カテゴリ: FIGHT SONG

有明vs立命館宇治。

9回まで3−2で立命館。1点差ですが、主導権は立命館。

9回表の有明の最後の攻撃。

四球が絡んで満塁から京都代表は崩れます。あと1アウトだったのに…有明は熊本大会から見せつけてきた機動力をこのイニングに爆発させ、一挙4点をもぎ取って形勢は逆転。

甲子園は完全に熊本びいき。そしておそらく、日本中のテレビの前ではほとんどの人が熊本を応援していたんでは無いでしょうか。

かくいう私もその一人です。

しかし、立命館宇治は残念無念、純真な彼らは100%実力を出し切ったでしょうが、どこかにやりにくさは感じていたかもしれません。

「球場の方の大歓声が力になった」(高見一茂監督)。

立命館宇治、あと一歩でした。残酷な一戦になってしまったかもしれません。

できれば避けたい相手との激突で6回まで完全に試合を支配しながら、ピンチに盛り上がるスタンド、完全アウエーの空気に押しつぶされるように9回逆転負け。

しかし、普通では経験できないものすごい経験だったと思います。来年、もっと強くなって戻って来てくれるはずです。



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日本時間の明日、6月13日にWBAバンタム級王者アントニオ・バルガスが初防衛戦のリングに上がる。

バルガスはアマチュア時代、フライ級=52kgで活躍。トロントで開催されたパン・アメリカン大会で金メダル、米国代表として出場したリオデジャネイロ五輪は惜しくもベスト8で敗退したが、エリートアマと分類しても差し支えのないボクサーだ。

しかし、米国では五輪のボクシングを地上波生中継する時代は20世紀で終わり、プロボクシングはもっと悲惨な状況でマイナースポーツの谷を転がり続けている。ただでさえマイナーなボクシングの中で、さらにマイナーな軽量級のバルガスは、母国ですら少しばかりの関心も払われる存在ではない。

ボクシングファンでも興味が薄い軽量級にも、ちょっとした格付けはある。明日、バルガスが挑戦を受けるジェシー〝バム〟ロドリゲスは軽量級では至高の評価を集める実力者だ。

トップランクと契約してプロデビューしたバルガスだったが、米国では全く注目されない軽量級、不遇の時代が続いた。しかし、2023年からバンタム級に主戦場を移し、翌年にはWBA暫定タイトルを獲得、潮目が大きく変わり、二つの波に乗った。

最初の波は昨年6月。好条件を提示されてマッチルーム・スポーツUSAに迎え入れられたのだ。完全落ち目のトップランクとは違う、サウジアラビア系のズッファ・ボクシングを例外にすると世界最高のプロモーターからの招待だった。

そして、軽量級がリスペクトされる唯一の富裕国、日本では主要4団体のバンタム級タイトルマッチで〝博覧会〟が繰り広げられていた。この二つ目の波にも乗ってWBA王者に昇格したバルガスは昨年、日本で比嘉大吾と防衛戦を行いキャリアハイの報酬を手にした。

しかし、好事魔多し。昨年11月に最愛の母、アネッタが子宮がんで亡くなってしまう。人生で、ボクシングで挫けそうになったとき、いつも励まし寄り添ってくれたのがアネッタだった。

妹の2人は父親姓のエステベスを名乗っていたが、彼は母親のバルガス姓を選んだ。

最後の週、バルガスの父親ホセ・エステベスは、歩くのもままならず意識も混濁して話すこともできなくなったアネッタに「闘病を続けるか」と静かに問うた。激しい痛みと薬の副作用に苦しみながら、アネッタはしっかりと目を開き、何度も頷いてみせた。

アネッタが「もう、闘病は終わりにしたい」と、ホセの問いかけに首を振るのではないかと激しく動揺していたバルガスは、母親の強さに感動の涙を流した。「あんな光景はいままで見たことがなかった。苦しんでいるのに、まだ戦い続けようとする母親の強くて厳かな意思に、私は神様に感謝した。この母親の強さは私にも受け継がれていると」。

母親が天国に旅立ち、失意に沈むバルガスにボクサー人生最大のチャンスが舞い込んでくる…PFPファイター、バムへの挑戦だ。マッチルームがバルガスに近寄ったのは、この試合をスムースに組むため。はっきりいってしまえば、バルガスはバムが3階級制覇する生贄、踏み台だ。

