カテゴリ: パウンド・フォー・パウンド

PFPの概念自体は、体重による不公平をなくすための階級制が作られた時代から存在します。

そして、メディアがPFPランキングを定期的に発表するようになったのは、1980年からスタートしたリング誌の THE  BEST FIGHTER POLL からでした。

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FIGHER OF THE YEAR があるのに紛らわしいという否定的な意見も寄せられた THE  BEST FIGHTER POLL でしたが2018年まで継続しました。

その間、THE  BEST FIGHTER POLL に連動する形で1990年から月刊PFPが始まり、2010年からはすぐに更新されるデジタルバージョンも立ち上がりました。

現在では、数え切れないほどのネットメディアが独自のPFPを発表しています。

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THE  BEST FIGHTER POLL のスタートから現在まで、PFPは「17階級を分け隔てなく平等に評価する」という共通認識は変わりませんが、軽量級がより評価される傾向が強まっているのは間違いありません。

そして「ガチでやったら当たり前だけど一番強いヘビー級」に対しては、ますます冷淡になってゆきます。

このシリーズでは、現実として強いがゆえに、空想ランキングから敬遠されがちなヘビー級にありながら、PFPにリストアップされたファイターたちを振り返ります。




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ボクシングの水増し階級と、球技などのリーグのエキスパンション’。

両者の共通点は…水増し階級が新設されると王者になりやすいということ、そしてMLBのエキスパンションならメジャーリーガーになりやすいということが挙げられます。

しかし、大きな違いもあります。

階級が増えると、ライバルの層も薄くなるので、ますます王者になりやすくなります。

ところが、エキスパンションではタイトル争いをするライバルや球団が増えることで、タイトルやチャンピオンになる難易度は跳ね上がってしまいます。

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さて、ボクシングの話に絞ると階級だけでなく認定団体までが増殖するという異常事態が進み、タイトルの価値は暴落しています。

ボクシングがメジャースポーツの一つに数えられていた1960年代は、基本的に一団体オリジナル8。地球上に8人しか王者がいないわけですからタイトルには重い価値がありました。

しかし、ボクシング界の堕落の責任をファイターに押し付けるのは見当違いもいいところです。

もし、ファイティング原田が4団体17階級の時代に生まれていたなら、エデル・ジョフレなんかには絶対挑戦しなかったでしょう。

それどころか、ポーン・キングピッチも避けて、最初のタイトルはジュニアフライ級か無理矢理のストロー級で獲っていたかもしれません。


逆に、井上尚弥が60年代にタイムスリップすると、そこにはジュニアフライ級など影も形もありません。

また、当日計量ですから、そもそもジュニアフライ級まで肉体を削ぎ落とさなかったでしょう。

もしかしたら、プロテストを受けたジュニアフェザー級はともかくバンタム級デビューとなっていたかもしれません。

そして、現代と違って挑戦する王者を選ぶことは出来ません。どっしり構えた王者が1人しかいないのですから、選びようがないのです。

また、団体は一つですから、非スポーツなランキングはなかったとは言いませんが、現在のようなデタラメランキングではありません。防衛の難易度も全く違います。

世界ランカーに弱いやつはいない。世界王者はみんな強い、そんな当たり前が当たり前だった時代です。

現代はジョー・メデルのような無冠の帝王など存在しません。今の時代なら、メデルはタイトルをいくつも獲って、何階級も制覇していたでしょう。

そして、井上のライバル関係は苛烈を極めたでしょう。

それでも、あくまで妄想に過ぎませんが、ファイティング原田が4団体17階級の時代のリングに上がるとして、井上のような圧倒的なパフォーマンスが出来たでしょうか…?

