日本ボクシング界に影響を与えた世界のグレート。誰もが、何人もの名前を挙げることができるでしょう。

その中で「たった一人だけを選べ」と言われたら?おそらく、多くの人がその名前を挙げるはずです。
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「シュガー・レイ・ロビンソンなんて、“後付け”のグレート」なんて無知な意見も聞かれますが、日本でも高く評価され、ゴロフキンがその伝記に感銘を受けた挿話も有名です。私はロビンソンはもちろん、カルロス・モンソンも見たことがありませんが、当時から傑出した評価を得ていたことは、残された雑誌や新聞などから明らかです、=画像は具志堅が「先生」と仰ぐロビンソンを解説。

具志堅用高が「私の先生だった」と専門誌の分解写真で、その高度な技術を解説したシュガー・レイ・ロビンソン。世界最高のアスリートにして、スポーツを超えた存在だったモハメド・アリ。シュガー・レイ・レナードが牽引した眩しすぎる中量級の黄金時代。日本のバブル期に見事なまでにシンクロしたマイク・タイソン。

いつもアメリカのグレートを見上げてきた私たちは、強烈な憧憬と同時に、卑屈な劣等感も燻らせ続けてきました。その劣等感は未来永劫、拭えないものだと諦めていました。レナードの場所に日本人が立つことは永遠にありえない、と。

そんな暗くて陰湿な劣等感を払拭するどころか、木っ端微塵に破壊してくれたのがマニー・パッキャオです。
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もちろん、パッキャオは日本人ではありません。しかし、かつて後楽園ホールのリングに上がったアジア人が、世界的なビッグネームを衝撃的なやり方で粉砕していった光景が、陰鬱した日本のボクシングファンをどれだけ熱狂させてくれたことか。

勇気と左ストレートだけでスターダムの階段を一気に駆け上がっていったフィリピーノの何と格好良かったことか!

パックマンの物語は、現実とは思えない、まさに寓話です。イソップ物語の世界です。

半世紀前のモハメド・アリの物語が、限りなく現実的で純粋な一貫性があるのに、21世紀のパッキャオの生き様は虚実相乱れる寓話です。本来なら、逆のような気もしますが、激動の1960年代は現代よりも遥かにずっと、純粋で、真っ直ぐな時代だったのです。

現代の方が、ねじ曲がった寓話が跳梁跋扈する時代なのです。

まさしく、このお話を書いた短い間に、フレディ・ローチとの決別という事件が起きてしまい、そこからローチの物語、大きな河の支流を辿りたくなって、中途半端に書いてしまいました。当たり前ですが、いくつもの河はどこかで必ず出会って、必ず海を目指します。
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少し話がずれてしまいますが、日本の文化、ボクシングでいえば軽量級の面白さって、本当にクールだと思います。

ただ、その伝え方が本当に下手くそ過ぎます。もちろん、見たら面白いんだから、見ればわかるんですが、まず「興味を持って」見てもらわなければならないのです! 

そういう仕掛け、 短編ならHBOの「7/24」や、長編のドキュメンタリーって、まー駄作もあるけど、YouTubeなどで見ることができます。その中には本当にレベルが高い作品も数多くあります。

パッキャオではNHKやWOWOWも特別ドキュメンタリーを制作放映しましたが、完全な駄作でした…ごめんなさい。

ファン・マヌエル・マルケス戦に勝つことを見越して制作していたからなのかもしれませんが、そうだとしたらノンフィクションじゃないです。もし、あの試合でパッキャオが勝っていても、そんな姿勢じゃ、やっぱり駄作にしかならなかったでしょう。

もし、あの番組スタッフが「パッキャオ、勝ってくれ!」と祈りながら番組制作を進行してたとしたら、アホです。そんな番組作りたいならブッダやキリストのドキュメンタリーをやりゃいいんです。

最近では「アンドレ・ザ・ジャイアント〜お前が思っているより遥かにデカい!」というHBOのドキュメンタリーを見たのですが、これ、本当に面白いです。
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アンドレは一番好きな外国人プロレスラーですが、ジャイアント馬場の方がはるかにエピソードに富んでいるのに、どうして馬場の物語は、日本できちんと語られないのでしょうか。それ、おかしいでしょう?

日本は「使い捨て文化」で、欧米は「郷愁文化」。一長一短だと思いますが、ことスポーツに関しては欧米を見習うべきです。その方がファンも楽しめます。

もし、ボクシングに肥沃で豊穣な歴史がなかったら、見栄っ張りで浅はかな私は、このスポーツに関心を持ちませんでした。


🇯🇵酔っ払って終電に揺られながら書いて、わーーっと見返して、自分でも支離滅裂なのはわかりますし、うーー、パッキャオ愛が、恥ずかしいですね。「私はマニーパッキャオが大嫌いなのです」を至急書かなくては、おやすみなさい。