カテゴリ: スポーツよもやま話

「序」

本来、スポーツとは非常にわかりやすいものです。

突然変異だユニコーンだと世間を騒がせている大谷翔平は単純な才能的には10年に一人、あるいは5年に一人のレベルでしょう。しかも、これは日本限定の話。

世界レベルなら〝大谷翔平〟は、あちこちにいるはずです。

もちろん、〝大谷翔平〟が顕在化するかどうか、つまり才能が開花するかしないか、あるいはどこまで 開花するのかは、本人の情熱に依る度合いが非常に大きいことは言うまでもありません。

才能に適した競技を選び、正しい時期に正しい情熱を集中できる環境が不可欠なのです。

ほとんどの才能は、その才能を考えると大輪に至らないばかりか、開花すらしない場合も数え切れません。

大谷翔平の場合は、その選択と情熱や環境のタイミングが 、奇跡的にほとんど「正解」に近い形でクリアされてきただけであって「100年に一度の才能」でもなければ「奇跡」でもありません。

正確には、才能と選択、情熱、環境…すべてのタイミングが「100年に一度」であり「奇跡」なのです。

この極めてわかりやすい大谷翔平と同じ年に、藤浪晋太郎という、極めて難解な才能が誕生したことは、冗談でもなんでもなく神の采配にすら思えて来ます。

彼らは、現代のカインとアベルです。

身長197㎝、体重98kg という体格は大谷翔平を凌駕し、高校時代は「どちらがプロ向きか?」というテーマに対して全く五分に別れる議論が展開されていたのは、今では笑い話です。

データ解析に優れたMLB。オークランドのスカウトは何を見誤ったのか、それとも全て織り込み済みなのか。

セ・リーグでは江夏豊以来、46年ぶりに高卒ルーキーで10勝をマーク。あの江夏をして「僕なんかより才能はぜんぜん上」と言わしめたというのに。



人の話を聞かないと言われる。精神的に弱いと言われる。

100マイルを超えるファーストボールを投げる技術がある、そしてそれは生半可な練習では投げることではありません。

技術の問題なのか、精神的な問題なのか、そよ両方なのか、あるいはもっと別の問題があるのか。

これは投球術を裏付ける生理学や物理学、精神を司る哲学、心理学、あらゆる学問を総動員しなければ答えの出ない問題かもしれません。


21世紀に入り、絶対に解けないと言われた「ポアンカレ予想(単連結な3次元閉多様体は3次元球面S3  に同相である)」が証明されたと思ったら、突如として湧いて出たのが「藤浪晋太郎問題」です。

ポアンカレ予想を最初に提出したのはアンリ・ポアンカレ、1904年のことでした。

そして、2006年にそれが成立することを証明したのが、グレゴリー・ペレルマン。102年間、一世紀以上かけても誰も解けなかった難問でした。

「藤浪問題」が提起されたのは2017年前後。

まだ、5年程度しか経っていませんが、問題の宿命的性格としてタイムリミットが迫っています。100年なんて悠久の時間はありません。

そして、やはり絶対的宿命として、問題を解いてくれるグレゴリー・ペレルマンは現れてくれません。

藤浪晋太郎自身が解答を見つけなければならないのです。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

マイク・トラウトを三振という言葉の通りにKOした大谷翔平の姿を「神々しい」と叫んだフォックスの解説者は手前味噌だったかもしれません。しかし、そう感じたファンも少なくなかったでしょう。



半年前にオスカー・デラホーヤをストップしたマニー・パッキャオが、タフなリッキー・ハットンを5分以上も寝転がらせたとき、「これはもう神が介在してますよ!」と唸った香川照之の言葉を大袈裟に感じた人も少なかったでしょう。 

しかし、トップアスリートは神ではありません。

彼らの言葉は変節します。

IMG_0409 (1)

大谷翔平はファイターズ入りを決断するまで「二刀流がプロ入りの条件」などとただの一度も口にしたことはありません。

「メジャー1本。NPBには指名されても絶対に行かない」と明言していました。しかし、最初は有名な目標シートのど真ん中には「ドラ1 八球団」と書いていたのです。

「ドラ1 八球団」。どでかい夢です。みんな書きます。そして、誰もその夢を叶えることはできません。

ましてや、その夢を超えるなんざ!