もちろん、水準の低い相手ばかりを薙ぎ倒していると批判されたマイク・タイソンには「いくら弱い相手でもあんなに豪快に倒せない」という擁護もありました。

そういえば、亀田興毅も「相手が弱いゆうならお前が倒してみぃ!」と啖呵切ってましたが…。

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時代を超えたファイターを比較することは、基本的には不可能です。

1970年代末から1980年代初頭に活躍した具志堅用高は国民栄誉賞に最接近したファイターでした。

白井義男やファイティング原田はもちろん、1970年代中盤の輪島功一や大場政夫も、国民栄誉賞があれば受賞していたでしょう。

スポーツ界全体に与える彼らのインパクトは、それほど大きなものでした。

信じられないかもしれませんが「ボクシングの世界チャンピオン」は、スポーツマンの中で最も有名な肩書きだったのです。

当時の人気スポーツは野球と相撲、ボクシングでしたが、君が代と対戦相手の国歌が斉唱される国際大会〝世界と戦う〟日本人を応援できるのはプロボクシングのリングの上だけでした。

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「WBA世界ジュニアフライ級王者の具志堅用高は海外でも認知されているのだろうか?」。

「後楽園球場で王貞治がベーブ・ルースやハンク・アーロンの本塁打記録を更新するって意味があるの?」

ーーーそんな見方はごくごく少数派、日本中が具志堅と王の快挙を素直に受けていた時代です。


しかし、時代は移ろい〝世界と戦う〟意味が変わってしまいます。

「世界」とは最高峰のこと。野球ならメジャーリーグ。サッカーなら欧州のトップリーグ。

そして、そこで活躍するということはすなわち、この島国から旅立つことを意味します。

それを如実に教えてくれたのが、野茂英雄や中田英寿、イチローでした。


ーーーもし、ボクシングを野球やサッカーに当てはめて、米国や英国のメガファイトを「最高峰の舞台」とするなら、ウエルター級以上の人気階級がメジャー、トップリーグということになります。

その理屈なら、ファイティング原田や井上尚弥の活動場所は下部リーグになってしまい、日本史上最高のファイターもトップリーグから選抜すべきという理屈になってしまいます。

カネのあるやつが対戦相手をホームに引っ張り込んで、自分の有利な環境で戦うーーーそんなスポーツの原理に反することが当たり前に行われてきたのがボクシングです。

ボクシングは少なくとも、リングに上がるまではスポーツではありません。

ウィンブルドンが苦手な大坂なおみは人気がある、彼女の勝利を願っている人が多いから、芝を刈ってハードコートに張り替える…スポーツならそんなことは許されませんが、ボクシングではホームでしか戦わないなんて当たり前です。

それどころか、キャッチウエイトなんていう理不尽も罷り通っています。

そう考えると、原田がバカ高い評価を集めていたエデル・ジョフレを2戦とも日本のリングに引っ張り上げたことは当然です。

興行として考えると、ボクシング不毛の地、ブラジルでやる選択肢などありません。

T-モバイル・アリーナでラモン・カルデナスを迎えた井上は「アウエーになるかも」と期待?していましたが、そんなわけありません。

カルデナスはもちろん、セミに登場したラファエル・エスピノサも全く人気のないファイターです。

そして、あんな背筋の凍る恐ろしい興行が打てるのも日本の大エースならではです。


世界レベルでボクシングが最も盛り上がっていた1960年代のディケイドPFP1位のジョフレを2度も呼びつけた原田。

そしてラスベガスに軽量級の最高峰を演出しようとした、砂漠にスキーのゲレンデを作ろうとした井上。

嫌味でもなんでもなく、ボクシング=興行を象徴している2人です。






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ここ数年、海外のボクシングメディアの記事で気になっていること。

例えば、日本時間の昨夜遅くにリング誌電子版がアップした記事の中に、こんな一文が紛れ込んでいました。

Inoue is one of this generation’s greatest fighters, and perhaps already the finest to ever come out of his country.

