カテゴリ: 赤煉瓦

東京駅から有楽町、新橋と続くJRの高架、赤煉瓦アーチ。

明治時代に建設された「遺構」と呼んでも良い年月を重ねて来ながらも東京の大動脈を文字通り支えている現役の赤煉瓦アーチ。

黒煉瓦をアクセントにしたり、軒先を飾るデンティルなどなかなかお洒落なんです。

すぐ目につく飾りは円形のメダリオン。↓コイツです。
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メダリオンの上部が剥げ落ちて、赤煉瓦が顔を出しています(秋葉原)。
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こちらは仲良く並んだメダリオン(東京〜有楽町)。

赤煉瓦アーチは区間によってデザインが違います。

メダリオンの並び方も変わってきますが、大きさや形状はどれも同じに見えます。
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このメダリオンは木枠をはめ込んで街灯を突き刺されています。

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こちらは内円が剥げ落ちて赤煉瓦がムキ出しのメダリオン跡(秋葉原)。
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こちら↑は秋葉原駅近くのメダリオン。ほぼ完全な姿で遺っています。

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鉄骨が打ち込まれてしまったメダリオン。痛そうです(新橋)。
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珍しい四角いメダリオンもあります(秋葉原)。

四角いとメダリオンとは呼ばないか?
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新銭座(今の浜松町付近)から永楽町(丸の内付近)を繋ぐ高架鉄道。

新永間市街線高架橋が建設されたのは明治44年、1911年のことです。

まるで音符のように、東京駅から有楽町、新橋へと伸びる赤煉瓦のアーチが続きます。
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東京駅から有楽町まで、正確には有楽町第一ガードまでに特徴的なことは円形装飾、メダリオンがあることです。
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ところが、この有楽町第一ガードを越えると、明らかに赤煉瓦アーチのリズムが変わります。
 
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メダリオンが姿を消して、代わりに現れるのが3連の鉄扉です。
 
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これは何なのか?

鉄扉が外れたのかもしれないところもあり、そこを見ると左右は、扉に見せかけた装飾かもしれませんが、中央には明らかに小さな部屋が作られていました。
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と思いきや、左右の赤煉瓦が崩れた箇所では、その向こうにも、高架橋の躯体ではなく空間が。↓
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有楽町第一ガードを境にしたこの風景の一変は、建設時期の違いによるものでしょうか。

110年の歳月に色あせ、傷つき老朽した赤煉瓦ですが、完成当時は相当な美しさを誇っていたはずです。 
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この赤煉瓦アーチを山手線や東海道線が走っています。

明治の時代から、つまり蒸気機関車も走っていたのです。

そういうふうに思うと、隣接する頑強な高架を新幹線が滑る現代の光景よりも、おそらく戦後しばらくは走っていた蒸気機関車の方が、赤煉瓦のこいつらにはよく似合うのかもしれません。
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現在の東京駅は辰野金吾と葛西萬司が設計、1914年(大正3年)に開業した初代の〝レプリカ〟で、2012年(平成24年)に建て替えられたものです。

レンガの復元を担当したのは現LIXILで、タイルメーカーの技術が応用されました。

初代を忠実に再現するために必要なディテールが無数にありましたが、その一つが覆輪目地。

その技術は継承されず、現在では失われてしまっていましたが、老職人への聞き取りを重ね、目地を押さえるコテまで復原して、往時の覆輪目地を蘇らせることに成功しました。
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覆輪目地【ふくりんめじ】

覆輪目地とは断面が半円形の化粧目地のことである。

縦目地と横目時が 交差する部分においては、蟇股(かえるまた)といわれる形状で施工している。専用の目地鏝(こて)を使用し、熟練した職人が施工に当たった。

目地幅は縦目地3分(9㎜)、横目地2分5厘(7.6㎜)と縦横で異なっていた。 
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現在の東京駅のレンガは、レンガではなくレンガ風のタイルですが、芸が細かいことは素晴らしいです。
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かつての「本物の赤れんが」の遺構は、今でも東京駅構内の「トラベル・サービス・センター」などで見ることができます。

東京ステーションギャラリーの中は、赤れんがの遺構を使った内装で、なかなか壮観です。
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秋葉原と聞いて何を思い浮かべるでしょうか?

