかもしれません。

両者ともに決定打がなければ、攻勢を続けるファイターよりも、効果のないジャブを下がりながら打つスタイルにポイントが流れる傾向があるようにも思えます。

ブンブン振り回すのは科学的じゃなく、臆病にジャブを突いて後退するのが科学的…。ボクシングは格闘技です。格闘技における科学は、そんな薄っぺらいものじゃないでしょう。

現行のスコアは10−10を付けることを極端に嫌う傾向も問題です。

どちらにも振れない微妙なラウンドを10−10にしていれば今日の試合はもっと現実に即した採点結果になっていました。

10−10がほとんど付けられないこと、10−9の幅が大きいことの問題は明らかです。これは、10−9の中に実は多くの「10−10」が紛れ込んでいることが原因です。

また、2度のダウンを取るなら1ラウンドにまとめる(10−7=3ポイント)よりも、別々のラウンドで取る(10−8*2=4ポイント)方が得、というのも訳がわかりません。

もちろん、必ずしもジャブを評価しない「カネロのラスベガス採点」は黒い疑惑を抑えきれませんが、ジャッジに特別な思惑があるということは事実が発覚しない限り論じるべきではありません。

そして、ジャッジの仕事が〝免許更新〟などの研修・試験が課せられない永久就職であることは、もっと深刻な問題かもしれません。
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ネバダ州アスレティック・コミッション(NSAC)は「NFLやMLB、NBA、プロテニスで導入されている微妙な判定でのビデオ再生を活用する」と発表しました。

NSACの文書からはボクシング以外の格闘技にも適用されるかどうかは不明ですが「ニュートラルコーナーに座ったビデオ再生専門のオフィシャルが主審の支持を受ける形で反則行為や、ダウンかスリップか、カットの原因がパンチかヘッドバットかをビデオ再生で最終判断を下す」というものです。
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これまでもテスト的に取り入れてきましたが、その検証期間が終わり、本格導入に向けて動き出したということです。

NSACの責任者ボブ・バーネットは「試合の流れを止めない」としていますが、どのスポーツにもない「ラウンド&インタバル制」の縛りの中で、ビデオ判定の時間が「流れを止めない」のは不可能に思えます。

インタバルの間にビデオ検証し、判定が覆った場合だけ随時アナウンスする、というのが考えうる最もスムースなスタイルですが、難しい問題を孕んでいます。

アンドレ・ウォードvsセルゲイ・コバレフ第2戦のフィニッシュはローブローでしたが、あれはレフェリーがストップしたあとにビデオ検証で判定が覆り「反則負け」になるのでしょうか?

それとも「減点」で、終わったはずの試合がコバレフに休息時間が与えられて再開になるのでしょうか?

コンビネーションの流れの中で当たってしまった、試合の帰趨に影響が無いように見えるラビットパンチも反則打になるのでしょうか?

世知辛い話です。

VARによって、サッカーの世界では「マラドーナの神の手」を目撃する僥倖は永遠に奪われました。もちろん、それで多くのつまらない誤審が正されるのは良いことなのですが…。

バーネットは「NFLが1976年に導入したときも喧々諤々だった。我々も試行錯誤しながら、ボクシングに適応したビデオ再生判定を進化させ、ファンが納得出来る判定を生み出す一助にしたい」と語っています。

その通り、その通りなんですが、ボクシングの場合はまず明らかに判断能力が欠落したレフェリーやジャッジのリストラと、より正確な判断を下せる人材の養成の方が急務です。

ボクシングにおける不可解な判定の最大の原因は、ビデオ判定導入以前の段階に存在しているのです。
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大きな議論を呼んだとは言えない昨年11月7日の「井上尚弥vsノニト・ドネア」でしたが、1ポイントしか差を付けなかった1人のジャッジのスコアリングは、十分に議論を呼ぶものでした。
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最初にオフィシャルの採点を振り返ります。

3者ともIBF王者・井上を支持しましたが、ルイージ・ボスカレリが116−111、オクタビオ・ロドリゲスが117-109 とスコア。

いわゆる〝ラウンド表示〟だと8−4か7−5、116−112 or 117-111という明白な勝利です。しかもドネアにダウンがあったので、現実の採点はボスカレリが116−111。

第5ラウンドも井上の10−8としたロドリゲスは117−109とさらに大差がつきました。
IMG_3939
ボクシングマガジンから〜Luigi Boscarelliを「ポスカレッリ」としているのはご愛嬌。注目は大外のホイルです。

そして問題のロバート・ホイルは114-113。あの試合を、もし11ラウンドのダウンがなければドローと見たのです。

次に、CompuBox です。人間が視認で前の手(ジャブ)と後ろの手(パワーパンチ)で測定しているCompuBox が現実の試合内容と懸け離れた数字になってしまうことがあるのは当然です。

