前回のFirst Lossではプロボクシングには体重の階級以外にも〝身分〟の階級があるとお話ししました。

高貴の順番で並べると「Elite Boxer=スター」「Journeyman(Gatekeeper)=門番」「Sacrificial Lambs=咬ませ犬」。

この3つの階級はキャリアを通じて保証されているものではなく、基本的に落ちていくだけの一方通行ですが、その境界線は非常に曖昧で、JourneymanからElite Boxerに這い上がる例も珍しくありません。

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 実はエリートボクサー…なんです!


「Elite Boxer」はスターや、スター候補(育成中のスター)。五輪や世界選手権で卓越したアマチュア実績を持つ者、デビュー時点では注目されなかったもののチャンピオンにまで登った成り上がり者、何らかの知名度がある者たちです。

エリートアマは特に優遇されデビューから温室の中に敷かれた線路が用意されます。線路には必ず咬ませ犬が餌として撒かれ、徐々にジャーニーマンをまぶしながら加速させ、アルファベット団体で最も与し易いタイトルホルダーとの対戦を吟味して路地に出します。

「五輪や世界選手権で卓越したアマチュア実績を持つ者」は、五輪金メダリストのジョージ・フォアマンやシュガー・レイ・レナード、オスカー・デラホーヤらがその〝代表作〟。日本人では絶対不可能とされたミドル級でトップのアマチュア実績を残し、デビュー前から電通やフジテレビなど日本を代表する企業が巨大な資金を提供しあって〝神輿〟を用意された村田諒太もその典型。

世界的には「優れたアマチュア実績」とは口が裂けても言えない井岡一翔や井上尚弥らも、日本では堂々のElite Boxerに当たります。

「デビュー時点では注目されなかったもののチャンピオンにまで登った成り上がり者」にはバーナード・ホプキンス、テレンス・クロフォード、マニー・パッキャオ、ノニト・ドネア、畑山隆則ら。彼らは過保護なプロテクトから外れたJourneyman のポジションからの成り上がりです。

「何らかの知名度がある者」はサンプル数は少ないですが〝スラムから世界へ〟のムービーストーリーをなぞったマイク・タイソン、喧嘩自慢の福田健吾、キックの神童・那須川天心、五輪・世界選手権につながらないアマチュア大会の実績しか持たず、テレビ局が幼少期からまとわりつき絶大な知名度を培養させた亀田兄弟も後者にあたります。また、海外ではフリオ・セサール・チャベスJr.やコナー・ベン、クリス・ユーバンクJr.らの〝親の七光り組〟も珍しくありません。



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そして、Journeyman(Gatekeeper)。

彼らはスターでもなく、無敗のレコードも持ってませんが、ナショナルタイトルやローカルタイトルを競う実力者です。

咬ませ犬を屠りながら温室で培養されたElite Boxerが路地に出されるときの踏み台も、彼らに託された重要な役回りです。

米国時代の亀海喜寛や石田順裕、亀海のライバルであったヘスス・ソト・カラスらが典型。ここからElite Boxerにのし上がるガッツマンもいますが、その逆にノニト・ドネアのように落ちてくるファイターも珍しくありません。

非常に珍しい例として、Sacrificial Lambs(咬ませ犬)としてキャリアをスタートし、JourneymanからElite Boxerに登り詰め、再びJourneymanに戻り、咬ませ犬に限りなく落ちつつある、この3つの身分を往復したシーサケット・ソールンビサイのようなファイターもいます。

Elite BoxerとJourneymanに明確な定義はありませんが「Sacrificial Lambs(咬ませ犬)を当てがわれるかどうか」が一つの境界線になるかもしれません。





さて、Sacrificial Lambs 、咬ませ犬です。彼らは実力差の乖離が大きいElite Boxerの自信と戦績の箔を付けさせるために用意された、本来は存在してはいけない〝種族〟。

重大な事故にもつながりかねない咬ませ犬は、日本人には存在しません。もっと正確にいうと、JBCは「日本人相手に3連敗」「日本人との階級や戦績・実力に大きな乖離」フィリピンやタイから咬ませ犬を呼び寄せることを禁止しています。

それでも「日本人相手に3連敗」していなければOK、そして「日本人との階級や戦績・実力に大きな乖離」という非常に恣意的な基準をすり抜けて咬ませ犬は今も日本に呼び付けられています。

井上尚弥のデビュー戦は、直近の試合で無敗の日本人(知念勇樹)に格安の待遇と超タイトな日程で日本に呼び付けられてきっちり負けているクリソン・オマヤオでしたが、このフィリピン人を咬ませ犬と呼んでも差し支えないでしょう。

ちなみに、咬ませ犬よりも一つ身分が上のJourneymanでも日本に呼ばれる場合は3泊4日がデフォルト。前日計量を考えると、このスケジュールは狂気の沙汰です。計量の前日に来日させる最も大きな理由も、日本のプロモーターのリスクヘッジのため。経費節減のため「2泊3日にしたい」のが本音でしょう。

ファイトマネーは米ドルで1000ドル(約15万円)未満。そこからマネジメント料やJBCへのライセンス交付と認定料など諸経費が引かれて、ファイターの手元には半分程度しか残りません(渡航費と宿泊費は日本のプロモーター持ち)。

それでも、フィリピンやタイの貧困層出身の彼らにとっては、家族を含めて数ヶ月養える金額なのです。

つまり…Sacrificial Lambs 、咬ませ犬の待遇はそれ以下ということです。大橋ジムに呼ばれて八重樫や井上のデビュー戦をつとめたシーサケットやオマヤオもとんでもないスケジュールととんでもないファイトマネーで日本のリングに引っ張り上げられました。

もちろん、大橋ジムや八重樫、井上を非難している訳ではありません。これがプロボクシングの世界なのです。海外では、もっと酷いかませ犬の例も数え切れません。日本はまだ良識がある方です。

「アンソニー・ジョシュアvsジェイク・ポール」のような、実力上は咬ませ犬のジェイクがプロモートして高額のファイトマネーを用意する、日本人の理解を大きく超えた茶番劇まで行われているのです。

そして、咬ませ犬たちは奴隷のように無理やり日本に連れてこられた訳ではありません。彼らは喜んで日本にやって来ているのです。

昨年4月に来日、山崎海斗に敗れたシーサケット・ソールンビサイは「また日本に呼んでもらえて嬉しい」と、感謝の言葉を残しているのです。キャリア初期の咬ませ犬ではありませんでしたが、世界ランクに残っているシーサケットの衰えを見切った、いわゆる〝ランク獲り〟のために呼ばれたケースで、待遇はJourneymanの相場よりも良かったでしょう。

それでも、この逆はありません。世界トップ戦線からこぼれ落ちてもランクが残っている元PFPファイターの日本人がタイやフィリピンのホープの踏み台としてバンコクやマニラのリングに引っ張り上げられるーーーありえません。



このシリーズの主役はElite BoxerでもJourneymanでもありません。

Sacrificial Lambs 、咬ませ犬です。その深くて暗い闇の底を、もう少し覗いてみましょう…。