私が1960年代のリングに興味をソソられてしまうのは、自分が全く知らない世界だからということよりも、日本ボクシングの黄金時代だったという事実からです。
毎日、ゴールデンタイムにボクシング番組が放送され、NHKまでがボクシング番組を持っていた時代。
世界チャンピオンが一番稼ぐスポーツマンだった時代。
日本チャンピオンでも有名人だった時代。
6回戦でも他に仕事をしないでも食っていけた時代。
それは「あしたのジョー」の世界でもありました。6回戦の試合がテレビ放送されるシーンを最初に読んだとき、私は「漫画だから」と思い込んでいました。
のちに当時をよく知る人から「新人戦はもちろん、4回戦でも放送されるカードがあった」と教えられたときは「そんな時代があったのか」と驚きました。
よく考えたら、当たり前です。毎日、ゴールデンタイムにプログラムされていたのです。
そこで連日、日本タイトルマッチや東洋タイトルマッチを放送していたわけがありません。
タイトルマッチはとんでもないハレの日だったでしょう。
ましてや、世界タイトルマッチとなると、現代のスポーツシーンでは例えるものがなかったはずです。

つい先日の6月4日。ヨットで世界最高齢となる単独無寄港の太平洋横断に成功した海洋冒険家、堀江謙一さん(83)は「僕は今、青春真っただ中。この航海の目的は『あしたのジョー』が目指したように精神と肉体の完全燃焼でありました。成し遂げたと、そう確信しております」と喜びを語りました。
69日間、約8500キロに及ぶ単独航海を終えた心境を、名作ボクシング漫画の主人公・矢吹丈が燃え上がるように戦った姿とダブらせたのです。
私は昭和の生まれですが、昭和は一括りにするのは長すぎます。
ただの偶然ですが、半月ほど前に有楽町の三省堂で「『ジョー』のモデルと呼ばれた男ー天才ボクサー・青木勝利の生涯」(葛城明彦)を購入して帰宅するとリング誌7月号が届いていました。
「青木本」を先に読み始めると、ボクシング黄金時代のエピソードが満載。私がボクシングに惹かれた1970年代末、つまり具志堅用高の時代でも、その残り香は少しはありましたが、活字からでも往時の盛り上がりが伝わる内容でした。
キリの良いところで栞を挟もうと思ってましたが、あっという間に読み切ってしまいました。
そして、リング誌。デジタル版ですでに読んでしまってますが、指でページをめくる感触はやはり最高です。
リング誌7月号は、ロシアの侵略と戦うクリチコ兄弟がカバー。The Ring のロゴも青い空と黄金色の麦畑の「ウクライナ・カラー」。
…なんですが、毎年6月にニューヨーク州カナストータで開催される「殿堂式典」も特集。ファイティング原田が大きく取り上げられているのも知っていましたし、このブログでも取り上げました。
プリントバージョンで改めて見ると、「原田特集」は6ページにわたり、一発殿堂に至った6試合を紹介していました。井上尚弥が単独カバーした号でもここまでページは与えられず、それどころか「原田話」が挿入される始末。
正直、米国に行くといまだに「上を向いて歩こう」を歌ってくれる年配の方がいますが、まさにそんな感覚です。
正直「もう、いいよ」です。
井上や中谷、京口ら現役の才能を、宮田有理子さんの日本コーナーだけじゃなく、もっとしっかり取り上げて欲しい。宮田さんの記事はもちろん素晴らしいのですが。
原田は、今も昔もリング誌が最もページを割いた日本人です。
「史上初のフライ〜バンタムの2階級制覇(盗まれた判定で届かなかったフェザー級も入れると事実上の3階級制覇)」と日本のボクシングファンの心情を代弁したような導入。
6試合は初戴冠のキング・ポーンピッチ戦、エデル・ジョフレとの2戦、ジョー・メデルにリベンジした一戦、そしてシドニースタジアムのオージーまでが「勝ったのは原田」と足を踏み鳴らしたジョニー・ファメション戦。
この偉大な世界戦5試合に、もう1試合は…なんと青木勝利とのノンタイトル戦。
わずかな時間で、青木勝利の単行本とリング誌で青木勝利を読むことになりました。
原田はリング誌に対して、青木戦についてどれほど思い入れがあったか、ノンタイトル戦にもかかわらず入れの年間最高試合に選ばれたと語っています。
そして、後年「青木は弱かったね」と回想したエデル・ジョフレが自身の伝記本の表紙に選んだのは青木戦でした。
リアル・あしたのジョーの時代。
三羽ガラスの物語を、つないで行きます。
毎日、ゴールデンタイムにボクシング番組が放送され、NHKまでがボクシング番組を持っていた時代。
世界チャンピオンが一番稼ぐスポーツマンだった時代。
日本チャンピオンでも有名人だった時代。
6回戦でも他に仕事をしないでも食っていけた時代。
それは「あしたのジョー」の世界でもありました。6回戦の試合がテレビ放送されるシーンを最初に読んだとき、私は「漫画だから」と思い込んでいました。
のちに当時をよく知る人から「新人戦はもちろん、4回戦でも放送されるカードがあった」と教えられたときは「そんな時代があったのか」と驚きました。
よく考えたら、当たり前です。毎日、ゴールデンタイムにプログラムされていたのです。
そこで連日、日本タイトルマッチや東洋タイトルマッチを放送していたわけがありません。
タイトルマッチはとんでもないハレの日だったでしょう。
ましてや、世界タイトルマッチとなると、現代のスポーツシーンでは例えるものがなかったはずです。