井上はこの時代の偉大なファイターの1人であり、もしかしたら日本の歴史上で最も優れているかもしれない。

「パハップス」なんて表現を聞くと、井上信者あたりが怒り狂いそうですが、個人的には井上尚弥はよくここまで登り詰めてくれたと感じています。

世界評価は非常に保守的です。そして、関心の薄い軽量級、アジアに向けるレンズはいつもピンボケ。

何が言いたいかというと、バカな世界評価、特に民度が低い米国、特に米国ボクシング記者協(BWAA)のような単細胞に一旦、刷り込まれた印象を更新するのは至難の業ということ。

さらに具体的にいうと、International BOXING HALL OF FAME(国際ボクシング名誉の殿堂)は、Modern Categoryで〝入神〟(しかも事実上の一発殿堂)している唯一の日本人について、いまだに以下のように説明しています。

He is arguably Japan's greatest fighter ever.〜彼こそが間違いなく日本最高のファイターだ。

かつては「日本」ではなく「アジア」でしたが、頑迷な世界評価でも懐に飛び込んできて大暴れしたマニー・パッキャオを見逃すことはありませんでした。

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「彼」。

ファイティング原田です。

かつて、宮田有理子に「バンタム級でUndisputed championになった井上はファイティング原田の領域に入ったと言えるか」と聞かれたフレディ・ローチは「それはまだまだ先だ」と否定したといいます。

https://fushiananome.superknova.org/archives/38904306.html

元WBCフライ級王者でその左強打はアジアのボクシングファンや、米国のコアなマニアは知っていましたが、ローチはパッキャオと初めて会ったとき、彼が誰なのか知りませんでした。

残念ながら、その程度なのです。

これが、メジャースポーツならもっと精密な評価や検証が行われるのでしょうが…BWAAや殿堂のホームページを見て幻滅した人も多いでしょう。本当にショボすぎる…。

Who is the best fighter in Our history?〜日本史上最高のファイターは誰なのか?ーーー個人的にはファイティング原田か井上尚弥かの2択です。

この議論では「軽量級は世界的に人気もなくて層も薄いから井上よりもガッツ石松や竹原慎二、村田諒太の方が上」という、階級難易度は考慮せず、あらゆる階級を公平に見るPFPの観点から見つめてゆきます。

もちろん、柴田国明というジョーカーも無視できないでしょうが、個人的には2択です。


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この手の話は、このブログでも何度もしてきました。

以前の続きの形で書こうと思いましたが、探し出すのが面倒なので「Who is the best fighter in Our history?〜日本史上最高のファイターは誰なのか?」の新しいシリーズとして仕切直しさせていただきます。





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Expert Poll (識者の投票)で決定するESPNのPFP。

今回は15人のメンバーが投票。1位のテレンス・クロフォードの引退をうけて、一つずつ順位が繰り上がり、圏外だったテオフィモ・ロペスが10位に。

ワシル・ロマチェンコに勝利したテオフィモは5位までランキングを上げましたが、ジョージ・カンボソスに敗れてランクアウト。約5年ぶりの Mythcal Ranking 復帰です。

①オレクサンデル・ウシク
②井上尚弥
③ドミトリー・ビボル
④バム・ロドリゲス
⑤アルツール・ベテルビエフ
⑥デビッド・ベナビデス
⑦シャクール・スティーブンソン
⑧中谷潤人
⑨デビン・ヘイニー
⑩テオフィモ・ロペス


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⬆︎1位票はウシクが11人、井上4人。この2人で15人の1位票が占められました。

井上を1位に推さなかった11人は全員が2位として投票。

アラディン・フリーマンがウシクを3位、バムを2位と評価しました。

2000年生まれのバムはまだ25歳(1月20日で26歳)。ローマン・ゴンサレスの軽量級としてのPFPキング在位期間(ESPN、リング誌でそれぞれ2年余り)を余裕で更新するかもしれません。



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ここで着ドン。濃厚鶏つけそば。




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Terence Crawford Goes Out on Top As SI’s 2025 Fighter of the Year

