アメリカのメガファイト。
さて、どれを選ぼうかと考えたとき、おそらく1970年代まではこんなふうに迷うことはなかったであろうことに改めて思い至りました。
1970年代まで「メガファイト」とはヘビー級のタイトルマッチのことであり、もっとわかりやすくいうと「ヘビー級のタイトルマッチ」は一つの例外もなくメガファイトでした。
「メガファイト」がヘビー級のタイトルマッチに限定されていた時代。「ヘビー級のタイトルマッチが一つ残らずメガファイト」だった時代。
それがひっくり返ったのが、80年代からのアメリカ市場でした。

①【1981年9月16日】シュガー・レイ・レナードvs トーマス・ハーンズ
今なお史上最高試合の呼び声高い、ボクシングの面白さの全てがこの1試合に凝縮されたTHE SHOWDOWN(決着の大勝負)。
舞台はラスベガス、シーザースパレス。
この試合がなければ、米国の「ウェルター級信仰」は生まれるわけもありませんでした。
いいえ、「米国」ではないです。世界の「ウェルター級信仰」は、この試合を経典として現在に至ります。
②【1985年4月15日】マービン・ハグラーvsトーマス・ハーンズ
THE WARとタイトルに、偽りはありませんでした。それどころか、大袈裟なトップランクにしては、驚くほど謙虚で控えめなタイトルでした。
舞台はもちろん、シーザースパレス屋外特設リング!
史上最も激しい3ラウンド。「火を噴くような打撃戦」なんて言葉が陳腐に感じられる、見ればわかるしあいでした。
③【1987年4月6日】シュガー・レイ・レナードvsマービン・ハグラー
THE SUPER FIGHT。
いうまでもなく、シーザースパレス。とにかくシーザースパレス!
後出しではなく、当時の私は「レナードは何かをやってのける」と思っていました。もちろん、それは「レナードはタダでは負けない」ということでしたが。
何度も読む小説、何度も観る映画、そして何度も観るボクシングの試合がたくさんあります。そんな作品は読むたび、観るたび、その時々で新しい感動が湧きあがります。
この試合が特殊なのは、最初に観たとき、私は失望したことです。普通はそんな試合を見直そうとは思いません。
レナードはハグラーと打ち合うと思っていました。つまらない試合でした。
そして、スプリットデジションという音を聞いたとき、吐き気が込み上げてきました。「レナードの勝ち?不当判定だ」。
予想通りにレナード勝利のスコアが読み上げられました。
この試合が特殊なのは、何度か見直して採点すると「レナード勝利は全然あり」だと気付かされたことです。
もちろん「ハグラー勝利」が最も納得できるアウトカムだとしても、この試合は不当判定ではありませんでした。
多くのメディアがこの試合を今なおフォローし続けているのは「何度も読み返したくなる」作品だからに他なりません。
④【1988年6月27日】マイク・タイソンvsマイケル・スピンクス
このブログでもときどき取り上げる「Undisputed champion」と「Lineal champion」のベリー・ベリー・レアな決戦。
Once and For All。
わずか90秒の惨劇。この試合が、アイアン・マイクのピークでした。
後年の歴史的評価では、スピンクスがタイソンを上回るケースがリング誌など多くのメディアでデフォルトで、この試合はタイソン信者が発狂するタネになっています。
⑤【1999年9月18日】フェリックス・トリニダードvs オスカー・デラホーヤ
無敗のウェルター級王者同士の団体統一戦は、FIGHT OF THE MILLENNIUM〜1000年に一度の戦いと看板を掲げましたが…1000年ではなく3年に一度レベルの試合でした。
二部作、三部作として発展して欲しかったのですが…空気を読まないバーナードおじさんが余計なことをしてしまいました。
⑥【2001年4月7日】マルコ・アントニオ・バレラvs ナジーム・ハメド
フェザー級なのに、MGMグランドガーデンアリーナ。フェザー級なのにHBOのPPVイベント。