ただ「その通り!」というスタッツも少なくありません。 

今回は「やっぱりスタッツは無意味」と「現実の試合を反映している」というCompuBoxの二面性が出ました。
スクリーンショット 2020-06-08 22.19.09
CompuBox をジャッジにすると、まずラウンド別」で井上がとったのは1、2、3、4、5、6、7(このラウンドは着弾で一発だけ上回るも手数は30−50で負けていました)、10、11、12の合計10ラウンド。ドネアが着弾数で上回ったのは8、9の2つのラウンドだけ。

CompuBox では10−2、118−110。ダウンがあるので118−109と一方的なスコアになります。

もちろん、日本のボクシングファンでもこのスコアがリングで起きた現実を反映していないことは認めるでしょう。

次に「トータル」ではなく「パワーパンチ」に絞って各ラウンドの着弾を比較すると、全くの逆目が出ます。

井上が取ったのは1、4、5、6、10、11、12の合計7ラウンド。ドネアは2、3、7、8、9の合計5ラウンドを取りました。7−5の115−113、ダウンがあるので115−112。

「CompuBox」と「パワーパンチ」という怪しい二つのフィルターを通すとスコアはかなり接近しました。

さらに「パワーパンチ」での第1ラウンドは井上が14発中8発着弾、ドネアは19発中7発着弾とほとんど互角。このオープニングラウンドを手数で評価するとドネアになり、6−6の114−114でダウンを反映して114−113。

なんとホイルのスコアに一致しました。

ただし「CompuBox は数字遊び」「あくまで参考資料」という大前提から離れてはいけません。

あの試合、確かに井上が窮地に追い込まれる場面もありました。しかし、12ラウンドを振り返って「ダウンが勝敗を分けた」と見るホイルは、やはり「別の試合を見ていた」(リング誌)と言わざるをえません。

そして、CompuBox の 12ラウンド総計(Final Punch Stat Report)。

「トータル」で井上が227着弾/628発射(36.1%)、ドネアが141/605(23.3%)。「ジャブ」で井上が111/336(33%)、ドネア42/329(12.8%)。「パワーパンチ」で井上116/292(39.7%)、ドネアが99/276(35.9%)。

トータルスタッツでは、試合に非常に近い現実が浮かび上がりました。

井上は手数ではやや優勢でしたが、着弾数で明白に上回りました。つまりパンチの精度でドネアを引き離したことをトータルスタッツは雄弁に物語っています。

「一面的な戦い方しかできない不器用な一発狙いのドネア」は、埼玉の大会場でも、何の進歩もありませんでした。

36歳のドネアが経験不足で無骨な若者のように戦い、26歳の井上がドネアのパワープレーに巻き込まれる土俵際で冷静に踏みとどまったーーそれがあの試合でした。

大方の予想を大きく裏切る展開になったあの試合は、老練な井上が、相変わらず円熟出来ないドネアをなんとか振り切った軽量級史に残る〝年齢以外でも対照的な世代対決〟でした。




******* …こんなん書いてないで、早く試合が見たいです。。。
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1992年12月11日。東京都体育館。WBA世界ジュニアバンタム級タイトルマッチ12回戦。

「タノムサクに勝てて…」。
 
2度目の防衛戦で明白な勝利を収めた鬼塚勝也が感極まって口にしたのは、撃退したばかりのアルマンド〝モンストゥルオ〟カストロの名前ではなく、8ヶ月も前に戦ったタイ人の名前でした。

この思い違いは、苛烈な激闘の直後で頭の中が真っ白になっていたために思わず口をついてしまったからでしょう。

そうです。

無意識の中からでも深層心理から、その姿が浮かび上がってしまうはどまで…22歳のストイックな若者の心の底の深い深い場所にタノムサク・シスボーベーが悪霊のように取り憑いていたのです。

もし、あのときスパンキーな九州男児がタフなタイ人に勝たなければ…ボクシングファンは引き続きの純白で真っ直ぐな声援を彼に対して送っていたはずです。何の惜しみもなく。

しかし、鬼塚は勝ってしまったのです。 

あの試合で自身も受け入れていたであろう「敗北」という結果に終わっていたなら、鬼塚もまた、心の深層に悪霊が棲みつく部屋など作る必要もなく、その後のキャリアを純粋に目の前にいる敵を倒すことだけに集中出来たでしょう。

最強の挑戦者と謳われたアルマンド・カストロとの防衛戦は、単なる試合を越えた、鬼塚にとって、ボクサーではなく、人間としての尊厳を賭けた戦いでした。

すなわち、心の奥底に取り憑いて離れない悪霊を抹殺する悪魔祓いの儀式でした。
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鬼塚勝也を語るとき、この悪霊が取り憑いた試合(1992年4月10日:東京都体育館/WBA世界ジュニアバンタム級王者決定戦12回戦)の以前は、彼が実力と人気を兼ね備えた時代を彩るホープだったことも思い出さなければなりません。