マニー・パッキャオは世界ライト級王者になるのが夢でした。

敵地タイで、大番狂せを起こしてフライ級王者になったときには「ライト級で世界王者になれればそれがゴール」と口にしたのを聞いて、私は「ラッキーパンチで勝った王者が何言ってるの?」と覚めた目で見てしまいました。

下院議員に当選したときも、上院議員になったときも「大統領になんて興味がない。立候補することは絶対にない」と宣言していましたが、大統領選が迫ると前言をひっくり返しました。 

パッキャオがラスベガスでメガファイトを繰り広げながら、通信教育で学業を修めたのは、酔狂ではありません。



大谷やパッキャオが呆れ果てるほどユニコーンなのは「夢」を簡単に超えてしまったからです。

GettyImages-528669528.0

ほとんど全てのアスリートは成長するにつれて、現実に圧倒され、その「夢」は萎んでゆきます。

井上尚弥はラスベガスの最大会場がすでにT -Mobileアリーナに移ってしまってからだというのに「MGMグランドガーデンアリーナでメインを張るのが夢と、語ってしまいました(事実を教えられていなかったのでしょう)。

そして「そのためには最低でもフェザー級に上げないと」という趣旨の夢を語りました。

しかし、井上が夢見た巨大な需要は軽量級にはありえないことを思い知らされて、日本に逃げ帰りました。

「逃げ帰った」という表現は、刺激的かもしれませんが、そういうことです。事実を受け止め、しっかり理解しなければなりません。


そして、優れたアスリートに〝嘘〟を吹き込む人が、一番ダメです。最低です。

「MGMメイン」なら西岡や井上のロジックを使えば、いくらでも試合ができます。足元を見られて、高額の憧れ料をふっかけられましたが。

実際に井上は「まさかバンタムでメインが張れるとは思わなかった」と感激していましたが、聡明な彼はすぐ気づいたでしょう。

コロナ禍で入場制限されていましたが、そこはアリーナではなく会議室でした。入場して馬鹿騒ぎしてる観客は、普通に考えるとサクラでした。

「本場の観客はどうでしたか?」という質問に、井上が「ただ騒いでるだけ」と吐き捨てるのは痛々しかったです。

井上は、コロナ前にジョンリール・カシメロとの試合が決定していました。舞台はMGMグランドガーデンアリーナに次ぐラスベガス・カジノの大会場マンダレイベイでしたが、もしコロナがなく、あの試合が行われていたら上階席封鎖で超格安チケットになっていたのは100%間違いありません。



ラスベガスで夢とまで、目標にすべきはT -Mobileアリーナ、ニューヨークならマディソン・スクエア・ガーデンのアリーナかバークレイズセンターです。

ただ…これをあからさまにしてしまうと〝西岡ロジック〟や〝井上方式〟は使えません。もしかしたら、だから見えないふりをしているのかもしれません…。

あるいは、信者も含めて本当に知らないとか…だとすると怖すぎます。



井上のアメリカでの夢が頓挫したように、「夢」は萎むのが当たり前です。



ところが、誰からも「絶対に無理」と決めつけられながらも、夢を膨張爆発させる本物の化け物もいます。  

変節しながら、魅惑のフェロモンを撒き散らしたクレイジーなグレートを振り返ってゆきます。 
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

ここのコメント欄には、制限は一切かけていません。

書き込んでいただければ、すぐにアップできます。

そして、絶対に削除しません(同じ内容や誤って途中投稿された場合、その後の投稿を生かして、前のものを削除しますが)。

ただ、人種差別の類の投稿は削除します。それが度をこした場合は投稿禁止にしています。今まで一人だけかな?