軽量級の常識を根底から破壊するビッグファイトは、メキシコのスーパースターと、アラブマネーの恩恵を受ける悪魔王子のマッチアップだからこそ成立しました。
後年の告白からもハメドは〝バレラ恐怖症〟で半ばノイローゼ状態でリングイン。判定に逃げ込むのが精一杯でした。
それまでも、指名挑戦者ファン・マヌエル・マルケスをあからさまに回避、エリック・モラレスの挑発にも耳が聞こえないように無反応だったハメド。
ハメドと彼らとのポテンシャルオッズは明白に有利と見られていたというのに。
ハメドは、ある意味で超一流の危険察知能力を持っていました。
あのハメドが恐怖に逃げ回った当時のPFPファイターでのちに一発殿堂を決めるメキシカン3人。
彼らのオファーを二つ返事で請け負い、Bサイドとアンダードッグの立場で彼らを次々に撃破する、メキセキューショナー(メキシコ人死刑執行人)と呼ばれるアジア人が登場するのは、このすぐあとのことでした。
⑦【2002年6月8日】レノックス・ルイスvs マイク・タイソン
テネシー州メンフィスはザ・ピラミッド。
タイソンにとって初めて直面する体格・体重で明白にビハインドを負う一流選手がレノックス・ルイスでした。
「勝てばタイソンは一発殿堂」と期待された一戦でしたが、圧倒的不利予想の通りに圧倒的に負けてしまいました。
この試合から4試合を1勝3敗(いずれもKO負け)のタイソンは、ついに旬の強豪には1勝もできずにリングを去りました。
⑧【2008年12月6日】マニー・パッキャオvsオスカー・デラホーヤ
誰がこんなマッチアップを思い浮かんだのか?「これ、勝敗予想するんですか?」と元WBCジュニアバンタム級王者・川島郭志も呆れた、絶対あり得ない、あっちゃいけない禁断のTHE DREAM MATCH。
試合後に「6人の敵と戦っているようだった」と語ったデラホーヤの言葉は最大「10人」まで増えました…。
⑨【2010年11月13日】マニー・パッキャオvs アントニオ・マルガリート
ハンドラップ事件でカリフォルニア州やネバダ州のアスレティック・コミッションなどから追放処分を受けていたマルガリートが、なぜかパッキャオ戦という宝くじの特賞を与えられた「これぞプロボクシング」な理不尽極まるメガファイト。
さらにWBCはジュニアミドル(154ポンド)級で一度も戦ったことのない二人のタイトルマッチを快諾。しかも、ウェルター級の方が近いキャッチウェイト150ポンド。
そんな背景から米国メディアでは批判もありましたが、日本では100%大絶賛。でも日本ではなぜか「6階級制覇」と、世界認識と二つズレてました。そう、日本のボクシング界って「一つ」じゃなく「二つ」ズレてるんですよね、いつも。
舞台は少年時代に大のボクシングファンだった大富豪のジェリー・ジョーンズが、オーナーをつとめるダラス・カウボーイズの巨大スタジアムを用意(本当はメイウェザー戦のためでしたが)。
⑩【2013年9月14日】フロイド・メイウェザーJr.vs カネロ・アルバレス

THE ONEとタイトルされた当時36歳のマネーと、23歳のカネロが拳を交えたBattle of The Age。
「さすがメイウェザーさん」という眠たい試合でしたが、CJ・ロス女史のドローさいてんに世界中のボクシングファンが目を覚まします。
⑪【2015年5月6日】フロイド・メイウェザーJr.vs マニー・パッキャオ
これほど一般メディアで取り上げられたボクシングの試合は、この43年で初めてのことです。
CNNスポーツは「素晴らしいファイトになればボクシングが息を吹き返すかもしれない」と、試合決定を受けてすぐにカウントダウンタイマーを番組画面に表示しました。
This is the fight to save boxing.
もし、そんな試合があるとしたら…この試合でした。

。。。。。。あれれ、ベスト10のつもりが11になってしまった。いっぱい削ったメガファイトがあるのに…。
米国ボクシングは「死にゆく産業」 なんて嘘だ!俺は今日も見るぞ!
ビール消費が下がってるなんて、絶対嘘だ!俺は鯨のように飲んでるぞ!
野球が不人気クラブなんてのも嘘だ!俺の知ってる中学校の部活には今年14人も新入部員が入ったぞ!