「肉の万世」を思い浮かべても、万世橋駅を連想する人は、まずいないでしょう。

新永間市街線高架橋によって鉄道近代化の火蓋が切って落とされた明治。

東京の繁華街といえば銀座と万世橋でした。万世橋は中央線のターミナル駅で、現在の秋葉原駅近くにありました。

万世橋駅は1912年(明治45年)開業と言いますから、リング誌創刊のちょうど10年前になります。

1919年(大正8年)に中央線が東京駅まで延伸されると、万世橋駅はその役割を東京駅に禅譲します。

この「デラホーヤ→パッキャオ」並みに完璧な〝トーチリレー〟の物語に、多くの人は「東京駅は最初から中心ではなかった」という事実に驚き、首都の中核にかつて万世橋という名の幻の巨大ターミナル駅が存在したことに甘い浪漫を感じてしまうのです。
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万世橋駅の古い写真を見ると、赤煉瓦と石積みをリズミカルに重ねた駅舎に東京駅をオーバーラップさせてしまいます。

それもそのはず、設計は辰野金吾、東京駅や大阪の中之島公会堂なども手がけた「日本近代建築の父」。

万世橋駅も典型的な「辰野式」です。

わずか7年という短い栄華のあと、万世橋は1943年(昭和18年)に営業を終え、駅舎は取り壊されてしまいます。

とはいえ、1923年(大正12年)9月1日の関東大震災で元の駅舎は焼失、激減した乗降客に合わせた簡素な駅舎が再建されていたので、取り壊されたのはあの赤煉瓦と白い石積みを組み合わせた辰野の名作ではありませんでした。
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万世橋駅の躯体となった赤煉瓦は最も厚いところで約3mもの壁を形成していました。この画像はその分厚い壁をくりぬいた「コア抜きレンガ」です。

関東大震災で、銀座のレンガ通りが壊滅的な打撃を受けたように、レンガを躯体に使う工法は地震大国にとっては危険極まりありません。

しかし、3mもの分厚い壁となると相当の強度があったはずで、大震災でも瓦解せず、火事によって朽ち果ててしまったのでした。

東京駅も関東大震災で倒れなかったことからも、辰野金吾が耐震強度を計算して設計していたことは間違いありません。
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新銭座(今の浜松町付近)から永楽町(丸の内付近)を繋ぐ高架鉄道。それが新永間市街線高架橋です。

今も東京駅から有楽町、新橋、浜松町と伸びる、あのヴィンテージ感を発散しまくってる赤煉瓦の高架。
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後から付けた街灯が突き刺さってるのが、メダリオンという円形の飾り。

かつては、広告などが嵌め込まれていたのでしょうか?
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長い年月で赤煉瓦の表面は劣化、その爛れた様子は妖艶な色っぽさを発散しています。
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日本のレンガは基本、イギリス積み。オランダ積みの方がお洒落ですが、真面目なイギリス積みは嫌いじゃありません。
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令和の時代を迎えても、明治はしっかり息づいています。

明治44年、1911年開通といいますから、なんと110年の風雪に耐えて来たことになります。

古代ローマの水道橋が現在でも一部機能しているなど、世界には強敵ライバルが数えきれませんが、日本のインフラで飛び抜けて長い時代を超えてバリバリの現役というのは非常に珍しいケースです。

今も、1000万都市東京の大動脈を支えているのですから、これは世界でも稀有な〝現役の巨大遺跡〟と言えるかもしれません。
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どうしても赤煉瓦のアーチに目が行きがちですが、高架を支える鉄柱も趣のある装飾が施されていて、なかなか味わい深いのです。

こんな無駄な飾り付け、今では考えられません。
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渡りに船、なんてラッキーは滅多にありません。

遅い昼食をラーメン一杯で済ませて、どこぞに飲みに繰り出そうとお店に電話したものの、どこも休業。

オフィス街の日曜日ということもありますが、やはり明日から発出される緊急事態宣言。

明日からまた休業するのに、ただでさえ人気のない日曜日は店を閉めるという判断です。

大人しく帰るか、と思ったところに、この間、急なお仕事をお願いした別部署の社員から電話。

そういえば、お礼にランチ寿司をおごると言ったっきりだったことを思い出しました。

「すきやばし次郎」がいい、と戯けたことをほざいてましたが、今、同僚と車で近くに来てるから大井町で飲まないか、というお誘いでした。

大井町…何回か飲んだことがあります。

酔っ払いにとってはパラダイスやヘブンと呼んでなんら差し支えもない素晴らしい町です。

2人は4月から駅近の会社の借り上げマンションに住んでるのですが、女では入りにくい飲み屋が多いというのでした。

大井町の飲み屋で、すきやばし次郎をチャラにしてくれるならお安い御用です。

さらに車の中で、私の愛する赤煉瓦が大井町には結構あると教えられました。

お誘いを受けない理由がありません。

駅前のショッピングセンターに車を駐めると、日のあるうちに赤煉瓦へ。

雲行きは急激に怪しくなり、遠雷まで聞こえて来ました。2人は「赤煉瓦は今度にしましょう」と尻込みし始めますが、ここまで来てあとには引けません。

雨にあうと大変だから傘を買おうという2人にも、私は「そんな激しい雨にはならない」と適当なことを言って出発。

線路沿いを歩き始めて3分後、生涯トップ3には入ろうかというゲリラ豪雨に降られました。

「だから何回も傘、買ってから行きましょうって言ったじゃないですかー!」と悲鳴のような怒号をあげる2人。

あっという間に、3人ともプールから上がったレベルのズブ濡れ、びちょびちょ水浸しに。

これ以上歩くのは無理と、1人のマンションにビバークしてお着替え、今度は傘を持って再挑戦。

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おお!JRの線路の向こう側に、確かに赤煉瓦の倉庫が!

