2003年11月15日。当時のフィリピンは硬直していました。

イスラム過激派と政府軍の血みどろの内戦が、泥沼化していました。

「当時」と書いてしまいましたが、この内戦は、実はまだ続いています。深刻に、続いています。日本や欧米の報道が歪んでいるだけです。

それは、このブログとは全く関係のない、また別のお話なので、これでおしまいです。
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一人のボクサーの二つの拳など、国際政治や外交の渦の中では、 何の力も持ち合わせていないのかもしれません。

ただ、2003年11月15日。その日の真昼間に、今以上に凄惨な内戦が 繰り広げられていたミンダナオ島のジャングルから、何発もの号砲が響き渡りました。

ダバオ市に滞在していた邦人は、ゲリラが市街地に侵攻してくると恐怖しましたが、事情を理解していた家政婦のフィリピン人は「全く心配ない」と笑いました。

フィリピンは豊かな資源を持ちながらも、外国資本に支配され、抑圧された〝奴隷国家〟です。その国は両手で数えられる財閥一族が外資と共謀して、約1億人の国民を搾取する卑劣な〝帝国〟です。

世界一の果実大国が、どうして世界屈指の最貧国なのか。バナナやツナ缶はどうしてこんなに安いのか。
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あの号砲は、空砲。実弾を込めずに、宙に撃ち放った空砲でした。

政府軍との戦闘に、ジャングルに潜んでいた兵士が喜びのあまりに撃ち放ってしまった空砲でした。ゲリラが、自らの居場所を教える空砲を撃つなど、本来は絶対にありえません。

ダバオでゲリラを掃討すべく布陣していた政府軍は、敵の居場所が分かれば、何らかの部隊行動を展開すべきなのですが、進撃することなく彼らもまた空砲を撃つのでした。

幹線道路に車も人も全く見当たらないのは、ゲリラと政府軍の空砲を恐れた市民が外出を控えたからではありません。彼らも政府軍、反政府ゲリラと同じように衛星放送に見入っていたのです。

空砲が合図であったかのように、人々は屋外に出て喜びに絶叫し、動き出した乗用車は例外なく歓喜のクラクションを鳴らしました。

ミンダナオ島のダバオだけではありません。ルソン島の首都マニラの1000万人も、同じでした。

彼らの希望が、彼らの誇りに昇華した瞬間でした。

ジャングルからの空砲は「勝ったぞ!見たか?」という雄叫びです。

ゲリラの空砲に政府軍も答えます、「お前たちも見てたのか!勝った!勝ったな!」。

誰もが知ってるフィリピン人は、世界はもちろん、日本人ボクサーの 「階級への壁の意識」を、何もそこまでしなくても…というまでに、木っ端微塵に打ち砕いてくれましたが、そんなのは瑣末なことです。

泥沼の内戦を戦っているはずの政府軍も、反政府ゲリラも、2003年 11月15日米国テキサス州アラモドームから中継されるボクシングの試合の数時間、暗黙の休戦状態だったのです。

それでも…。「社会的な影響力を発揮したボクサーとしてはモハメド・アリ以来」と米国メディアが絶賛した、極貧からの成り上がりフィリピン人にとって、この日は単なるステッピングストーンに過ぎませんでした。

世界中のボクシングファンが「アジア人がまさかここまで極めるとは!」と驚嘆した〝アラモドーム〟は、その先のもっとどでかい花火に続く、太い導火線に火が付いたに過ぎなかったのです。