カテゴリ: FIGHT SONG

大学時代の知り合いでエネルギー産業に携わっているやつがいます。

若い頃は当たり前のように中東やロシア、中国、オーストラリアなどを飛び回っていましたが、ここ数年は国内で落ち着いていたのに、イラン戦争のあおりで中東へ。

「ひと段落ついた」とのことで、帰路は旅行がてらウズベキスタン、キルギス、中国西域のシルクロードを辿るとのこと。機銃掃射のように画像を送ってくるので「お前の下手な写真じゃなく、もっと美しい写真集とかたくさん見てるから」と言いながらも、なかには下のように「お!!!」という画像も。

まだBoxRecには反映されていませんが、29日にムロジョン・アフマダリエフがタシケントで復帰戦を行います。また、キルギスでも24日に亀田興毅プロモートのイベントも開催。

「アフマダリエフって知ってるか?」と聞くと「このボクシングのやつか?パリ五輪メダリストは知ってるけど、他は知らん」。

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ウズベクの首都タシケントの地下鉄ではしっかり広告も。

MJが母国で試合を行うのは2021年4月3日のvs岩佐亮佑から5年ぶり、キャリア2度目となります。

昨年9月に井上尚弥に敗れてからの復帰戦。がんばれMJ!

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UFC 328: Van cements his Champ status 

ラッキーな勝利でタイトルホルダーとなったと考えられたジョシュア・ヴァンだったが、彼はオクタゴンの中で自分が王者に相応しいことを見せつけた。



昨年12月6日、ラスベガス・Tモバイル・アリーナで開催されたUFC323。

大番狂せでアレッシャンドリ・パントージャからUFCフライ級王座を奪い獲ったヴァンは、その2日後にヒューストンに眠る父親の墓を訪れた。

「父親に報告したい良いことを掴み取ったときには、いつもお参りするんだよ。僕はいつも…父親を失望させるだけだったから。死んじまってから、いくらお参りしたって何にもならないことなんてわかってる。でも、これしかできないんだ」。

24歳のミャンマー人はUFCに参戦が認められてから、あっという間に9勝1敗の戦績を積み上げ、ついにタイトルを極める。

23歳での戴冠は、あのジョン・ジョーンズに次ぐ史上2番目の若さだった。

ジョシュア・ヴァンは、東南アジアのミャンマーで生まれた。東南アジアの国々はどこも貧しく、その底辺は人権意識の高い欧米人には想像を絶する。

ちなみに、ミャンマーはそんな東南アジアの中で内戦と不安定な政情にのたうちまわっている、最もひどい国の一つだ。

ヴァンは、そこで生まれた。

父親はこのままだと、家族は餓死するか政府から殺されるか、いずれにしても死ぬのを待つだけだと、脱出を決断する。母親と私と妹に「必ず連絡する」と約束して、父親は2人の姉をつれて姿を消した。

ヴァンが9歳のときだった。

携帯電話を持っていない残された家族は、不安に怯えながら父親の連絡を待つしかなかった。

「何が起きているのかよくわからなかったけど、子供でも物事が良くない方向に行ってることだけはよくわかったよ」。

父親から連絡があったのは1年後。マレーシアの難民キャンプで母親とヴァン、妹を迎えた。そして、ヴァンが12歳のとき、キャンプから出なければいけなくなった家族は、親戚がいる米国へ。

最初に移住したのはアリゾナ州ヒューストンだったが、英語など全く理解できないアジア人のヴァンは容赦ないイジメにあった。

ミャンマーで無敵の喧嘩小僧だったヴァン。彼の沈黙と我慢が限界を超えると、唯一話せる言語である肉弾の暴力で彼らに答えてやった。

弱いものたちがたそがれ、さらに弱いものを叩くーーーそれはブルーハーツの歌だけではない。

ヴァンはたちまち地域の異分子となり、弱い立場のミャンマー人たちはヴァンの家族を「ここから出ていってほしい。でないと私たちが住みにくくなる」と追い出した。

家族はアイオワ州の叔母の家に身を寄せたが、そこでもヴァンは虐げられると、どんな国だろうがはっきり伝わる例の言語を使うしか、彼には出来なかった。

口と舌で発音される「なめんなよ!」という言葉は、肉弾の暴力として〝翻訳〟された。

ヴァンの素直な性格と、トラブルの全てが売られた喧嘩であることを理解していた叔母は彼の将来を案じた。

Challenged him to fight for the pride of his country and his family!