むむむ。WOWOWはいつもの11時配信スタートではなく、9時からか。
さて、どれを選ぼうかと考えたとき、おそらく1970年代まではこんなふうに迷うことはなかったであろうことに改めて思い至りました。
1970年代まで「メガファイト」とはヘビー級のタイトルマッチのことであり、もっとわかりやすくいうと「ヘビー級のタイトルマッチ」は一つの例外もなくメガファイトでした。
「メガファイト」がヘビー級のタイトルマッチに限定されていた時代。「ヘビー級のタイトルマッチが一つ残らずメガファイト」だった時代。
それがひっくり返ったのが、80年代からのアメリカ市場でした。

①【1981年9月16日】シュガー・レイ・レナードvs トーマス・ハーンズ
今なお史上最高試合の呼び声高い、ボクシングの面白さの全てがこの1試合に凝縮されたTHE SHOWDOWN(決着の大勝負)。
舞台はラスベガス、シーザースパレス。
この試合がなければ、米国の「ウェルター級信仰」は生まれるわけもありませんでした。
いいえ、「米国」ではないです。世界の「ウェルター級信仰」は、この試合を経典として現在に至ります。
②【1985年4月15日】マービン・ハグラーvsトーマス・ハーンズ
THE WARとタイトルに、偽りはありませんでした。それどころか、大袈裟なトップランクにしては、驚くほど謙虚で控えめなタイトルでした。
舞台はもちろん、シーザースパレス屋外特設リング!
史上最も激しい3ラウンド。「火を噴くような打撃戦」なんて言葉が陳腐に感じられる、見ればわかるしあいでした。
③【1987年4月6日】シュガー・レイ・レナードvsマービン・ハグラー
THE SUPER FIGHT。
いうまでもなく、シーザースパレス。とにかくシーザースパレス!
後出しではなく、当時の私は「レナードは何かをやってのける」と思っていました。もちろん、それは「レナードはタダでは負けない」ということでしたが。
何度も読む小説、何度も観る映画、そして何度も観るボクシングの試合がたくさんあります。そんな作品は読むたび、観るたび、その時々で新しい感動が湧きあがります。
この試合が特殊なのは、最初に観たとき、私は失望したことです。普通はそんな試合を見直そうとは思いません。
レナードはハグラーと打ち合うと思っていました。つまらない試合でした。
そして、スプリットデジションという音を聞いたとき、吐き気が込み上げてきました。「レナードの勝ち?不当判定だ」。
予想通りにレナード勝利のスコアが読み上げられました。
この試合が特殊なのは、何度か見直して採点すると「レナード勝利は全然あり」だと気付かされたことです。
もちろん「ハグラー勝利」が最も納得できるアウトカムだとしても、この試合は不当判定ではありませんでした。
多くのメディアがこの試合を今なおフォローし続けているのは「何度も読み返したくなる」作品だからに他なりません。
④【1988年6月27日】マイク・タイソンvsマイケル・スピンクス
このブログでもときどき取り上げる「Undisputed champion」と「Lineal champion」のベリー・ベリー・レアな決戦。
Once and For All。
わずか90秒の惨劇。この試合が、アイアン・マイクのピークでした。
後年の歴史的評価では、スピンクスがタイソンを上回るケースがリング誌など多くのメディアでデフォルトで、この試合はタイソン信者が発狂するタネになっています。
⑤【1999年9月18日】フェリックス・トリニダードvs オスカー・デラホーヤ
無敗のウェルター級王者同士の団体統一戦は、FIGHT OF THE MILLENNIUM〜1000年に一度の戦いと看板を掲げましたが…1000年ではなく3年に一度レベルの試合でした。
二部作、三部作として発展して欲しかったのですが…空気を読まないバーナードおじさんが余計なことをしてしまいました。
⑥【2001年4月7日】マルコ・アントニオ・バレラvs ナジーム・ハメド
フェザー級なのに、MGMグランドガーデンアリーナ。フェザー級なのにHBOのPPVイベント。
軽量級の常識を根底から破壊するビッグファイトは、メキシコのスーパースターと、アラブマネーの恩恵を受ける悪魔王子のマッチアップだからこそ成立しました。