さらに進むと、日本ペイントという会社の構内にも赤煉瓦が!
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見事なイギリス積み、やはり明治の建設です。

そして、さらに進むと天龍寺という寺院の壁の一部が赤煉瓦塀になっているではありませんか!

こちらも、丁寧なイギリス積み。
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こちらも、丁寧なイギリス積みです。

煉瓦が欠損した隙間にコンクリート片をはめ込んで補修しています。

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いきなり現れる、日常の赤煉瓦。赤煉瓦ファンにとって至福の瞬間です。


「もう気が済んだか?早く飲みに行こう」という、赤煉瓦の素晴らしさを理解できないゆとり世代のバカ女を説き伏せ、さっき線路の向こう側に見えた倉庫みたいなのにも行ってみようと、高架下の小さなトンネルをくぐりました。
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これ、です。↑

人の気配のする建物に「すみません、敷地に入ってあの建物近くで見てもいいですか?」と声をかけても誰も出て来ません。

大声で何度か繰り返すと、ゆとり女は「変な人だと思われて恥ずかしいからやめて下さい。もう行きますよ」と迷惑顔。

「変な奴と思われるのは俺だから、ええやろが」と言っても、二人は「仲間だと思われる」「すぐ近くに住んでるのに」とものすごく嫌がるので、仕方なく、お店に向かうことに。
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立ち食い寿司から、牛タンへ。そして、地下バー。

会社の愚痴や、希望部署、転職の話などなどを聞かされながら、3軒はしご。

彼女たちは、自分の長女と同い年なので、世代ギャップは少なく、きっと二人も父親と話してるような感じだったかもしれません。

赤煉瓦と酒場のある大井町、素晴らしいです。

そこで、彼女たちが愚痴る嫌なことの一つに、何かにつけて「ゆとり世代」でくくられることだと、訴えてきました。

私の場合は悪意が感じられないけど、明らかに見下してくる人も多いと。

「俺も十分悪意あるんだけど、伝わってなかったのか?」と、子供くらいの年配のゆとり女子と酔っ払い「今度、嫌な感じでゆとり世代と言われたら『ゆとりじゃないです。大谷世代です』と返してやれ」と助言してあげると喜んでくれました。

帰り際「寿司も食べたし、牛タンも美味しかったし、ウイスキーも気持ちよく酔えたなあ」と〝これでお礼に寿司おごるという責務は果たしたよ〟と暗に伝えたことに気づいたのか、彼女は「今日のと、すきやばし次郎は全く別ですよ」とまさかの反応。

それどころか「傘、買わなかったからゲリラ豪雨でびしょ濡れにされた。私たちとしては、貸しは増えたという認識です」と、身持ち良く「じゃあまたな」と別れる間際に因縁をつけてくる始末…。

「大谷世代」恐るべし。

部署も仕事場も違うから、奴らからなにかコンタクトがあってもしばらくの間はスルーしよう。
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なぜか史上最高レベルで忙しい日々。

何もかもほっぽり投げてどこか遠くへ行きたい…なんて言ってもどこかに行けるわけもなく、昨日は土曜日だというのに朝からお仕事、そして午後からは取引先の御子息の結婚式。

いろんな結婚式に出てきましたが、人生のステージ、年齢によって感慨の種類は変わってくるものです。

20代から30代にかけては基本、学生時代の友人の結婚式。一緒に過ごした仲間が新しい生活をスタートさせる門出です。お祝いの気持ちと、ちょっとだけの寂しさを当時の仲間たちと共有する〝特別な同窓会〟です。

なんて、言っても1年後に離婚しちゃう奴もいますが。

昨日の場合は、自分の子供より少し年上の青年の結婚式。本当なら去年の6月に予定されていたものでした。

こういう結婚式は、特別な同窓会であるはずもなく、二人の若者を優しく祝福するもので、色合いが違います。

コロナ下でこういう式には1年以上も出席できませんでしたが、良いものです。

仕事先から式場に向かう途中に赤煉瓦の高架橋を発見。
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東京駅から新橋に続く、新永間市街線高架橋とは離れていますがこの「大塚ガード」も「現役バリバリの明治の遺構」でしょうか。
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山手線を走ってるとこういう唐突な赤煉瓦高架橋に出逢うことがあります。代々木あたりにもありました。