叔母は優しく笑いながら、ヴァンに聞いた。

「家族は好きか?」。

ヴァンは即答した。「大好きに決まってるじゃないか!家族のためなら死んでもいい」。

「ミャンマーは好きか?」。

やはり、ヴァンは即答した。「大好きだ。あそこでお父さんとお母さんが僕を産んでくれたんだ。なにがあったって、嫌いになれるわけがないじゃないか」。

叔母は笑うのをやめると、真剣な眼差しでヴァンを見つめた。

「ストリートファイトはやめなさい。国と家族のために戦いなさい。あなたの思いが本物か偽物なのか、私が見届ける」。

ヴァンはMMAのジムがあるヒューストンに舞い戻った。

誰も知らない東南アジアの国から逃げてきた10代の少年が、米国では誰でも知っている格闘技の王様になるーーーそんな山岳小説の序章のページがめくられたことを、そのときは誰一人として知る由もなかった。

ストリートファイターが、優れたボクサーやMMAのファイターになれるとは限らない。当たり前だが、そうではないケースがほとんどだ。ストリートのいじめっ子はリングやオクタゴンでは全く役に立たない。

しかし、売られた喧嘩しか買わないヴァンは違った。性格は「冷静で凶暴」「知的で勇敢」、MMAの必要十分条件を完全に満たして、飲み込みも早かった。

彼を初めて見た指導者たちはそろって同じことを口にした。「前はどこのジムにいた?」「有名なイベントに出場したことがあるだろ?」。

ヴァンは訊かれるたびに同じ答えを繰り返した。

「ここが初めて。まだ公式戦は戦っていない」。



2020年、ヴァンは19歳でアマチュアデビューを飾ったが、父親は3年前に他界していた。ヒューストンの墓の前でヴァンは泣きじゃくった。

「遅くなってごめんなさい。迷惑ばかりかけてごめんなさい。お父さんがアメリカに連れてきてくれたおかげで、やっと道が見えてきました」。

そのわずか3年後にヴァンはUFCと契約、そのとき墓前で「いつか必ずチャンピオンベルトを持ってくるからね」と父親と約束した。

ミャンマーの喧嘩小僧は「いつかの約束」を、まさかまさかの1年5ヶ月でやってのけた。

ヴァンの心の中にはいつも家族がいた。もちろん、父親も。そしていつもミャンマーのために戦ってきた。

しかし、2023年のUFCデビューではロシアのウクライナ侵略の影響を受けてオクタゴンへの国旗持ち込みが禁止されてしまった。

ヴァンが叔母に「私が母国を思う気持ちは本物です、国旗が持ち込み禁止になったのです」と電話で伝えると、叔母はどこまでも粋だった。

「え?何を勘違いしているの。私には、あなたがオクタゴンでミャンマー国旗を振り回している姿がよく見えましたよ」。

国旗持ち込み禁止は解除、申請制になったが、ヴァンの申請は5度も拒否され続けた。軍政と反政府との内戦からミャンマーの国旗は、日本の日の丸とは違う複雑な政治的意味を帯びてしまっていたからだ。

貧しい母国、政局分裂の母国、そして軽量級…重い十字架をヴァンは背負い続けた。

2025年、ヴァンの6回目の申請を、政治に敏感なあのダナ・ホワイトが「ヴァンのしつこさには勝てない」と、ついに認めた。

そして、名実ともに〝ミャンマー代表〟となったヴァンの進撃が加速、この年の4連勝目はタイトルマッチだった。

そして、ヴァンは父親の墓のあるヒューストンに邸宅を構え、母親を迎え入れた。


In the Name of The Father…



ーーーヒューストンに自宅を購入したのは?

「父親に報告したい良いことを掴み取ったときには、いつもお参りするから、自宅が近いほうがいいからね」。


ーーーでも、あなたが戦うのはラスベガスなどのファイトシティ、そこで良いことがあってもお墓には遠いよね?しかも、一番良いことはミャンマー最大の都市ヤンゴンでタイトルマッチを行って勝つことでは?


「ふーッ。…父親の墓を、ヤンゴンにも作らなきゃいけないっとこてだね。いいアイディアだ」。



ジョシュア・ヴァンの山岳小説は、まだ終わっていない。





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前回のFirst Lossではプロボクシングには体重の階級以外にも〝身分〟の階級があるとお話ししました。

高貴の順番で並べると「Elite Boxer=スター」「Journeyman(Gatekeeper)=門番」「Sacrificial Lambs=咬ませ犬」。

この3つの階級はキャリアを通じて保証されているものではなく、基本的に落ちていくだけの一方通行ですが、その境界線は非常に曖昧で、JourneymanからElite Boxerに這い上がる例も珍しくありません。

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 実はエリートボクサー…なんです!


