1982年7月4日 オハイオ州シンシナティ・リバーフロントコロシアム
WBA世界ジュニアウェルター級タイトルマッチ
統括団体=オハイオ州アスレティック・コミッション
プロモーター=ボブ・アラム
統括団体=オハイオ州アスレティック・コミッション
プロモーター=ボブ・アラム
このとき、シンシナティの鷹は26歳、戦績は30戦全勝28KO。
200年に一人の天才は25歳、17戦全勝14KO。
第1ラウンド開始早々、プライアーはいきなり猛攻を仕掛けるも、亀田昭雄はこれが世界初挑戦とは思えない落ち着きぶり。
ロープに追い込まれながらも、亀田は左右の逆ワンツーからの連打で、あのプライアーからダウンを奪います。
日本人がシンシナティで、プライアーから先制のダウンを奪ったのです。
BEST JAB:Akio Kameda: I would like to say Akio Kameda from Japan.
He was a good puncher and boxer, he was left-handed, he was 6-feet (tall) and he had a lot of heart. I wasn’t expecting to get hit by no left hand jab; he did a good job with his jab. I liked the way he boxed. I out-punched him but he was a good boxer.
私のキャリアで最高のジャブの使い手は、日本のサウスポー亀田昭雄だ。
彼はパンチも強くて、ボクシングもできた。身長は6フィート(182.88㎝)もあって、ハートまで強かった。 サウスポーの右ジャブは予測できなかった。彼のスタイルが好きだった。彼に勝つことができたが、いいボクサーだった。
プライアーは2016年10月9日、60歳でこの世を去りました。
それにしても、亀田はまだ65歳。早すぎます。
コメント
コメント一覧 (3)
フシ穴の眼
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フシ穴の眼
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後輩の渡嘉敷氏いわく、
世界Jr.ウェルター級だけでなく、ウェルター級も制覇できるボクサーだった.....練習さえしていれば のこと。
先代の会長ともめなければ、
絶頂期に世界挑戦できたり、穴王者と挑戦して、
世界の冠はついていたかもしれませんね。
プライアーと再戦したくて、
がんばっていたみたいですが、プライアーの
王座返上?
プライアーがIBF王者になって
追いかけてIBFに移ったら
プライアーは王者でなくなっていた。
亀田氏のボクサー人生は空回りしていたみたいです。
よくもわるくも亀田氏にとって、プライアー戦は
ターニングポイントだったかもしれません。
フシ穴の眼
が
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