Breez is Nice!

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ついに…レイムンド・ベルトランが一つの試合で二つの夢を叶えました。

Top Rank-ESPN興行のメインイベント、WBO世界ライト級王者決定戦で、パウルス・モーゼスを3−0(117−111×2、116−112)で下して悲願の世界タイトルを掴み取ったのです。

そして、ついにグリーンカードを獲得したのです。米国永住権です。もう家族が引き裂かれる悪夢を見る必要はありません。正々堂々と、米国に住むことができるのです。

「生きるか死ぬか」。そう覚悟して挑んだ通り、両者がまぶたを切ってしまう激しい流血戦となりました。

「ESPNのアナウンサーはベルトランに肩入れし過ぎ」「今年40歳になるモーゼスもナミビアから敵地に乗り込んで最後のチャンスと頑張ったのに」「ベルトランの負けでもおかしくない」…視聴者の声は確かに頷ける部分もありますが、アナウンサーはともかく、公式ジャッジは十分納得出来る範囲のスコアでした。

CompuBoxのパンチ統計は、ベルトランが678発中197発ヒット(命中率29%)、モーゼスが622発中159発(26%)でした。

意気込みが強すぎたのか、前半は固かったベルトランでしたが、バテバテになりながらも後半ど根性を見せて一家離散を食い止めました。

EB-1 green cardが認可発行されるのは、間違いないでしょう。
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=写真=解説は、マニー・パッキャオにしか負けなかったティモシー・ブラッドリー。「ベルトランの上下の打ち分けは効果的。特に左右のボディフックは素晴らしかった」。

そして、早くも初防衛戦が内定しています。

5月12日、マジソン・スクエア・ガーデンで、PFP1位(ESPN)のワシル・ロマチェンコを迎え撃つというのです。

トップランクのボブ・アラムは「今は何も決まっていない。私たちはロマチェンコがホルヘ・リナレスに挑戦する世界戦を模索している。二人のファイターもそれを望んでいる」と明言を避けていますが、5月5日のメガファイト(ゲンナディ・ゴロフキンvsカネロ・アルバレスのリマッチ)、両者とも自分に有利な報酬を主張、HBO(ゴールデン・ボーイ・プロモーション)とESPN(トップランク)の綱引きなどリナレスvsロマチェンコ実現には複数の障害があります。

一方、ベルトランvsロマチェンコなら同じトップランク門下、5月12日の放送カードのメインイベントにセットするのは最も自然な成り行きです。 

流血のダメージを負っているのに試合まで3ヶ月もない短いスパン、しかも相手はロマチェンコ…ベルトランの試練は続きます。

アラムが珍しく良いこと言ってます。その通りです。

"I'm very happy for Ray right now," Arum said. "He really earned that world championship victory. He is a champion. His win is a win for all the Dreamers in the United States. We need to keep all the Dreamers in this country." (ベルトランを祝福したい。ついに世界戦をものにした。世界チャンピオンだ。米国にいる全てのドリーマーたちを勇気づける勝利だ。私たちはドリーマーたちをこの国から追い出すようなことはしてはならない)

トランプ政権が撤廃する方針のDACA(15歳以下で親に連れられて入国した場合は強制送還を免除する条例)のおかげで、薄給の下積み仕事を黙々とこなして米国社会を支えてきたドリーマーたち。

ドリーマーを強制送還したら、下積み仕事の給料が跳ね上がり、経済に混乱を来すことは明らかです。

移民に対して恐ろしいほど冷酷な日本人の私が言うのは「唇寒し」ですが、移民によって栄えたボクシングビジネスに深く関わっていたにも関わらず、このような暗愚な政策を推し進めるトランプ大統領には幻滅しかありません。
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「BOXING NEWS 24」は情報が早くて、豊富なサイトですが…。

ただ、井上尚弥には厳しいですね。読者も含めて。正論だけに悔しいところもあります。

WBAレギュラー王者、ジェイミー・マクドネルとのタイトルマッチを5月に行うという記事からです。

 プロモーターのエディ・ハーンは「リボリオ・ソリスとの防衛戦後はジュニアフェザーに上げる計画だったが、マクドネルが井上と日本で出来るなら大きな試合になると乗り気になって路線が変わった」と説明しています。