辰吉丈一郎とピューマ渡久地、そして鬼塚勝也。プロ入り前から「日本ボクシングの未来」と嘱望され、強敵の日本王者を期待通りに撃破して階段を登った〝平成三羽ガラス〟。

しかし、3人に向けられた真っ直ぐに明るいスポットライトはある日、突然、暗転してしまいます。

辰吉は頑丈なだけの凡庸極まるメキシカンに惨敗し、誰もが信じていた才能の限界を露呈。渡久地は、当時すでに世界王者よりも強かったであろうロシア人からまさかの敵前逃亡。

しかし、鬼塚のケースは辰吉の「実力」でも渡久地の「素行」でもない、自己責任とは全く違う原因によって舞台照明が暗転してしまうのです。

1992年の4月10日と12月11日。タノムサク戦とカストロ戦、その間はたったの6ヶ月、243日でした。

多くのファンは「もっと、もっと長かったはず」と感じているのではないでしょうか。その時間の意外なほどの短さには、驚くしかありません。

逆に言うと、4月10日に鬼塚が背負ったのは、そんな短い時間で簡単に〝贖罪〟できるような種類の十字架には見えなかったのです。



1991年12月にカオサイ・ギャラクシーはWBAジュニアバンタム級王座を19連続防衛して引退。空位となった王座を巡って、鬼塚とタノムサクが拳を交えました。

このとき、23歳の鬼塚は18戦全勝16KO。5歳年上のタノムサクは37勝21KO2敗。

タノムサクの2敗は、スプリットデジションで東洋太平洋フライ級王座を奪われた敵地・加古川での松村謙一戦と、1階級上のWBAバンタム級王者ルイシト・エスピノサに挑戦した世界戦。

4月10日の東京体育館に12ラウンド終了のゴングが鳴ると、タノムサクは勝利を確信して両手を挙げ、鬼塚はがっくりと肩を落とし下を向きました。その通りの内容でした。

判定が読み上げられる前に大観衆は席を立ち、家路に急ぎました。「鬼塚も頑張ったけど負けた」「タノムサクは強かった」。

しかし、リングアナウンサーが「勝者、赤コーナー」と告げると、場内は騒然。席を立った観客も足を止めます。

三者一致の判定勝ちでしたが、ジャッジペーパーのスコアは115−114が2人、116−114が1人。計ったようなレイザーシン・デジション(カミソリ1枚の差)でした。

歓喜から一転、失望の大きさに泣き出しそうな顔のタノムサクに観客は拍手を送ります。「わかってる、勝ったのはお前だ」。

NHKの朝ドラ撮影のため大阪から駆け付けた香川照之も、一緒に観戦した牧瀬里穂から「ボクシングって八百長あり?」と聞かれて悔しい思いをしたと語っています。



奇妙な判定によってボクシングへの不信感が増幅されることは、残念ながら珍しい事件ではありません。

その奇妙は判定は多くのケースで、Aサイドに有利に作用します。

そして、理不尽な判定よりもさらに理不尽なことが事件に引き続いて巻き起こるのが常です。

ファンが自信満々の正義の剣を振り回し始めるのです。

その矛先が向けられるべきは、利権で動く承認団体に代表されるボクシング界のシステムのはずですが、なぜかファンの目にはそれが見えないのです。

それどころか、事件を引き起こした〝実行犯〟のジャッジですら、奴らには見えていないのです。

そんな正義を騙る狂人たちは、あろうことか、勝ち名乗りを受けたボクサーにその牙を向けるのです。 

カネロ・アルバレス や亀田興毅は〝21世紀の鬼塚〟です。

鬼塚の深層心理に取り憑いた悪霊の正体は「理不尽な判定の恩恵を受けてしまった罪悪感」ではありません。彼には贖罪の必要など1ミクロンもありません。

それでも鬼塚がリングの上で〝贖罪〟しようとした悪霊の正体は、これ見よがしに欺瞞の剣を振り回す、私たちボクシングファンでした。



タノムサク戦から243日。1992年12月11日。有明コロシアム。

キャリア初のアンダードッグのオッズを受け、ランキング1位の Monstruo(怪物)に鬼塚は真っ向勝負を挑みます。

このとき、鬼塚が戦っていた真実の相手はカオサイからダウンを奪った強打のメキシカンではありません。

もしカストロと戦っていたのなら、最終回に相手陣営も「ダウンじゃダメだ、眠らせる(完全KO)するしかない」と認めた大量リードを大切に守る戦術を取るはずです。

しかし。
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12ラウンド開始ゴングと同時に、スプリンターのようにコーナーを飛び出したのは鬼塚でした。 

「正直に生き、正直に戦う」。

119−108/119-108/118−111。第1ラウンドにカスロトの右フックで防戦一方となったシーン以外は、チャンピオンの熱い闘志がカストロを押し込みました。