とはいっても、全部見てるわけじゃないので、見たものだけですが。

IMG_0427

何色にでも塗りたくってくださいませ。

完全100%お遊びのこの場所で、何を書いていただいても全く問題ない、そして、それを移動時間や空き時間に楽しめるからです。

そういう意味で、私に対する記事とは関係のない誹謗中傷も大歓迎とはいわないまでも全くOK、いや歓迎かな、真面目な話。

高校時代にあちこちで喧嘩してた頃の、大騒ぎな喧嘩相手を思い出して、結構面白いから。

それに何より、そういう人たちってずっと前の記事を掘り返して熟読してくれているから、どうしてそんなに気になるのかが、純粋に不思議です。

例えば私が、全く共感できないブログを読んでしまったら、普通に二度とアクセスしませんし、ましてや過去記事を精読なんて絶対にしません。

本当に嫌味でもなんでもなく、その理由には興味があります。そこまで、熟読してくれる理由を教えてくれたら幸いです。ファンということ?


古い記事をわざわざ遡ってまでして精読してくれているZさんとか、悪い意味でなく、ちょっとわからないんです。大好きなのか?

ただ、できたら「この記事のここが間違ってる」「ここが納得できない」というのを具体的に書いてくれたら、返事もしやすいので、目につく新しいコメントならなるべくお答えしますね。

プロレスラーがネタバラシするようなことしたくないですが…そういうことなので、どんどん返信していただければ、これ幸いでござる。

ただし、こっちは貧乏暇なしの50男、幾つも前のコメントに返信がないと文句をいう勿れ。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

近所の中学校で野球のコーチをしています。

以前もどこかで書きましたが、大谷が活躍すると入部希望者が増えます。

希望のポジションは「二刀流」「ディーエイチ」。 

流石に「DH」はないので、それは説明して諦めてもらいますが、二刀流は大歓迎です。

今日の私は会社を部署のみんなで勝手に「サムライ有休」。中学校でも教室で9回裏になるとテレビを付けてみんなんで見たそうです。

「野球に興味のない子や、嫌いな子もいるかもしれないのにそんなことしたら同調圧力だ」「他のスポーツではやらないで野球だけやるのはおかしい」…そんなこと言い出すバカが明日あたりに湧いてきそうですが、必要とあらば説明会を開きましょう。

何はともあれ、明日からの入部希望者には「クローザー」が加わりそうです。

前置きはこの辺りにして、本編です。

富裕国では国民的英雄は生まれないのか? 
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

プロボクシングが他のスポーツと違う点はいくつもありますが、長いブランクから再びリングに戻って来る、非常識なカムバックがよく見られることもその一つです。

そしてほとんど全てのケースで、不要なはずだったはずの醜態を晒すのです。

IMG_0391


元ミドル級のLineral Champion のセルヒオ・マルチネスが3月21日(日本時間22日)に、母国アルゼンチンで行われることになりました。

アルゼンチン…世界的に見てもモハメド・アリと戦ったオスカー・ボナベナ、フロイド・メイウェザーを最も苦しめたファイターの一人マルコス・マイダナ、マニー・パッキャオと拳を交えたルーカス・マティセらメガファイトの舞台に上がった強打者を輩出してきました。

最近なら、ジャーメル・チャーロとジュニアミドル級のUndisputed Championshipを争ったブライアン・カスターニョが印象的です。

日本でもアルゼンチンのボクサーは馴染みがあります。 

白井義男からフライ級王座を奪ったパスカル・ペレス。ノンタイトル戦で田辺清がKO勝利を収めたオラシオ・アカバリョ。

WBA初代ジュニアバンタム級王者で渡辺二郎に返り咲きを阻まれたグスタボ・バリャス。畑中清詞が大逆転勝利でWBCジュニアフェザー級王者を奪取したペドロ・デシマ。

WBAジュニアミドル級王者決定戦で上山仁を初回で撃沈したフリオ・セサール・バスケス、平仲明信を地元判定で下し、吉野弘幸の夢を打ち砕いたWBAジュニアウェルター級王者ファン・マルチン・コッジ、WBCフライ級王者ユーリ・アルバチャコフにボディを抉られKOされたウーゴ・ソト…。

最近なら井上尚弥が2ラウンドで破壊した、フライ・ジュニアバンタムの2階級制覇王者オマール・ナルバエス 。井岡一翔が2度退けたファン・カルロス・レベコ、現IBFフライ級王者フェルナンド・マルチネス。