「Elite Boxer」はスターや、スター候補(育成中のスター)。五輪や世界選手権で卓越したアマチュア実績を持つ者、デビュー時点では注目されなかったもののチャンピオンにまで登った成り上がり者、何らかの知名度がある者たちです。

エリートアマは特に優遇されデビューから温室の中に敷かれた線路が用意されます。線路には必ず咬ませ犬が餌として撒かれ、徐々にジャーニーマンをまぶしながら加速させ、アルファベット団体で最も与し易いタイトルホルダーとの対戦を吟味して路地に出します。

「五輪や世界選手権で卓越したアマチュア実績を持つ者」は、五輪金メダリストのジョージ・フォアマンやシュガー・レイ・レナード、オスカー・デラホーヤらがその〝代表作〟。日本人では絶対不可能とされたミドル級でトップのアマチュア実績を残し、デビュー前から電通やフジテレビなど日本を代表する企業が巨大な資金を提供しあって〝神輿〟を用意された村田諒太もその典型。

世界的には「優れたアマチュア実績」とは口が裂けても言えない井岡一翔や井上尚弥らも、日本では堂々のElite Boxerに当たります。

「デビュー時点では注目されなかったもののチャンピオンにまで登った成り上がり者」にはバーナード・ホプキンス、テレンス・クロフォード、マニー・パッキャオ、ノニト・ドネア、畑山隆則ら。彼らは過保護なプロテクトから外れたJourneyman のポジションからの成り上がりです。

「何らかの知名度がある者」はサンプル数は少ないですが〝スラムから世界へ〟のムービーストーリーをなぞったマイク・タイソン、喧嘩自慢の福田健吾、キックの神童・那須川天心、五輪・世界選手権につながらないアマチュア大会の実績しか持たず、テレビ局が幼少期からまとわりつき絶大な知名度を培養させた亀田兄弟も後者にあたります。また、海外ではフリオ・セサール・チャベスJr.やコナー・ベン、クリス・ユーバンクJr.らの〝親の七光り組〟も珍しくありません。



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そして、Journeyman(Gatekeeper)。

彼らはスターでもなく、無敗のレコードも持ってませんが、ナショナルタイトルやローカルタイトルを競う実力者です。

咬ませ犬を屠りながら温室で培養されたElite Boxerが路地に出されるときの踏み台も、彼らに託された重要な役回りです。

米国時代の亀海喜寛や石田順裕、亀海のライバルであったヘスス・ソト・カラスらが典型。ここからElite Boxerにのし上がるガッツマンもいますが、その逆にノニト・ドネアのように落ちてくるファイターも珍しくありません。

非常に珍しい例として、Sacrificial Lambs(咬ませ犬)としてキャリアをスタートし、JourneymanからElite Boxerに登り詰め、再びJourneymanに戻り、咬ませ犬に限りなく落ちつつある、この3つの身分を往復したシーサケット・ソールンビサイのようなファイターもいます。

Elite BoxerとJourneymanに明確な定義はありませんが「Sacrificial Lambs(咬ませ犬)を当てがわれるかどうか」が一つの境界線になるかもしれません。





さて、Sacrificial Lambs 、咬ませ犬です。彼らは実力差の乖離が大きいElite Boxerの自信と戦績の箔を付けさせるために用意された、本来は存在してはいけない〝種族〟。

重大な事故にもつながりかねない咬ませ犬は、日本人には存在しません。もっと正確にいうと、JBCは「日本人相手に3連敗」「日本人との階級や戦績・実力に大きな乖離」フィリピンやタイから咬ませ犬を呼び寄せることを禁止しています。

それでも「日本人相手に3連敗」していなければOK、そして「日本人との階級や戦績・実力に大きな乖離」という非常に恣意的な基準をすり抜けて咬ませ犬は今も日本に呼び付けられています。

井上尚弥のデビュー戦は、直近の試合で無敗の日本人(知念勇樹)に格安の待遇と超タイトな日程で日本に呼び付けられてきっちり負けているクリソン・オマヤオでしたが、このフィリピン人を咬ませ犬と呼んでも差し支えないでしょう。

ちなみに、咬ませ犬よりも一つ身分が上のJourneymanでも日本に呼ばれる場合は3泊4日がデフォルト。前日計量を考えると、このスケジュールは狂気の沙汰です。計量の前日に来日させる最も大きな理由も、日本のプロモーターのリスクヘッジのため。経費節減のため「2泊3日にしたい」のが本音でしょう。

