UFCが米国建国250周年を記念する祝賀行事の一環としてホワイトハウスでは6月14日(日本時間15日)に開催する「UFC freedom 250」大会の仮設アリーナ建設が進んでいます。
米国ではとっくの昔にボクシングはNo.1格闘技ではなく、人気でも市場規模でもUFCを最高峰とするMMAの後塵を拝しています。
認定団体と階級の増殖によって、タイトルの価値は暴落一方。体重超過でタイトルを失っても、またすぐ別のタイトルに挑戦できる、そもそも高い価値など無いから剥奪されても痛くも痒くもない。
認定団体が独断で作るランキングや、そこをベースに開催されるタイトルマッチはデタラメだらけ。
そして、高度な技術を応酬する試合よりも、野次馬的関心を煽る茶番劇の方が大きな興行となり、選手報酬も高額になり、もはやボクシングをスポーツとして扱う理由を探すのが難しい状況にまでなっています。
ーーー私が米国ボクシングに惹き寄せられた1980年代。すでにボクシングは斜陽スポーツと言われていました。
しかし、サッカーも野球も最高峰へのアタックが封印されていた時代、世界で戦う日本人を応援できるのはボクシングだけだったこともあり、日本ではまだメジャースポーツ。具志堅用高は政府が国民栄誉賞を検討するほどのヒーローでした。
そして、米国ボクシング。モハメド・アリを知らない私が見たテレビ大阪やテレビ東京が映し出したラスベガス・シーザースパレスの熱狂、日米の雑誌から読んだ活字からは、ボクシングが斜陽だとは到底実感できませんでした。
あれから、40年。米国と日本のボクシングの40年間をフラッシュバックしてゆきます。
米国ではとっくの昔にボクシングはNo.1格闘技ではなく、人気でも市場規模でもUFCを最高峰とするMMAの後塵を拝しています。
認定団体と階級の増殖によって、タイトルの価値は暴落一方。体重超過でタイトルを失っても、またすぐ別のタイトルに挑戦できる、そもそも高い価値など無いから剥奪されても痛くも痒くもない。
認定団体が独断で作るランキングや、そこをベースに開催されるタイトルマッチはデタラメだらけ。
そして、高度な技術を応酬する試合よりも、野次馬的関心を煽る茶番劇の方が大きな興行となり、選手報酬も高額になり、もはやボクシングをスポーツとして扱う理由を探すのが難しい状況にまでなっています。
ーーー私が米国ボクシングに惹き寄せられた1980年代。すでにボクシングは斜陽スポーツと言われていました。
しかし、サッカーも野球も最高峰へのアタックが封印されていた時代、世界で戦う日本人を応援できるのはボクシングだけだったこともあり、日本ではまだメジャースポーツ。具志堅用高は政府が国民栄誉賞を検討するほどのヒーローでした。
そして、米国ボクシング。モハメド・アリを知らない私が見たテレビ大阪やテレビ東京が映し出したラスベガス・シーザースパレスの熱狂、日米の雑誌から読んだ活字からは、ボクシングが斜陽だとは到底実感できませんでした。
あれから、40年。米国と日本のボクシングの40年間をフラッシュバックしてゆきます。
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