WBAの内部に〝諮問機関〟としてWBCが設立されたのは1963年。
協会や連盟といった団体ではなく、評議会という呼称はここに由来します。
1966年に独自ランキングを発表、分裂は決定的になります。
council(評議会)という、いかにも内部機関ですよ、な名称と分離独立までの3年という時間の長さが、メキシコの〝国策〟として推し進められたWBC誕生の用意周到さと、その初志貫徹の強烈さを物語っています。
Undisputed title2階級制覇を探す旅に出る前に、Undisputed Championの系譜が断絶したとき、つまり初代WBC王者が誕生して王者が分裂した時期を振り返ります。
WBCの成り立ち↓
https://fushiananome.superknova.org/archives/22675529.html
さて、1970年代から始まった団体分裂時代でしたが、WBCの初代王者が誕生した時期は階級によって違います。
ヘビー級とミドル級という人気クラスでWBC王者が立つのは、大幅に遅れました。
70年代のヘビー級はジョー・フレイジャー、ジョージ・フォアマン、モハメド・アリ、レオン・スピンクスがUndisputed Championであり続けました。
スピンクスがケン・ノートンとの指名試合を拒否してアリとの再戦を選んだことで、WBCはタイトルを剥奪。
1978年にノートンとの決定戦に勝利したラリー・ホームズが初代王者に就いて、王座が分裂しました。(ホームズはIBFでも初代王者)。
分裂型のWBC初代王者が誕生したのはライトヘビー級が1974年(ジョン・コンテ)、ミドル級はなんと1987年(シュガー・レイ・レナード)まで分裂しませんでした。
ジュニアミドル級は1975年(マイケル・オリベイラ)で、これ以前に王者だった輪島功一はUndisputed Championでした。
ウェルター級は1975年にWBA王者を返上してWBCタイトルに専念すると発表したホセ・ナポレス。
ジュニア・ウェルター級は1968年(ペドロ・アディグ)、ライト級は1971年(ペドロ・カラスコ)。
ジュニアライト級は1969年(レネ・バリエントス)。これ以前に王者だった沼田義明と小林弘はともにUndisputed Champion。
フェザー級は1968年(ハワード・ウィンストン)、ジュニアフェザー級はWBCで新設されたのが1976年(リゴベルト・リアスコ)、バンタム級は1973年(ラファエル・エレラ)、ジュニアバンタム級はWBC新設が1980年(ラファエル・オロノ)、フライ級は1965年(サルバトーレ・ブルニ)、ジュニアフライ級はWBC新設が1975年(フランコ・ウデラ)、ストロー級はWBC新設が1987年(井岡弘樹)。
2団体時代よりも4団体時代の方がUndisputed Championになるハードルは高い。2つのベルトを集めるよりも4つ集める方が難しい、それは当然です。
その一方で、2団体時代は両団体の確執が深く、激しく、統一戦を認めない政策が徹底されていました。
現代では分裂したタイトルのピースを収集する〝難工事〟を完遂することがUndisputed Championになるための道ですが、70年代のUndisputed Championは、WBC誕生でも分裂しなかったタイトルをそのまま継承した〝非自力〟のUndisputed Championでした。
Undisputed Champion=完全統一王者は、現代とは違う成り立ちで存在しており、WBAは「WBC王者との統一戦を事実上禁止、もしそのリングに上がればその時点でタイトル剥奪の方針を打ち出していました。
その意味では、4団体時代の現代よりもUndisputed Championへの障害は大きかったといえます。
そして、WBCの分離独立後も、1団体時代から統一王座が保持されていた階級も、ミドル級を残して70年代で分裂を余儀なくされます。
1970年代、一旦分裂したタイトルを再び統一するのは、WBAとWBCの対立から至難の業でした。そして、世界タイトルにまだ権威がり、ミドル級など数少ないUndisputed Championが安易に2階級制覇に乗り出すこともありませんでした。
現在の複数階級制覇の流行と、世界王座の価値暴落とはコインの裏表です。
団体・階級が少ない時代、世界挑戦の機会そのものが貴重だった時代。安易な複数階級制覇が蔓延るほど、世界王者は軽い存在ではありえませんでした。
このような背景から、Undisputed titleの2階級制覇を果たしたファイターは、1970年代に登場することはありませんでした。
しかし「世界王者が2人いる」という常識では説明できない理不尽は「誰が最強なのかを見せろ!」というファンの怒りの声に対しては全く無力です。
80年代、米国でヘビー級と、そのヘビー級と並ぶ人気クラスとなったウェルター級で、統一機運が一気に盛り上がることになります。
協会や連盟といった団体ではなく、評議会という呼称はここに由来します。