そして、この赤煉瓦の直ぐ近くにホープ軒を発見。そういえば朝から何も口にしてません。結婚式前にホープ軒というのも何ですが、迷いはありません。
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国立競技場脇や吉祥寺にある名店ですが、大塚店は前者の吹きさらし立ち食いスタイルと、後者の着席カウンター席もあるハイブリッド型。

さあ、これからはWOWOW三昧。アトランタの「マリオ・バリオスvsガーボンタ・デービス」から、ラスベガスの「中谷正義vsワシル・ロマチェンコ」へ。

贅沢な週末が続きます。
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赤煉瓦倉庫で雨宿り。

あちこちにお花畑が。
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赤レンガ倉庫の前に佇む旧税関事務所。又の名を右突堤中央事務所の遺構。


「右突堤事務所」って、ネーミングセンスありまくりです。

小降りになった隙に、一気に関内へ。


スタジアムから歓声が聞こえて来ましたが、あれは本物?
今シーズン、まだ未勝利の横浜ベイスターズ。


現在、3-0でリード。
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今日は勝つでしょう、多分。

スタジアムの熱気は、外にいてもワクワクして来ます。

遠くまで走り出すつもりが、近場の散歩に終わってしまう、いつものパターンでした。
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2月7日、日曜日。雲一つない晴天。

いつだったか、日没サスペンデッドで辿り着けなかった大岡川の源流を目指して出発。

途中で気が変わって、河川敷を離れて、そのまま海沿いに。
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ソメイヨシノにも小さな蕾が。

赤煉瓦倉庫から大桟橋へ。

右の方に停泊しているのは、クルーズ船の飛鳥Ⅱ。
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ホテルニューグランドあたりは、私たちの間では「エリアD」と恐れられる縁起の悪いゾーン。

この辺りのホテルで結婚式を挙げたやつらは、ことごとく離婚(Divorce)するという魔境です。
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マリンタワーは改修中。

元町通りの裏手に「ジェラール水屋敷地下貯水槽」 という国登録有形文化財を発見。
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幕末に来日したフランス人実業家アルフレッド・ジェラールが建設した蒸気機関の給水工場の遺構だそうです。

錦鯉がゆった〜り泳いでいました。

案内プレートによるとジェラールは西洋瓦やレンガ工場も経営していたとのこと。近くに赤煉瓦の遺構もあるに違いない!

元町公園といういかにもな公園をぐるっと回るとエリスマン邸という洋館の脇に「ブラフ80メモリアルテラス」という、艶めかしい赤煉瓦の遺構が。
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山手80番館にかつて建てられていた屋敷の基礎が残されています。

時代と風雪に耐えた赤煉瓦の、なんと色っぽいことよ。 

煉瓦の積み方はイギリス積み。 
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装飾用のスクラッチ煉瓦や化粧煉瓦、タイルレンガと違う、実際に柱や壁として家屋を支えていた構造煉瓦の遺構は儚いドラマを感じさせてくれます。
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これは、令和元年10月15日の台風19号に直撃されて樹木が倒れたあとから出土した煉瓦の塊、だそうです。

塊の上部に見えるのは、地震に弱い煉瓦造りを補強するために鉄柱を通していたのかもしれません。
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ようやく、お仕事が落ち着いて、お昼はゆっくり蜂の家。

夜飲み歩かないホテル生活は健康的ですが、夜も早いのに真っ暗の東京を見ながら缶ビールは精神衛生上悪い気がします。

カツカレー。1000円。じゃがバター付き。
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〝コロナ前〟よりも混んでる歌舞伎座横にある人気のカレースタンド。

優しい味わいだけど、他にはない不思議なコクと甘みのあるカレー。
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そして、夜。といっても7時過ぎですが。
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そして、夜はYURAKU CONCOURSEの慶屋でカレーうどん。ものすごく久しぶりでいつ以来か思い出せません

ガード下らしく電車の通るそれなりな音が頭の上からガタンゴトンと落ちてきます。
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2畳もない調理スペースにカウンターもキツキツで5席。 歩道にテーブルは2卓。

なんか思い出してきました。ビールは自分で取るんだった。缶ビール400円、カレーうどん(ご飯付き)600円。
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ご飯は最後に投入しておじや風に。

緊急事態宣言が2月7日に解除されたら、この生活ともオサラバ…。解除された街でこそホテル暮らしがいいんですが、そんなこと言い出しても始まらないです。

三省堂でボクシングビート2月号を買って、ホテルに帰り着きました。

今夜はオンライン飲み会。

デパ地下でおつまみ仕込もうと思ってたのに忘れてしまった。

それにしても、オンライン飲み会はやっぱり苦手です。とにかくお誘いがあっても断ってますが、むかーしの友人だったりすると、断りにくいし…。


ああ、でも仕事のオンライン会議はとっとと終わらせやすいからいいです、大好きです。

オンラインは仕事に限ります。

もちろん、プライベートはオフライン。
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