鬼塚は深層に巣食っていた悪霊も、見事に焼き祓ったはずです。




しかし、悪霊の正体はファンの性根にこびりついた「欺瞞の正義」です。きっと、また別の事件を目撃したとき、私たちは正義を騙って、狂気の牙を選手に向けるのでしょう。



*******

現在、鬼塚はアーティストとして「FIGHTING ART」という元ボクサーの血が流れているような世界観を創り上げています。

どの作品も鬼塚らしい、です。

正直に生き、正直に戦っています。

けして微笑ましいタッチの絵ではない気がしますが、なんだか、なぜだかわかりませんが、見ていると微笑んでしまう柔らかさがあります。
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◉ミッシングリンク【Missing Link】…本来あるべき連続性の欠落した部分。系列を完成するのに欠けているもの、失われた環。生物学では、進化の過程で当然存在したはずの種の化石がまだ発見できていない場合などに使われる。
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日本人の世界王者が制覇した階級は、ストロー級からミドル級までの13階級に渡る12階級になります。

13階級に渡る12階級。そうです「連続性の欠落した階級」「系列を完成するのに欠けているも階級」が存在するのです。 

最初のストロー級から10番目のジュニアウェルター級まで綺麗に順番に連続しているのに、その次は12番目のジュニアミドル級にジャンプしてしまうのです。 

最初のストロー級から藤猛や浜田剛史、平仲明信が極めたジュニアウェルター級と、輪島功一ら4人(石田順裕はWBA暫定)がチャンピオンベルトを腰に巻いたジュニアミドル、その間にあるはずのウェルター級がすっかり抜け落ちているのです。

これがジュニアバンタムやバンタム、ジュニアフェザーなら「たまたま獲れていないだけ」で説明がつくでしょう。

あるいはスーパーミドル級やライトヘビー級なら「日本ランキングも存在せず、日本人には重すぎる」という言い訳も成り立つでしょう。

しかし、より重い154ポンドと160ポンドを制圧しているのに「147ポンドのウェルター級は重すぎる」という理屈は通用しません。

欧米、特に米国でスター選手が集中するウェルター級は、超人気階級であるがゆえに、日本人に与えられるチャンスが極端に少ない、というのは確かに事実です。

実際に、日本の147パウンダーで世界の舞台に立ったのは辻本章次、龍反町、尾崎富士雄(1988年/1989年)、佐々木基樹とたった4人だけです。

辻本はピピノ・クエバス、龍反町はカルロス・パロミノと超一流王者に粉砕されました。

しかし、二人が挑戦した70年代もウェルター級のレベルは高かったとはいえ、当時はまだ「ボクシング=ヘビー級」の時代。

ウェルター級は米国で「No.1の超人気階級」とは言い切れない「人気階級の一つ」でした。

そんな、one of them だったウェルター級でしたが…。

モハメド・アリの引退、モントリオール1976で金メダル(ライトウェルター級)を獲得したシュガー・レイ・レナードがプロのリングを席捲した80年代に、147ポンドはヘビー級を凌ぐ超人気階級に躍り出ます。

つまり、私たちが襟を正して仰ぎ見るウェルター級に挑戦したのは尾崎と佐々木(2009年)の2人ということになります。




前置きが長くなりました。

もし、あのとき尾崎富士雄が勝っていれば…。

1988年2月5日、ニュージャージー州アトランティックシティ・コンベンションセンター。

今も昔もそして未来もきっと必ず暗愚であり続けるドナルド・トランプが、ボクシング界でも軽蔑の視線を浴びていた時代です。

それでも〝馬鹿は死ななきゃなおらない〟トランプは一瞬の刹那とはいえ、ラスベガスから東海岸へ強引にリングのスポットライトを転換することに成功していました。

そうです。当時はアトランティックシティが同じ東海岸のニューヨークはもちろん、ラスベガスよりも鮮烈な輝きを放っていたのです。

その華やかなリングのメインイベントに、日本人が上がり、議論を呼ぶ判定で勝利を盗まれてしまったのです。

尾崎は、セミファイナルにマーク・ブリーランド!前座にロベルト・デュラン!!を従えるビッグイベントのリングにメインイベンターとしてコールを受けます!

「Massive Upset!(大番狂わせだ!)」。HBOで解説と非公式のスコアながら、多くの人が共感する採点でファンも多いハロルド・レダーマンが、試合終了のゴングと同時に「尾崎の勝利」と叫びました。

レダーマンの採点は7−5(115−113)で尾崎。
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尾崎の勇敢なアタックにスターリングは何度もピンチに陥りました。
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まさかの勝利に感極まるスターリングにギャンブルシティの大観衆は容赦ないブーイングを浴びせました。

しかし、読み上げられたオフィシャルは118−110/117−114(4つのラウンドを10−10とスコア)/117−112)のユナニマスで王者マーロン・スターリングを支持。

レダーマンの「信じられない!」という怒りの声をかき消す大ブーイングがスターリングに浴びせられます。

ありえない判定。 


しかし、それも、またボクシングです。

それにしても…。 

もし、アトランティック・シティの観客と世界中のボクシングファンが目撃した通りの、そんな納得できる判定が下されていたら?