後年の告白からもハメドは〝バレラ恐怖症〟で半ばノイローゼ状態でリングイン。判定に逃げ込むのが精一杯でした。
それまでも、指名挑戦者ファン・マヌエル・マルケスをあからさまに回避、エリック・モラレスの挑発にも耳が聞こえないように無反応だったハメド。
ハメドと彼らとのポテンシャルオッズは明白に有利と見られていたというのに。
ハメドは、ある意味で超一流の危険察知能力を持っていました。
あのハメドが恐怖に逃げ回った当時のPFPファイターでのちに一発殿堂を決めるメキシカン3人。
彼らのオファーを二つ返事で請け負い、Bサイドとアンダードッグの立場で彼らを次々に撃破する、メキセキューショナー(メキシコ人死刑執行人)と呼ばれるアジア人が登場するのは、このすぐあとのことでした。
⑦【2002年6月8日】レノックス・ルイスvs マイク・タイソン
テネシー州メンフィスはザ・ピラミッド。
タイソンにとって初めて直面する体格・体重で明白にビハインドを負う一流選手がレノックス・ルイスでした。
「勝てばタイソンは一発殿堂」と期待された一戦でしたが、圧倒的不利予想の通りに圧倒的に負けてしまいました。
この試合から4試合を1勝3敗(いずれもKO負け)のタイソンは、ついに旬の強豪には1勝もできずにリングを去りました。
⑧【2008年12月6日】マニー・パッキャオvsオスカー・デラホーヤ
誰がこんなマッチアップを思い浮かんだのか?「これ、勝敗予想するんですか?」と元WBCジュニアバンタム級王者・川島郭志も呆れた、絶対あり得ない、あっちゃいけない禁断のTHE DREAM MATCH。
試合後に「6人の敵と戦っているようだった」と語ったデラホーヤの言葉は最大「10人」まで増えました…。
⑨【2010年11月13日】マニー・パッキャオvs アントニオ・マルガリート
ハンドラップ事件でカリフォルニア州やネバダ州のアスレティック・コミッションなどから追放処分を受けていたマルガリートが、なぜかパッキャオ戦という宝くじの特賞を与えられた「これぞプロボクシング」な理不尽極まるメガファイト。
さらにWBCはジュニアミドル(154ポンド)級で一度も戦ったことのない二人のタイトルマッチを快諾。しかも、ウェルター級の方が近いキャッチウェイト150ポンド。
そんな背景から米国メディアでは批判もありましたが、日本では100%大絶賛。でも日本ではなぜか「6階級制覇」と、世界認識と二つズレてました。そう、日本のボクシング界って「一つ」じゃなく「二つ」ズレてるんですよね、いつも。
舞台は少年時代に大のボクシングファンだった大富豪のジェリー・ジョーンズが、オーナーをつとめるダラス・カウボーイズの巨大スタジアムを用意(本当はメイウェザー戦のためでしたが)。
⑩【2013年9月14日】フロイド・メイウェザーJr.vs カネロ・アルバレス

THE ONEとタイトルされた当時36歳のマネーと、23歳のカネロが拳を交えたBattle of The Age。
「さすがメイウェザーさん」という眠たい試合でしたが、CJ・ロス女史のドローさいてんに世界中のボクシングファンが目を覚まします。
⑪【2015年5月6日】フロイド・メイウェザーJr.vs マニー・パッキャオ
これほど一般メディアで取り上げられたボクシングの試合は、この43年で初めてのことです。
CNNスポーツは「素晴らしいファイトになればボクシングが息を吹き返すかもしれない」と、試合決定を受けてすぐにカウントダウンタイマーを番組画面に表示しました。
This is the fight to save boxing.
もし、そんな試合があるとしたら…この試合でした。

。。。。。。あれれ、ベスト10のつもりが11になってしまった。いっぱい削ったメガファイトがあるのに…。
米国ボクシングは「死にゆく産業」 なんて嘘だ!俺は今日も見るぞ!
ビール消費が下がってるなんて、絶対嘘だ!俺は鯨のように飲んでるぞ!
野球が不人気クラブなんてのも嘘だ!俺の知ってる中学校の部活には今年14人も新入部員が入ったぞ!
むむむ。WOWOWはいつもの11時配信スタートではなく、9時からか。
コメント
コメント一覧 (5)
フシ穴の眼
が
しました
しかし井上尚弥へのそんな仕事は酷な話です。
フシ穴の眼
が
しました
フシ穴の眼
が
しました