◉ミッシングリンク【Missing Link】…本来あるべき連続性の欠落した部分。系列を完成するのに欠けているもの、失われた環。生物学では、進化の過程で当然存在したはずの種の化石がまだ発見できていない場合などに使われる。
日本人の世界王者が制覇した階級は、ストロー級からミドル級までの13階級に渡る12階級になります。
13階級に渡る12階級。そうです「連続性の欠落した階級」「系列を完成するのに欠けているも階級」が存在するのです。
最初のストロー級から10番目のジュニアウェルター級まで綺麗に順番に連続しているのに、その次は12番目のジュニアミドル級にジャンプしてしまうのです。
最初のストロー級から藤猛や浜田剛史、平仲明信が極めたジュニアウェルター級と、輪島功一ら4人(石田順裕はWBA暫定)がチャンピオンベルトを腰に巻いたジュニアミドル、その間にあるはずのウェルター級がすっかり抜け落ちているのです。
これがジュニアバンタムやバンタム、ジュニアフェザーなら「たまたま獲れていないだけ」で説明がつくでしょう。
あるいはスーパーミドル級やライトヘビー級なら「日本ランキングも存在せず、日本人には重すぎる」という言い訳も成り立つでしょう。
しかし、より重い154ポンドと160ポンドを制圧しているのに「147ポンドのウェルター級は重すぎる」という理屈は通用しません。
欧米、特に米国でスター選手が集中するウェルター級は、超人気階級であるがゆえに、日本人に与えられるチャンスが極端に少ない、というのは確かに事実です。
実際に、日本の147パウンダーで世界の舞台に立ったのは辻本章次、龍反町、尾崎富士雄(1988年/1989年)、佐々木基樹とたった4人だけです。
辻本はピピノ・クエバス、龍反町はカルロス・パロミノと超一流王者に粉砕されました。
しかし、二人が挑戦した70年代もウェルター級のレベルは高かったとはいえ、当時はまだ「ボクシング=ヘビー級」の時代。
ウェルター級は米国で「No.1の超人気階級」とは言い切れない「人気階級の一つ」でした。
そんな、one of them だったウェルター級でしたが…。
モハメド・アリの引退、モントリオール1976で金メダル(ライトウェルター級)を獲得したシュガー・レイ・レナードがプロのリングを席捲した80年代に、147ポンドはヘビー級を凌ぐ超人気階級に躍り出ます。
つまり、私たちが襟を正して仰ぎ見るウェルター級に挑戦したのは尾崎と佐々木(2009年)の2人ということになります。
前置きが長くなりました。
もし、あのとき尾崎富士雄が勝っていれば…。
1988年2月5日、ニュージャージー州アトランティックシティ・コンベンションセンター。
今も昔もそして未来もきっと必ず暗愚であり続けるドナルド・トランプが、ボクシング界でも軽蔑の視線を浴びていた時代です。
それでも〝馬鹿は死ななきゃなおらない〟トランプは一瞬の刹那とはいえ、ラスベガスから東海岸へ強引にリングのスポットライトを転換することに成功していました。
そうです。当時はアトランティックシティが同じ東海岸のニューヨークはもちろん、ラスベガスよりも鮮烈な輝きを放っていたのです。
その華やかなリングのメインイベントに、日本人が上がり、議論を呼ぶ判定で勝利を盗まれてしまったのです。
尾崎は、セミファイナルにマーク・ブリーランド!前座にロベルト・デュラン!!を従えるビッグイベントのリングにメインイベンターとしてコールを受けます!
「Massive Upset!(大番狂わせだ!)」。HBOで解説と非公式のスコアながら、多くの人が共感する採点でファンも多いハロルド・レダーマンが、試合終了のゴングと同時に「尾崎の勝利」と叫びました。
レダーマンの採点は7−5(115−113)で尾崎。

尾崎の勇敢なアタックにスターリングは何度もピンチに陥りました。
まさかの勝利に感極まるスターリングにギャンブルシティの大観衆は容赦ないブーイングを浴びせました。
しかし、読み上げられたオフィシャルは118−110/117−114(4つのラウンドを10−10とスコア)/117−112)のユナニマスで王者マーロン・スターリングを支持。
レダーマンの「信じられない!」という怒りの声をかき消す大ブーイングがスターリングに浴びせられます。
ありえない判定。
しかし、それも、またボクシングです。
それにしても…。
もし、アトランティック・シティの観客と世界中のボクシングファンが目撃した通りの、そんな納得できる判定が下されていたら?
日本人はストローからミドルまで、13階級の世界王座を連続性を維持してコンプリートしていたことになります。
本来あるべき階級が欠落することなく、13階級の系列は13の王者たちが就く玉座によって、何の忘れ物もなく、美しく完成していたはずでした。
あの日のおかしなジャッジがなければ…。
多くの中距離走者の挑戦を退け、人類の限界と信じられていた「1マイル4分」をロジャー・バニスターが突破した途端に、多くの選手が雪崩打って壁を突破した〝バニスター現象〟まではいかなくとも、尾崎に触発されて、その後2人か3人の世界ウェルター級王者が続いていたかもしれません。
32年前の1988年2月5日。ボードウォークに吹く潮風は、尾崎と日本のボクシングファンにとって、あまりにも不条理で冷たいものでした。


コメント
コメント一覧 (2)
浜田や六車も登場させて欲しいですねー
フシ穴の眼
が
しました