カテゴリ: 赤煉瓦

それにしても、人間がやり直せるように、町もまたやり直せるのである。


尼崎、永遠の無法地帯だと決めつけて申し訳ありませんでした。きっともうずっと前に更生していたのでしょう。

というか、荒んでたのは高校時代の私の方で、尼崎は何も変わっていない、尼崎は何も悪くない、のかもしれません…とチラッと思いましたが、そんなわけはない、あそこは日本のソドムでした。

そんなソドムが、住みたい街ランキングで上位に入ってそうな町に変貌してるなんて!

俺の知ってるソドムの面影は、駅前で会った女子高生の黄色い髪にしか認められませんでした。どうやらソドムは滅びたようです。

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尼崎城に隣接した公園では子ども連れのお父さん、お母さんが楽しそうに遊んでいました。

その公園の向かいに存在感たっぷりに建っているのが、阪神電鉄資材部西倉庫。

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こんな建物、昔はなかったはず…いや、尼崎には野球の試合などでそもそも5回程度しか来たことがなく、きっと当時もここに建っていたのでしょう。

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丁寧なイギリス積みです。窓を塞いだ跡でしょうか?

元々は阪神電鉄の発電所だったそうですが、建築された年数は不明で、1905年以前であるのは間違いないそうです。

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「まちかどチャーミング賞」…。

このネーミングのセンスにはソドムの面影が偲ばれます。


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中高時代によく野球の試合をやった尼崎。

ちょっとお行儀の悪い町、という印象がありましたが、いつのまにかdisciplineの行き届いた、綺麗な町になっていました。

昔はルイス・ネリみたいなクズどもがゴロゴロしてたのに…なんていいつつも、そんなクズどもと仲良く喧嘩してたのがクズな私ですが…。

もはやいつ以来なのかもわからない尼崎。

阪神地区ではそれなりの野球強豪校も多く、手強い投手も何人かいました。

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そんな〝アマ〟に今頃行こうと思い立ったのは大昔の思い出に浸るだけでなく、ネットで調べて結構な赤煉瓦遺構が存在することに気づいてしまったからでした。

昼間から駅前の立ち飲みで一杯ひっかけて、いざ出陣。

変なおっさんがあたりをキョロキョロしてるのを可哀想に思ったのか、自転車に乗った女子高生二人組が「お兄さん、何かお探し?」と声をかけてきました。

しかし、還暦前のジジイつかまえてお兄さんって…。

私が「いや、大したもんじゃなくて、赤煉瓦の建物」とぼそっと言うと、「建物やなくて壁やったらすぐそこにあんで」と教えてくれました。

私は「壁」と聞いて、住宅のきれいな赤煉瓦タイルな壁を連想し「それとちゃうわ!」と思いましたが、もう昔のクズではない、物分かりの良い大人なので口には出しません。

「ありがとう」とお礼を言って、彼女たちのいでたちを改めて眺めると…。

黄色く髪を染めて耳にイヤリング吊るしてつま先のとんがったシャチホコみたいな靴履いてる彼女たちに「女子高生から声かけられることなんてありえへんから、親父狩りされるか思ぅた」と言うと2人はケラケラ笑いながら「それやるんはもうちょっと暗くなってからやん、安心しぃー」と見事な返し。

さすがダウンタウンのお膝元。

そして、そして「すぐそこやから」と案内してくれた壁は、ネットでは見つからなかった、お寺の外壁で見事な本物の赤煉瓦だったのです。

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これはもう紛う事なきガチ煉瓦。

彼女たちが教えてくれなければ、見つけることができなかったかもしれません。

ひたすら素晴らしい!

アマというエリアと、見た目で判断してごめんよ、ド派手な女子高生よ。

彼女たちは「尼信やお城の近くまで行ったら赤煉瓦の建物もある」とも教えてくれました。

「尼信」と「お城の近く」はネットで調べて知ってましたが、お礼を言ってお別れ。

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そして、少し歩くと尼崎更生保護センターという建物の前にいた少し年上くらいの年配男性からも「何か御用ですか?」と声をかけられましたが、こっちは通りがかっただけで敷地内にも入っていません。