日本人はストローからミドルまで、13階級の世界王座を連続性を維持してコンプリートしていたことになります。 

本来あるべき階級が欠落することなく、13階級の系列は13の王者たちが就く玉座によって、何の忘れ物もなく、美しく完成していたはずでした。
 

あの日のおかしなジャッジがなければ…。

多くの中距離走者の挑戦を退け、人類の限界と信じられていた「1マイル4分」をロジャー・バニスターが突破した途端に、多くの選手が雪崩打って壁を突破した〝バニスター現象〟まではいかなくとも、尾崎に触発されて、その後2人か3人の世界ウェルター級王者が続いていたかもしれません。

32年前の1988年2月5日。ボードウォークに吹く潮風は、尾崎と日本のボクシングファンにとって、あまりにも不条理で冷たいものでした。
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本当なら今頃、明日のIBF/WBA世界バンタム級タイトルマッチ井上尚弥vsジョンリール・カシメロをわくわくしながら待っていたはずです。

前日計量も終わり「井上、完璧に仕上げたなあ!」「カシメロ、2回目で計量パスなんてちゃんとしてくれ」「リングサイドにドネアとナバレッテが呼ばれてるのか!」とか…。
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虚しい。虚しすぎます。

スポーツにタラレバなんてありませんが、今回はタラレバ以前の問題で「スポーツどころじゃない」という重大事とみんなで戦わなければなりません。

静かすぎる4月25日日曜日の夜。

本来だったらプロ野球のナイター中継などを楽しんでいるはずなのに。

タラレバの話に次元を下げながらも、明らかにおかしな判定が下されたことでボクシングの歴史が変わってしまった事件を振り返り、再審を執行します。

第1回はもちろん、あの忌々しい「南半球の悪夢」です。

【判例】1969年7月28日、WBC世界フェザー級タイトルマッチ15回戦。王者ジョニー・ファメションvsファイティング原田。

会場はオーストラリア、シドニーのシドニースタジアム。

王者ファメションはフランス系オーストラリア人で、ボクシング一家に育った俊才。父アンドレはフランスのライト級王者で叔父レイは欧州とフランスのフェザー級タイトルをコレクション、やはり叔父のエミールはフランスのフライ級王者。

他にもバンタム級のアルフレド、フライ級のルシアンら、これでもかという血筋です。

1960年代後半から70年代初頭にかけて世界のボクシング界は、他の階級同様に承認団体の分裂に揺れました。

さらにフェザー級では、一人のアイドル(と呼ぶにはあまりにも実力があり過ぎましたが、超強豪王者と呼ぶだけではその人気の絶大さを伝えきれません)の気まぐれで翻弄されていました。

ビセンテ・サルディバルです。

1964年9月26日、「あしたのジョー」にも登場した〝殺人パンチャー〟シュガー・ラモスを地元メキシコシチーのエルトレオ闘牛場に王者を引っ張り込んだサルディバルは番狂わせの12ラウンドKOでUndisputed Championになります。

「完全アウエーで2万4000人の大観衆に調子を崩されたのか?」と聞かれたキューバのスラッガーは「サルディバルを人気先行のアイドルと言ったのは誰だ?彼は誰にも負けないだろう」と完敗を認めます。

1967年10月14日、強敵ハワード・ウィンストンを12ラウンドで振り切り8度目の防衛に成功したサルディバルは「もうリングの上で証明することはない。カネも十分に稼いだ」と引退宣言。

このときのリングは闘牛場ではなくアステカスタジアム。サルディバルの勝利に歓喜・熱狂した10万人を超える大観衆は、まさかの引退宣言に今度は大号泣。

もしギネスブックに申請していたら「一か所で一斉に本気で泣いた人数をカウントする永遠不滅の世界記録」でした。

そして、フェザー級タイトルはWBAとWBCがそれぞれ決定戦を実施して分裂。あれから53年の歳月が流れましたがUndisputed Championは今も生まれていません。

その世界王者決定戦のWBC版で関光徳を9ラウンドTKOで斬り落としたハワード・ウィンストンを、5ラウンドでストップしたのがホセ・レグラ。

レグラは〝Pocket Cassius Clay〟の異名を持つキューバ生まれのスペイン人です。このレグラを判定で下したのがファメション。

※77歳になるレグラは今月上旬に新型コロナと診断され入院中、現在は快方に向かっているとのことです。

この試合が60試合目となる原田が勝てば、1938年のヘンリー・アームストロング以来31年ぶりの史上3人目の3階級制覇達成です。

トニー・カンゾネリ(フェザー/ライト/ジュニアウェルター)とバーニー・ロス(ライト/ジュニアウェルター/ウェルター)をトリプルクラウンに数える場合もありますが、彼らが活躍した1930年代はジュニア階級は認めない傾向が強く、原田vsファメション戦では、ボブ・フィッツモンズ(ミドル/ライトヘビー/ヘビー)とアームストロングの2人だけが正真正銘の3階級制覇でした。