 「井上がスーパーフライから逃げたことに、世界のボクシングファンは幻滅した。結局、彼は強い相手と一度も戦わずに敵前逃亡した。彼の言い訳は〝相手が逃げた〟。奇妙な話だ」。

「昨年9月のスーパーフライ興行にゲスト出場した井上は、全く無名のアントニオ・ニエベスに圧勝した。しかし、それはこの興行の番外編。本編はローマン・ゴンザレス対シーサケット・ソールンビサイ、ファン・フランシスコ・エストラーダ対カルロス・クアドラスの強豪同士の〝準決勝〟。その決勝が今月24日に行われるのは既定路線、まさか、ゲストがそこに割り込めるとでも思ってたのか?」。

「そして、今回の相手。誰もが階級最弱王者と認めるマクドネルを選んだ。きっと彼はこう言うのだろう。ライアン・バーネットもゾラニ・テテも逃げた、と」。

このサイトのPFPでは井上は当然ランク外、シーサケットは8位に入っています。

個人的には、井上はジュニアバンタムでは最強だったと確信しています。

もちろん、「マッチメイクが簡単なはずのクアドラスとどうしてやらなかったのか?」という海外のファンの質問には、「井上ではなく陣営が逃げた」と言わざるをえませんが。もし戦っていたら、苦戦は免れなかったでしょうが、勝てたと思いますし、素晴らしい試練になったはずです。

日本のメディアは都合のいい海外の記事だけを拾い上げるのではなく、いろんな意見があることをしっかり伝えるべきです。

もちろん、ルイス・ネリーが山中慎介との再戦について「メキシコでやりたかったが、プロである以上試合報酬が決め手。メキシコやアメリカでは(日本のようなファイトマネーは)払えるわけがない」というように、軽量級のメッカは日本です。

挑戦者だからといって、山中が安い報酬でメキシコまで行く必要など微塵も有りません。さすがに、「西岡利晃の愚行」は繰り返さないでしょう。

ただ、井上尚弥は、このままでは、今までの日本人世界王者と同じ道を辿ります。間違いなく。

どこかで、勇気の橋を渡らなければなりません。

私は「長谷川穂積vsフェルナンド・モンティエル 」のような、実績的にも経済的にも優位に立つチャンピオンが大幅に譲歩するなんて不条理は不必要だと感じてきましたが、この豊かな国の軽量級ボクサーにとってはそれは必要なのかもしれません。 
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=写真=ESPNの興行の番宣で、涙ながらに決意を語るベルトラン。「家族を守るためにもアメリカの永住権を掴まなければならない。私は36歳、この試合がラストチャンスだ。今までも、勝つと信じてリングに上がってきた。しかし、この試合は特別だ。絶対に負けられない。私と私の家族の人生が、丸ごとか賭かっているんだ」。

絶対に負けられない戦いがある。

そんなアディダスの広告が語る言葉が現実に当てはまることは、実は滅多にありません。

その、滅多にない〝絶対に負けられない戦い〟を迎えるのが、明日のレイです。

もし、この世界戦を落としてしまうと、就労ビザが切れ、レイの稼ぎを頼りに生活している家族を残して、メキシコに送還される可能性が大なのです。

世界王者になれば「アメリカの国益に貢献できる普通じゃない才能がある」と認められ、〝アーティストのグリーンカード〟が手に入るのです。

「どうせ負けてもパッキャオが家族の面倒見てくれるんでしょう」と聞いてくる意地の悪いメディアに対して、レイはムッとして、まくしたてます。

「それを言ったらパッキャオのスパーリングパートナーを辞めてなんかいない。最初から変な世界チャンピオンよりも待遇は良かったし、金額はどんどん跳ね上がっていったからね」。

「ただ、私はパッキャオの傘から出て行く必要があると感じたんだ。彼のおかげで強くなった、でもこれからは、自分の傘をさして、家族を守って、嵐の中を突き進んでいくのさ。それが私にとっても家族にとっても大切なことだとわかったから。これは、会社の傘に身を寄せ合って生きている君たちにはわからない、誇りの話だ」。