ミドル級の系譜ではウーゴ・コーロ、カルロス・モンソン、ホルヘ・カストロ、そしてMaravilla(Marvelous)マルチネスと個性的なファイターを輩出してきました。

この4人のうちカストロを除く3人は、Lineal Championでアルゼンチンでも絶大な人気を集めていました。そして、4人に共通するのは番狂せでタイトルを奪い取ったこと。

全盛期のMaravillaは、母国ではリオネル・メッシに次ぐ人気アスリート 。WBCダイアモンド王者として最も長く君臨しました。

そういえば、「井上尚弥vsスティーブン・フルトン」ではダイアモンドやフランチャイズやらのベルトは用意されないのでしょうか?Maravillaの頃は正規王者とダイアモンドは〝兼任〟していましたが、今ならWBCは防衛義務のないダイアモンドやフランチャイズを与えて正規王者決定戦を行う可能性が大で、ジュニアフェザーでも4団体統一を狙う井上陣営は、それを突っぱねているかもしれません。

さて、MaravillaマルチネスはホワイトホープのPFPファイター、ケリー・パブリック、ジュニアミドル級の強豪セルゲイ・ジンジルク、英国の刺客(ダレン・ベイカー&マシュー・マックリン)を次々と撃破。

パッキャオに次ぐPFP2位まで評価を上げると「ジュニアミドル級に落としてもいい」とメイウェザー戦を熱望しますが、実現せず。 

ジュニアミドル級に上げてきたミゲール・コットとのメガファイトが実現したのは膝の故障が悪化していた2014年、初回に3度のダウンを奪われ、10ラウンドでTKO負けを喫してしまいます。39歳、膝の怪我も限界に達して引退。

メイウェザー戦は実現しなかったものの、パブリックから勝利を収め、フリオ・セサール・チャベスJr.とのメガファイトも制しました。

ポール・ウィリアムスとの2試合はラバーマッチが熱望される〝名作〟でした。

しかし、2020年に6年2ヶ月のブランクを破ってカムバック。5戦全勝3KOと数字上は順調に復帰路線を進んでいるように見えますが、48歳のアルゼンティーナが「もう一度世界王者になる」という夢は叶うとは思えません。

21日に対戦するジョン・テーエランは18勝15KO2敗のコロンビア人。戦績は立派ですが、2つの敗北が地域タイトルへの挑戦に失敗したもので、何もKO負け。そして、セルヒオよりも10歳も若いとはいえ、すでに38歳。

今回のミドル級10回戦も無難に勝利を収めるかもしれませんが…。セルヒオのカムバック・ロードの先には、何が待ち構えているのでしょうか?
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

ななし  
2023/01/18 14:28 
IPアドレス:106.131.152.83/禁止IPに追加
 
スポーツは素晴らしいものだと思います。これほどまでに感動と興奮を与えてくれるものは少なくとも私の中にはありません。そして、人々が「感動」「興奮」できるかはそのスポーツに「共感」できるかどうかだと思っています。 

…スポーツに映画や音楽、小説、絵画に彫刻、果てはラーメンやカレーライスまで…というか、どっちが果てだかわかりませんが、人生はとにかく感動に満ち溢れています。

ボクシングもそんな感動の一つです。

家族や愛する人が野球や映画、音楽にのめり込んでいたり、美味しいラーメンを作ることに命を賭けているとしたら、どんなに素晴らしいことでしょうか。

しかし…。

ボクシングと他の芸術と決定的に違うところは、愛する人には命懸けで挑んで欲しくないという、勝手にも程がある自己矛盾を内包していることです。

オマール・ナルバエスやポール・バトラーはプロボクサーとしては軽蔑しますが、もし自分の家族なら抱きしめています。早く引退してくれ、と抱きしめています。 

そして、個人的にスポーツに身悶えしてしまうほど惹きつけられてしまうのは、大番狂せの魅力です。

特に、AサイドやBサイドという言葉が当たり前に飛び交うボクシングは〝仕組まれた〟スポーツです。大番狂せのカルシスは別格です。

il_fullxfull.2155734125_30wn




▶︎Impossible is not a fact. It’s an opinion. 

