The EPOCH!
エポック(epoch)…そこを境に全く新しい価値観が見出され、全く新しい時代が始まる画期的な出来事。

【格闘技世界一決定戦(時間無制限一本勝負)】
1976年2月6日 日本武道館
◯アントニオ猪木 (20分35秒TKO )✖️ウィリエム・ルスカ
今から50年前。
アントニオ猪木は四角いジャングルの中と外で、二重の包囲網に絡め捕られてしまいそうになっていました。
一つは、ジャングルの中。プロレス興行に必須のビッグネームの外国人レスラーは、米国の主要団体と強力に提携しているジャイアント馬場の率いる全日本プロレスが独占、猪木の新日本プロレスにはそのコネクションがありませんでした。
もう一つは、リングの外。スポーツの枠組みから追放されたプロレスが世間から浴びていた「八百長」「低俗な見せ物」という冷たい視線です。
どちらも絶対に勝てるわけがない強敵でしたが、猪木は生粋のプロレスラー。二重の包囲網を同時に突破するギミック(巧妙に仕組まれたカラクリやトリック)を発明しました。
馬場のネットワークの圏外にいる「強さに説得力のある外国人との〝真剣勝負〟」で「プロレス最強を証明」しようとしたのです。
〝真剣勝負〟の相手は、いまなおオリンピック同一大会で2階級を制覇した唯一の柔道家、ウィリエム・ルスカ。視聴率34.6%を叩き出したこの〝真剣勝負〟を皮切りに「格闘技世界一決定戦」シリーズはプロレス対柔道、プロレス対ボクシング、プロレス対キックボクシング、プロレス対空手…と、プロレス最強を証明する道を突き進んでいきます。
クライマックスは、同じ年の6月26日にモハメド・アリとの現役のボクシング世界ヘビー級チャンピオンと激突した狂気の大一番。
しかし「格闘技世界一決定戦」シリーズは真剣勝負ではなく、アリ戦を除くと全てプロレスでした。
ルスカとの開幕戦も、もちろんプロレス。ミュンヘン五輪で無差別級と重量級の2階級を制覇したとき身長190cmだったオランダの赤鬼は、まだ成長期だったようで猪木と対戦したときの身長は196cmと計測されました。プロレスお約束のケーフェイです。
「格闘技世界一決定戦」シリーズには、猪木が二重の包囲網を突破するファンタジックなギミックというだけでなく、現実的なビジネスの側面も持ち合わせていました。
猪木がアリ戦で背負った10億円とも20億円ともいわれる巨額の借金は、現在のテレビ朝日、Nippon Educational Televisio(NET)が肩代わりしましたが、この返済のためにシリーズ化する必要に迫られたものだったのです。
しかし、UFOが空を飛び回り、エリア51で宇宙人が捕獲され、ネス湖で巨大恐竜が暴れ回り、超能力者たちが頑強なスプーンを次々と捻じ曲げていた1970年代に四角いジャングルで起きた超常現象は「プロレス最強」から「最強の格闘技とは?」という究極の命題を追求するムーブメントを発生させました。
そして、猪木が蒔いたギミックから芽吹いた「格闘技世界一決定戦」は、いま米国で大きく花を咲かせています。

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