PFPという考え方が生まれた背景には、ヘビー級の陰に隠れた階級に光を当てる救済措置という側面がありました。

2010年、リング誌は当時提携していた米ヤフースポーツ!と〝PFPを語るにあたっての注意事項〟をレポートしました。
8年前の記事とはいえ、その内容は普遍的なものがあるので、紹介させていただきます。
タイトルは「One bad habit」、「ひとつの悪習」「ある良くない癖」です。
★★★PFPは「ヘビー級の陰に隠れたその他階級に光を当てるための〝救済措置〟」的な考え方から始まりましたが、承認団体と階級が増殖するにつれて、メディアやファンの間で取り上げられる機会が急激に多くなりました。
そもそも1団体8階級時代なら、PFP10傑なんて誰も興味を持たなかったのではないでしょうか。
もちろんPFPに正解などありませんから、どんな考え方に基づいても差し支えないのですが、大前提は押さえておきたいところです。
大きな枠組みとしては公平性を忘れてはいけないということです。
▶︎まず、時代を超えたボクサーの優劣を語るときです。「時代の公平性」です。
時代によって技術のバリエーションは増えますから、1950年代のシュガー・レイ・ロビンソンと、2000年代のフロイド・メイウェザーJr.を比較すると、後者の方が技術的に優れていることになります。
技術は時代とともに進化しますから、この点のみで判定すると前時代のボクサーに勝ち目はありませんし、この見方を取るならPFPの議論は無意味です。
マニー・パッキャオはヘンリー・アームストロングを駆逐するでしょうし、井上尚弥はファイティング原田を倒すでしょう。
しかし、これは前時代のボクサーを現代のリングに引っ張り上げるという一方的で不公平な考え方です。
パッキャオが1920年代に、井上が60年代にタイムスリップしたらどうでしょうか。今よりも過酷なスケジュールで、次々に強豪と当たらなければならない、恐るべき時代に。
メイウェザーは、80年代以前の時代のリングでは非常に厳しい戦いを強いられるでしょう。タッチボクシングを評価するラスベガス採点はまだ確立されておらず、バックステップを踏むボクサーにはポイントが流れにくいのはもちろん、観客から容赦のないブーングが飛ぶ時代です。
しかも、月に何試合もこなすことが強いられる時代です。年2回の試合でアップアップのメイウェザーでは、何敗喫してしまうかわかりません。
前時代のボクサーをいきなり現代のラスベガスで戦わせれば、タッチボクシングの餌食でしょうが、しかし、1年、いや半年でも練習期間をおいたらどうでしょう?
おそらく、シュガー・レイ・ロビンソンは簡単にアジャストするでしょうね。「50年後のボクシングは小手先ばかりで、俺が編み出した基本的なところから何も進化してないじゃないか」と笑うでしょう。

オンタイムのボクサーを過大評価してしまうのは、専門家も陥る〝Bad habit〟です。
時代のバイアスにとらわれて、多くの人がロイ・ジョーンズやマニー・パッキャオを歴代PFP1位だと騒ぎ立てましたが、その熱病は時間が冷ますことになります。
もちろん、パッキャオやジョーンズが多くの人に史上最高と錯覚させる痛快なボクシングを見せつけたことは間違いありません。
▶︎次は、その時代での傑出度を正確に見極めなければならないということです。「強さの公平性」ですね。
203㎝113㎏のウラジミール・クリチコと、178㎝85㎏のロッキーマルシアノの間には、とんでもない体格差があります。ヘビー級の場合は、体重・体格の問題も、PFPを語るときに複雑に絡んできます。 バンタム級なら原田も山中慎介も、どんな時代でも118ポンドですが、ヘビー級は違います。
マルシアノは、現代ではクルーザー級にも満たない体格です。しかし、ウラジミールは殿堂クラスの強豪には一人も勝つことが出来ずに引退しました。
一方のマルシアノもグレートと比較されるとき、いつも対戦相手の質が低いと批判され続けてきましたが、エザート・チャールズにジャーシー・ジョー・ウォルコット、衰えていたとはいえジョー・ルイスと、ライトヘビー級上がりのアーチー・ムーア、4人の殿堂クラスを倒しています。
もちろん、クリチコはその長い治世で、殿堂クラスのヘビー級が存在しなかったという点で不幸です。しかし、そのことが彼の長期安定政権を支えた最大の要因であったことは疑う余地がありません。
この観点に立てば、井上も原田と比較する対象ではないばかりか、まだ何も成し遂げていません。
そして3つ目が、今回のテーマ、なぜ軽量級の方が見てて面白いのかという「スピードとダイナミズムの公平性」です。

