長谷川穂積は、歪んだボクシング界の中で「本物志向」を目指す一方で、ネット時代の“犠牲者”でもありました。

2005年4月16日、日本武道館。世界バンタム級の WBCバージョンの王者ウィラポン・ナコンルンアンプロモーションに長谷川穂積が挑みました。

タイ人王者は、7年にわたり14度も防衛しながらもリング誌やESPNのPFP10傑にその名が刻まれることは一度もありませんでした。

14度のうちのべ6人がローリスク・ハイリターンの日本人相手、残りの8人も相当に怪しいWBC御用達の世界ランカーがほとんどでした。

しかし、ウィラポンもまた“犠牲者”の一面を持ち合わせていました。

承認団体の腐敗がいっそう進んだ現在、特に軽量級において強豪同士の激突は避けられる傾向にあります。ファンのニーズが届きにくい、つまり世界的に需要の少ない階級という悲しい背景がありますが。それゆえに「誰に勝ったか?」を問われることなく、山中慎介や内山高志、井上尚弥がPFPに食い込んできたのです。

もし、ウィラポンの時代があと5年遅ければ、リング誌もESPNもPFP10傑に顔を出していたでしょう。そして、そのウィラポンに明白に勝った長谷川も日本人初の「PFPランカー」になっていたはずです(ボクシングシーンなどマイナーメディアのPFPでは10位内に入っていました)。

日本のメディアが「タイの国民的英雄」「伝説の世界王者」と盛り上げたのは間違いではありません。ウィラポンが国民的英雄であることは、当時のバンコクに行ったことのある私も皮膚感覚でわかっています。アジアの国々にとって「日本での成功=世界での成功」なのです。

“(14連続防衛しながら殿堂はもちろん、PFPにすらお呼びでない)伝説の世界王者”であることもまた、間違いありません。

そして、そんなウィラポンからタイトルを奪取した長谷川は“快挙”と持て囃され、陣営は「WBCには恩義がある」とカメラの前で「公言」するほどに腐敗団体から忖度されていたことを自ら漏らしてしまい、サーシャ・バクティンら強豪との対戦を回避、雑魚狩りスパイラルに巻き込まれてゆきます。
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【リング誌2012年1月号から】長谷川がガラスの顎だというのはわかっていたつもりだったが、(世界トップレベルでない)フェルナンド・モンティエルに続いて、ジョニー・ゴンザレスにまで同じようにストップされた。私たちは(二線級に2度も沈められた)長谷川の評価を考え直さなければならない。長谷川の「実力」には以前から「強い相手と戦っていない」と批判していたリング誌ですが、“少し強い相手”のモンティエルとジョニゴンに惨敗したことで、その評価を急落させてしまいました。当然です。

徳山昌守から直接、挑戦状を渡されても長谷川は「徳山さんとの試合は面白くならない」という理由で拒否。雑魚挑戦者を相手に豪快なKOを続けていくのです。

これも、長谷川は悪くないです。「ベガスでビッグマネーを稼げる才能」と持ち上げたボクシングマガジンの記者らが悪いのです。

存在するわけもない「ベガスのビッグマネー」。日本で1試合3000万円を稼いでいた長谷川が「条件さえ整えば、いつでもベガスへ行く」と意気込んでいた、そんな約束の地など、この世にそもそも存在しないのに。

何度も書いていますが
軽量級の本場はベガスではありません!特に日本人にとっては!

これは、書いた記者はどこかで謝罪・訂正すべきです。「いや、パッキャオの例があるでしょ〜」とかいうおふざけはもうナシです。

身近にいるレポーターが真実を伝えていれば、長谷川も納得したでしょう。最近でも「井上尚弥はベガスで1試合20億円稼げる可能性もある」という無責任な記事も散見されました。ローマン・ゴンザレスですらキャリアハイが6000万円というのに。

世界の情報が瞬時に入るネット時代に、長谷川の“鎖国防衛”はマニアから非難を浴びるようになります…しかし、しかし、です!

軽量級の本場はベガスではない…この揺るぎない真実に妥協したのが長谷川でした。

そして、このベガス幻想に固執して迷走しながらも、「誰に勝ったのか」という世界評価の大命題をストーカーのごとく追求したのが西岡だったのです。

二人は対極のやり方で、それぞれ本物を目指しました。アスリートには何の責任もありません。

しかし、厳しい言い方ですが、もし、今なお1団体八階級時代なら長谷川も西岡も世界王者にはなれていなかったでしょう。

それでも、そんな2人が「本物」を自分なりのやり方で、懸命に追求したのです。

彼らの本物への渇望は、ある意味でファイティング原田をも凌いでいたと思います。そうです、原田は「本物への渇望」など考えなくても、本物を倒さなければ世界一になれない、当たり前でわかりやすい時代に生きていたのですから。