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お昼ご飯はラーメン+ジャンボ餃子セット。

そして、亀田のお話の続き。

このブログでは取り上げることがずっと無かった「亀田」ですが、現役は和毅1人になって、JBCとの裁判でも誰が嘘をついて彼らを貶めていたのかが法のもとに明らかになりました。

ということで、最近〝亀田〟づいています。



亀田一家をヒールに決定づけたのは、2006年8月2日のWBAジュニアフライ級王者決定戦のことでした。

対戦相手のファン・ランダエタは元ストロー級王者とはいえ、ジュニアフライ級の試合はこれが初めて。

まず、怪しい相手との怪しい決定戦が、出来レースの疑惑を醸成します。

そして、興毅の「世界チャンピオンになったら父親にベルトをプレゼントしたい」と聞いたホセ・メンドサWBA会長は、試合前に特製ベルトを父・史郎に贈ります。

この時点で、誰もがWBAの腐敗ぶりに怒りを覚えました。

興毅と史郎が「試合前やのにこんなもん、もらえるか!」とハネつけていたらまだ救いがあったのですが、彼らにそこまで回る知能はありません。

そんなものをもらってカメラマンの前で嬉々としてポーズを決める、それがどう見えるのかも分からない彼らは救いようのない馬鹿でした。

ダメ押しは、肝心の試合内容。

初回に痛烈なダウンを奪われた興毅が劣勢のまま、試合終了のゴングが鳴ります。

完敗の空気に俯く興毅でしたが、オフィシャルは計ったようにスプリットデジションで勝利。

歓喜に沸く亀田陣営に、首を振るランダエタ。呆れ果てる観客。

TBSには抗議の、ベネズエラ大使館には「勝っていたのはランダエタ」と励ましの電話が殺到します。

この日から、亀田一家は江川卓や桑田真澄を遥かに凌ぐ、日本史上最悪のヒールになってしまいました。

そして、喜劇的なことに亀田には江川や桑田には歴然と備わっていた実力が、彼らには全くありませんでした。

本来ならヒールは強いものですが、「弱いヒール」という珍妙な一家が誕生してしまったのです。

そして、群衆は悪の総本山ではなく、巨悪に操られたアスリートに、いつもその怒りの矛先を向けるのでした。

WBAの腐敗と、明らかな誤審を犯したジャッジにこそ、その怒りをぶつけるべきだというのに。

自分たちが世紀の悪役に貶められたリングで、空気が全く読めない興毅は感激に泣き、父親への感謝を語りました。

そして、彼らのもとを離れた母親にも泣きながら叫びました。

「産んでくれてありがとう!」。

実は興毅の言動は、終始一貫しています。

彼は、世間から後ろ指差される父親が素晴らしい人間だということを証明し、出来ることなら家庭に母親に戻ってきて欲しかったのです。

彼は長男として家族の再生のために戦っていたんだな、ということが伝わってきました。

そして、その後の彼の家族を守る言動を見るたびに、その思いは確信に近づいていくことになります。