1990年と2018年。四半世紀以上も時を隔てているのですから、二つの時代は大きく異なります。
最大の違いはバブル最盛期の1990年と、デフレに景気が沈滞した2018年、という想像を絶する経済格差…ではありません。
インターネットの有無です。
1990年と2018年とでは、一般の生活者が得ることのできる情報量に天文学的な差があります。
1990年代、電通が旗振り役となってトヨタやサントリーなど日本を代表する企業から資金を集め、テレビを通して「タイソンがいかに凄いボクサーか」を広めた宣伝工作に疑義を唱えることはほとんど誰にもできませんでした。
インターネットのない時代、「ヘビー級が史上最も低迷している現代に、雑魚狩りで王者になったこれからのボクサー」「全盛期のモハメド・アリやラリー・ホームズの域にはまだまだ達していない」という評価は日本には届きません。
今となって振り返るなら10年のブランクを経てカムバックしたジョージ・フォアマンの対戦要求からことごとく逃亡したタイソンが本物の強さなど持っていたはずがないのですが、それは後世だから言える後出しジャンケンです。
大学図書館にあるスポーツイラストレイテッド誌など米国を代表するメディアも、タイソンの強さではなく、タイソンの人生を描くことに重きを置いていました。
リング誌のように冷静に状況を判断できるメディアは存在せず、当時の日本人にとってマイク・タイソンは「札付きの不良少年を名伯楽カス・ダマトが覚醒させた怪物」「 リング外の素行は乱れているが史上最強のボクサー」でした。
タイソンが倒れた!ダグラスの長いジャブに翻弄され、その右強打は高性能ミサイルのようにタイソンが頭を振った方向に打ち出されました。タイソンが倒れた向こう側のポストにはバブルを伝える「renoma」の広告も見えます。
かつてのトレーナー、テディ・アトラスは「ナンバリングシステムに代表されるタイソンの練習には創造性が欠如している。研究されたらおしまいだ。タイソンを釘付けに出来る長いジャブを持っているコンテンダーなら誰にでもチャンスがある。ただ一つ、タイソンを意味なく恐れることだけは厳禁だ」と分析していました。
トニー・タッカーら長いジャブを持つボクサーでもタイソンを過剰に恐れたボクサーたちは善戦はしても完敗。逆に長いジャブを持たなくても、鋼の勝負根性を持つイベンダー・ホリフィールドはタイソンが恐怖でパニックになるまで追い詰めたことを考えると、タイソンの最大の弱点はやはりあまりにも脆弱な精神でした。
28年後の今、タイソンがヘビー級史上最強だと信じるファンは一部にはいても、そんな奇異な意見を語るメディアや専門家はほとんどいません。
1990年のタイソン。その時代で傑出した多くのボクサーがそうであるように、ブルックリン出身の〝キッド・ダイナマイト〟(初期の異名です、懐かしい響きです)もまた時代という絵の具に脚色されたスーパースターだったのです。
そう考えると、時代の絵の具に汚されずに、時を経てなお評価が天井知らずのシュガー・レイ・ロビンソンとモハメド・アリの偉大さには驚きと、オンタイムで見ることができなかった不運を嘆いてしまいます。
一方で、ロビンソンの伝記を読んだのがボクシングに興味を持ったきっかけというゲンナディ・ゴロフキンです。
ミドル級という人気階級であることを考慮しても、米国人でもメキシコ人でも英国人でもプエルトリカンでもない、欧米を流浪しながら戦う〝外国人〟がリング誌の表紙を飾るのは異例のことです。
GGGが老舗専門誌The Ringを初めてカバーしたのが2013年11月号。あれから5年。偉大なミドル級王者は、まだ不人気との戦いを強いられています。
これも、考えてみるとマニー・パッキャオの偉大さと、物凄い対戦相手に恵まれた幸運にはあらためて驚かされます、もちろん、相手に恵まれた〝幸運〟は、衝撃的な勝利を収めることで完結する「自己責任の幸運」です。
GGGもキャリア最強と評価されたダニエル・ジェイコブスを粉砕していれば、カネロを取り逃さずに失神させていれば、その人気も評価も大きく変わっていたはずです。GGGとパッキャオの差は運だけではありません。
厳しい言い方になりますが「不人気王者だから弱い相手と防衛を重ねるしかなかった」ことと「圧倒的な連続KO防衛記録」はコインの裏表です。
この「GGGの実態」を隠すベールは、インターネットが存在しない1990年なら、剥がされることはなかったでしょう。
さらに3団体時代なら、すでにUndisputed Championとなって、人気者も実力者もゴロフキンを避けて通れない図式が出来上がっていたかもしれません。
いずれにしても、2018年の今、1990年のタイソンには出来た「神話(誇大広告)」は通用しません。
しかし、それでも、28年前と決定的に違うのは、リングに上がるのが最強王者と訳のわからない雑魚挑戦者ではないということです。
日本人が最強王者に挑戦するのです。