かつての雇用主、マニー・パッキャオからは「お前は絶対に勝たなければならない。勝てばグリーンカード、負けたら家族と引き離されるんだ。ここからはお前だけの責任だ。私には何も出来ない」とエールを送られています。
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=写真=ベルトランが提出した書類一式の「受理と審査を行う」ことを告げる通知書が、国土安全保障省から送付されました。「世界タイトルマッチの結果を鑑みて審査を行う」…つまり勝てばグリーンカード、ゲットです。

レイのEB-1取得に対する陳情には、米国の議員を含む多くの米国市民が支持を表明しています。

異例と言うか、当然というか、その中には非米国市民がたった一人だけ署名しています。マニー・パッキャオです。

1996年間、15歳のときに母親と兄弟と極寒の国境越えを敢行してから22年もの時間が経ちました。

今度は、夜の山脈を突破する違法の国境越えではありません。

合法の〝国境越え〟です。米国政府に認められて、晴れて米国市民になれるのです。

運命のゴングまで12時間を切りました。
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2003年11月15日。当時のフィリピンは硬直していました。

イスラム過激派と政府軍の血みどろの内戦が、泥沼化していました。

「当時」と書いてしまいましたが、この内戦は、実はまだ続いています。深刻に、続いています。日本や欧米の報道が歪んでいるだけです。

それは、このブログとは全く関係のない、また別のお話なので、これでおしまいです。
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一人のボクサーの二つの拳など、国際政治や外交の渦の中では、 何の力も持ち合わせていないのかもしれません。

ただ、2003年11月15日。その日の真昼間に、今以上に凄惨な内戦が 繰り広げられていたミンダナオ島のジャングルから、何発もの号砲が響き渡りました。

ダバオ市に滞在していた邦人は、ゲリラが市街地に侵攻してくると恐怖しましたが、事情を理解していた家政婦のフィリピン人は「全く心配ない」と笑いました。

フィリピンは豊かな資源を持ちながらも、外国資本に支配され、抑圧された〝奴隷国家〟です。その国は両手で数えられる財閥一族が外資と共謀して、約1億人の国民を搾取する卑劣な〝帝国〟です。

世界一の果実大国が、どうして世界屈指の最貧国なのか。バナナやツナ缶はどうしてこんなに安いのか。
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あの号砲は、空砲。実弾を込めずに、宙に撃ち放った空砲でした。

政府軍との戦闘に、ジャングルに潜んでいた兵士が喜びのあまりに撃ち放ってしまった空砲でした。ゲリラが、自らの居場所を教える空砲を撃つなど、本来は絶対にありえません。

ダバオでゲリラを掃討すべく布陣していた政府軍は、敵の居場所が分かれば、何らかの部隊行動を展開すべきなのですが、進撃することなく彼らもまた空砲を撃つのでした。

幹線道路に車も人も全く見当たらないのは、ゲリラと政府軍の空砲を恐れた市民が外出を控えたからではありません。彼らも政府軍、反政府ゲリラと同じように衛星放送に見入っていたのです。

空砲が合図であったかのように、人々は屋外に出て喜びに絶叫し、動き出した乗用車は例外なく歓喜のクラクションを鳴らしました。

ミンダナオ島のダバオだけではありません。ルソン島の首都マニラの1000万人も、同じでした。

彼らの希望が、彼らの誇りに昇華した瞬間でした。

ジャングルからの空砲は「勝ったぞ!見たか?」という雄叫びです。

ゲリラの空砲に政府軍も答えます、「お前たちも見てたのか!勝った!勝ったな!」。

誰もが知ってるフィリピン人は、世界はもちろん、日本人ボクサーの 「階級への壁の意識」を、何もそこまでしなくても…というまでに、木っ端微塵に打ち砕いてくれましたが、そんなのは瑣末なことです。

泥沼の内戦を戦っているはずの政府軍も、反政府ゲリラも、2003年 11月15日米国テキサス州アラモドームから中継されるボクシングの試合の数時間、暗黙の休戦状態だったのです。