そして、原田が挑むのも純粋8階級での3つ目のタイトル。文句無しの3階級制覇です。

リング誌など欧米メディアは「フライ/バンタム/フェザーの3階級制覇は史上初」(それいうと前例が2人しかいない偉業なのでほとんど史上初になっちゃいますが)と持ち上げる一方で「フェザー級はWBCだからUndisputed Championの3階級制覇ではない」とケチをつけることも忘れていません。

いずれにしても、原田は日本やアジアの枠を超えた歴史的な大偉業に挑んだのです。
実況アナが「約40年ぶりの3階級制覇」と語っていますが、正確には「約30年ぶり」です。

ボクシングの素晴らしいところは、リングの中は半世紀以上前の当時も今と何も変わらないことです。

バンタム級は118ポンド、フェザー級は126ポンド、リングの中は2人のボクサーとレフェリーだけ。

大型化が進むヘビー級(無差別級)では「デンプシーなんてクルーザー級以下」という偏見に隙を与えてしまいますが、その他の〝有差別階級〟では永遠に不変です。

ただ、リング外は今とは違いました。承認団体はまだ二つに分裂したばかり。階級も10階級。世界王者は世界に20人いるかいないかの時代です。

そして…判定のシステムも今とは全く違いました。5点法が一般的だったのはまだしも、3人のジャッジのうち1人はレフェリーという、今では考えられない変則でした。

原田の世界戦でもエデル・ジョフレ第1戦ではレフェリーのバーニー・ロスもスコアリングするなど、レフェリーが採点に加わっていました。

レフェリーが採点に加わるばかりか、英国では「最も近い目撃者」であるレフェリー1人だけが採点するのが伝統で、英連邦の一つオーストラリアのコミッションが統括するファメションとの初戦でもそのスタイルが取られてしまいました。

しかし、問題はそこではありません。

3度のダウンを奪ったあの試合、どこをどう見ればファメションの勝利になるのか?

レフェリーのウィリー・ペップは、ダウンを奪ったラウンドでも5−4(本来なら5−3)とスコア、試合終了では両者の手を挙げる(引き分けのジェスチュア)など迷走。

ファメションの防衛が告げられたシドニースタジアムの大観衆は「こんな試合、オーストラリアの恥だ!」足を踏みならして猛抗議、騒然となりますが、原田は潔く判定を受け入れファメションとハグすると観客は立ち上がりスタンディングオベーションを贈りました。

もし、あの日、原田が内容どおりのスコアで圧勝の判定を受けていたら?

原田の名誉はさらに引き上げられていました。

そして、その最大の〝被害者〟はマニー・パッキャオです。

2003年11月15日、パッキャオがアントニオ・マルコ・バレラを下したアジア初の3階級制覇は「アジア2人目」で、3階級全てがアルファベット王者のa champion です。

3階級中2階級で The Undisputed Championの原田と比較されることはなかったでしょう。

典型的な穴王者デビッド・ディアスを斬った4階級制覇などでは原田超えなど認められるわけがなく、パッキャオがアジア史上最高ボクサーになるのは2009年5月2日のリッキー・ハットン戦で5階級制覇を果たすまで、5年は引き伸ばされたはずです。
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12月22日、ニューヨークはバークレイズセンター。

その判定が大きな議論を巻き起こしたのは、WBC世界ジュニアミドル級タイトルマッチ:王者ジャーメル・チャーロvsトニーハリソンの一戦でした。(WOWOWでは1月28日放送予定)

ハリソンは3−0のユナニマスデジション、大番狂わせを起こしてタイトル奪取に成功。

スコアは115−113が二人と、116−112が一人。三人のジャッジは、ほぼ同じ採点基準でスコアしたと考えられます。
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このジャッジを、ESPNの看板記者ダン・ラファエルは「ジャーメルが明らかに勝った試合」「判定がアナウンスされた瞬間、我々だけでなく、当のハリソンが驚いていた」と批判しています。
Tony Harrison (28-2, 21 KOs) got an absolute gift decision just in time for Christmas against Jermell Charlo (31-1, 15 KOs) to claim a junior middleweight world title he absolutely did not deserve.  
Dan Rafael
トニー・ハリソンはクリスマスでもあるまいに、とんでもないタナボタの判定勝利のプレゼントを受け取った。しかし、その判定は明らかに間違ったものだった。 ダン・ラファエル

しかし、同じESPNの解説者テディ・アトラスは「Tony Harrison's victory over Jermell Charlo well deserved(ハリソンの勝利は十分納得できるものだ)」と反論しています。

以下、アトラスの弁です。

「私はことあるごとに糾弾してきた。奇妙な判定はジャッジが無能か、ジャッジが買収されているから起きる。そんな理解を越えた判定がボクサーを傷つけ、多くのファンを失う原因になっている」 。

