複数階級制覇、そのレースでトップを走っているのが井岡一翔です。
最軽量のストロー(105ポンド)からジュニアバンタム(115ポンド)までの4階級でアルファベットのストラップをコレクション。
現代日本ボクシング界きってのグランドマスターは、キャリアのフィナーレとクライマックスを同時に迎えようとしています。
◼️ You Are Here ー現在地 ◼️
井岡弘樹の甥っ子、サラブレッドとして早くから注目を集めていました。。
2008年北京五輪出場「五輪でメダルを獲ってプロ転向」という夢を絶たれて2009年にジュニアフライ級6回戦でプロデビュー。
相手は、タイ国フライ級王者トンタイレック・ポーウォラシン。トンタイレックは直近の試合でナショナルタイトルを獲得していますが、それまでは6連敗。
6連敗の中にはドニー・ニエテス、戎岡淳一、八重樫東が含まれる〝都合の良い〟咬ませ犬です。
2011年2月にはプロ7戦目でWBCストロー級王者オーレイドン・シスサマーチャイに挑戦。
無敗のオーレイドンはこれが7度目の防衛戦、リング誌ランキングで1位に付けるなど階級最強候補の一角でした。
そんな難敵を井岡は絶妙のボディアタックで、5ラウンドTKO。最初の世界タイトルをピックアップしたのです。
当時のストロー級シーンはローマン・ゴンサレスが階級を上げたWBAが群雄割拠、WBCが井岡、IBFがニコシナシ・ジョイ、WBOがドニー・ニエテス、高山勝成や若きワンヘン・ミナヨーティンもトップ戦線を形成していました。
2012年6月には、WBA王者となった八重樫との団体統一戦に勝利。対立王者に勝利する形でWBAとWBCの統一王者になったのは、渡辺二郎以来28年ぶりの快挙でした。
2012年の大晦日にはWBAジュニアフライ級王者決定戦で快勝、2階級制覇に成功。ちなみに、WBAジュニアフライはロマゴンがスーパー王者に格上げされていたので、井岡のタイトルはセカンド王座でした。
2013年早々、WBAはロマゴンとの団体内統一戦を指令しますが、井岡陣営は「準備期間が短い」という理由で延期を提案。
このときから、井岡のヒーロー像に「ロマゴンから逃げた」という濁った色彩が加わります。
あくまで個人的な推測ですが、この〝ロマゴン回避〟はトレーナーである父親・一法が独断で判断したものでしょう。二人の間に亀裂が広がり始めた時期でした。
それでも、2013年のリング誌1月号「The World's Best Boxers 100(年間PFP100傑)」で井岡は初登場で68位に。ロマゴンは前年41位から23位にジャンプアップ、ring.tvなどで「史上最軽量のPFPキング誕生がカウントダウン」と最上級の評価を得ていました。
2014年にはアマチュア時代に苦杯を舐めたアムナット・ルエンロンの持つIBFフライ級王座に挑戦するもスプリットデジションを落として、3階級制覇を阻まれてしまいます。
井岡に勝ったルエンロンがボクシングシーンなど複数メディアでPFP入り。
それでも翌年には強豪ファン・カルロス・レベコを競り落としてWBAフライ級のストラップを獲得。
このタイトルは5度防衛しますが、2016年のリング誌AwardのBest Fighter Poll(年間PFP:該当は2015年)では井上尚弥や田中恒成ら新勢力が台頭、井岡の存在感は希薄化していきます。
そして、2017年11月には一法との確執が明らかになり、大晦日にまさかの引退宣言。
しかし、わずか半年あまりでトム・ラフラーと契約、米国で〝復帰戦〟のリングに上がったことからも、引退宣言は一法との関係を解消して新しいスタートを切るための〝方便〟だったと見られています。
井岡はしっかりトレーニングを継続していたのでしょう。強豪マックウィリアムズ・アローヨを封じ込め、ジュニアバンタム級のトップ戦線に名乗りを挙げます。
2018年大晦日にはマカオでドニー・ニエテスとWBO王者決定戦を争いますが、スプリットで敗北。ニエテスはリング誌PFP10位に。
それでも2019年には、ニエテスと分の良いドローを演じたアストン・パリクテを幕張メッセで10回TKOでWBO王座を掴むと、高評価の新星ハビエル・シントロンを子供扱いして初防衛。
年末には生涯初めてアンダードッグでリングに上がった田中恒成戦で、井岡一翔が何者かを改めて天下に知らしめました。
