米国は様々な人種が生活する国ですが、彼らは仲良く暮らしているわけではありません。

米国の人種差別は、全方位的です。肌の色でいうとユダヤ系の白人からアフリカ系の黒人まで。

もちろん、アジア人もその標的です。

ユダヤ人はカネ、黒人は力で差別に抵抗するのに対して、アジア人は無抵抗で無口、体も小さく弱々しいという先入観で見られています。

アジア人を攻撃する人に警官だけでなく、一般人も多いのは、こうした「小さくて弱い」「抵抗しない」というイメージがあるからかもしれません。
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https://www.youtube.com/watch?v=wDqOnlqRlLo

これは、ボクシングの世界でも同じでした。

自己主張することが少なく、物静かで、米国で活躍するボクサーの引き立て役。

そんなボクシングにおけるアジア観を引っくり返したのがマニー・パッキャオでした。

最初は、確かに「物静かな引き立て役」として登場しましたが、何度も番狂わせを起こし、トップランクに付けられた「デストロイヤー(破壊者)」という渾名を嫌い、自ら「PACMAN(Manny Pacquiao)」を名乗り、「メキセキューショナー(メキシコ人死刑執行人)なんて呼ばないで」と英語で主張しました。

米国では注目を集めることが難しいフェザー級やジュニアライト級で、メキシコのスター選手がライバルとして次々に登場するという幸運があったにせよ、実力でメキシコ包囲網を突破、アジア人として初めて米国リングのスター選手になります。

「私を選んでくれたマルコ・アントニオ・バレラに感謝したい」。そんな口上を試合前の記者会見で語るアンダードッグの大勝負を勝ち抜け続けただけでなく、米国の人気階級ウェルターに乗り込み、アレクシス・アルゲリョもロベルト・デュランも成し得なかったスターダムの頂点まで登り詰めるのです。

オスカー・デラホーヤ戦のプロモーショナルツアーでは、ファンが試合への興味を失わないように、身長を高く見せるシークレットブーツを履いて臨み、リッキー・ハットン戦で「HBO・PPVイベントのAサイド」というプロボクサーのゴールテープを切った感想を求められ「アンダーカードに出場する全ての選手の幸運と健闘を祈る」と語ったパッキャオは「物静かな引き立て役のアジア人」ではなく「謙虚なまま王者になった誇り高きアジア人」でした。

マニー・パッキャオはリングの上で旋風を巻き起こし、アジアへの先入観を木っ端微塵に破壊したのです。
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アジア人は、全米の人口比で6%以上を占めながら、コロナ禍をきっかけに繰り返されたヘイトクライムに怯え続けています。


以下、読売新聞10月30日朝刊からの抜粋。

▶︎大谷翔平も米国スポーツ界を巻き込む旋風をフィールドの上で巻き起こしたが、それ以上に「ベーブ・ルースとの比較論争」が繰り広げられる中で、アジア人への先入観を打ち砕いた。

▶︎「米国スポーツ界最大の伝説と比較されたのが白人ではなく、日本人というインパクトは計り知れない。アジア系に対する見方や考え方を根底から変えるきっかけになる」(カリフォルニア州立大学フラトン校:クリスティーナ・チン准教授)。

▶︎ニューヨークタイムスも「アジア系住民にどれだけの癒しと鼓舞の効果を生み出したか」と報じた。

▶︎米国に点在するアジア系住民の中でも続々とファンクラブが結成されている。

▶︎米国社会も人種の壁を打ち破るニューヒーローを後押し。大谷が公の場で英語を使わないことに苦言を呈したテレビ番組の司会者や、中継でアジア系を揶揄するような発音で話した解説者は猛烈な批判を浴び、ただちに謝罪に追い込まれた。
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パッキャオがリングの上で大きな風を巻き起こしたのに対して、大谷はフィールドの外でもアジアを癒し鼓舞しました。

イソップ童話とは違い、〝北風〟のパッキャオと〝太陽〟の大谷に優劣はありません。

どっちも凄い。

アジアンヘイトは悲しく、正直、腸が煮えくり返る蛮行です。

米国ですから泣き寝入りしないでもっと法廷に持ち込んで暗愚な差別主義者を叩きのめすべきとか、「アジア人は抵抗しないから」と笑う加害者を見ていると暴力には暴力を、くらいにも思ってしまいます。

でも、そんなことしてたら、憎悪の連鎖をつなぐだけです。

パッキャオや大谷のように自分の仕事を誠実にやり遂げる中で、社会の闇に光を照らす人がいます。

なんて格好良い人でしょうか。