リング誌8月号はまたまたカネロ・アルバレスの大特集。
その中から「ARE YOU NOT ENTERTAINED?」を取り上げて考えてみたいと思います。
ARE YOU NOT ENTERTAINED?何が面白くないのか?
ビリー・ジョー・サンダースが試合放棄したことを批判する人々に対しての反論記事です。
It has long been said that prizefighters agree to a warriors’ code, which is best summed up by a willingness to be “carried out on their shield.” This is most often stated by people who have never come close to facing the need to be carried out on their shields.
プロボクサーは〝弾丸と剣に晒されながら最後まで戦い抜く〟という戦士の掟に合意したものだと長い間考えられてきた。そして、この言葉を軽々しく口にするのは、たいていの場合、弾丸や剣に晒されたことがない観客席の住人である。
「試合を止められるくらいなら、リング上で死ぬ方がマシだ。死なせてくれ。重度の後遺症が残る大怪我をしたってかまわない。俺たちはそんなこと百も承知でリングに上がってるんだ。顔の骨が折れてるかもしれないから試合中止?失明するかもしれないからストップ?冗談じゃない。そんなことを怖がってる人間がこの職業を選ぶものか!」(ラファエル・マルケス)。
このブログでも度々ご紹介していますが、ボクサーにとってQuitter (自分から試合を放棄するヘタレ)は最悪の蔑称です。
テレンス・クロフォードの猛攻に自ら試合を投げたアミール・カーンは「私はQuitter じゃない」と泣き「体が動かなかったんだ。足が異常な状態だった。私は、戦いをやめるなら壮絶なKO負けを選ぶ。それはみんなわかってくれているだろう?」と必死で嘆願しました。
もちろん、自ら進んでQuitter になるエマヌエル・ロドリゲスやオマール・ナルバエスのような保証書付きのヘタレもいます。
ウーゴ・ルイスのように鼻の骨が折れると、それ以上に心がへし折られて自ら敗北を受け入れるボクサーもいます。
アントニオ・マルガリートの竜巻の攻撃を受けて、ミゲール・コットは追撃から逃れるために自ら膝を折りました。
彼らは〝外野の住人〟から情け容赦ない非難の矢を浴びせられました。
ナルバエスのような逆転の総攻撃を選択せず、大差判定負けでも無事に生き残ろうとするチキンボクサーは「もう誰も見たくない」と表舞台から干されてしまいます。
力尽きて、ぶっ倒されても意識がある限り立ち上がれ。失神してカウントアウトされるまで戦い抜け。
モハメド・アリはアゴを割られても15ラウンドを勇敢に戦い抜いた。
ジョー・フレイジャーは両目の視力を失っても「アリがどこにいるのか大声で教えてくれ。必ずぶっ倒すから」とセコンドに伝えたんだぞ。
アーツロ・ガッティはそれこそ命のやり取りをするように戦ったじゃないか。
田中恒成と井上尚弥は眼窩底骨折の重症を負っても、試合放棄なんて微塵も考えずに、ど根性で勝利をもぎ取った。
もちろん、アリらはロドリゲスやナルバエスとは、職業が違います。アリらは現代のグラディエイターです。
Where is it written in anyone’s contract that there is no limit short of death or total destruction before a man can honorably conclude he has had enough?