ファイトマネーは米ドルで1000ドル(約15万円)未満。そこからマネジメント料やJBCへのライセンス交付と認定料など諸経費が引かれて、ファイターの手元には半分程度しか残りません(渡航費と宿泊費は日本のプロモーター持ち)。

それでも、フィリピンやタイの貧困層出身の彼らにとっては、家族を含めて数ヶ月養える金額なのです。

つまり…Sacrificial Lambs 、咬ませ犬の待遇はそれ以下ということです。大橋ジムに呼ばれて八重樫や井上のデビュー戦をつとめたシーサケットやオマヤオもとんでもないスケジュールととんでもないファイトマネーで日本のリングに引っ張り上げられました。

もちろん、大橋ジムや八重樫、井上を非難している訳ではありません。これがプロボクシングの世界なのです。海外では、もっと酷いかませ犬の例も数え切れません。日本はまだ良識がある方です。

「アンソニー・ジョシュアvsジェイク・ポール」のような、実力上は咬ませ犬のジェイクがプロモートして高額のファイトマネーを用意する、日本人の理解を大きく超えた茶番劇まで行われているのです。

そして、咬ませ犬たちは奴隷のように無理やり日本に連れてこられた訳ではありません。彼らは喜んで日本にやって来ているのです。

昨年4月に来日、山崎海斗に敗れたシーサケット・ソールンビサイは「また日本に呼んでもらえて嬉しい」と、感謝の言葉を残しているのです。キャリア初期の咬ませ犬ではありませんでしたが、世界ランクに残っているシーサケットの衰えを見切った、いわゆる〝ランク獲り〟のために呼ばれたケースで、待遇はJourneymanの相場よりも良かったでしょう。

それでも、この逆はありません。世界トップ戦線からこぼれ落ちてもランクが残っている元PFPファイターの日本人がタイやフィリピンのホープの踏み台としてバンコクやマニラのリングに引っ張り上げられるーーーありえません。



このシリーズの主役はElite BoxerでもJourneymanでもありません。

Sacrificial Lambs 、咬ませ犬です。その深くて暗い闇の底を、もう少し覗いてみましょう…。









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米国で大きな需要が見込めない軽量級や、ボクシングファンに馴染みのない異邦人など不採算のファイターの切り離しを進めているトップランク。

井上尚弥や中谷潤人ら日本人ファイターとの契約打ち切り、キューバ人の軽量級であるロベイシ・ラミレスとの契約解消はその代表的な動きでした。

「軽量級のアジア人」という米国では完全〝ステルス〟の井上や中谷については、米国で手を挙げるプロモーターはいまだに現れず、今週末のTHE DAYの配信先もなかなか決まりませんでした(4月に入ってDAZNがPPVではなく無料配信することがようやく決定)。

さて、そのラミレス。2024年12月にラファエル・エスピノサに連敗してから試合枯れしていましたが、今年1月にトップランクを離れてようやく受け入れ先が見つかりました。

https://www.instagram.com/raizdboxing/



32歳のキューバ人が新たに所属するのは Raizd Boxing。ウズベキスタンに拠点を置く新興のプロモーターで、5月29日にタシケントの岩佐亮佑がムロジョン・アフマダリエフにストップされたHumoアリーナで初の興行を打ちます。

プロ入りしてからの敗戦は番狂せで3つだけですが、トップランクにはユリオルキス・ガンボアのように人気階級のスター候補に当てがわれる〝高級咬ませ犬〟としての使い道はあったはずですが、五輪2大会連続金メダリストにはそんな条件は飲めなかったのかもしれません。

契約金など待遇はかなり低い条件だったと思われますから、帝拳あたりでも手を出せそうですがあんなのとやりたい日本人は皆無。日本でも、別の意味で使い道がありません。

ちなみに5月29日のイベントには井上に敗れたムロジョン・アフマダリエフの復帰戦がメインにセットされる予定。

また、パリ五輪の7階級中5階級で金メダルを獲得したウズベキスタンで、ヘビー級を制したラジズベク・ムロヨノフもドーピングでUAEボクシング・コミッションから6月21日までの1年間のライセンス停止処分が課されていますが出場する見込み。

統括するのがUAEでないウズベキスタン・ボクシング連盟なので全く問題ないということです。JBCが永久追放したルイス・ネリもそうだったように世界的な統括団体がないということは、つまりこういうことです。