2010年、リング誌は当時提携していた米ヤフースポーツ!と〝PFPを語るにあたっての注意事項〟をレポートしました。
8年前の記事とはいえ、その内容は普遍的なものがあるので、紹介させていただきます。
タイトルは「One bad habit」、「ひとつの悪習」「ある良くない癖」です。
★★★PFPは「ヘビー級の陰に隠れたその他階級に光を当てるための〝救済措置〟」的な考え方から始まりましたが、承認団体と階級が増殖するにつれて、メディアやファンの間で取り上げられる機会が急激に多くなりました。
そもそも1団体8階級時代なら、PFP10傑なんて誰も興味を持たなかったのではないでしょうか。
もちろんPFPに正解などありませんから、どんな考え方に基づいても差し支えないのですが、大前提は押さえておきたいところです。
大きな枠組みとしては公平性を忘れてはいけないということです。
▶︎まず、時代を超えたボクサーの優劣を語るときです。「時代の公平性」です。
時代によって技術のバリエーションは増えますから、1950年代のシュガー・レイ・ロビンソンと、2000年代のフロイド・メイウェザーJr.を比較すると、後者の方が技術的に優れていることになります。
技術は時代とともに進化しますから、この点のみで判定すると前時代のボクサーに勝ち目はありませんし、この見方を取るならPFPの議論は無意味です。
マニー・パッキャオはヘンリー・アームストロングを駆逐するでしょうし、井上尚弥はファイティング原田を倒すでしょう。
しかし、これは前時代のボクサーを現代のリングに引っ張り上げるという一方的で不公平な考え方です。
パッキャオが1920年代に、井上が60年代にタイムスリップしたらどうでしょうか。今よりも過酷なスケジュールで、次々に強豪と当たらなければならない、恐るべき時代に。
メイウェザーは、80年代以前の時代のリングでは非常に厳しい戦いを強いられるでしょう。タッチボクシングを評価するラスベガス採点はまだ確立されておらず、バックステップを踏むボクサーにはポイントが流れにくいのはもちろん、観客から容赦のないブーングが飛ぶ時代です。
しかも、月に何試合もこなすことが強いられる時代です。年2回の試合でアップアップのメイウェザーでは、何敗喫してしまうかわかりません。
前時代のボクサーをいきなり現代のラスベガスで戦わせれば、タッチボクシングの餌食でしょうが、しかし、1年、いや半年でも練習期間をおいたらどうでしょう?
おそらく、シュガー・レイ・ロビンソンは簡単にアジャストするでしょうね。「50年後のボクシングは小手先ばかりで、俺が編み出した基本的なところから何も進化してないじゃないか」と笑うでしょう。

オンタイムのボクサーを過大評価してしまうのは、専門家も陥る〝Bad habit〟です。
時代のバイアスにとらわれて、多くの人がロイ・ジョーンズやマニー・パッキャオを歴代PFP1位だと騒ぎ立てましたが、その熱病は時間が冷ますことになります。
もちろん、パッキャオやジョーンズが多くの人に史上最高と錯覚させる痛快なボクシングを見せつけたことは間違いありません。
▶︎次は、その時代での傑出度を正確に見極めなければならないということです。「強さの公平性」ですね。
203㎝113㎏のウラジミール・クリチコと、178㎝85㎏のロッキーマルシアノの間には、とんでもない体格差があります。ヘビー級の場合は、体重・体格の問題も、PFPを語るときに複雑に絡んできます。 バンタム級なら原田も山中慎介も、どんな時代でも118ポンドですが、ヘビー級は違います。
マルシアノは、現代ではクルーザー級にも満たない体格です。しかし、ウラジミールは殿堂クラスの強豪には一人も勝つことが出来ずに引退しました。
一方のマルシアノもグレートと比較されるとき、いつも対戦相手の質が低いと批判され続けてきましたが、エザート・チャールズにジャーシー・ジョー・ウォルコット、衰えていたとはいえジョー・ルイスと、ライトヘビー級上がりのアーチー・ムーア、4人の殿堂クラスを倒しています。
もちろん、クリチコはその長い治世で、殿堂クラスのヘビー級が存在しなかったという点で不幸です。しかし、そのことが彼の長期安定政権を支えた最大の要因であったことは疑う余地がありません。
この観点に立てば、井上も原田と比較する対象ではないばかりか、まだ何も成し遂げていません。
そして3つ目が、今回のテーマ、なぜ軽量級の方が見てて面白いのかという「スピードとダイナミズムの公平性」です。
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