それでも…。「社会的な影響力を発揮したボクサーとしてはモハメド・アリ以来」と米国メディアが絶賛した、極貧からの成り上がりフィリピン人にとって、この日は単なるステッピングストーンに過ぎませんでした。

世界中のボクシングファンが「アジア人がまさかここまで極めるとは!」と驚嘆した〝アラモドーム〟は、その先のもっとどでかい花火に続く、太い導火線に火が付いたに過ぎなかったのです。
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=写真=NHK「アナザーストーリー」から。

カス・ダマトはタイソンを甘やかしてしまいました。次元は違いますが、森祇晶が清原和博を過保護にしたように。

タイソンの本質を見抜いていたダマトの教えは二つだけでした。そもそもダマトは「トレーナー」ではありません。「モチベーター」です。

①「恐怖は炎のようなものだ。上手く扱えば闘争心につながり、焼かれてしまうと錯乱する。制御するのだ」

②「ドン・キングという口先だけの黒人が、お前に必ず近寄ってくる。絶対に口を聞くな」

悲しいかな、タイソンはその二つとも克服することが出来ませんでした。

※①モハメド・アリがこの言葉を聞いて「何だこれは?」と訝しがると、ダマトは「お前にはわかるまい。お前には必要のないことだ」と笑いました。アリとホームズ、ダマト、タイソンの絡みは興味深いエピソードに溢れています、ご存知の方も多いでしょうが、機会があればまた。


マイク・タイソンは、そのキャリアでは番狂わせを起こすことは一度も出来ませんでした。

それだけ強かった…逆に言うとそれだけ強い相手と戦わなかったということですが。

第2期全盛期ジョージ・フォアマンとの一戦はほぼ互角のオッズが出ていました。ダグラス(身長192㎝)と全く同じ巨体で、そのジャブはダグラスよりも速く鋭く、パンチ力はダグラスとは異次元のフォアマン戦は実現していたら面白い試合になっていたでしょう。

タイソンとその陣営が頑なにフォアマン戦を回避したのは賢明な判断でしたが、ファンにとっては残念でした。

正直、ホリフィールドが「レノックス・ルイスでも攻勢をかければ下がらせることが出来たが、フォアマンは別格、大げさな表現ではなく岩のようだった。ジャブは強烈で速くて、全盛期のフォアマンはもちろん、モハメド・アリがどれほど強かったのか、自分には想像もつかない」というフォアマンには、勝ち目は無かったでしょう。

タイソンは、フォアマンをはじめ勝てそうにない相手を敬遠しながらも、格下にも惨敗するキャリア後半を強いられました。

しかし、その人生においては、人々の予想を見事に裏切りました。

リングの上のオッズと、人生のそれ。どちらがひっくり返すのが難しいかは、タイソンの天敵イベンダー・ホリフィールドが明白明確に語ってくれています。

「ボクシングは努力しただけ報われるが、人生や結婚にはそれは全く関係がない」。
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=写真=「あなたは何でも買える。希少なホワイトタイガーはどうか」。タイソンは、ブルックリンの汚い鳩小屋で懐いてくれた鳩を思い出しました。しかし「鳩?そんなのは虎の餌にもなりませんよ。あなたはもうゲットーの貧しい少年じゃないのです」という甘言に踊らされ、相場の数十倍、数億円の虎を購入してしまいます。
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幼少から犯罪に手を染め、マフィアや取り巻きに利用されるだけ利用され、ヘロイン中毒の末に40歳(母親が出生届を提出しなかったため実年齢は不明:死亡時38歳と言われていましたが、歯の磨耗度などから現在は40歳説が有力)で死亡したソニー・リストンと同じような運命を辿る、いやリストンより長生きは出来ないと誰もが確信していたタイソンですが… 現在51歳です。