最大の違いはバブル最盛期の1990年と、デフレに景気が沈滞した2018年、という想像を絶する経済格差…ではありません。
インターネットの有無です。
1990年と2018年とでは、一般の生活者が得ることのできる情報量に天文学的な差があります。
1990年代、電通が旗振り役となってトヨタやサントリーなど日本を代表する企業から資金を集め、テレビを通して「タイソンがいかに凄いボクサーか」を広めた宣伝工作に疑義を唱えることはほとんど誰にもできませんでした。
インターネットのない時代、「ヘビー級が史上最も低迷している現代に、雑魚狩りで王者になったこれからのボクサー」「全盛期のモハメド・アリやラリー・ホームズの域にはまだまだ達していない」という評価は日本には届きません。
今となって振り返るなら10年のブランクを経てカムバックしたジョージ・フォアマンの対戦要求からことごとく逃亡したタイソンが本物の強さなど持っていたはずがないのですが、それは後世だから言える後出しジャンケンです。
大学図書館にあるスポーツイラストレイテッド誌など米国を代表するメディアも、タイソンの強さではなく、タイソンの人生を描くことに重きを置いていました。
リング誌のように冷静に状況を判断できるメディアは存在せず、当時の日本人にとってマイク・タイソンは「札付きの不良少年を名伯楽カス・ダマトが覚醒させた怪物」「 リング外の素行は乱れているが史上最強のボクサー」でした。
タイソンが倒れた!ダグラスの長いジャブに翻弄され、その右強打は高性能ミサイルのようにタイソンが頭を振った方向に打ち出されました。タイソンが倒れた向こう側のポストにはバブルを伝える「renoma」の広告も見えます。
かつてのトレーナー、テディ・アトラスは「ナンバリングシステムに代表されるタイソンの練習には創造性が欠如している。研究されたらおしまいだ。タイソンを釘付けに出来る長いジャブを持っているコンテンダーなら誰にでもチャンスがある。ただ一つ、タイソンを意味なく恐れることだけは厳禁だ」と分析していました。
トニー・タッカーら長いジャブを持つボクサーでもタイソンを過剰に恐れたボクサーたちは善戦はしても完敗。逆に長いジャブを持たなくても、鋼の勝負根性を持つイベンダー・ホリフィールドはタイソンが恐怖でパニックになるまで追い詰めたことを考えると、タイソンの最大の弱点はやはりあまりにも脆弱な精神でした。
28年後の今、タイソンがヘビー級史上最強だと信じるファンは一部にはいても、そんな奇異な意見を語るメディアや専門家はほとんどいません。
1990年のタイソン。その時代で傑出した多くのボクサーがそうであるように、ブルックリン出身の〝キッド・ダイナマイト〟(初期の異名です、懐かしい響きです)もまた時代という絵の具に脚色されたスーパースターだったのです。
そう考えると、時代の絵の具に汚されずに、時を経てなお評価が天井知らずのシュガー・レイ・ロビンソンとモハメド・アリの偉大さには驚きと、オンタイムで見ることができなかった不運を嘆いてしまいます。
一方で、ロビンソンの伝記を読んだのがボクシングに興味を持ったきっかけというゲンナディ・ゴロフキンです。
ミドル級という人気階級であることを考慮しても、米国人でもメキシコ人でも英国人でもプエルトリカンでもない、欧米を流浪しながら戦う〝外国人〟がリング誌の表紙を飾るのは異例のことです。
GGGが老舗専門誌The Ringを初めてカバーしたのが2013年11月号。あれから5年。偉大なミドル級王者は、まだ不人気との戦いを強いられています。
これも、考えてみるとマニー・パッキャオの偉大さと、物凄い対戦相手に恵まれた幸運にはあらためて驚かされます、もちろん、相手に恵まれた〝幸運〟は、衝撃的な勝利を収めることで完結する「自己責任の幸運」です。
GGGもキャリア最強と評価されたダニエル・ジェイコブスを粉砕していれば、カネロを取り逃さずに失神させていれば、その人気も評価も大きく変わっていたはずです。GGGとパッキャオの差は運だけではありません。
厳しい言い方になりますが「不人気王者だから弱い相手と防衛を重ねるしかなかった」ことと「圧倒的な連続KO防衛記録」はコインの裏表です。
この「GGGの実態」を隠すベールは、インターネットが存在しない1990年なら、剥がされることはなかったでしょう。
さらに3団体時代なら、すでにUndisputed Championとなって、人気者も実力者もゴロフキンを避けて通れない図式が出来上がっていたかもしれません。
いずれにしても、2018年の今、1990年のタイソンには出来た「神話(誇大広告)」は通用しません。
しかし、それでも、28年前と決定的に違うのは、リングに上がるのが最強王者と訳のわからない雑魚挑戦者ではないということです。
日本人が最強王者に挑戦するのです。


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