田中戦の勝利で食い込んだリング誌PFPは9位まで浮上。
今月13日に、ニエテスに雪辱した井岡の次戦は団体統一戦しか考えられません。
キャリア14年、31戦15KO2敗の33歳。
二つの黒星はアムナットとニエテスという軽量級屈指の老獪なボクサーで、いずれもクロスゲーム。まだ完敗したことがありません。
日本が誇るグランマスターはそのレガシーの総仕上げに取り掛かっています。
また、日本ボクシング界初のダーティーヒーロー亀田興毅が実力的にはほとんど評価されていなかったのに対して、井岡は実力を兼ね備えたヒールの香りを漂わせる存在になりました。本人の意図するところではないにせよ、ファンからすると個性的なキャラクターは貴重です。
◼️ Destinationー行き先◼️
ジュニアバンタム級で自身のスタイルを完成させた感のある井岡は、団体統一路線に集中しているでしょうが、終着駅はバンタム級、5階級制覇を見据えているはずです。
ジュニアバンタムのトップ戦線はファン・フランシスコ・エストラーダとローマン・ゴンサレスのレジェンド2人に、超新星のバム・ロドリゲスに、フェルナンド・マルチネスが絡むエキサイティングな展開になっています。
もちろん、井岡もこの一角に食い込んでいる惑星の一つ。
個人的にはバムを田中恒成のように斬り落として欲しいところ。バムは若いのに手強い手練れですが、劣化したカルロス・クアドラスやシーサケット・ソールンビサイと井岡は一味も二味も違います。
対戦相手の質、誰に勝ったのかという点では井上尚弥を上回る実績を上げての4階級制覇。モダーン部門での殿堂入りの可能性は十分にあるでしょう。
世界中の軽量級マニアが見たいのは井上尚弥とのメガファイト。
〝そのとき〟ジュニアフェザーに上がってるであろう言い出しっぺが「1試合限定でバンタムに戻る」とか、譲歩したら…。
現実は普通にすれ違いでしょうが…。
最軽量のストロー(105ポンド)からジュニアバンタム(115ポンド)までの4階級でアルファベットのストラップをコレクション。
現代日本ボクシング界きってのグランドマスターは、キャリアのフィナーレとクライマックスを同時に迎えようとしています。
◼️ You Are Here ー現在地 ◼️
井岡弘樹の甥っ子、サラブレッドとして早くから注目を集めていました。。
2008年北京五輪出場「五輪でメダルを獲ってプロ転向」という夢を絶たれて2009年にジュニアフライ級6回戦でプロデビュー。
相手は、タイ国フライ級王者トンタイレック・ポーウォラシン。トンタイレックは直近の試合でナショナルタイトルを獲得していますが、それまでは6連敗。
6連敗の中にはドニー・ニエテス、戎岡淳一、八重樫東が含まれる〝都合の良い〟咬ませ犬です。
2011年2月にはプロ7戦目でWBCストロー級王者オーレイドン・シスサマーチャイに挑戦。
無敗のオーレイドンはこれが7度目の防衛戦、リング誌ランキングで1位に付けるなど階級最強候補の一角でした。
そんな難敵を井岡は絶妙のボディアタックで、5ラウンドTKO。最初の世界タイトルをピックアップしたのです。
当時のストロー級シーンはローマン・ゴンサレスが階級を上げたWBAが群雄割拠、WBCが井岡、IBFがニコシナシ・ジョイ、WBOがドニー・ニエテス、高山勝成や若きワンヘン・ミナヨーティンもトップ戦線を形成していました。
2012年6月には、WBA王者となった八重樫との団体統一戦に勝利。対立王者に勝利する形でWBAとWBCの統一王者になったのは、渡辺二郎以来28年ぶりの快挙でした。
2012年の大晦日にはWBAジュニアフライ級王者決定戦で快勝、2階級制覇に成功。ちなみに、WBAジュニアフライはロマゴンがスーパー王者に格上げされていたので、井岡のタイトルはセカンド王座でした。
2013年早々、WBAはロマゴンとの団体内統一戦を指令しますが、井岡陣営は「準備期間が短い」という理由で延期を提案。
このときから、井岡のヒーロー像に「ロマゴンから逃げた」という濁った色彩が加わります。
あくまで個人的な推測ですが、この〝ロマゴン回避〟はトレーナーである父親・一法が独断で判断したものでしょう。二人の間に亀裂が広がり始めた時期でした。
