井岡一翔とジョシュア・フランコの再戦がABEMAのPPVでライブ配信されることになりました。

将来的には、多くの人が関心を寄せる、いわゆる〝ユニバーサル・アクセス権〟的な試合になれば、地上波テレビに帰ってくることもありうるでしょうが、そんなレア・ケースを排除して考えると、長らく井岡をサポートしてきたTBSの退場によってこのスポーツは生中継の地上波テレビから撤退したことになります。



具志堅用高が国民栄誉賞を取れなかった理由に「老若男女の誰からも愛されるスポーツではない」と挙げられたように、このスポーツは野球やサッカー、テニスなどとは一線を画し、マニア化の運命とは避けられない性格を帯びていました。

そして、その傾向は「ネット配信でしか見ることが出来ない」時代の到来で、加速的に進行するのは間違いありません。

そして、サッカーのW杯予選で噴出した「地上波で放送しなければならない!」という議論も、ボクシングには関係ないでしょう。

理想論を語ってしまうとどうしても、地上波テレビ生中継されるようなスポーツにならなければならない、と考えがちです。

野球やサッカーと同じステージでマイナースポーツの陸上競技なら、その方向を見失ってはいけないと思いますが、ボクシングはその競技性から同じステージではありません。

私も「地上波テレビから離れると、米国と同じようにボクシングは完全マイナースポーツに没落してしまう」と考えていましたが、もしかしたらボクシングは社会の成熟によってマイナースポーツに落ち着く遺伝子を

ファイティング原田の時代は、野球も相撲もスポーツ観戦は男性が中心でした。

社会が成熟、もっと性格な言葉で表現するなら、社会が進歩する中で、女性や子供も含めて多くの人が共感できるスポーツと、そうではないスポーツの色分けがハッキリしてきました。

同じ格闘技でも、女性ファンも獲得しているプロレスが「おっさんが喜ぶ暴力性」の色を薄くして「万人受けする演技性、運動能力、肉体美」を追求する色彩に大きく舵を切ってきたのは、ビジネス面では大正解です。

もちろん、ボクシングでそれは不可能です。

だとしたら、不可避のマイナー化・マニア化の中で、どこまでこのスポーツの存在価値を維持できるか、あるいは高めることができるか、が大きなテーマになります。

このブログでも繰り返していますが、欧米で全く関心が払われない軽量級、たとえば井上尚弥のような才能は「大谷翔平」に憧れるのではなく、「藤井聡太」を目指すべきなのです。

藤井聡太はビッグネームですが、将棋はボクシング以上にマイナーです。将棋の対局をずっと観戦して楽しんでいるファンは、ボクシングのファン以上に少ないでしょう。

将棋の特異性は、多くの日本人から尊敬されているという点に尽きます。そこには「井上なんて米国では全く無名」なんてチャチャが入り込む余地はありません。


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もちろん、ヘビー級やミドル級、ウェルター級なら話が根本から変わってきます。

ネット配信の長所は①日本全国どこでも見ることができる、②イベントを丸々見ることができるケースも多く、マッチメイカーの意図なども楽しめる、③テレビのある自室にいる必要がない、などボクシングファン個人としてはメリットだらけです。

ネットストリームの風はどこに向かって吹いているのか〜。まだまだ続きます。