バムは「バルガスはアマチュア実績も確かな強敵。この試合に集中する」と明言しているが、バルガスに勝ったあと、団体統一戦を挟むかどうかは未定ながら、来年1月にジュニアフェザー級のUndisputed champion 井上尚弥とのビッグファイトが日本開催で内定している。

ウィリアム・ヒルはバムの勝利に1/20(1.05倍)、バルガスに9/1(10倍)と見立てている。

王者がこれほど侮辱されたオッズは滅多に拝めないが、ヒルの数字はまだマシな方でスター☆スポーツなど複数のブッカーは1/40(1.025倍)、11/1(12倍)と、マイク・タイソンvsバスター・ダグラス(1/42)のレベルで「バルガスに勝ち目はない」と切り捨てている。



「最愛の母親を失って迎える最初の試合が、一世一代の大勝負」という点で、ダグラスとバルガスが共通していることに、ボクシングファンはすぐに気が付くだろう。

そして、このレベルの大番狂せが、まず起こりえないことも、ボクシングファンはよく知っている。



「1−40」がひっくり返されるのか?それとも、バルガスはやはり、踏み台に載せられた生贄の羊なのか?


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さて、大阪に仮宿を移して3ヶ月。

高校時代まで、東京では「そんなとこは日本にない!」と信じてもらえなかった阪神エリアで、私はまあ喧嘩が弱いくせに暴れてました、今思えば。

4月から転勤で、いま住んでるのは大阪駅にも新大阪駅にも近い交通至便の一軒家(といっても社宅)、阪神エリアも遠くないとこです。東京での生活の方がずっと長くて、関西は「地元」というよりも「出張先」でしたが、しばらく根を下ろすとなると、それはそれなりに高校時代の友人やらから呼び出されたりなんやらで、楽しいやら、なんやら「あー、こういう面倒くさいとこやった」とちょっと辟易したり…。

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ーーー近所の町中華、酢豚定食が700円で「マジか?」というほど絶品なのですが、ここのおばちゃんが4月に高校時代の友人たちと酒飲んでた店にもいて、私を見つけるとあろうことか私たちのテーブルに座って話し始めるのです…東京や横浜では絶対にありえない、余計なおせっかいというか、遠慮がないというか、プライバシーやコンプライアンスの欠落というか、とにかくデリカシーとかエチケットとか、そーゆー繊細な意識が全くない輩が多すぎるのです。


まあ、でも「大阪は嫌い?」と聞かれたら、やっぱり食べ物は絶対的に大阪が大好きです。

ボクシング観戦については、ほとんどが後楽園ホールの私ですが「一番、感動したのは?」と聞かれたら…1997年11月22日、大阪の冬ならではの寒風が突き刺さる夜、あの日の大阪城ホール、それしかありません。

マニー・パッキャオがリーロ・レジャバを、オッズが出ない大番狂せで破った、2001年6月23日のMGMグランド・ガーデンアリーナではありません。1997年11月22日の大阪城ホールです。

周囲の空気、今風に言うなら同調圧力みたいなものには全く反応しない私ですが、後にも先にも、あの夜だけは会場に巻き起こった声を追いかけていました。夢中で、叫んでいました。


ターツヨシ!ターツヨシ!!ターツヨシ!!!





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前回、ボクシングには体重による階級の他に、純粋に実力だけを反映したわけではない待遇による階級がある、ということをお話ししました。


まず、Elite Boxer。4団体17階級の時代でもタイトルホルダーはこのカテゴリー。プロテクトされながらチャンピオンに育てられ、トップボクサーと呼ばれることもあります。線路や温室を用意されたホープもこの階層のファイターです。

そして、Gatekeeper(門番)とも呼ばれるJourneyman。実力的にエリートボクサーに劣ると見られますが、まれに番狂せを起こすことも。エリートボクサーとの決定的な違いは、咬ませ犬を提供されないことです。

そして、Sacrificial Lambs 。咬ませ犬です。Elite Boxerの育成に欠かせない栄養素ですが、JBCでは「スポーツとしてのボクシングでは存在してはいけない」という建て前から、直近の試合内容によってフィリピン人やタイ人ボクサーを締め出してきました。

