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=写真=NHK「アナザーストーリー」から。

カス・ダマトはタイソンを甘やかしてしまいました。次元は違いますが、森祇晶が清原和博を過保護にしたように。

タイソンの本質を見抜いていたダマトの教えは二つだけでした。そもそもダマトは「トレーナー」ではありません。「モチベーター」です。

①「恐怖は炎のようなものだ。上手く扱えば闘争心につながり、焼かれてしまうと錯乱する。制御するのだ」

②「ドン・キングという口先だけの黒人が、お前に必ず近寄ってくる。絶対に口を聞くな」

悲しいかな、タイソンはその二つとも克服することが出来ませんでした。

※①モハメド・アリがこの言葉を聞いて「何だこれは?」と訝しがると、ダマトは「お前にはわかるまい。お前には必要のないことだ」と笑いました。アリとホームズ、ダマト、タイソンの絡みは興味深いエピソードに溢れています、ご存知の方も多いでしょうが、機会があればまた。


マイク・タイソンは、そのキャリアでは番狂わせを起こすことは一度も出来ませんでした。

それだけ強かった…逆に言うとそれだけ強い相手と戦わなかったということですが。

第2期全盛期ジョージ・フォアマンとの一戦はほぼ互角のオッズが出ていました。ダグラス(身長192㎝)と全く同じ巨体で、そのジャブはダグラスよりも速く鋭く、パンチ力はダグラスとは異次元のフォアマン戦は実現していたら面白い試合になっていたでしょう。

タイソンとその陣営が頑なにフォアマン戦を回避したのは賢明な判断でしたが、ファンにとっては残念でした。

正直、ホリフィールドが「レノックス・ルイスでも攻勢をかければ下がらせることが出来たが、フォアマンは別格、大げさな表現ではなく岩のようだった。ジャブは強烈で速くて、全盛期のフォアマンはもちろん、モハメド・アリがどれほど強かったのか、自分には想像もつかない」というフォアマンには、勝ち目は無かったでしょう。

タイソンは、フォアマンをはじめ勝てそうにない相手を敬遠しながらも、格下にも惨敗するキャリア後半を強いられました。

しかし、その人生においては、人々の予想を見事に裏切りました。

リングの上のオッズと、人生のそれ。どちらがひっくり返すのが難しいかは、タイソンの天敵イベンダー・ホリフィールドが明白明確に語ってくれています。

「ボクシングは努力しただけ報われるが、人生や結婚にはそれは全く関係がない」。
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=写真=「あなたは何でも買える。希少なホワイトタイガーはどうか」。タイソンは、ブルックリンの汚い鳩小屋で懐いてくれた鳩を思い出しました。しかし「鳩?そんなのは虎の餌にもなりませんよ。あなたはもうゲットーの貧しい少年じゃないのです」という甘言に踊らされ、相場の数十倍、数億円の虎を購入してしまいます。
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幼少から犯罪に手を染め、マフィアや取り巻きに利用されるだけ利用され、ヘロイン中毒の末に40歳(母親が出生届を提出しなかったため実年齢は不明:死亡時38歳と言われていましたが、歯の磨耗度などから現在は40歳説が有力)で死亡したソニー・リストンと同じような運命を辿る、いやリストンより長生きは出来ないと誰もが確信していたタイソンですが… 現在51歳です。

人生の勝利者です。

そして、誰もが予想した破滅へ一直線の人生から脱出し、穏やかな毎日を送っているのです。

レノックス・ルイス戦よりも圧倒的不利予想を立てられた人生の戦いで、タイソンは超大番狂わせを起こして見せたのです。 

しかし、7人の子供の父親として健康な市民生活を送るタイソンには、大きな試練も待ち構えていました。

2009年にその事故は起きてしまいます。末っ子の4歳になるエクソドスがトレッドミルのコードに首を巻きつかれて窒息死してしまうのです。

再び、自暴自棄になりかけたタイソンを救ったのは、ラキハ・スパイサー(キキ)でした。
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2011年には、アニマルプラネット「Taking on Tyson」で、大好きな鳩の遠大なレースに挑戦、穏やかな第二の人生を謳歌している姿が放映されました。

2012年にブロードウェイで上演され、翌年にHBOで放映された「Mike Tyson: Undisputed Truth」(マイク・タイソン:正真正銘の真実)を制作・撮影したスパイク・リーは「タイソンほど正直に生きた人間はいない」と、タイソンの生き様に理解を示しています。

過去の自分と向き合い、第二の人生を堅実に歩もうとしている、かつての The Baddest Man on the Planetの姿は、奇蹟を見せてもらったような感動があります。

自分を怖がる弱い相手には滅法強く、ホリフィールドやルイスのような強い相手には自分を見失って錯乱してしまうタイソンは、けして尊敬できるボクサーではありませんでした。 

リング内外の常軌を逸した行動だけではなく、リングの上での実績、強い相手に勝っていないと批判され、殿堂入りに疑問符を付ける専門家もいましたが、タイソンはけして弱いボクサーではありませんでした。 
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=写真=リング誌電子版:2010年12月12日 「タイソンは完璧なボクサーではなかったが、殿堂入りには十分な実績がある。」 

タイソンは 、ヘビー級のレベル、つまり人気が落ち込んだ時代に現れた救世主でした。レベルが低かったから救世主になれた、という逆説も成り立ちますが、とにかく一時期のヘビー級を支配したのは間違いありません。

1987年からの4年間、階級最強であったことに疑問を挟む余地はありません。

そして、世界的にボクシング人気が下落していたその時期に、たった一人でこのスポーツを支えてくれたのです。

もし、ホリフィールドに勝っていたら、殿堂入りに文句を付けることは誰にも出来なかったでしょう。ルイスに勝っていたら、歴代 PFPで上位にカウントされていたでしょう。

アスリートに「たられば 」は厳禁ですが、それはアスリート本人が口にすることが厳禁であって、ファンには許してもらいたいです。

タイソンは、ヘビー級低迷という時代に恵まれていたというのは正しいかどうかはわかりません。レベルの高い時代でも、頂点には立てなくとも一定の存在感は示していたと思います。

ただ、マイケル・ジェラルド・タイソンという気の弱い、近眼(!)の少年が、マニー・パッキャオやロベルト・デュランのような〝ナチュラル・ボーン〟の才能ではなかった、むしろ真逆だったことは明らかです。

身体的にはボクシングの才能の塊でしたが、精神的には最もこの職業に向かなかった…そこが大きな悲劇でしたが、それゆえに彼の再生の物語は感動的なのです。

リング内での精神的な脆弱によって、張り子の虎であった神話が崩壊、生身の物語が始まりましたが、そこでマイク・タイソンは本当の強さを見せつけてくれました。

ある意味、パッキャオやデュランの物語は単純明快です。戦闘の神が、人間の皮を被ってこの世に降臨して来ただけです。

タイソンは生まれた時から、そして今も、生身の人間です。


「たられば」です。ソニー・リストンとタイソンは、本当によく似ています。

どちらが時代に恵まれていたか?

聞くのが野暮な質問です。

人種差別が公認され、マフィアが幅を利かせていた時代に、タイソンのような才能溢れる気の弱い少年は、格好の喰い物にされたでしょう。

リストンが80年代にキャリアを迎えていれば…彼もまた、きっと、2018年の今も、まだ生きていたかもしれません。


🍀それにしても…タイソン少年がド近眼だったというのは本当なのでしょうか?幼少のときの写真でしかメガネをかけてませんからド近眼はないと思いますが。