先日、仕事先の人の新居にお邪魔しました。

札幌勤務時代の取引先の方で、奥さんと男の子・女の子の双子で4人家族。

当時、大学受験だったお子様たちは今や立派な社会人。

最寄駅を降りて目当てのマンション近くまで行くと、足下に何やら怪しいマンホールが!

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むむむと、周囲を見渡すと、駅から歩いてきた遊歩道のガードレールをよく見ると、これもかなり怪しい。

このガードレールはまさに鉄道のレールを再利用しているのではないか?

これは、きっと市電がここを通っていた名残に違いありません。

なんか聞いたことがある、きっと「ぶらタモリ」あたりで詳しく放送されている気もしますが、知人宅に迫ってることも無視して、辺りを散策。

すぐにこんな橋を発見。

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ここを東急玉川線の支線、砧線(二子玉川園 - 砧本村間 2.2 km)が走っていたようです。

二子玉川(当時は二子玉川園)駅から砧本村駅間(2.2km)には中耕地、吉沢の2駅があ李ましたが、渋谷~二子玉川園間の玉川線本線と同時に1969年5月で廃線に。

戦前は、吉沢駅と砧本村駅の間にも二つの駅(伊勢宮河原駅と大蔵駅)があったというから、一駅の距離はバス停並みに短かったようです。

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もはや何の疑いようもありませえん。

ここを市電が走っていました。

そして、よく足元を見直すと…こ、これは!

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歩道両端に2本まっすぐ伸びている縦向きのブロックは、当時の線路、軌道を現しているのでしょう。

終点の砧本村間駅があった地点までも何かしらの遺構が残っているはず。我が愛する赤煉瓦の遺構もあるやもしれん!

しかし、私の到着が遅いことに、道に迷っていると思った知人から電話が何度もかかってくるのでこれ以上の追跡は断念、無念、残念。

昔話をさかなにしこたま酒飲んで、帰る頃には夜も更けてあたりは真っ暗、もう玉電のことなどどうでも良くなっているのでした。