不可能とは事実ではない。それは先入観に過ぎない。〜モハメド・アリ


▶︎The moment you doubt whether you can fly, you cease forever to be able to do it.


疑った瞬間、君は永遠に飛べなくなる。〜ピーターパン



▶︎Leap Before You Look

見るまえに跳べ。〜大江健三郎



▶︎I don't hate underdogs

アンダードッグは嫌いじゃない。(大番狂せを起こして)試合が終わった瞬間の雰囲気は最高だ。〜マニー・パッキャオ


▶︎無理だと言われることしか、やるな。〜大谷翔平

IMG_7740


彼らを、身を焼かれるほどに憧れるのは、自分に出来ないことをやってくれているから、ではありません。

自分が怖がって、疑って、怯えて、踏み出せない一歩を、力強く踏み出す勇気を見せてくれるからです。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

時間効率、タイムパフォーマンス。

タイパ。

三省堂の「今年の新語2022」で大賞に選ばれた言葉です。



今朝、出撃前のゴルフ場での朝食。情報番組のテーマに挙げられていたのか「タイパ」でした。

映画やドラマなどの動画を「倍速視聴」した経験があるのは20〜60代で3人に1人、20代では2人に1人近く。

映画を観るときに倍速視聴したことは一度もありませんが、スポーツの場合は二度見のときは倍速で飛ばすことがあります。

あるいは、エキマの総集編などはオープニングや途中CMも飛ばしますが、私のようなケースはカウントしていないはず。

若い人を中心に強烈に意識されるようになっているタイパ。

現代は、一生かけても見切れないほど膨大なコンテンツが溢れかえっている時代です。

ほんの15年ほど前までは、映画なんて「どれを観るか?」なんて迷いはなく、名画座で企画された作品群か、高額ですがロードショーと相場は決まっていました。

90年代までは「どれを観るか?」で迷うことはなく、多くの映画館は入れ替え制ではなく、何度も同じ映画を観ることができました。

ネット配信が当たり前になる以前、何を観るかの選択肢は限られていました。

もちろん、ネット配信を前提とした作品は、作り手も小さな画面と倍速視聴を意識してし製作しているはずで、そんな作品まで映画館で観るように大きなテレビの前で集中している私の姿勢は〝間違っている〟のかもしれません。



「立ち止まってご利用下さい」。都心部のエスカレーターでよく聞かれる言葉です。

立ち止まって乗って59秒、早足で29秒。「その差はわずか30秒。その節約にどれほどの意味があるのか?」。

テレビの情報番組からそんな意見が出ると「これは問題が別。エスカレーターで立ち止まらずに早足になるのは、最近のタイパの問題ではなく、せっかちな都会人の昔からの習慣」という、真っ当な正論が、同組で回る年配者の口から出ました。


タイパ。そういえば、そんな言葉などなかった時代から、ゴルフではそれを意識してきました。

出来るだけ一番先にスタートさせてもらい、走って1日に何ホールも回る…。3時前には明るくなる釧路で1日5ラウンド回ったこともありました。いや、6ラウンドか。

今回のゴルフ場はプロのツアーも行われるちゃんとしたところだったので、流石にそれは無理。

…でも、私が走らなくなったのはそういう元気なメンツとゴルフをする機会が減ったこと、年をとってそこまでゴルフへの情熱が減退してしまったこと、そしてそういうことを全部ひっくるめると、やっぱり余裕がなくなっているんだと思います。

映画や読書、ゴルフ、引退してからも細々続けていたランニングに、ボクシングなどのスポーツ観戦…そんなあれこれに、以前のような熱量で向き合えなくなりました。

仕事以外の他にも熱中できるものがどれだけあるか、それってきっと、生きるにあたって大切なことなんでしょう。

とりとめのない話になりましたが、来年はゴルフも読書もランニングもスポーツ観戦も、好きなことにもっと積極的になろうと思います。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