1966年に独自ランキングを発表、分裂は決定的になります。
council(評議会)という、いかにも内部機関ですよ、な名称と分離独立までの3年という時間の長さが、メキシコの〝国策〟として推し進められたWBC誕生の用意周到さと、その初志貫徹の強烈さを物語っています。
Undisputed title2階級制覇を探す旅に出る前に、Undisputed Championの系譜が断絶したとき、つまり初代WBC王者が誕生して王者が分裂した時期を振り返ります。
WBCの成り立ち↓
https://fushiananome.superknova.org/archives/22675529.html
さて、1970年代から始まった団体分裂時代でしたが、WBCの初代王者が誕生した時期は階級によって違います。
ヘビー級とミドル級という人気クラスでWBC王者が立つのは、大幅に遅れました。
70年代のヘビー級はジョー・フレイジャー、ジョージ・フォアマン、モハメド・アリ、レオン・スピンクスがUndisputed Championであり続けました。
スピンクスがケン・ノートンとの指名試合を拒否してアリとの再戦を選んだことで、WBCはタイトルを剥奪。
1978年にノートンとの決定戦に勝利したラリー・ホームズが初代王者に就いて、王座が分裂しました。(ホームズはIBFでも初代王者)。
分裂型のWBC初代王者が誕生したのはライトヘビー級が1974年(ジョン・コンテ)、ミドル級はなんと1987年(シュガー・レイ・レナード)まで分裂しませんでした。
ジュニアミドル級は1975年(マイケル・オリベイラ)で、これ以前に王者だった輪島功一はUndisputed Championでした。
ウェルター級は1975年にWBA王者を返上してWBCタイトルに専念すると発表したホセ・ナポレス。
ジュニア・ウェルター級は1968年(ペドロ・アディグ)、ライト級は1971年(ペドロ・カラスコ)。
ジュニアライト級は1969年(レネ・バリエントス)。これ以前に王者だった沼田義明と小林弘はともにUndisputed Champion。
フェザー級は1968年(ハワード・ウィンストン)、ジュニアフェザー級はWBCで新設されたのが1976年(リゴベルト・リアスコ)、バンタム級は1973年(ラファエル・エレラ)、ジュニアバンタム級はWBC新設が1980年(ラファエル・オロノ)、フライ級は1965年(サルバトーレ・ブルニ)、ジュニアフライ級はWBC新設が1975年(フランコ・ウデラ)、ストロー級はWBC新設が1987年(井岡弘樹)。
2団体時代よりも4団体時代の方がUndisputed Championになるハードルは高い。2つのベルトを集めるよりも4つ集める方が難しい、それは当然です。
その一方で、2団体時代は両団体の確執が深く、激しく、統一戦を認めない政策が徹底されていました。
現代では分裂したタイトルのピースを収集する〝難工事〟を完遂することがUndisputed Championになるための道ですが、70年代のUndisputed Championは、WBC誕生でも分裂しなかったタイトルをそのまま継承した〝非自力〟のUndisputed Championでした。
Undisputed Champion=完全統一王者は、現代とは違う成り立ちで存在しており、WBAは「WBC王者との統一戦を事実上禁止、もしそのリングに上がればその時点でタイトル剥奪の方針を打ち出していました。
その意味では、4団体時代の現代よりもUndisputed Championへの障害は大きかったといえます。
そして、WBCの分離独立後も、1団体時代から統一王座が保持されていた階級も、ミドル級を残して70年代で分裂を余儀なくされます。
1970年代、一旦分裂したタイトルを再び統一するのは、WBAとWBCの対立から至難の業でした。そして、世界タイトルにまだ権威がり、ミドル級など数少ないUndisputed Championが安易に2階級制覇に乗り出すこともありませんでした。
現在の複数階級制覇の流行と、世界王座の価値暴落とはコインの裏表です。
団体・階級が少ない時代、世界挑戦の機会そのものが貴重だった時代。安易な複数階級制覇が蔓延るほど、世界王者は軽い存在ではありえませんでした。
このような背景から、Undisputed titleの2階級制覇を果たしたファイターは、1970年代に登場することはありませんでした。
しかし「世界王者が2人いる」という常識では説明できない理不尽は「誰が最強なのかを見せろ!」というファンの怒りの声に対しては全く無力です。
80年代、米国でヘビー級と、そのヘビー級と並ぶ人気クラスとなったウェルター級で、統一機運が一気に盛り上がることになります。

コメント
コメント一覧 (1)
スター選手育成してもスターになったら試合しない、雑魚狩りしかしないんじゃ仕方ない。
井上や村田が日本ボクシングを終わらせた。
3年前は彼らに期待してたのになぁ。
もうTVもボクシングは扱わないでしょう。
フシ穴の眼
が
しました