「いやあ3、40年前ならお世話になるとこでしたが、おかげさまでもう厚生しました」と笑うと、その男性は「すみません、見た目で判断して」。

女子高生を見た目で判断したすぐ後に、今度は自分が見た目で判断されたか…。

「お子様のことで心配された方がここでよくどうしようか迷われてることがあるので」ということでしたが、私は何の迷いもなく通り過ぎようとしていたのに…。

そんなことにはめげずに人間のクズはぐんぐん進むのでした。


そして、あらかじめ調べてしまったユニチカ記念館。

https://www.youtube.com/watch?v=tXKvoCprDBc

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期待していた以上の見事な赤煉瓦建築。

律儀なイギリス積みです。

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帰り道でも寄ってみると、日が暮れてライトアップ。



「ユニチカ記念館の大そうじ」…昨年、こんな企画があったとは。

尼崎、昔々は声かけて来るのは大抵同じ高校生男子で「何、メンチ切っとん!?」と喧嘩を売られた怖い思い出しかなく「悪い奴しか住んでない」と決めつけていましたが、すっかり小綺麗で治安の良い街になっていたようです。


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恥晒しな人生でした。

とは言いたくないですが、高校時代は思い出しても、こんな匿名ブログですら書くのも憚られることばかりでした…。

そんな、人には言えない、忘れたい思い出がある場所の一つが、尼崎です。

喧嘩の星勘定は個人的な補正も入ってるかもしれませんが、尼崎では2戦全勝2逃亡(奴らの援軍が来る前に逃げるのは負けではない=個人の感想です)。

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こんな可愛いマンホールなどありえなかった…俺の知ってる尼崎では。

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再建されたお城や、美しい公園などもなかった。

俺の知ってる、無法地帯の尼崎はどこへ行ったのだ!?

「お前が東京に行ってくれたおかげで尼崎の治安は劇的に改善した」なんて冗談を言われていましたが、こんなに変わっていたとは!

いやあ、どんな町でも立ち直れるのだ!

がんばれ!尼崎!!

これでいいのだ。
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サムライ魂を持つ俺は、ネットで調べてどこかを目指すようなあざといマネはしない。

たまたまそこに見つけるから、喜びが大きいのだ。

赤煉瓦を愛でるのも、普通の日常の中で偶然出会うから、本物の喜びが味わえるのだ。

宵越しの金は持たない、武士は食わねど高楊枝…



…なんてことを言い放っていたサムライでしたが、岡山での宿泊先には迷わずここを選んでしまいました…。

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クラボウの紡績工場跡に建てられたホテル。

見事な蔦と赤煉瓦。朝食付き8500円。

8500円でサムライ魂を売ってしまった…。我ながら安い魂であります。

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初めての倉敷です。いい街です。


ユーリ阿久井政悟の町です。倉敷守安ボクシングジムまで足を伸ばそうとも思ってましたが、いろいろ予定を詰め込み過ぎました。


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このお正月に、大阪に引っ越した友人宅へお邪魔しました。

友人といっでも、横浜で野球と勉強を教えてた少年で関西の大学に進学、祖父母宅から通学してるのでした。

こういうお招きは時々あるのですが、まあ正直非常にやりにくいというか、気を使うというか。

当たり前な話、彼の祖父母とは初対面。

野球や勉強教えてるときは「考えて守れ!」「チンパンジーの方が学習能力ある!」「正解とは採点者に『俺は完璧にわかってるよ』としっかりメーセージを送ること。これじゃ『実はちょっと理解できてません』じゃ!」と罵倒していた子とは二人の関係は出来上がってるのですが、そこにご両親や祖父母の方が入ると、二人だけの関係は崩壊、私が「本当によく出来たお孫さんで」なんてその場しのぎな言葉をつないでギクシャクするのです。

そして、チンパンジーが「うわ、はじめて褒められた!横浜でこの人に散々いじめられたのに!」と笑い出すのでした。



前置きが長くなりました。

そのお宅のすぐ近くに、とんでもない赤煉瓦群を発見してしまったのです。

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高架を支える柱が赤煉瓦…と思いきや、高架には届いておらず、支えてません。

何か違和感が。

高架を潜るとすぐに古代ローマの水道橋のようなアーチが。

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こんな赤煉瓦遺構、見たことがありません。

じっくり見ても、化粧煉瓦やタイル煉瓦ではありません。

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何かがおかしい。だけど、具体的に何がおかしいのかはわからない。

あたりを探しても、遺構を裏付ける説明プレートなどは見当たりません。

この後も予定があって忙しい帰省だったので…。

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あまり時間は食えないとMMAファイターがタップするように諦めて、調べてしまいました。

「約100年前の英国の建物に使われていた煉瓦を輸入して、それを材料に装飾のアーチなどが作られた」ということでした。

感じていた違和感の正体は、わざとらしさでした。違和感は解消されましたが、本物の遺構ではなかったと知って、少し残念。
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赤煉瓦に萌える男、です。