つい先日の6月4日。ヨットで世界最高齢となる単独無寄港の太平洋横断に成功した海洋冒険家、堀江謙一さん(83)は「僕は今、青春真っただ中。この航海の目的は『あしたのジョー』が目指したように精神と肉体の完全燃焼でありました。成し遂げたと、そう確信しております」と喜びを語りました。
69日間、約8500キロに及ぶ単独航海を終えた心境を、名作ボクシング漫画の主人公・矢吹丈が燃え上がるように戦った姿とダブらせたのです。
私は昭和の生まれですが、昭和は一括りにするのは長すぎます。
ただの偶然ですが、半月ほど前に有楽町の三省堂で「『ジョー』のモデルと呼ばれた男ー天才ボクサー・青木勝利の生涯」(葛城明彦)を購入して帰宅するとリング誌7月号が届いていました。
「青木本」を先に読み始めると、ボクシング黄金時代のエピソードが満載。私がボクシングに惹かれた1970年代末、つまり具志堅用高の時代でも、その残り香は少しはありましたが、活字からでも往時の盛り上がりが伝わる内容でした。
キリの良いところで栞を挟もうと思ってましたが、あっという間に読み切ってしまいました。
そして、リング誌。デジタル版ですでに読んでしまってますが、指でページをめくる感触はやはり最高です。
リング誌7月号は、ロシアの侵略と戦うクリチコ兄弟がカバー。The Ring のロゴも青い空と黄金色の麦畑の「ウクライナ・カラー」。
…なんですが、毎年6月にニューヨーク州カナストータで開催される「殿堂式典」も特集。ファイティング原田が大きく取り上げられているのも知っていましたし、このブログでも取り上げました。
プリントバージョンで改めて見ると、「原田特集」は6ページにわたり、一発殿堂に至った6試合を紹介していました。井上尚弥が単独カバーした号でもここまでページは与えられず、それどころか「原田話」が挿入される始末。
正直、米国に行くといまだに「上を向いて歩こう」を歌ってくれる年配の方がいますが、まさにそんな感覚です。
正直「もう、いいよ」です。
井上や中谷、京口ら現役の才能を、宮田有理子さんの日本コーナーだけじゃなく、もっとしっかり取り上げて欲しい。宮田さんの記事はもちろん素晴らしいのですが。
原田は、今も昔もリング誌が最もページを割いた日本人です。
「史上初のフライ〜バンタムの2階級制覇(盗まれた判定で届かなかったフェザー級も入れると事実上の3階級制覇)」と日本のボクシングファンの心情を代弁したような導入。
6試合は初戴冠のキング・ポーンピッチ戦、エデル・ジョフレとの2戦、ジョー・メデルにリベンジした一戦、そしてシドニースタジアムのオージーまでが「勝ったのは原田」と足を踏み鳴らしたジョニー・ファメション戦。
この偉大な世界戦5試合に、もう1試合は…なんと青木勝利とのノンタイトル戦。
わずかな時間で、青木勝利の単行本とリング誌で青木勝利を読むことになりました。
原田はリング誌に対して、青木戦についてどれほど思い入れがあったか、ノンタイトル戦にもかかわらず入れの年間最高試合に選ばれたと語っています。
そして、後年「青木は弱かったね」と回想したエデル・ジョフレが自身の伝記本の表紙に選んだのは青木戦でした。
リアル・あしたのジョーの時代。
三羽ガラスの物語を、つないで行きます。

コメント
コメント一覧 (2)
日本人はいないでしょう。
ベストバウドの試合もジョフレ戦だけかとおもいましたが、意外と取り上げてくれました。
6ページもですか....
軽量級でこんなにページくれるのも稀。
ジョフレなどは、特集してくれないのでしょうか?
井上の試合は、小さな所で?なんかやっとるわ!
てな感じでみられるのもさみしいですが、
なんか統一戦をしてもグレート差に
違和感あるのも事実。
msaheko fighting Haradaは
クラっシックになっています。
フシ穴の眼
が
しました