半年に一度くらいの不定期で、17階級の人口をざっくりチェックするコーナー。

5月17日の階級別・国別選手人数は以下の通りでした。

FullSizeRender
コロナ禍の影響から、世界の競技人口は2万人を割り込み、日本でも1000人の大台を切りました。JAPANのミドル級、6人の中には1年以上試合から遠ざかっている村田諒太はカウントされていません。

ボクシング人口は世界的に減少傾向が続いており、特に米国でそれが顕著です。

1970年代まではヘビー級がギリギリ、メジャースポーツに見られていた米国ボクシングは80年代から坂道を転がり落ち、今では口が裂けてもメジャースポーツとは言えません。

ボクシングのメジャー脱落は、日本でも変わりません。

80年代初めの具志堅用高を最後に、国民的英雄と呼べるボクサーは絶滅してしまいました。

それでも、完全マイナースポーツに転落した米国とは違い、日本では21世紀になってからも「亀田一家」のような、五輪の超人気競技やサッカーW杯の視聴率に匹敵する数字を叩き出すボクサーも現れています。

もちろん、亀田一家を有名にした原動力が地上波テレビであったことを忘れてはいけません。

さて、今日の競技人口です。
IMG_0073

「世界人口」は再び2万人に盛り返し、日本でも1000人台まで回復しました。JAPANの黄色のハッチングは日本人未到の階級です。

日本人が世界王者になるのは、欧米で人気のない軽量級がほとんどというのが悲しい事実です。

ヘビー級は無理やり2人いますが、ライトヘビーろクルーザーはゼロ、欧米で注目されるクラスの層が薄いのは仕方がありません。

しかし、ウェルター級は決して「日本で層が薄いクラス」とは言えません。79人という数字は、ストロー級やジュニアフライ級よりも多いのです。

「日本で層が薄くない」とはいえ、ウェルター級は世界的にレベルが高く、軽量級のように安易にタイトルが獲れません。



そして…、私たちが憧れる米国はコロナ明けの復調気配がほとんど見られません。

CNNスポーツなどのメディアを見ていても、米国ボクシングの凋落はさらに深い泥沼にはまりこんでいます。

もう40年以上も続く没落、この傾向に歯止めがかかるとは到底考えられません。

やる人も見る人も、どんどん減っている…それが米国ボクシング界の現状です。日本でもその傾向は同じでしょうが、はるかにマシです。


BoxRecの数字に反映までのタイムラグや、誤謬があるのは仕方がありません。

世界的な統括団体が存在したなら、各地域・各国の系列組織からライセンス交付情報などがタイムリーに吸い上げられるのですが、このスポーツでそれを言い出したらキリがありません(それをやってるのがこのブログですが…)。

このまま、日本ボクシングも米国と同じ道をたどるのでしょうか…。
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

PKは運で片付けるべきでない。

そんなフシ穴なことをいってから、1日で前言撤回です。

スペインがモロッコにPK戦で〝惨敗〟してしまいました。

スペインとクロアチア、日本が勝った国と日本が負けた国。

この二つの国を応援していますが、スペインが〝早々に〟に姿を消してしまいました。

それにしても、サッカーは奥が深い。

いや、そうではなくて、W杯が奥深いということでしょう。


このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

黄金時代がいつだったのか?

これは、難しい問題です。

例えば「日本プロ野球の黄金時代はいつか?」。

MLBで2年連鎖MVPに激しくチャージした大谷翔平を代表に、世界で通用するプレイヤーを輩出し続けている現代なのか?

それとも、日本列島をすみからすみまで熱狂させた長嶋茂雄の時代なのか?

これが、ボクシングになると、さらに訳がわからなくなります。

今月はじめに、自民党の議員連盟が「プロボクシングの発展を応援する国会議員の会」を立ち上げたのは、このプロスポーツが競技人口の減少やジムの経営難、ファイトマネーの低下、引退後のセカンドキャリア構築の難しさといった難局に直面しているからです。

会長をつとめる加藤勝信厚労相は「
小さい頃はファイティング原田さんをテレビで見ていた。60%を超える視聴率で日本中がくぎ付けになって、夢を共有できた。最近は地上波で見る機会が少なくなり、ボクシングをされる方も少なくなって、ジムも経営も大変厳しくなっている。12月には井上尚弥選手の4団体統一戦もある」と、この会を立ち上げた思いを語りました。
加藤会長は
1955年11月22日生まれの66歳。