アトラスは、そう前置きした後に「今回の判定に関しては三人のジャッジは無能でもないし、腐敗してもいないと断言できる」と啖呵を切っています。

「どちらが強く、攻撃的か、強烈なパンチを放ったか、そんなことは判定には一切関係ない。どちらが正確なパンチを打ったか、それだけが 判定されなければならない」。

「人間は、どちらのパンチが強いかについ目が行ってしまう。 ボディビルのコンテストならそれでいい。しかも人間の判断は、大観衆の応援や、解説者の言葉にも大きく影響される」。

「多くの人は私の意見に賛成できないだろう。しかし、もう一度ビデオを見直してご覧なさい、必ず音声を消して。そして私の質問の答えを考えてください」。 

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「ジャブのタイミングが優れているのはどちらでしょうか?頭を振って相手の攻撃を無効にしているのはどちらでしょうか?」。 

「そしてジャーメルは高い身体能力と強いパンチを持っていましたが、引き出しは少なく、画一的な戦い方しか出来ませんでしたね?」。

One night showed what the sport dubbed "the sweet science" is all about.

 この判定は、どうしてボクシングが〝優れた科学〟と呼ばれているのかを、これ以上ないほどはっきりと教えてくれたのだ。


「さて、最後の質問です。科学的に戦ったのは、どちらのボクサーでしょうか?」。


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さすがのアトラスも、村田諒太vsアッサン・エンダム第1戦は117−111で村田勝利と見ていましたから、無意味にパワーボクサーを毛嫌いしているわけではないのは理解しますが、それにしてもどうなんでしょうか?

スポーツは「科学的に戦った方が勝ち」、これは納得です。

しかし「ジャブを多用するのが科学的で、強打を振り回すのが非科学的」というロジックは間違っていると思います。

まあ、いろんな見方があっていいし、アトラスのいいところは好き嫌いではなく、その判断基準がブレないことです。

カネロvsGGGは「第2戦はGGGの勝ち」、そして「最も科学的に戦うボクサーはフロイド・メイウェザー」。

「ボクシングは Sweet Science であってそれ以外では一切ない」という一神教の敬虔な信者は、賛同できなくとも潔くて嫌いじゃありませんが…でもねぇ。
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今年も「controversial decision(物議を醸す判定)」がいくつも噴出してしまいました。

直近3か月だけでもゲンナディ・ゴロフキンvsカネロ・アルバレス2、タイソン・ヒューリーvsデオンティ・ワイルダー、そして先日のジャーメル・チャーロvsトニー・ハリソンと、世界的に注目を集めた3試合でも大きな議論を呼んでしまいました。

議論を醸す判定が起きる最大の原因を突き詰めると、ジャッジの質の低さと、教育体制の欠落です。

一方、承認団体以上に採点基準が乱立していることも、この問題をに深い不治の病にしています。

採点基準は世界共通ではありません。


①採点基準は、当然のことながら統括団体によって違います。


プロボクシングに世界的な統括団体は存在しません。各国、米国なら各州のコミッションが統括しているのです。

当然、JBC(日本)と NSAC(ネバダ州体育協会)の採点は違います。

ボクシングのコミッションを持つ国の数だけ、米国の州の数だけ採点基準が存在しているのです。

つまり、ホームタウンデジションは抜きにしても「日本なら勝利でもラスベガスでは負け」ということが当たり前にあるのです。


②採点基準は、個々のジャッジによっても誤差が出ます。

主審やジャッジは、日本の場合は承認団体から恣意的に派遣されていますが、米国では各州がライセンスを与えています。これはボクサーのライセンスも同じです。

つまり、ラスベガスではNSACがライセンスを与えた10人の主審と、22人のジャッジが独占している〝ギルド〟によってレフェリングとスコアリングがなされるのです。

ルイス・ネリはJBCでは永久追放ですが、他国のコミッションが管轄する試合に出場することは全く問題ないのです。

米国が州単位で独立して管轄していることは、様々な問題を孕んでいます。これが国同士なら、公平を期すために第三国のレフェリーやジャッジを起用するなど様々な施策が打たれます。

しかし、村田諒太vsロブ・ブラントはレフェリーもジャッジも全員がNSACお抱えの米国人です。逆がありえないことを考えると、スポーツとして異常な状態と言えます。

さらに、米国のコミッションは「〜州体育協会」です。「ボクシング専門の統括団体」JBCとは違うのです。

トニー・ウィークスは、スボクシングで主審もジャッジもつとめていますが、MMAやキックボクシングの試合でも同じ仕事をしているのです。

「格闘技の審判ならなんでもござれ」な状態なのです。



①ついては国と州の数だけ採点基準がある、とはいえ基本的には共通しています。


その解釈が国や州によって違うのです。

アジアではアグレッシブとダメージを重視し、ラスベガスではジャブが異様に高く評価される傾向があるとはいえルールブック上は大きな差異はありません。

よく誤解されているのが「10ポイントマストシステム」です。このブログでもリング誌の特集を紹介したと思いますが「各ラウンドで必ず優劣をつけなければならない」なんてルールはどこにもありません。