リングで負けるなら、死ぬか、壊滅的に粉砕されるまで戦うしかない。そうでないならファイター失格…そんなルールはありません。契約書もありません。
さらに〝外野の住人〟たちは、ウーゴよりも遥かにヘタレな負け方をした「ノーマス」ロベルト・デュランは圧倒的に支持して、Quitter と軽蔑することはまずありません。
都合の良いダブルスタンダードです。
そして、リング禍が起きてしまったとき、真っ先に涙を流し「レフェリーはどうしてもっと早く試合を止めなかったのか!」「セコンドはどうして棄権のタオルを投げ込まなかったのか!」「もっと安全なルールに変えなければならない!」と大声で叫ぶのは、やはり無責任な〝外野の住人〟です。
壮絶を通り越した激闘を最高試合と呼ぶリング誌やボクシングメディア、ファンは一人残らず〝外野の住人〟です。
年間最高試合は、命のやり取りをするような激闘ではなく、美しい試合、精神や肉体の限界ではなく、技術の粋をぶつけ合う試合にこそ贈られるべきで、重傷を負うダウン応酬の血みどろの激闘は〝年間最低試合〟と抑止効果的に認定すべきなのかもしれません。
八重樫東のような性懲りも無く激闘を繰り返すグラディエイターには、レッドカードを科して一定期間の出場停止処分を下すべきです。
ナルバエスやウーゴ、ロドリゲスらはグラディエイターではありませんが、リングを降りれば家族や友人思いのナイスガイでしょう。
アリやラファマル、ガッティらは…ただの狂人です。
さて、、、ビリー・ジョー・サンダースや清水聡は、Quitterだったのでしょうか?
そして、ナルバエスやロドリゲスが軽蔑されるのはいわれなき差別なのでしょうか?
最初から全部書き切れるだなんて思っちゃいませんが、着丼してしまいました。続きはまた。
その中から「ARE YOU NOT ENTERTAINED?」を取り上げて考えてみたいと思います。
ARE YOU NOT ENTERTAINED?何が面白くないのか?
ビリー・ジョー・サンダースが試合放棄したことを批判する人々に対しての反論記事です。

プロボクサーは〝弾丸と剣に晒されながら最後まで戦い抜く〟という戦士の掟に合意したものだと長い間考えられてきた。そして、この言葉を軽々しく口にするのは、たいていの場合、弾丸や剣に晒されたことがない観客席の住人である。
「試合を止められるくらいなら、リング上で死ぬ方がマシだ。死なせてくれ。重度の後遺症が残る大怪我をしたってかまわない。俺たちはそんなこと百も承知でリングに上がってるんだ。顔の骨が折れてるかもしれないから試合中止?失明するかもしれないからストップ?冗談じゃない。そんなことを怖がってる人間がこの職業を選ぶものか!」(ラファエル・マルケス)。
このブログでも度々ご紹介していますが、ボクサーにとってQuitter (自分から試合を放棄するヘタレ)は最悪の蔑称です。
テレンス・クロフォードの猛攻に自ら試合を投げたアミール・カーンは「私はQuitter じゃない」と泣き「体が動かなかったんだ。足が異常な状態だった。私は、戦いをやめるなら壮絶なKO負けを選ぶ。それはみんなわかってくれているだろう?」と必死で嘆願しました。
もちろん、自ら進んでQuitter になるエマヌエル・ロドリゲスやオマール・ナルバエスのような保証書付きのヘタレもいます。
ウーゴ・ルイスのように鼻の骨が折れると、それ以上に心がへし折られて自ら敗北を受け入れるボクサーもいます。
アントニオ・マルガリートの竜巻の攻撃を受けて、ミゲール・コットは追撃から逃れるために自ら膝を折りました。
彼らは〝外野の住人〟から情け容赦ない非難の矢を浴びせられました。
ナルバエスのような逆転の総攻撃を選択せず、大差判定負けでも無事に生き残ろうとするチキンボクサーは「もう誰も見たくない」と表舞台から干されてしまいます。
力尽きて、ぶっ倒されても意識がある限り立ち上がれ。失神してカウントアウトされるまで戦い抜け。
モハメド・アリはアゴを割られても15ラウンドを勇敢に戦い抜いた。
ジョー・フレイジャーは両目の視力を失っても「アリがどこにいるのか大声で教えてくれ。必ずぶっ倒すから」とセコンドに伝えたんだぞ。
アーツロ・ガッティはそれこそ命のやり取りをするように戦ったじゃないか。
田中恒成と井上尚弥は眼窩底骨折の重症を負っても、試合放棄なんて微塵も考えずに、ど根性で勝利をもぎ取った。
もちろん、アリらはロドリゲスやナルバエスとは、職業が違います。アリらは現代のグラディエイターです。
もしリッキー・ハットンのコーナーが「次のラウンドで倒し返してやる」と血気にはやるヒットマンを「今夜はお前の夜じゃない。完全にパッキャオの型に嵌められている」と諫めて、第1ラウンド終了で棄権していたら?