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明日の有明アリーナで、武尊が引退試合を戦います。

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キックボクシングは、最高峰であるはずのムエタイを斜めに見る特異な形で日本で生まれ、日本で発展した非常にドメスティックな格闘技です。

当たり前ですがキックには、日本を凌ぐ世界の舞台は存在しません。その点ではボクシング超軽量級と同じです。

しかし、ボクシングにはコストやコネクションのハードルをクリアしなければならないものの、ライト(軽量)級以上の人気階級で最高峰の舞台が欧米に存在します。

一方で〝日本完結〟のキックには人気階級など存在せず、そこには〝日本限定〟の人気選手が存在するだけで、日本を離れたラスベガス興行などは、日本の歌手が「ヒットのご褒美にロスでレコーディング」するのと何ら変わりません。

もちろん、それを言い出すと「井上尚弥のT -モバイル・アリーナと何が違う?」と言われるかもしれませんが、単体でやってることは同じでも、ボクシングには上述のように日本人にはほとんど無縁とはいえライト級以上の人気階級の存在、そして日本ではスポーツとして完全に認知されているという二つの事実が厳然として横たわっているのです。

さらに、キックは日本生まれ・日本育ちでも日本ボクシング・コミッションのような一貫した運営、統括団体を持つことなく、不安定きわまる地盤の上で泡沫的な興行を繰り返してきました。

すでにボクシング世界王者を上回る名声を手にしていた那須川天心がボクシングに挑戦した最大の動機は、そこにあります。これまで一般紙やニュース番組では社会面的な扱いだったのに、ボクシングではスポーツ面で報道される、その新鮮な感動に神童が浸ったのは容易に想像できます。

その意味では、井上も出来なかった「東京ドームを掛け値なしの満員」(Number誌)にして見せた天心も武尊でも〝日陰者〟でした。

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特に、武尊はKrush、K1、RIZIN、ONE championshipと「不安定きわまる地盤の上で泡沫的な興行を繰り返してきた」キックボクシングの流浪の英雄でした。

そんな武尊でも日本人であるという大きなメリットを享受してきました。昨年3月に惨敗したロッタン・ジットムアンノンをまたもや日本のリングに引っ張り上げて、引退興行を打つのですから。

日本や欧米、資本主義の先進国であっても五輪スポーツなどの舞台では国籍・人種にかかわらず基本的に公平な条件で戦います。

しかし、ボクシングやキックはそうではありません。そこには、冷徹なまでの資本主義が徹底されています。

ボクシングには体重別ではない、もう一つの階級が3つあります。欧米メディアでよく使われる言葉で紹介すると「Elite Boxer」「Journeyman(Gatekeeper)」「Sacrificial Lambs(咬ませ犬)」。

この三つの階級は〝靴屋の子は靴屋〟のようにキャリアを通じてずっと付きまとうものではありません。

エリートボクサーが落ちぶれ、ジャーニーマンの役割を担い、そこからもこぼれて咬ませ犬となるように、3つの階級を経験するファイターも珍しくはないのです。

3つの階級は基本的に下方に落ちる一方通行ですが、ジャーニーマンがエリートボクサーに挑戦して勝利を収めることもあります。

米国で戦っていた亀海喜寛や石田順裕らはジャーニーマンでしたがミゲール・コットやゲンナジー・ゴロフキンに挑戦するチャンスに恵まれています。

ボクシング史上最大の成り上がり物語を描いたマニー・パッキャオも、ファンを喜ばせるスタイルから人気が出ると、キャリア初期に格下相手を用意される時代もありました。実は、パッキャオが純粋な意味で咬ませ犬であったことはありません。

咬ませ犬がエリートボクサーを喰う大番狂せもあり得ますが、それはきわめて稀れ。八重樫東の咬ませ犬としてデビュー、日本人の咬ませ犬をつとめながら実力をつけてPFPファイターまで登り詰めたシーサケット・ソールンビサイは、そんな超レアなサンプルです。



They Are Always Underdogs,Sacrificial Lambs.

咬ませ犬。彼らはいつもアンダードッグ、生贄の羊。



日本のボクシング界でも大きな問題を引き起こしてきた咬ませ犬の問題。しかし、ボクシングは他のスポーツではあり得ない、咬ませ犬の存在なくしては成り立たない仕組みの上で成立しているのです。




そして、咬ませ犬は…日本には存在しません。




※「Underdogs 敗れるべき者たち」とタイトルしましたが、本来の意味ではアンダードッグはオッズの上で不利と見られるファイターであり、咬ませ犬とは限りません。








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いよいよ、あと5日に迫ったTHE DAY。いまから東京ドームの熱狂を想像すると楽しみでなりません。

さてさて、スポーツとしての格闘技イベントで最も大きな興行、注目度が高い対決となったのは、一体なんでしょうか?