人生の勝利者です。

そして、誰もが予想した破滅へ一直線の人生から脱出し、穏やかな毎日を送っているのです。

レノックス・ルイス戦よりも圧倒的不利予想を立てられた人生の戦いで、タイソンは超大番狂わせを起こして見せたのです。 

しかし、7人の子供の父親として健康な市民生活を送るタイソンには、大きな試練も待ち構えていました。

2009年にその事故は起きてしまいます。末っ子の4歳になるエクソドスがトレッドミルのコードに首を巻きつかれて窒息死してしまうのです。

再び、自暴自棄になりかけたタイソンを救ったのは、ラキハ・スパイサー(キキ)でした。
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2011年には、アニマルプラネット「Taking on Tyson」で、大好きな鳩の遠大なレースに挑戦、穏やかな第二の人生を謳歌している姿が放映されました。

2012年にブロードウェイで上演され、翌年にHBOで放映された「Mike Tyson: Undisputed Truth」(マイク・タイソン:正真正銘の真実)を制作・撮影したスパイク・リーは「タイソンほど正直に生きた人間はいない」と、タイソンの生き様に理解を示しています。

過去の自分と向き合い、第二の人生を堅実に歩もうとしている、かつての The Baddest Man on the Planetの姿は、奇蹟を見せてもらったような感動があります。

自分を怖がる弱い相手には滅法強く、ホリフィールドやルイスのような強い相手には自分を見失って錯乱してしまうタイソンは、けして尊敬できるボクサーではありませんでした。 

リング内外の常軌を逸した行動だけではなく、リングの上での実績、強い相手に勝っていないと批判され、殿堂入りに疑問符を付ける専門家もいましたが、タイソンはけして弱いボクサーではありませんでした。 
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=写真=リング誌電子版:2010年12月12日 「タイソンは完璧なボクサーではなかったが、殿堂入りには十分な実績がある。」 

タイソンは 、ヘビー級のレベル、つまり人気が落ち込んだ時代に現れた救世主でした。レベルが低かったから救世主になれた、という逆説も成り立ちますが、とにかく一時期のヘビー級を支配したのは間違いありません。

1987年からの4年間、階級最強であったことに疑問を挟む余地はありません。

そして、世界的にボクシング人気が下落していたその時期に、たった一人でこのスポーツを支えてくれたのです。

もし、ホリフィールドに勝っていたら、殿堂入りに文句を付けることは誰にも出来なかったでしょう。ルイスに勝っていたら、歴代 PFPで上位にカウントされていたでしょう。

アスリートに「たられば 」は厳禁ですが、それはアスリート本人が口にすることが厳禁であって、ファンには許してもらいたいです。

タイソンは、ヘビー級低迷という時代に恵まれていたというのは正しいかどうかはわかりません。レベルの高い時代でも、頂点には立てなくとも一定の存在感は示していたと思います。

ただ、マイケル・ジェラルド・タイソンという気の弱い、近眼(!)の少年が、マニー・パッキャオやロベルト・デュランのような〝ナチュラル・ボーン〟の才能ではなかった、むしろ真逆だったことは明らかです。

身体的にはボクシングの才能の塊でしたが、精神的には最もこの職業に向かなかった…そこが大きな悲劇でしたが、それゆえに彼の再生の物語は感動的なのです。

リング内での精神的な脆弱によって、張り子の虎であった神話が崩壊、生身の物語が始まりましたが、そこでマイク・タイソンは本当の強さを見せつけてくれました。

ある意味、パッキャオやデュランの物語は単純明快です。戦闘の神が、人間の皮を被ってこの世に降臨して来ただけです。

タイソンは生まれた時から、そして今も、生身の人間です。


「たられば」です。ソニー・リストンとタイソンは、本当によく似ています。

どちらが時代に恵まれていたか?

聞くのが野暮な質問です。

人種差別が公認され、マフィアが幅を利かせていた時代に、タイソンのような才能溢れる気の弱い少年は、格好の喰い物にされたでしょう。

リストンが80年代にキャリアを迎えていれば…彼もまた、きっと、2018年の今も、まだ生きていたかもしれません。


🍀それにしても…タイソン少年がド近眼だったというのは本当なのでしょうか?幼少のときの写真でしかメガネをかけてませんからド近眼はないと思いますが。
 
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