原田が矢尾板貞雄のピンチヒッターとして、世界フライ級王者ポーン・キングピッチに挑戦、見事にタイトルを奪取した1962年には7歳、1965年にリング誌の回顧的PFPで60年代1位の世界バンタム級王者エデル・ジョフレを破ったときは10歳だったことになります。

1950年代の終わりから1960年代にかけて、NHKと民放各局は競い合うようにボクシング番組を作り、毎日ゴールデンタイムにボクシングがテレビ中継されていたそうです。

もちろん、地上波です。

そんなレギュラーなスポーツは、読売ジャイアンツのプロ野球の試合しかありませんでした。

そして〝世界〟で戦う日本人を応援できるのは、ボクシングのリングだけでした。

加藤会長が幼かった頃、世界チャンピオンは、一人残らず本物でした。

サッカーW杯も、メジャーリーグも憧れの舞台ですらなかった時代。

プロボクシングだけが、日本人が活躍できる国際試合だったのです。

FullSizeRender

1954年(昭和29年)11月26日、後楽園球場をホームとする世界フライ級王者・白井義男がパスカル・ペレスに敗れて5度目の防衛に失敗。

再び日本に世界タイトルがもたらされるのは1962年(昭和37年)10月10日。ファイティング原田が白井が失った世界フライ級のタイトルをポーン・キングピッチから奪還。

白井から原田まで、約8年間も世界タイトルは日本から遠ざかっていたのです。

オリジナル8の時代に世界王者になった白井から、原田の時代は10階級になっていましたが、それでも認定団体はNBA一つだけ。世界王者は地球上に10人しかいない、PFPのような妄想がつけ入る隙の無い時代でした。

この空位の8年間は、日本ボクシング史における暗黒時代だったかというと、あながちそうとは言い切れません。

パスカル・ペレスのフライ級には米倉健志、矢尾板貞雄が挑み、ホセ・べセラのバンタム級にはやはり米倉が、さらにはフェザー級の歴史的強豪王者デイビー・ムーアには高山一夫が2度挑戦。

そして、ペレスからタイトルを奪ったキングピッチには関光徳、野口恭がチャレンジ。

8年間で5人の日本人が7度世界の頂点にアタックを試みたのでした。

4団体17階級時代、地域タイトルも溢れている現代では想像もできませんが、世界と名の付くタイトルマッチは一大イベントであり、国民的関心事でした。

毎日のようにゴールデンタイムで中継されるボクシングの試合は、東洋はもちろん日本タイトルマッチ、新人戦までながされていたというのですから、この5人は東洋レベルで圧倒的な強さを見せつけ、世界に挑戦したのでした。今のMLBや欧州リーグに挑戦する、日本を代表する野球やサッカー選手よりも、彼らの方が認知され、人気があったことも想像に難くありません。

9月に亡くなった八尾板は世界王者にはなれなかったものの「現役時代はボクシングというジャンルを超えて日本中に知られた存在だった」(前田衷)という存在感の大きさは、もはや私には想像できません。

ノンタイトル戦でペレスに勝利した矢尾板が「日本の切り札」として1959年(昭和34年)11月5日、殿堂入りのアルゼンチン人に挑戦した試合は視聴率90%超え、リングが特設された大阪の扇町プールには2万5000人の観客が詰めかけ、「日本中の男湯に誰もいなくなった」という伝説が語り継がれています。

この8年間で行われた世界戦7試合はいずれも50%を超えるテレビ視聴率をマーク。世界挑戦はいずれも実りませんでしたが、会場はもちろん、テレビの前でも悔し泣きする人が当たり前にいたそうです。

矢尾板のピンチヒッターで急遽リングに上がった19歳の原田が、世界王者を圧倒し11ラウンドでノックアウトして8年間の長いトンネルを抜けて見せたとき、日本列島はどれほどの熱狂に沸騰したのでしょうか。

昭和30年代。私の知らない「昭和」が、確かにそこにありました。
 
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

↑このページのトップヘ