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たった一つの勝利でFighter of the Yearに選んでいいのか?その疑問は、対抗馬が活動的な1年間を送ったとき、議論はより白熱する。

ジュニアフェザー級のUndisputed champion 井上尚弥は2025年に4試合を戦った。ジュニアバンタム級のバム・ロドリゲスは、団体統一戦の2試合を鮮烈に勝ち抜いた。

ただ、2025年のクロフォードに限っては、井上とバムを上回ったと見る。

ジュニアミドル級でイスライル・マドリモフと凡戦を繰り広げたとはいえ、クロフォードは2階級飛ばして多くのメディアがPFP10位内の評価を与えていたカネロ・アルバレスに完勝したのだ。

井上とバムは、2025年に現役PFPファイターと戦っていない(2人ともキャリアを通して現役PFPファイターとは戦っていない)。
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JBCがIBFとWBOに加盟し、4団体時代へと〝開国〟したのが2013年。

井岡一翔のプロデビューが2009年ですから、日本はまだ4団体時代ではありませんでした。

しかし、井岡一翔は典型的な4団体時代のファイターと言えます。

WBOが発足した1988年時点では、タイトルの数は4団体*17=68から大きく膨らむことはありませんでした。

しかし、21世紀に入ると、同一階級に世界タイトルが4つあるというだけでなく、同一団体でも上位や正規、暫定などのタイトルが乱立するデタラメ時代になってしまいます。

タイトル過剰、返上や計量オーバーによる剥奪などタイトルが不安定になったことで、挑戦チャンスは激増、安易な複数階級制覇が横行します。

ファイティング原田の2階級制覇と、亀田興毅の3階級制覇を真剣に比較する人は皆無でしょうが、あの二つは全く別物です。

そんな4団体時代の成熟(正確には腐敗)と歩調を合わせるようにキャリアを積み重ねてきたのが井岡一翔でした。

また、インターネットの浸透、ボクシング専門のネットメディアが大量に現れたことで、従来は陽の目を見ることが少なかった軽量級にも光が当てられらるようになります。

2012年にはノニト・ドネアがFighter Of The Year を歴史上、最軽量のジュニアフェザー級で獲得。

ローマン・ゴンサレスはESPNやリング誌などのPFPキングとして2年以上も君臨しました。

4団体時代の波に乗って、井岡は統一王者、4階級制覇と進撃、獲得タイトルの数だけ見ると、1980年代前半までならグレート中のグレートなんですが…。

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さて、井岡に勝ったアムナット・ルエンロンはボクシング・シーンのFighter Of The Year に輝き、ドニー・ニエテスはPFP入り。

そして、井岡は田中恒成に勝ってPFP入り。あの試合、逆の結果なら恒成がPFP入りしていたことは間違いありません。

4団体時代とはいえ、これは井岡の高い評価を物語っています。

もし、ルエンロンとニエテス初戦に勝利していたなら、井岡の評価がさらにブーストしていたのは間違いありません。



さて…しかし…。

このひねくれ者ボクサーは、もっと大きなチャンスとニアミスしています。

2人のPFPキング、チョコラティトとモンスターです。

残念ながら二つのスーパーファイトは、井岡側が回避する形で実現しませんでした。


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以前使った画像⬆︎で恐縮ですが、井上尚弥はこのあと「122」も完全制圧しています。

ロマゴンと、井上尚弥と、もし戦っていたなら…防御と打たれ強さに定評のある井岡とはきえ、まだ誰にも見せていない崩落の姿を曝け出していたかもしれません。

また…大番狂せの逆目も出ていたかもしれませんでしたが、井岡がその巨大なサイコロを振ることはありませんでした。

しかし、それでも、運が良いことに、またまたまた大きなサイコロが井岡の足元に転がって来る気配がします。

バム・ロドリゲスが、来年にもバンタム級に上がるはずです。

バムのPFPランキングは多くのメディアで現状3位前後、もし勝てば…。


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山中慎介とほぼ同じタイミングでリング誌PFPに入った内山高志。

