時代を超えたファイターを比較することは、基本的には不可能です。

1970年代末から1980年代初頭に活躍した具志堅用高は国民栄誉賞に最接近したファイターでした。

白井義男やファイティング原田はもちろん、1970年代中盤の輪島功一や大場政夫も、国民栄誉賞があれば受賞していたでしょう。

スポーツ界全体に与える彼らのインパクトは、それほど大きなものでした。

信じられないかもしれませんが「ボクシングの世界チャンピオン」は、スポーツマンの中で最も有名な肩書きだったのです。

当時の人気スポーツは野球と相撲、ボクシングでしたが、君が代と対戦相手の国歌が斉唱される国際大会〝世界と戦う〟日本人を応援できるのはプロボクシングのリングの上だけでした。

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「WBA世界ジュニアフライ級王者の具志堅用高は海外でも認知されているのだろうか?」。

「後楽園球場で王貞治がベーブ・ルースやハンク・アーロンの本塁打記録を更新するって意味があるの?」

ーーーそんな見方はごくごく少数派、日本中が具志堅と王の快挙を素直に受けていた時代です。


しかし、時代は移ろい〝世界と戦う〟意味が変わってしまいます。

「世界」とは最高峰のこと。野球ならメジャーリーグ。サッカーなら欧州のトップリーグ。

そして、そこで活躍するということはすなわち、この島国から旅立つことを意味します。

それを如実に教えてくれたのが、野茂英雄や中田英寿、イチローでした。


ーーーもし、ボクシングを野球やサッカーに当てはめて、米国や英国のメガファイトを「最高峰の舞台」とするなら、ウエルター級以上の人気階級がメジャー、トップリーグということになります。

その理屈なら、ファイティング原田や井上尚弥の活動場所は下部リーグになってしまい、日本史上最高のファイターもトップリーグから選抜すべきという理屈になってしまいます。

カネのあるやつが対戦相手をホームに引っ張り込んで、自分の有利な環境で戦うーーーそんなスポーツの原理に反することが当たり前に行われてきたのがボクシングです。

ボクシングは少なくとも、リングに上がるまではスポーツではありません。

ウィンブルドンが苦手な大坂なおみは人気がある、彼女の勝利を願っている人が多いから、芝を刈ってハードコートに張り替える…スポーツならそんなことは許されませんが、ボクシングではホームでしか戦わないなんて当たり前です。

それどころか、キャッチウエイトなんていう理不尽も罷り通っています。

そう考えると、原田がバカ高い評価を集めていたエデル・ジョフレを2戦とも日本のリングに引っ張り上げたことは当然です。

興行として考えると、ボクシング不毛の地、ブラジルでやる選択肢などありません。

T-モバイル・アリーナでラモン・カルデナスを迎えた井上は「アウエーになるかも」と期待?していましたが、そんなわけありません。

カルデナスはもちろん、セミに登場したラファエル・エスピノサも全く人気のないファイターです。

そして、あんな背筋の凍る恐ろしい興行が打てるのも日本の大エースならではです。


世界レベルでボクシングが最も盛り上がっていた1960年代のディケイドPFP1位のジョフレを2度も呼びつけた原田。

そしてラスベガスに軽量級の最高峰を演出しようとした、砂漠にスキーのゲレンデを作ろうとした井上。

嫌味でもなんでもなく、ボクシング=興行を象徴している2人です。