マニー・パッキャオの最高傑作の一つは、その衝撃度を大幅に減退して記憶されていたでしょう。もしかしたら、最高傑作のラインナップの中でも、かなり後回しにされていたかもしれません。
あの試合はハットンなくして生れなかった名作です。ハットンがナルバエスなら、私たちは36分間声が枯れるまでブーイングするしかない、おぞましい試合を見せられたでしょう。
あの試合はハットンなくして生れなかった名作です。ハットンがナルバエスなら、私たちは36分間声が枯れるまでブーイングするしかない、おぞましい試合を見せられたでしょう。
リングで負けるなら、死ぬか、壊滅的に粉砕されるまで戦うしかない。そうでないならファイター失格…そんなルールはありません。契約書もありません。
さらに〝外野の住人〟たちは、ウーゴよりも遥かにヘタレな負け方をした「ノーマス」ロベルト・デュランは圧倒的に支持して、Quitter と軽蔑することはまずありません。
都合の良いダブルスタンダードです。
そして、リング禍が起きてしまったとき、真っ先に涙を流し「レフェリーはどうしてもっと早く試合を止めなかったのか!」「セコンドはどうして棄権のタオルを投げ込まなかったのか!」「もっと安全なルールに変えなければならない!」と大声で叫ぶのは、やはり無責任な〝外野の住人〟です。
壮絶を通り越した激闘を最高試合と呼ぶリング誌やボクシングメディア、ファンは一人残らず〝外野の住人〟です。
年間最高試合は、命のやり取りをするような激闘ではなく、美しい試合、精神や肉体の限界ではなく、技術の粋をぶつけ合う試合にこそ贈られるべきで、重傷を負うダウン応酬の血みどろの激闘は〝年間最低試合〟と抑止効果的に認定すべきなのかもしれません。
八重樫東のような性懲りも無く激闘を繰り返すグラディエイターには、レッドカードを科して一定期間の出場停止処分を下すべきです。
ナルバエスやウーゴ、ロドリゲスらはグラディエイターではありませんが、リングを降りれば家族や友人思いのナイスガイでしょう。
アリやラファマル、ガッティらは…ただの狂人です。
さすが築地。時短営業の時間が変。そして酒は出す…。
さて、、、ビリー・ジョー・サンダースや清水聡は、Quitterだったのでしょうか?
そして、ナルバエスやロドリゲスが軽蔑されるのはいわれなき差別なのでしょうか?
最初から全部書き切れるだなんて思っちゃいませんが、着丼してしまいました。続きはまた。



コメント
コメント一覧 (7)
例えばモータースポーツなんかでは笑えない車が燃え上がる様な大事故もeスポーツでは立派なエンターテインメントになるし、ついでにゲームの中なら誤審も負傷判定もレフェリーストップも無いし危険も無くて健康的だし条件も完璧に公平で腐る余地が無いしで丁度いいんじゃないかと
ボクシングなんて互いの体にダメージを与え合う危険なスポーツであるという大前提があり、だから楽しいんです
もっと早く止めるべきだの野蛮だのタッチボクシングこそ科学的だの言ってたらどんどんつまらなくなりますよ?
フシ穴の眼
が
しました
あのグラブが本物だったのかによって評価が全く変わってくるでしょう。リングに上がった以上は相手が不正をしていても自ら負けを認めるべきでは無いと言う人がいるのであれば、それはもうスポーツでとは呼べないものをボクシングに期待しているのでしょう。
フシ穴の眼
が
しました
サンダースは正しい選択をしました。続けたら義眼になったでしょう。
去年のFOTYはエストラーダvsクアドラスが適切です。(十分狂ってますが)
でもロドリゲスはブーイングされるべきヘタレです。
私はアクションが多ければ「勝負有り」で満足しますね。常にガッティを要求する人は…喧嘩したこと無いのかな?
フシ穴の眼
が
しました