とはいえ、事前に調べてそこわ目指そうとは思いません。

普段の仕事、生活の中で見つけるのが自分ルールです。

だから、人には「俺、赤煉瓦に夢中だから、よろしく」なんて口が裂けても言いません。

なぜか2、3人にはバレてるようなので、自分でも知らないうちに酔っ払って口が裂けていたのかもしれません。

なのですが、こんなニュースを見てしまうとウズウズしてしまいます。




【RCC中国放送 広島】国の文化審議会は24日、広島市南区にある最大級の被爆建物=旧広島陸軍被服支廠を、国の重要文化財に指定するよう文部科学大臣に答申しました。

この答申を受けて年明けには正式に指定されることとなり、保存に向けて大きく動き始めます。



赤煉瓦マニアの間では常識ですが、「関東大震災前」と「戦時中の軍事施設」の赤煉瓦はパンパねぇのであります。

年末年始、久しぶりに広島の友だちを訪ねてみますか。

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午後からは横浜でお仕事。

仕事先からは早足でも20分とかたっぷりかかる横浜地方気象台というところに「赤煉瓦の古井戸があると」聞いて、夕方で仕事を速攻終わらせて向かいます。

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おしゃれな街並みに不細工な猫が。

こんにちニャー。

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残念ながら15時は過ぎていたので、建物の中は見学できず。

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この緩やかな坂をタッタっと上がるとすぐに発見。

おお、見事な赤煉瓦。

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気象台が建つ以前、水道が引かれる前に掘られた井戸と見られています。

赤煉瓦が普及した明治10年以降、山手に水道が引かれた明治31年〜34年(1901年)の前、20年前後人々の生活を支えていたようです。

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小口積みで三層、見事な赤煉瓦です。

タイルや化粧レンガにはない風格、実用されていた存在感があります。

赤煉瓦井戸から組み上げられた水が美味しそうかどうかは別にして…。

この近くには赤煉瓦遺跡がたくさん残っていて、そこには友だち宅を訪ねたときに訪れていたのですが、まだあったか、こんな至近に。



教えてくれた会社の女子はこの近所のお嬢様学校出身で、ちょうどその小学生の女の子たちが下校していました。

まだガキのくせに、確かになんだかお上品であります。そして、すぐ近くには「アメリカ山公園」というやはり上品で立派な公園があるのでありました。

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どっから見ても上品なアメリカ山公園の入り口↑。

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初冬だというのに薔薇みたいな花があちこちに咲いていて、いい匂いがする…。

上品な小学生たちはこの公園を通り抜けて帰るのでした。

民度の低い下品な阪神エリア育ちのわしにとって「アメリカ」といえば「アメリカ村」、その近くの公園といえば「三角公園」…個人的には、あの辺りは上品で民度の高い方だったと思っていましたが…。

「アメ横の三角公園」…横浜の「アメリカ山公園」とはもはや同じ「公園」カテゴリーに入れてはいけないほどの格差があります。

「アメ村」とは呼んでも「アメ山」とは言わないはず、多分。

姉妹都市みたいに姉妹公園みたいな交流があったとしても、「アメリカ山公園」と「アメ村三角公園」はそんな関係にはなりません。この二つの公園には、全く接点がない。モナコとマニラくらいの差がある。



それでも「三角公園」は交番が隣接してるから、治安は大阪の勝ちじゃ!

さらに「アメリカ山公園」の周囲には、一人で立ち寄ることなど到底不可能なお洒落すぎるレストランやビストロはあっても、たこ焼き屋やホルモン焼き屋は一軒も見当たりません。それに、駅から遠い、遠すぎる。


優越感なのか、敗北感なのか、妙な居心地の悪さを覚えつつ、野毛山あたりで一杯引っ掛けて帰るとするか。
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先日、仕事先の人の新居にお邪魔しました。

札幌勤務時代の取引先の方で、奥さんと男の子・女の子の双子で4人家族。

当時、大学受験だったお子様たちは今や立派な社会人。

最寄駅を降りて目当てのマンション近くまで行くと、足下に何やら怪しいマンホールが!

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むむむと、周囲を見渡すと、駅から歩いてきた遊歩道のガードレールをよく見ると、これもかなり怪しい。

このガードレールはまさに鉄道のレールを再利用しているのではないか?