ここでいうスポーツは真剣勝負であっても「アントニオ猪木vsモハメド・アリ」のようなプロレス団体主催の特殊すぎるメガファイトは除外します。

また、興行規模や注目度についても「現役のUndisputed世界ヘビー級チャンピオンを招聘、しかもそいつはアリ」というのもあまりにも奇天烈なのでここでは外して考えます。

となると、以下の「ドームを超えたイベント」と「正真正銘の国民的英雄」が該当するのではないでしょうか?

PRIDE(DSE)が主催した「Dynamite!SUMMER NIGHT FEVER in 国立」(2002年8月28日)は、国立競技場に91,107人の観客を飲み込み、単価2,000円のPPVを約10万件発売しました。

また、プロボクシングでは1950年代に白井義男が後楽園球場や大阪球場を主戦場とし、テレビ視聴率は事実上100%に近かったと伝えられています。当時を知らなくても、間違いなく国民的英雄であり、その注目度や尊敬の度合いは大谷翔平と全く遜色なかったでしょう。

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ただ、PRIDEやK-1、柔道着マッチなどさまざまなルールで盛り付けられたDynamite!は、パラシュートで競技場に降り立った猪木が重要な役割を演じたことでもスポーツ色は希薄。スポーツから離れた格闘技フェスティバルの盛り上がりが際立っていました。

また、現代のボクサーや格闘家がドーム球場を主戦場にするほどの注目を集められるわけもなく、巨大スタジアムはまさにハレの場。ボクシングの世界タイトルマッチが、日本人が挑戦する唯一で究極の世界最高峰の舞台、ボクシングが最も気高かったオリジナル8の時代に活躍した白井と、今のボクサーを同列で語るのは、選手個々の資質ではなくボクシングのステイタスが大きく変容していることが影響しており、あまりにも不公平です。


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となると、THE DAY と時代が近いTHE MATCH ということになるでしょうか。

このインベントは舞台が東京ドーム、メインの「那須川天心vs武尊」への注目度が際立ったことでもTHE DAY と近似しています。

2020年6月19日、東京ドーム。THE MATCH 2022製作実行委員会が主催した世紀のイベントはABEMAがPPVで生配信。

価格は税込み5,500円/ABEMAプレミアム会員は4,400円。約53万件を販売、約28億円を売り上げました。

入場者数 56,399人で、ゲート収入は約20億円とされています。


THE DAYはこの数字は越えられないかもしれませんが、かなり迫った興行になるはずです。THE MATCH のPPV販売件数の53万というのは、ちょっといまだに眉唾ですが。


そして、THE MATCH はABEMAが6月20日夜に該当試合のノーカット版を無料配信、7月下旬からは全国独立放送協議会の加盟13局が録画放送しました。

今回のTHE DAYも同じようなフォローをして欲しいのですが、WOWOWとの兼ね合いもあり、地上波テレビでの録画放送は難しいか?


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The EPOCH!

エポック(epoch)…そこを境に全く新しい価値観が見出され、全く新しい時代が始まる画期的な出来事。

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【IWGPヘビー級選手権(60分一本勝負)】
1995年10月9日 東京ドーム
◯武藤敬司 (16分16秒足4の字固め )✖️髙田延彦


プロレスには勝敗が決まっています。そのことをさまざまな意味で教えてくれたのが新日本プロレスとUWFインターナショナルの団体対抗戦。

Uの残滓であるUインターは経営難に苦しんでおり「新日がUインターに救済の手を差し伸べた」興行。つまり、最初から「新日がUインターに勝つ」、もっとわかりやすくいうと「プロレスがUに勝つ」というシナリオありきのイベント。

新日はこの年4月の北朝鮮大会(平壌メーデースタジアムに詰めかけた19万人!は全員無料/新日選手はノーギャラ/リック・フレアーら招待選手のギャラ/交通費などは全て新日が負担)で約2億円の赤字を背負っており、日本中のプロレスファンが注目した団体抗争戦は新日にとっても願ってもない興行でした。

東京ドームには開設以来最高の6万7000人の大観衆。記録的な大ヒットとなります。

メインイベントのエース対決は、髙田がローキックと腕ひしぎ十字固めなどUならではの攻撃で優勢に進めますが、武藤はリアルファイトではあり得ないドラゴンスクリューで髙田の足にダメージを与え続けます。

そして、フィニッシュはやはりプロレスの古典芸能である足4の字固めで髙田がギブアップ。

「プロレスがUに勝つ」というストーリーを見事なまでに描き切った、ため息が出るほど美しいプロレス。

プロレスも総合格闘技もその行き先を見失いつつあった時代に、「プロレスの道」「プロレスとは何か」「Uとはなんだったのか」を、誰の目にも見える化した名勝負でした。


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The EPOCH!