どちらか(あるいは両者に)10点を与えなければなりませんが(10ポイントマスト)、イーブン10−10は問題ないのです。

WOWOWエキサイトマッチでも毎回紹介されているように「各ラウンドは(一つの試合とみなして)独立した単位で判定する」のです。つまりドローはありです。

もちろん、特に序盤で10−10をつけるのは相当な勇気が必要です。例えば1ラウンドで10−10を付けてしまうと、もっと接近したラウンドが続くと10−10だらけになってしまいます。

しかし、これは採点競技の宿命で体操でもフィギュアスケートでも最初の選手に大胆なスコアをつけるのは非常に難しいものです。

だからといって「10−10を怖がるジャッジは無能」(リング誌)です。

「議論を呼ぶ判定」が起きる原因には、スター選手への忖度もあるのかもしれませんが、そんな馬鹿げたことは論外です。

ここでは性善説で話を進めます。

多くの「議論を呼ぶ判定」は、無能なジャッジが無理やり10−9に振り分け続けることで矛盾が噴出してしまった結果です。

本当なら、現実の試合でドローが生まれるのと同じ程度の確率で「10−10」と判定されるラウンドがあるはずですが、そうなっていません。

無能なジャッジが罹患する〝10−10恐怖症〟という厄介なウィルスの源流を辿ると、その支流の一つはシュガー・レイ・レナードに行き着きます。

ボクシング界に深く転移した癌「キャッチウェイト」「いたずらな複数階級制覇」「スターの傲慢」…そんな欺瞞のペイブメントを舗装したレナードは、まさしく諸悪の根源です。

「スポーツマン・オブ・ザ・イヤー」を受賞した最後のボクサーという名誉に浴したレナードでしたが、彼の後のボクシング界はまさに死後硬直を起こして現在に至っています。
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レナードvsドニー・ラロンデ。シュガー・レイが犯した数々の悪事の代表作の一つです。〜リング誌2019年1月号から



実はJBCもNSACも、採点基準は以下の4つを重視するとルールブック上は共通して謳っているのです。

【クリーンヒット】ナックルパートで正確かつ有効にヒットしたパンチ。有効度は与えたダメージで判定する。

【アグレシッブ】攻勢であること。ただしクリーンヒットを狙わない単なる突進は攻勢とは認めない。

【ディフェンス】相手の攻撃を無効とし、攻撃に切り替わる防御。攻撃に結びつかない防御のための防御(ロープに詰まって固めたガードの上を打たれっぱなしなど)は評価しない。

【リングジェネラルシップ】試合の主導権を掌握すること。巧みな攻撃と防御によって、相手と空間をコントロール下に置くこと。
 


多くの「議論を呼ぶ判定」が生まれる背景には、NSACをはじめ米国での【ディフェンス】の独特な解釈が横たわっています。

ルールブック通りに解釈すると、村田諒太のようなガードを固めてプレッシャーをかけるスタイルはまさに「攻撃につながる防御」のはずです。

しかし、②の背景からラスベガスをはじめ米国では、けして攻撃に結びつかないジャブを異様に高く評価する〝ギルドの採点法〟が歴然として存在します。

WOWOWでも解説をつとめる浜田剛史は、今や名トレーナーのロニー・シールズを迎えてのWBCジュニアウェルター級王座の初防衛戦を僅差で成功しましたが、あの試合のリングがラスべガスなら大差判定負けでした。

当時の「シールズは所詮アマの名花だった」というボクシングマガジンの見方は、日本の採点基準からは身贔屓と決めつけることは出来ません。

この、日本では理解しにくいジャブを評価する正体こそ「ボクシングは Sweet Science 」という考え方です。 

日本では「ボクシングは結局は喧嘩。勝つという思いが強い方が勝つ」「ジャブしか打たないで下がりっぱなし、それで『勝ったのは自分』なんて言うシールズは図々しい」と攻勢と根性が奨励されがちですが、それはSweet Scienceから最も乖離した考え方でスタイルなのです。

身もふたもないことを言っちゃうと、浜田や村田のボクシングは科学的じゃないと見られているわけです。


このSweet Science論の急先鋒が、ESPNの解説者もつとめる名トレーナー、テディ・アトラスです。

米国でも〝誤審〟と見る向きが多いジャーメルvsハリソンについてアトラスが昨日、語り尽くしていますが、その発言内容からこの問題の本質が非常にわかりやすく伝わってきます。

そして、ラスベガス裁定は時間とともにどんどんSweet Science寄りに変節していることも、メデイアやファンを戸惑わせる大きな理由になっています。

そして、Sweet Scienceに傾く潮流は、本来真逆のアジア、日本も飲みつつあります。

浜田剛史は「日本だから勝てた」のではなく、正確には「30年前の日本だから勝てた」のです。


…レナードの話で脱線しかかりましたが、続きまーす。 


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