〝3階級〟全ての身分を経験したシーサケット・ソールンビサイのように、キャリアを通じて身分が固定されるわけではありません。また、咬ませ犬から這い上がったシーサケットは、咬ませ犬を提供されることはありませんでした。

エリートの肩書を持たないボクサーはデビューからJourneymanに向かって努力しますが、Elite Boxerに辿り着けるのはほんのひと握り。多くのボクサーはJourneymanにもなれずにキャリアを終えます。



ノニト・ドネアが9月に再起戦を予定しています。

ドネアは、ブライアン・ビロリアに敗れてシドニー五輪代表の座を掴めず、2001年プロデビュー。2戦目で判定が割れないようにする実験的な5回戦に出場するなどプロテクトされることはありませんでした。

それでも米国で非常に層が薄い軽量級ということもあり、ジュニアバンタム級を主戦場に地域タイトルを拾いながらJourneymanのポジションを獲得。2007年にはIBFフライ級王者ビック・ダルチニアンに挑戦、軽量級史上に残る大番狂せを起こし、Elite Boxerになってリングを降ります。

それから約20年も、ドネアはElite Boxerとして走り続けてきました。2013年にギレルモ・リゴンドーに敗れてからの10試合は7勝3敗、そこから増田陸まで続く11試合は5勝6敗。

直近5試合で見ると1勝4敗。敗れた5人は井上尚弥との第2戦、アレハンドロ・サンチアゴ、堤誠也、そして増田。いずれも全盛期のElite Boxerですが、ドネアのポジションはJourneymanレベルまで落ち、Sacrificial Lambs(咬ませ犬)の沼に沈みつつあります。

PFPファイターにまで登ったドネアやシーサケットが咬ませ犬としてリングに上がり続ける…これは日本人ではありえないことです。彼らの母国が日本のように富裕であったなら、Elite Boxerとして全てお膳立てされた母国のリングを主戦場にできたでしょう。

43歳のドネアが9月に戦うのは当初、バンタム級のジェイソン・モロニーと言われていましたが、ジュニアバンタム級の弟アンドリューに標的が変更されたようです。

お膳立ての通りにドネアが負けると、モロニーや増田よりもワンランク下の相手に提供される咬ませ犬の役割が回ってくるでしょう。

その行先を想像すると、暗澹たる思いしかありません。

日本のElite Boxerが蹉跌する姿には哀愁と残酷が混交する感情にとらわれますが、これがフィリピンやタイとなるとそんな感傷的なものは通り越して「咬ませ犬のリング禍」という最悪の悲劇に行き着いてしまいます。

スポーツにおける実力がかけ離れた相手との対決。それは、本来ならありえないことです。そのスポーツが選手の生命・健康にかかわる格闘技となると、絶対にあってはいけないことです。

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そして、軽量級のボクサーの多くはこの咬ませ犬はもちろん、タイトルホルダーや挑戦者でも劣悪なスケジュールでの来日を強いられます。

ましてや咬ませ犬になると、日曜日開催ノンタイトル戦のスケジュールは金曜日に成田着のエコノミーで来日。土曜日に前日計量。そして、日曜日の試合が終わるとその日のうちに帰国。

日本側から用意されるのは、航空券と格安のビジネスホテル代(最終段階の減量でサウナを使う場合は自腹)、食費として3日分(1日2,500円*3日分=7,500円)。選手とトレーナーの2人分が支給されます。

ファイトマネーはフィリピン人で1ラウンドあたり100米ドルが相場、約1万5,000円。10回戦なら約15万円が現金で支給されます(流石にチケット払いはありません)。

ここからトレーナーに10%、マネージャーに45%が差し引かれ、選手が手にするのは45%、6万7,500円。JBCに支払うライセンス取得費と医療検査費の合わせて185ドル(2万7,750円)は基本的に選手負担ですから、手元に残るのは5万弱です。少ないと思うかもしれませんが、これはマニラの貧困地域なら1世帯が2ヶ月以上暮らせる金額です。

世界王者クラスになっても航空機のエコノミーはデフォルトですが、ファイトマネーの相場は10倍以上。宿泊費・食費も1週間分用意されます。それでも、人気階級のタイトルホルダーを呼ぶことを考えれば安いもの。