エポック(epoch)…そこを境に全く新しい価値観が見出され、全く新しい時代が始まる画期的な出来事。


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【格闘技世界一決定戦(時間無制限一本勝負)】
1976年2月6日 日本武道館
◯アントニオ猪木 (20分35秒TKO )✖️ウィリエム・ルスカ


今から50年前。

アントニオ猪木は四角いジャングルの中と外で、二重の包囲網に絡め捕られてしまいそうになっていました。

一つは、ジャングルの中。プロレス興行に必須のビッグネームの外国人レスラーは、米国の主要団体と強力に提携しているジャイアント馬場の率いる全日本プロレスが独占、猪木の新日本プロレスにはそのコネクションがありませんでした。

もう一つは、リングの外。スポーツの枠組みから追放されたプロレスが世間から浴びていた「八百長」「低俗な見せ物」という冷たい視線です。

どちらも絶対に勝てるわけがない強敵でしたが、猪木は生粋のプロレスラー。二重の包囲網を同時に突破するギミック(巧妙に仕組まれたカラクリやトリック)を発明しました。

馬場のネットワークの圏外にいる「強さに説得力のある外国人との〝真剣勝負〟」で「プロレス最強を証明」しようとしたのです。

〝真剣勝負〟の相手は、いまなおオリンピック同一大会で2階級を制覇した唯一の柔道家、ウィリエム・ルスカ。視聴率34.6%を叩き出したこの〝真剣勝負〟を皮切りに「格闘技世界一決定戦」シリーズはプロレス対柔道、プロレス対ボクシング、プロレス対キックボクシング、プロレス対空手…と、プロレス最強を証明する道を突き進んでいきます。

クライマックスは、同じ年の6月26日にモハメド・アリとの現役のボクシング世界ヘビー級チャンピオンと激突した狂気の大一番。

しかし「格闘技世界一決定戦」シリーズは真剣勝負ではなく、アリ戦を除くと全てプロレスでした。

ルスカとの開幕戦も、もちろんプロレス。ミュンヘン五輪で無差別級と重量級の2階級を制覇したとき身長190cmだったオランダの赤鬼は、まだ成長期だったようで猪木と対戦したときの身長は196cmと計測されました。プロレスお約束のケーフェイです。

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「格闘技世界一決定戦」シリーズには、猪木が二重の包囲網を突破するファンタジックなギミックというだけでなく、現実的なビジネスの側面も持ち合わせていました。

猪木がアリ戦で背負った10億円とも20億円ともいわれる巨額の借金は、現在のテレビ朝日、Nippon Educational Televisio(NET)が肩代わりしましたが、この返済のためにシリーズ化する必要に迫られたものだったのです。

しかし、UFOが空を飛び回り、エリア51で宇宙人が捕獲され、ネス湖で巨大恐竜が暴れ回り、超能力者たちが頑強なスプーンを次々と捻じ曲げていた1970年代に四角いジャングルで起きた超常現象は「プロレス最強」から「最強の格闘技とは?」という究極の命題を追求するムーブメントを発生させました。


そして、猪木が蒔いたギミックから芽吹いた「格闘技世界一決定戦」は、いま米国で大きく花を咲かせています。





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シーズン142試合、約10分の1を通過して3勝11敗、アバウト30勝110敗ペースである。

勝率.214は、野手の打率として見てもレギュラーが危うい数字である。

では、このままのハイペースでドラゴンズは〝完走〟出来るのか?というと、世の中、そんなに甘くはない。

このペースで負け続けることが、いかに難しいかは歴史が教えてくれている。

長いプロ野球の歴史で打ち建てられた負け数の金字塔を見てみよう。

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【1位】は唯一の三桁敗戦をマークした1961年の近鉄(6位140試36勝103敗1分、勝率.261)。

