ガーボンタ・デービスとライアン・ガルシア。
彼らは、モハメド・アリでもシュガー・レイ・レナードでもありませんでした。マイク・タイソンでもカネロ・アルバレスですらありませんでした。
そのデビューは、彼らの身内以外は誰も見ていない誰も覚えていないリングでひっそりとゴングが鳴らされ、誰も知らないままに終わりました。
二人が職業ボクサーとしての「はじめの一歩」を刻んだ日のボクシングシーンを、リング誌から振り返ります。

左から2013年2月号、2016年5月号、2016年7月号。
▶︎▶︎▶︎タンクの「初めの一歩」。
伝えられるアマ戦績は205勝15敗。
ゴールデングローブ56kg級で優勝経験があるとはいえ、全米選手権でジョエット・ゴンサレスに敗退。世界大会での実績はゼロ。
プロデビューは2013年2月22日、米国コロンビア特別区、ワシントンDC。
ラモント・ピーターソンとケンドール・ホルトのIBFジュニアウェルター級タイトルマッチのアンダーカード。
フェザー級4回戦のリングに上がったデービスは、35歳のデジー・ウィリアムスを初回でノックアウトしました。
「(人気のない)フェザー級に長く止まる気はない。ウェルター級で世界王者になる」。18歳の小さな黒人の言葉を間に受ける人は、当時誰もいませんでした。
リング誌2013年2月号(発売は1月)は、前年の12月に絶対的PFPキングだったマニー・パッキャオがファン・マヌエル・マルケスに衝撃的なKO負けした結果がまだ反映されていませんでした。

PFPの1位が空位…。「妄想なんだから誰でもいいから1位を入れろよ」と嘲笑してはいけません。それも含めて妄想です。PFPは「次はPFP暫定1位か?それともPFP休養1位か?PFPダイアモンド1位もありかな」と面白がって遊ぶものです。間違っても、真剣に「リング誌のPFPは権威がある」とか奉ったらバカ確定です…リング誌をおちょくる遊びとしてならアリですが。
PFPは「パッキャオ・ショック」を反映して1位はvacant(空位)。
パッキャオとフロイド・メイウェザーが2位。
7位にウラジミール、9位にビタリとヘビー級のクリチコ兄弟が10傑入りしているのが印象的なランキングでした。
最近でもジュニアバンタム級で3人同時ランクインするなど、軽量級に優しいPFPでは〝逆〟差別されるヘビー級で二人が同時にトップ10入り、しかも兄弟。これはもう2度と見ることの出来ない光景かもしれません。
パックメイを中心に回っていた世界の片隅で、タンクのキャタピラはギャラギャラと力強い前進を開始したのでした。
▶︎▶︎▶︎キングライの「はじめの一歩」。
〝あれから〟3年後の2016年6月9日、メキシコはティファナ、バハ・カリフォルニア。
17歳のライアン・ガルシアはエドガル・メサを相手にライト級4回戦でデビュー、やはり1ラウンドKO勝利を飾ります。
アマチュアレコードはデービスとよく似た215勝15敗。バージル・オルティスに勝利するなど米国内ユースでは結果を残すものの、世界大会では実績ゼロ。
キングライがデビューした2016年、リング誌は慢性的な経営難が一層深刻になり月刊発行ができなくなります。 年9回発行に縮小、6月号はカットされた3つの号の一つだったので、ここでご紹介するのは存在しない6月号を挟んだ5月号と7月号。

まずパッキャオがカバーした5月号のPFP1位はローマン・ゴンサレス。9位には〝神の左〟の名前も刻まれています。帝拳から二人同時ランクイン、ナイスです。
そして7月号の表紙はカネロ・アルバレス。パッキャオからカネロへ。米国ボクシングの王位が継承された時期でした。
5月号の山中(9位)とティモシー・ブラッドリー(10位)が入れ替わっただけで10傑のメンツは変わらず。

デービスとガルシアは、米国ボクシング市場においてメイウェザーとパッキャオとの入換え世代の代表でした。
例えれば「長嶋茂雄の後継者」と、勝手に大きな荷物を背負わされた原辰徳のような存在かもしれません。
もし、彼らがメイパックに優っている点があるとしたら、それは一つしかありません。
全盛期に激突することを選んでくれたということです。
それは、ボクシングファンにとって最も評価すべき素晴らしいことに違いありません。
啐啄の機で拳を交える米国の時期スーパースター候補。
その意味では、1981年のTHE SHOWDOWN、シュガー・レイ・レナードvsトーマス・ハーンズ以来の興行規模のメガファイトかもしれません。
彼らは、モハメド・アリでもシュガー・レイ・レナードでもありませんでした。マイク・タイソンでもカネロ・アルバレスですらありませんでした。
そのデビューは、彼らの身内以外は誰も見ていない誰も覚えていないリングでひっそりとゴングが鳴らされ、誰も知らないままに終わりました。
二人が職業ボクサーとしての「はじめの一歩」を刻んだ日のボクシングシーンを、リング誌から振り返ります。