もちろん、人気階級のスターともなると様相が一変します。

特別な日航機に乗って、高級ホテルに宿泊したゲンナジー・ゴロフキンには食費1日2,500円は準備されず、ファイトマネーに含まれていたといわれていますが、トレーナーやスタッフに日本側から別途経費が支払われていたかもしれません。

日本人で最高の報酬を手にしたのは、先月の東京ドームで戦った井上尚弥でしょうが、井上が倒した選手でGGGを上回る、あるいはそれに近い待遇、ファイトマネーが用意された選手は間違いなく1人もいません。

世界の人気階級と、そうではない軽量級は全く違う世界なのです。







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月に一度くらいの頻度で、米国の雑誌類が私の通う(重度の不登校でしたが…)図書館に届けられていました。

お気に入りは簡易な英語で書かれた、THE RING MAGAZINE とSports Illustrated でした。

座布団2枚を重ねたくらいのボリュームがある、雑誌を包んだ茶色い包装紙は厚くて固く、ハサミを入れるのは指が痛くなるほどかなりの力が要りました。図書館の一番大きなテーブルの上でジョギッ、ジョギッ、ジョギッ…と包装紙を切っていくと、雑誌がスルスル〜ッと床まで落ちて、床でも1メートルくらい滑走するのもありました。

最も滑走しやすいのは、表紙・裏表紙が薄くてツルツルのスポーツ・イラストレイテッド誌でした。当時のスポイラは、タイム誌やニューズウィーク誌などと同じ週刊。ESPNは開局して間もなく、スポイラは米国で圧倒的な存在感を持つスポーツメディアでした。


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スポイラの没落から現在は提携関係はないようです。


このスポイラと提携して、文藝春秋から1980年に創刊されたのがSports Graphic Number誌でした。高校図書館にこの雑誌はなかったのですが、リクエストするとすぐに定期購読してくれました。

良い意味での、昭和な話。私にとっては、最高に素晴らしい環境でした。

ナンバー誌が取りあげたのは、日本のプロ野球や競馬、ラグビーなどで、せっかくスポイラと提携しているのに世界(米国)スポーツを大々的に取り上げることはほぼありませんでした。

しかし、世界のプロボクシングは大々的に特集されました。


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第1回のGOD BLESS THE 〝RING〟はマービン・ハグラーvsトーマス・ハーンズを中心に特集。


その中心的特集「GOD BLESS THE 〝RING〟」はシリーズ化され、そのときどきの米国リングシーンを伝えてくれたのでした。

オスカー・デラホーヤやフロイド・メイウェザー、マニー・パッキャオ、カネロ・アルバレスのメガファイトが詳細に語られ、彼らが表紙を飾るようなものですが、21世紀になってからは「世界のボクシング」を伝える特集は途絶えてしまします。

GOD BLESS THE 〝RING〟は米国ボクシングのスターシステムや、軽量級がそれとは無縁の人気のない〝別競技〟であることも思い知らされました。

GOD BLESS THE 〝RING〟
は5回のシリーズで終わり、Number誌から世界のボクシングを知るパイプを見失ったこともあり、ボクシングファンは「軽量級でもラスベガスでメインでPPVでファイトマネー20億円、井上尚弥は日本ではもう見ることができない」と幻覚してしまうようになります。

このGOD BLESS THE 〝RING〟がスポイラの特集をほぼ丸ごとパクった(もちろん提携してるので盗作ではありません)内容でした。

二つの雑誌を並べて読んだり、スポイラでよく解釈できない文章があったらナンバーで答え合わせする、さらにリング誌でも同じ試合についての解説を読む…それは、私の貧弱極まる英語力にとって凄まじいアクセルになり、最初はチンプンカンプンだったタイム誌など他の雑誌も読めるようになりました。

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チャンドラーはPFPでも中位までランキングされる実力者でしたが、日本のリングに引っ張り上げられるなどその待遇、人気は無惨なものでした。人気階級でなければ相手にされない、それが欧米のボクシングの残酷な現実です。



GOD BLESS THE 〝RING〟は日本の多くのボクシングファンにとっても「海の向こうに日本が好き勝手している軽量級とは全く別のボクシングがある」ことを教えてくれました。