内山が戦場にしたジュニアライト級は、日本基準では堂々の中量級。

オスカー・デラホーヤやフロイド・メイウェザーが最初にタイトルを獲り、マニー・パッキャオが駆け抜けた人気階級への滑走路です。

歴史上、日本人が人気階級で大暴れしたことは一度もありません。

しかし、内山高志は滑走路とはいえ、人気階級の空を見上げることのできる場所で大活躍しました。

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アルファベットのタイトル戦は14試合で11勝10KO2敗1分。

ジェスレス・コラレスに足元をすくわれた12度目の防衛戦と再戦、最後の2試合を除くと、11勝10KO1分。井上尚弥にも匹敵する最大風速でした。

しかし…。

「人気階級への滑走路」といえば聞こえが良いものの…要はスター選手のジャンピングボード、通過点です。

デラホーヤもメイウェザーもパッキャオも、人気階級の頂点、米国市場で多くのタレントが集まるウエルター級をめがけて駆け上がっていきました。

米国の華やかな舞台で、ビッグネームと拳を交えたい。

超軽量級では望むべくもない。そんなチャンスがある、その欲求が昂って当然の階級が、このクラスです。

言い訳に聞こえるかもしれませんが、その夢を心の支えに防衛を重ねてきましたが、10度防衛してもまだその空は高いままで、掴めそうにない…コラレス戦前に「さすがにちょっと(モチベーションが持たない)」と、ボクシング・マガジンのインタビューで珍しく後ろ向きな言葉を絞り出したのを読んでやるせなさを覚えました。

内山が勝利した最強は、まず三浦隆司。そしてブライアン・バスケス。


同じ時代の130ポンドには、ユリオルキス・ガンボアやワシル・ロマチェンコらが回遊していました。マイキー・ガルシアとは相性が悪かったと思いますが、一発ありますからね。KOダイナマイト。




そして、今回のテーマから外れますが、内山高志はナチュラルな減量でも高名でした。

試合後に暴飲暴食することなく、130ポンドから大きく超えることのない体重を維持、過酷な減量とは無縁のパンチャーでした。

日本ボクシング界が、内山に次ぐジュニアライト級(かそれ以上の欧米の人気階級で)PFPファイターを生み出すのはいつになるでしょうか?





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彼らは誰に勝ったのか?

まずは(思いつくまま順不同です、あしからず)1990年からスタートしたリング誌の月刊PFPランキングに日本人で初めてリストアップされた山中慎介から。

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〝神の左〟は、元PFPファイターで評価の高かったアンセルモ・モレノに勝利したことが評価され、リング誌PFP10傑に名前を刻みました。

日本タイトルを争い、TKOした岩佐亮佑はのちのIBFバンタム級王者。

フライ級からジュニアバンタム級時代はPFPに数えられたビック・ダルチニアンにも勝利しています。

「元」とはいえ、PFPファイター2人に勝っているのは、日本選手としては十分な実績です。

陥落したルイス・ネリ戦をクリアしていれば、井上尚弥との決戦が内定していたそうですが、〝神の左〟に一縷のパンチャーズ・チャンスはあったでしょうか?

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テレンス・クロフォード、オレクサンデル・ウシク、井上尚弥。

2020年代のPFPビッグ3は誰に勝ったのかのか?

フロイド・メイウェザーやマニー・パッキャオ、カネロ・アルバレスは誰に勝ったのか?

専門ネットメディア花盛りの現在のようなPFPランキングなどなかった時代まで遡ると、モハメド・アリは誰に勝ったのか?

そして、ファイティング原田はエデル・ジョフレを除くと、誰に勝ったのか?

日本人でPFPに数えられた山中慎介、内山高志、井岡一翔、寺地拳四朗、中谷潤人は誰に勝ったのか?


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