左から2013年2月号、2016年5月号、2016年7月号。
▶︎▶︎▶︎タンクの「初めの一歩」。
伝えられるアマ戦績は205勝15敗。
ゴールデングローブ56kg級で優勝経験があるとはいえ、全米選手権でジョエット・ゴンサレスに敗退。世界大会での実績はゼロ。
プロデビューは2013年2月22日、米国コロンビア特別区、ワシントンDC。
ラモント・ピーターソンとケンドール・ホルトのIBFジュニアウェルター級タイトルマッチのアンダーカード。
フェザー級4回戦のリングに上がったデービスは、35歳のデジー・ウィリアムスを初回でノックアウトしました。
「(人気のない)フェザー級に長く止まる気はない。ウェルター級で世界王者になる」。18歳の小さな黒人の言葉を間に受ける人は、当時誰もいませんでした。
リング誌2013年2月号(発売は1月)は、前年の12月に絶対的PFPキングだったマニー・パッキャオがファン・マヌエル・マルケスに衝撃的なKO負けした結果がまだ反映されていませんでした。

PFPの1位が空位…。「妄想なんだから誰でもいいから1位を入れろよ」と嘲笑してはいけません。それも含めて妄想です。PFPは「次はPFP暫定1位か?それともPFP休養1位か?PFPダイアモンド1位もありかな」と面白がって遊ぶものです。間違っても、真剣に「リング誌のPFPは権威がある」とか奉ったらバカ確定です…リング誌をおちょくる遊びとしてならアリですが。
PFPは「パッキャオ・ショック」を反映して1位はvacant(空位)。
パッキャオとフロイド・メイウェザーが2位。
7位にウラジミール、9位にビタリとヘビー級のクリチコ兄弟が10傑入りしているのが印象的なランキングでした。
最近でもジュニアバンタム級で3人同時ランクインするなど、軽量級に優しいPFPでは〝逆〟差別されるヘビー級で二人が同時にトップ10入り、しかも兄弟。これはもう2度と見ることの出来ない光景かもしれません。
パックメイを中心に回っていた世界の片隅で、タンクのキャタピラはギャラギャラと力強い前進を開始したのでした。
▶︎▶︎▶︎キングライの「はじめの一歩」。
〝あれから〟3年後の2016年6月9日、メキシコはティファナ、バハ・カリフォルニア。
17歳のライアン・ガルシアはエドガル・メサを相手にライト級4回戦でデビュー、やはり1ラウンドKO勝利を飾ります。
アマチュアレコードはデービスとよく似た215勝15敗。バージル・オルティスに勝利するなど米国内ユースでは結果を残すものの、世界大会では実績ゼロ。
キングライがデビューした2016年、リング誌は慢性的な経営難が一層深刻になり月刊発行ができなくなります。 年9回発行に縮小、6月号はカットされた3つの号の一つだったので、ここでご紹介するのは存在しない6月号を挟んだ5月号と7月号。

まずパッキャオがカバーした5月号のPFP1位はローマン・ゴンサレス。9位には〝神の左〟の名前も刻まれています。帝拳から二人同時ランクイン、ナイスです。
そして7月号の表紙はカネロ・アルバレス。パッキャオからカネロへ。米国ボクシングの王位が継承された時期でした。
5月号の山中(9位)とティモシー・ブラッドリー(10位)が入れ替わっただけで10傑のメンツは変わらず。

デービスとガルシアは、米国ボクシング市場においてメイウェザーとパッキャオとの入換え世代の代表でした。
例えれば「長嶋茂雄の後継者」と、勝手に大きな荷物を背負わされた原辰徳のような存在かもしれません。
もし、彼らがメイパックに優っている点があるとしたら、それは一つしかありません。
全盛期に激突することを選んでくれたということです。
それは、ボクシングファンにとって最も評価すべき素晴らしいことに違いありません。
啐啄の機で拳を交える米国の時期スーパースター候補。
その意味では、1981年のTHE SHOWDOWN、シュガー・レイ・レナードvsトーマス・ハーンズ以来の興行規模のメガファイトかもしれません。
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