ラスベガスやニューヨークの大会場を軽量級の試合がメインでフルハウスにする、ボクシングビジネスを肥大化させたクローズドサーキットが軽量級でも展開されるーーーそんなことは一切ない、起こり得ないことも GOD BLESS THE 〝RING〟が問答無用に教えてくれたのです。






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UFCが米国建国250周年を記念する祝賀行事の一環としてホワイトハウスでは6月14日(日本時間15日)に開催する「UFC freedom 250」大会の仮設アリーナ建設が進んでいます。



米国ではとっくの昔にボクシングはNo.1格闘技ではなく、人気でも市場規模でもUFCを最高峰とするMMAの後塵を拝しています。

認定団体と階級の増殖によって、タイトルの価値は暴落一方。体重超過でタイトルを失っても、またすぐ別のタイトルに挑戦できる、そもそも高い価値など無いから剥奪されても痛くも痒くもない。

認定団体が独断で作るランキングや、そこをベースに開催されるタイトルマッチはデタラメだらけ。

そして、高度な技術を応酬する試合よりも、野次馬的関心を煽る茶番劇の方が大きな興行となり、選手報酬も高額になり、もはやボクシングをスポーツとして扱う理由を探すのが難しい状況にまでなっています。



ーーー私が米国ボクシングに惹き寄せられた1980年代。すでにボクシングは斜陽スポーツと言われていました。

しかし、サッカーも野球も最高峰へのアタックが封印されていた時代、世界で戦う日本人を応援できるのはボクシングだけだったこともあり、日本ではまだメジャースポーツ。具志堅用高は政府が国民栄誉賞を検討するほどのヒーローでした。

そして、米国ボクシング。モハメド・アリを知らない私が見たテレビ大阪やテレビ東京が映し出したラスベガス・シーザースパレスの熱狂、日米の雑誌から読んだ活字からは、ボクシングが斜陽だとは到底実感できませんでした。


あれから、40年。米国と日本のボクシングの40年間をフラッシュバックしてゆきます。


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米国で大きな需要が見込めない軽量級や、ボクシングファンに馴染みのない異邦人など不採算のファイターの切り離しを進めているトップランク。

井上尚弥や中谷潤人は落ち目のトップランクから契約更新されなくても痛くも痒くもありませんが、母国にはもちろん、米国にもファンベースが薄いキューバ人の軽量級、ロベイシ・ラミレスは半年近くもフリーエージェント状態。ようやく先月になって、ウズベキスタンで設立されたばかりのプロモーションRaizd Boxing に拾われました。

しかし、日本時間のきょう5月30日にタシケントのHumoアリーナでRaizd Boxing 初の興行に組まれたラミレスの試合が、急遽中止になったというのです。


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知人が中東から中央アジアに出張中にはタシケントの地下鉄にもラミレスの試合広告が出ていましたが…


ラミレスがSNSに投稿した内容をまとめると「中止の理由はMRI検査を受けることができないからと、Raizd BoxingとWBCの関係者から伝えられた。今日受けても結果が出るまで3日かかるから、試合は中止するしかないと通告された」「Raizd Boxingから3試合契約とファイトマネーのオファーを受けたが拒否した」「MRI検査は試合の数時間前に実施され、検査結果も出ている」。


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ラミレスはマウリシオ・スライマンに対して「世界の辺境でおかしなことが起きている。その原因を究明して欲しい」と要求、THAT’S IT, FAMILY. THE FIGHT HAS BEEN CANCELED BECAUSE OF THESE MOTHERF***ERS WHO DON’T RESPECT FIGHTERS.”(みんな聞いてくれたか?ファイターをリスペクトしないクソ野郎どものせいで私の試合が中止にされた)と捨て台詞も。

Raizd BoxingはWBCとも関係が深いようです。MRIの検査結果が出たのに、Raizd Boxingがどうして試合中止の判断をしたのかがラミレスの投稿からは分かりません。他の試合は予定通りに行われている模様です。

Raizd Boxingからの契約オファーを突き返した理由も、何が原因なのかがわかりません(普通に考えると「こんなはした金でやてられるか」や「タイトル返り咲きの道筋が見えない」とかですが)。