野手の打率としても.261 は微妙な数字だが、この打率でレギュラーでも不思議ではない。助っ人外国人でもホームランを量産してくれたら、十分許される数字である。

36勝だって、36本塁打とすり替えれば、タイトル争いにも絡める堂々たる長距離砲である。

そう、1961年バージョンの近鉄の103敗は、打者成績として考えると大きな驚きはない。


【2位】は、99敗の大洋(1955年:6位130試31勝99敗0分、勝率.239)…勝率なら堂々の1位で、140試合制なら103をクリアして33勝107敗か34勝106敗でゴールしていた計算だ。

この年の大洋が事実上の史上最弱チームといえよう。

勝利.239 がいかに突出した数字であるかは、1勝4敗ペース(.250)でも勝率が上がるという唖然とする事実を考えるとよくわかるだろう。

全盛期のイチローは3打数1安打(.333)で明白に打率が下がるという超常現象を引き起こしていたが、それに匹敵するあり得ない、あってはいけないペースといえる。


98敗の同数で【3位】に並んだのが1956年の高橋(8位154試52勝98敗4分、勝率.351)と、1955年トンボ(8位141試42勝98敗1分、勝率.300)だが、勝率が3割を越えている時点で、もはやこの議論にはお呼びでない。52勝なんて本塁打に〝換算〟すると大谷翔平レベルだ。興醒めである。

高橋とトンボは顔を洗って出直して来い!実質同じチームだが…。



ということで、ちゅにどらは、1955年バージョンの大洋、勝率.239、140試合制での想定で更新が厳しい方の33勝107敗をターゲットとする!

さて、あらためて現在のドラゴンズの勢いを見ると、我々が歴史の証人になるかもしれないと戦慄する数字が並んでいる。

勝率.214 は強肩攻守の捕手か、守備固め、あるいは将来が期待される若い大器でもない限り、野手としては許されざるミステリーゾーンに突入している。

「勝率.214、シーズン110敗」と言葉にするのは簡単だが、常識的に考えれば超常現象なのだ。生半可な実力では近寄ることも許されない、神(悪魔?)の領域である。

そして、シーズン110敗がいかに現実離れした困難な数字であるのか、例えば火曜日からのカープとの3連戦で1勝2敗でもしてしまうと、4勝13敗の勝率.235と跳ね上がってしまう。

その時点で、シーズン107敗を更新する108敗(32勝)を喫するためには、もう勝っても良い試合は28しか残されていない。

歴史を作るには1勝2敗ペース、打率…いやさ勝率.333ペースでは、もうお話にならないのだ。

連勝を避けて、スイープをコツコツと積み重ねていく…そんな奇跡の行進(後進?)を続けなければ、1955年バージョンの大洋を超えることは出来ない。

.333 が許されないというのは、数字の上ではイチローと全く同じ苦しみを今のちゅにどらは味わっているといえよう。

もちろん、悲観することはない。108敗に対して、現在は110敗ペースだから、貯金2と考えれば少しは気が楽になるのではないか?まだ貯金が2もある、のだ。ここで、貯金が2しかないと焦るのは禁物だ。

水筒の中の水は残り半分。それを「まだ半分もある」と考えるのか「半分しかない」と悲観するかで、砂漠を渡り切れるかどうかが決まる。



しかし、超常現象などそんなめったやたらに見られるものではない。今がアベレージとは考えにくく、ボトムだろう。

もし、今がボトムではなく、もっと深い谷底まで潜行するというのなら、大記録の可能性が膨らんでくる。


しかし、ここから反転攻勢が始まるとAクラス入り、クライマックス・シリーズ進出、日本一だって可能性はゼロではない!いや、10%くらいはある!

がんばれ(どっちの方向に?)!ちゅにどら!

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東京勤務のときは近所の中高生と野球したり勉強したり、そのフォローで夜もバタバタすることが多かったのですが、大阪では何しろ単身赴任で、まだ近所にご挨拶しただけ。

自分の時間が多い。

私は全く気楽な異邦人、立ちションしようがコンビニでエロ本(そんなのもうないか?)立ち読みしようが、安心です。

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本題は「立ちション」でも「エロ本」でもなく「そこを超えてゆけ。」。



「日本人」×「内野手」×「長距離打者」=?

この掛け算の答えは「不可能」です。

悪戦苦闘は織り込み済み。かかってこいや!MLB!!!



村上様と奈良のジョニー・デップの挑戦1年目は、まだ始まったばかり。

【現在のシーズン本塁打ペース】村神様:59本/ジョニー・デップ:29.5本
※2人ともチーム11試合目

村上様 打率.200  本塁打4  打点7

ジョニー・デップ 打率.262  本塁打2 打点3

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