まず、日本ボクシング史上最大の戦いに挑む村田諒太の勝利を祈願して。

そして、偉大な実績と評価を集めてきたグレートにもかかわらず、アウェーの日本で戦うことを選んでくれたトリプルGに最大の感謝と最大の敬意を捧げます。
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米国にファンベースを持たない流浪のファイターでありながら、力づくでスターダムにのし上がる…。

人気がない軽量級からキャリアをスタートさせたハンデを乗り越えてマニー・パッキャオがやってのけたことを、ミドル級のゴロフキンならもっと簡単にやってのける…。そんな期待もありましたが…。

パッキャオはメキシコの強豪を戦慄的なやり方でなぎ倒しましたが、ゴロフキンとカネロの2試合はカザフスタン人に対する失望に満ちたものになってしまいました。


村田諒太のロンドン2012から、もう9年が過ぎ去りました。

その前の年のアゼルバイジャン、バクーの世界選手権で銀メダルを獲得していた村田は、ロンドンのメダル候補でした。

ボクシングファンで、村田の実力がその域にあることをよく知っていたにもかかわらず、夢のような話でした。

日本人がミドル級で五輪でメダルを獲る?そんなの無理に決まってる。

ミドル級です。世界的な激戦区です。それにつけても、ミドル級です。

ミドル級。なんて甘美な響きでしょうか。

私にとって馴染みがあるミドル級はアマチュアの75㎏級ではなく、プロの160パウンドのことでした。

世界ミドル級。それは、The Undisputed Middle weight Champion of the World マービン・ハグラーがロベルト・デュランやトーマス・ハーンズ、ジョン・ムガビらの挑戦を破壊的に返り討ちにし続けていたメガファイトの舞台でした。

ミドル級は日本に存在する最重量階級です。

強い日本チャンピオン、東洋チャンピオンを何人も輩出してきました。

工藤正志もそんな強い日本ミドル級チャンピオンで、実際に世界チャンピオンにもなりました。

しかし…。

工藤が掴み取った世界タイトルはミドル級ではなく、ジュニアミドル級でした。

ボクシングに興味を持って間もない小学生の私でも、その差わずか6ポンドの隣接階級にもかかわらず、ミドル級とジュニアミドル級の間に何があるのかを直感的に理解していました。

工藤は、世界選手権で金メダルに輝いたアユブ・カルレに何も出来ずに完敗しました。

私たちが驚嘆したウガンダ人の上質なベルベットのように滑らかな技術が、一階級下のウェルター級のボクサーに簡単に引き裂かれてしまった惨劇に、私たちは日本のミドル級の立ち位置を見失ってしまいます。

しかも、そのウェルター級王者にとってカルレは、統一戦を前にした調整試合だというのです。

ジュニアミドル級はウェルターとミドルに挟まれた、レベルの低い階級。人気階級に挟まれた、欧米で関心の低いマイナー階級。

当時のジュニアミドル級でも、世界王者を日本に呼ぶには軽量級ほど簡単ではありませんでした。

しかし。

カルレは日本に来るけど、シュガー・レイ・レナードは絶対に来ない。

オスカー・アルバラードは日本に来るけど、ハグラーは絶対に来ない。

80年代のレナードやハグラーは日本の専門誌はもちろん、ナンバー誌の表紙を飾るような〝有名人〟でした。

昨日までは、ゴロフキンがナンバーの表紙をカバーすると、何かの間違いだと思ってしまうでしょう。

しかし、思いっきり表紙に起用して構いません。特集して良いでしょう。

多くの人に知ってもらいましょう。

村田諒太が挑戦する、39歳のトリプルGがどれほど魅惑的なファイターであるかを。

人気階級にもかかわらず、カザフスタン人であるがゆえにビッグネームから対戦を回避され、ニューヨークでもラスベガスでも人気者になれなかった不遇。

もし、GGGがメキシカンなら、淵上誠や石田順裕が挑戦できる僥倖にありつけることはありませんでした。米国に大きな需要がないから、ウクライナやモナコで日本人とダンスを踊ったのです。

それなのに、渕上や石田に「遠くまで来て私と戦ってくれてありがとう」と感謝する人間です。

とはいえ、ナンバーはヘタレなのでやらないでしょう。

なので、この場末のブログで Геннадий Геннадьевич Головкинをあらためてご紹介。


長いブランク明けの、ゲンナディ話の再会です。

ゲンナディ・ゲンナディビッチ・ゴロフキンが、この日本にやって来るのです!