今月は、お隣のキルギスでも亀田プロモーションズの興行が急遽中止になるなど、中央アジアの興行が揺れています。


マウリシオは「メキシコにいて実態がまだわからない。調査に乗り出す」と声明を出しました。


続報を待ちたいと思います。



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先週、開催された「MMA returns(昔の名前で出ています)」のメインイベント。 ロンダ・ラウジーとジーナ・カラノは17秒で終わった試合時間の何十倍もの時間を抱き合い、涙を流して互いを称え合いました。

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MVPの共同創設者、ジェイク・ポールとニキサ・ビダリアンは連名のプレスリリースで「世界中で1240万人以上の視聴者がNetflixでライブ視聴、ラウジー対カラーノ戦では視聴者数が1700万人近くに達し、史上最も視聴されたMMAイベントの一つとなった」と報告しました。

時間がかかる独自選手の育成をガッツリ省略、UFCの契約していない元UFCのスーパースターを札束をばら撒いて集めたNetflixらしいイベントでした。

Netflixがボクシングでも手掛ける茶番劇路線はいまや最も大きな興行になりつつあり、もはやこの競技がスポーツではないという現実を突きつけられているようで少し悲しい気持ちにもなります。

そんなこと言い出しても仕方がありません。



話を戻して、ラウジーとカラノのハグを見て、すぐに思い出したのは、WWEのイヨ・スカイとアスカの抱擁でした。

「あの空間と時間には、男は入り込めない」と慄いたのは、私だけではないでしょう。

ラウジーvsカラノ、イヨとアスカ。そこには「モハメド・アリvsジョー・フレイジャー」の15ラウンド45分間の掛け値なしの死闘とは全く違う「井上尚弥vs中谷潤人」の12ラウンド36分間のパンチ交換(950発=井上474発/中谷476発)とも異なる、彼女たちだけの思いのたけが溢れていました。


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そして、競技レベルこそ違えど共通していたのは、互いの存在証明をナイフのようにして相手の喉元を狙う試合だったということです。

そして、彼女たちは見事に自らのアリバイを証明して見せました。

21世紀も4分の1が過ぎ〝我らの時代〟は〝女だけの世界〟に突入したのかもしれません。


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ワシル・ロマチェンコがリングに戻ってきます。

最後の試合が昨年5月のジョージ・カンボソス戦(IBF /IBOライト級戦:11ラウンドTKO勝利)ですから、9月に復帰戦をするとしてブランクは1年4ヶ月。「カムバック」と呼ぶには微妙な感覚ですが、30歳の頃から「引退」を口にしていたウクライナのハイテクがこんなに早くグローブをはめ直したのは意外でした。

「故郷のオデーサに帰って釣りでもしながら悠々と余生を楽しみたい」。

「黒海の真珠」と呼ばれ、歴史地区は世界遺産にも登録されているオデーサですが、稀代のテクニシャンが悠々自適を諦めざるを得ない悲劇が、ウクライナで続いています。




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大学時代の知り合いでエネルギー産業に携わっているやつがいます。

若い頃は当たり前のように中東やロシア、中国、オーストラリアなどを飛び回っていましたが、ここ数年は国内で落ち着いていたのに、イラン戦争のあおりで中東へ。

「ひと段落ついた」とのことで、帰路は旅行がてらウズベキスタン、キルギス、中国西域のシルクロードを辿るとのこと。機銃掃射のように画像を送ってくるので「お前の下手な写真じゃなく、もっと美しい写真集とかたくさん見てるから」と言いながらも、なかには下のように「お!!!」という画像も。

まだBoxRecには反映されていませんが、29日にムロジョン・アフマダリエフがタシケントで復帰戦を行います。また、キルギスでも24日に亀田興毅プロモートのイベントも開催。

「アフマダリエフって知ってるか?」と聞くと「このボクシングのやつか?パリ五輪メダリストは知ってるけど、他は知らん」。

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ウズベクの首都タシケントの地下鉄ではしっかり広告も。

MJが母国で試合を行うのは2021年4月3日のvs岩佐亮佑から5年ぶり、キャリア2度目となります。

昨年9月に井上尚弥に敗れてからの復帰戦。がんばれMJ!

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