それでも、2013年のリング誌1月号「The World's Best Boxers 100(年間PFP100傑)」で井岡は初登場で68位に。ロマゴンは前年41位から23位にジャンプアップ、ring.tvなどで「史上最軽量のPFPキング誕生がカウントダウン」と最上級の評価を得ていました。
2014年にはアマチュア時代に苦杯を舐めたアムナット・ルエンロンの持つIBFフライ級王座に挑戦するもスプリットデジションを落として、3階級制覇を阻まれてしまいます。
井岡に勝ったルエンロンがボクシングシーンなど複数メディアでPFP入り。
それでも翌年には強豪ファン・カルロス・レベコを競り落としてWBAフライ級のストラップを獲得。
このタイトルは5度防衛しますが、2016年のリング誌AwardのBest Fighter Poll(年間PFP:該当は2015年)では井上尚弥や田中恒成ら新勢力が台頭、井岡の存在感は希薄化していきます。
そして、2017年11月には一法との確執が明らかになり、大晦日にまさかの引退宣言。
しかし、わずか半年あまりでトム・ラフラーと契約、米国で〝復帰戦〟のリングに上がったことからも、引退宣言は一法との関係を解消して新しいスタートを切るための〝方便〟だったと見られています。
井岡はしっかりトレーニングを継続していたのでしょう。強豪マックウィリアムズ・アローヨを封じ込め、ジュニアバンタム級のトップ戦線に名乗りを挙げます。
2018年大晦日にはマカオでドニー・ニエテスとWBO王者決定戦を争いますが、スプリットで敗北。ニエテスはリング誌PFP10位に。
それでも2019年には、ニエテスと分の良いドローを演じたアストン・パリクテを幕張メッセで10回TKOでWBO王座を掴むと、高評価の新星ハビエル・シントロンを子供扱いして初防衛。
年末には生涯初めてアンダードッグでリングに上がった田中恒成戦で、井岡一翔が何者かを改めて天下に知らしめました。
田中戦の勝利で食い込んだリング誌PFPは9位まで浮上。
今月13日に、ニエテスに雪辱した井岡の次戦は団体統一戦しか考えられません。
キャリア14年、31戦15KO2敗の33歳。
二つの黒星はアムナットとニエテスという軽量級屈指の老獪なボクサーで、いずれもクロスゲーム。まだ完敗したことがありません。
日本が誇るグランマスターはそのレガシーの総仕上げに取り掛かっています。
また、日本ボクシング界初のダーティーヒーロー亀田興毅が実力的にはほとんど評価されていなかったのに対して、井岡は実力を兼ね備えたヒールの香りを漂わせる存在になりました。本人の意図するところではないにせよ、ファンからすると個性的なキャラクターは貴重です。
◼️ Destinationー行き先◼️
ジュニアバンタム級で自身のスタイルを完成させた感のある井岡は、団体統一路線に集中しているでしょうが、終着駅はバンタム級、5階級制覇を見据えているはずです。
ジュニアバンタムのトップ戦線はファン・フランシスコ・エストラーダとローマン・ゴンサレスのレジェンド2人に、超新星のバム・ロドリゲスに、フェルナンド・マルチネスが絡むエキサイティングな展開になっています。
もちろん、井岡もこの一角に食い込んでいる惑星の一つ。
個人的にはバムを田中恒成のように斬り落として欲しいところ。バムは若いのに手強い手練れですが、劣化したカルロス・クアドラスやシーサケット・ソールンビサイと井岡は一味も二味も違います。
対戦相手の質、誰に勝ったのかという点では井上尚弥を上回る実績を上げての4階級制覇。モダーン部門での殿堂入りの可能性は十分にあるでしょう。
世界中の軽量級マニアが見たいのは井上尚弥とのメガファイト。
〝そのとき〟ジュニアフェザーに上がってるであろう言い出しっぺが「1試合限定でバンタムに戻る」とか、譲歩したら…。
現実は普通にすれ違いでしょうが…。



コメント
コメント一覧 (1)
記録の上ではスプリットでしたが、何度見返しても私には井岡の完封負けにしか見えず、井岡勝利の採点はできませんでした。
試合後の井岡陣営は「2ポイント勝った」「試合をリードしていたのは一翔」と不満そうでしたが、IBFへの抗議や相手への再戦要求をしたという話はなし。
内心では負けを認めていたんじゃないかと思ってます。
フシ穴の眼
が
しました