これは、きっと市電がここを通っていた名残に違いありません。

なんか聞いたことがある、きっと「ぶらタモリ」あたりで詳しく放送されている気もしますが、知人宅に迫ってることも無視して、辺りを散策。

すぐにこんな橋を発見。

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ここを東急玉川線の支線、砧線(二子玉川園 - 砧本村間 2.2 km)が走っていたようです。

二子玉川(当時は二子玉川園)駅から砧本村駅間(2.2km)には中耕地、吉沢の2駅があ李ましたが、渋谷~二子玉川園間の玉川線本線と同時に1969年5月で廃線に。

戦前は、吉沢駅と砧本村駅の間にも二つの駅(伊勢宮河原駅と大蔵駅)があったというから、一駅の距離はバス停並みに短かったようです。

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もはや何の疑いようもありませえん。

ここを市電が走っていました。

そして、よく足元を見直すと…こ、これは!

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歩道両端に2本まっすぐ伸びている縦向きのブロックは、当時の線路、軌道を現しているのでしょう。

終点の砧本村間駅があった地点までも何かしらの遺構が残っているはず。我が愛する赤煉瓦の遺構もあるやもしれん!

しかし、私の到着が遅いことに、道に迷っていると思った知人から電話が何度もかかってくるのでこれ以上の追跡は断念、無念、残念。

昔話をさかなにしこたま酒飲んで、帰る頃には夜も更けてあたりは真っ暗、もう玉電のことなどどうでも良くなっているのでした。
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サウジアラビアでガヌーが大きな花火を打ち上げ、京セラドームでは得失点差でも美しく律儀な1勝1敗のタイの星勘定に戻った日本シリーズ。

ガヌーの花火は朝早いのとそもそも興味がなかったのでパス、我がタイガースの一戦はかつての戦友たちと再会で見れず。



戦友たちとの痛ましい敗戦の思い出はほじくりたくないのですが、まあ20年以上も経つと笑い話にしかなりません。

川崎のお蕎麦屋さんに席を設けてくれたのですが、電車の乗り継ぎが悪く30分ほど遅刻。川崎駅を降りたとき、目に飛び込んできたのが赤煉瓦な建造物。

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遠目に見ても歴史ある遺構には見えませんでしたが、一応確認のため目の前まで近づくとやはり最近作った化粧レンガを使ったオブジェでした。

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多張り、旧国鉄の川崎変電所として大正3年(1914年)に建造された「川崎赤煉瓦倉庫」を復元したオブフェだそうです。

この「川崎赤煉瓦倉庫」は1999年に解体されたということなので、それまではこの地に建っていたわけです。

しかし、バスターミナルに目を落とすと、何やら怪しいものが。

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わかりにくいかもしれませんが、オブジェの原型となった倉庫の正面部分がしっかり埋め込まれているではありませんか!

となると、あれに見えるはタイルではない本物の赤煉瓦です。

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間違いありません。1914年当時のガチ煉瓦です。

正面部分を倒して〝並行保存〟。このメリットは、強化工事によって外観が変わってしまうことや、工事コストを省けることでしょうか。

いや、なかなかいいものを見せてもらいました。

さらに、デザインマンホールまで発見。

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魅力的なマンホールが他にもありそうですが、すでに約束の時間はとっくに過ぎていたので、蕎麦屋に急ぎました…無念。
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多摩川河川敷に発見した、赤煉瓦土台に乗った送電鉄塔。

多摩川を跨って反対側の川崎にも伸びています。

あっち側の送電鉄塔も、その足元は赤煉瓦土台に違いない。

というわけで昨日、映画を観る前にやって来ました〝反対側〟。

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予想通り、こちらの送電鉄塔の土台も赤煉瓦でした!↓

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河川敷に鬱蒼と繁った林の中に、そいつは屹立していました。

「立入禁止」の立て札などはどこにも見当たりませんが、周囲は柵に囲まれ、それを乗り越えないと近くに寄れません。

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乗り越えたろか?とも思いましたが、大人の自制心を働かせて遠くから見るだけで我慢しました。

河川敷から住宅地に伸びる送電線、そこの鉄塔も赤煉瓦土台に乗っかってる可能性があるはずです。

赤煉瓦が魅力を放つのは、生活臭のあるところ。河川敷よりも普通の民家の横に突然と在るのが、ベストロケーションです。

そして、住宅地に…。

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しかし、その足元には赤煉瓦土台など影も形もなく、鉄骨のままコンクリート土台に突き刺さっているだけでした。


ということは、河川敷に立つ送電鉄塔だけが赤煉瓦土台に乗っているようです。

今、思いつく仮説としては「川の氾濫に対応するために〝下駄〟を履いている」というくらいですが、そのためにわざわざ赤煉瓦土台にする理由がわかりません。

住宅地の送電鉄塔も一つだけ確認しただけなので、他のものが赤煉瓦土台になっている可能性は残されています。

そんなことを考えている間に、映画館の開場時間が… 。

また、めっちゃ暇なのときに、通りがかって、思い出したら確認します。 
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